殺人運転にはご注意を。
有意義な体験をしていた遅れました。
無免許運転を知っていて乗るのは犯罪になったりするのだろうか。
死神に命を握られたかと思うと隣に銃を持ってる奴が居て、命を狙っているのは薬物中毒者。暴くべきはその売人。いたるところに感じる犯罪臭のお陰で無免許運転など些末な事だと流したい自分が居る。だがそれは大きな勘違いだ。犯罪は等しく犯罪であり、そこに優劣はない。強いて言うなら身近かどうかであり、命の危険があるかどうかという話ならこれ以上はないだろう。
この無免許は免許不携帯ではなく免許がないのだ。そもそも自動車学校に行っていた経験もない。俺は車についての知識がほぼないからATだかMTだかもあんまり良く分かっていないが、それでも彼女が運転なんてした事がないくらいは分かる。
「うおおおおおお!」
「こ、これ……大丈夫なの? 不安なんだけど」
「んー。何とかならなかったねー。あはは」
「あははって……運転手!」
「仕方ないじゃん! こんな難しいなんて知らなかったよ、てゆーか運転なんてした事ないし!」
運転してる本人が一番焦っていた。これじゃ駄目だ。間もなく俺達は死ぬだろう。
状況を整理すると、路面状況は悪くない。普通の道を普通に直進すればいいだけだ。曲がる必要なんてまだない。だが乗用車をなめてかかった代償は大きく、最初はヘッドライトもつけていない有様だった。運転した事がなくても、明かりをつけないとそもそも視界不良で大変なのは分かる。響子が機転を利かせて俺達を助けてくれたのには感謝しているが、その実態は後ろから必死に指示を出して何とか生き残ろうとする生存戦略。もといただの防衛本能。
もう警察に検挙されてもいいからこの暴れ馬から降りたい気分である。何故直進するだけでこんなにアクセルが気まぐれで、ブレーキは強すぎたり弱すぎるのか。ひょっとするとうちの両親は滅茶苦茶運転が上手かったのか。
「ちょお前止まれ! 一回止まれ!」
「端に寄せなきゃ危ないわ。事故になる」
「端に止まるって何!? 壁にぶつけるって絶対!」
「じゃあ止まるな! 車に傷つけたらこの事がバレる!」
「何でそう……速度が、前を見るの。前を」
「そう一回に何度も何度も違う事言われたら分かんないってばー!」
薬物中毒者がどうとかいう話ではない。自動車学校に通わせるべきだろう。まだ年齢に達してないなんて些細な問題だ。少なくとも俺は死の瀬戸際に居る。
「もうやめて。止まって。下りるから。巻き込まれてしにたくないわ」
「リンネ、待ってくれ! 車を放置するのは駄目だ! 迎えを無かったことにしてもせめてこの車は戻さないと。いやでもこのテクじゃ帰れないか! あーもうリンネ! お前の所の家に、車の運転が得意そうな奴は居ないか!」
「居るけど! これ到着する……前に!」
「ああ、死ぬな!」
これは確信だ。もう薬物中毒でも何でもいいからこの暴走車を止めてまずは俺達を引っ張り出してほしいと切に願うばかり。まさか敵に命を乞うとは思ってもみなかったが、幾ら死ぬにしても死に方ってものがある。湯那先輩には俺の死因が見えているのだろうか。それがもしこれなのだとしたら―――流石に、教えて欲しかった。
死にくだらないも面白いもないかもしれないが、これはあまりにもだ。ただ直線を奔るだけで止まったりぶっちぎったり危なくて仕方ない。信号があればそこが休息地。もう一生赤であってくれと願わなかった時はない。
では信号の時に降りれば良かったのかというと、やはり車の処理がどうにもならないので許されていない。下りる下りると口では言っても、証拠隠滅の観点からそれを赦されないどん詰まりの状況。最善は無事に目的地に着く事。それと今後一切無免許運転は許可しない事。
「ちょっと待って。ちょっと待って一回止まって。そこの道入って運転席代わって」
「リンネ。お前……まさか運転するつもりか!? やめろ、人の事が言えなくなるぞ。外野から好き放題言えるから調子に乗れたんだぞ! お前が免許取ってないのは分かってるから、辞めた方がいい! 犠牲は少ない方がいいんだ!」
「流石にこの運転よりはマシだから」
「かっちーん。じゃあ代わってみてよお! 代わってあげるから!」
テンションがおかしくなっているのは夜だから……という事にしておこう。幾ら細道でも道路のど真ん中に止まるのは迷惑行為でしかないが、もうこうでもしないと運転を代わる隙がないのも分かる。運転中にハンドルを取るなんて、そんな映画みたいな事したら死ぬ未来が近づくだろう。
誰も来なかったのが不幸中の幸いか、運転手は草延に変わった。響子は己の不甲斐なさもあるだろうが散々な言われようを余程腹に据えかねているらしく、そっぽを向いて車の発進待ちをしていた。これでアイツが間抜けな姿を晒そうものなら一転してこけにする事だろう。
「…………レバー動かない。何、これ。どうやって動かすの」
「うわあああああもう駄目だー! 響子、因みにどうやるんだ?」
「ブレーキ踏めば」
「動いた」
「おい、辞めた方が良いって絶対! もうレバーの動かし方も知らない奴がまともな運転出来る訳ないんだよ。響子はやばかったけど、お前が更にやばくなる未来はもう透けてる! やめとけって!」
「駄目」
「頑固!」
「命に関わるの。少なくとも彼女には、もう任せたくないわ」
「いやーそれを言い出したらお前も……うおおお!」
「…………!」
「ほら、もう『え、なんで動いたの?』って顔してるじゃん! やめた方がいいよ! 別に責めないって!」
しかし草延はペダルから足を離さない。鏡越しに見える瞳は見開かれてどう考えても速度感に呑み込まれているが、響子よりは安定していた。ただ、喋りかけると意識が決壊する可能性があるのできまずい空気もとい、本当に葬式じみた空気が流れている。
事故次第で死ぬ。死なない為には黙るしかない。そんな状況で生まれる沈黙が気まずくなければただ図太いだけだ。
「―――おいリンネ。お前さっき信号」
「……く、車は急には止まれない」
「お前はお前で大問題だばかあ! ああもう……今日で何回警察に怒られる事してんだよ俺達は……」
死後は地獄行き決定か。
いや、そんな事はどうでもいい。警察より何より、こんな事がバレたら真っ先に怒るのは家族だ。
「…………帰りたくないかも」
それは逡巡にも似た下らない予感だったが、悪事は露見するもの。バレている気がしてきた。
違反車ご一行は無免許の荒波にもまれた末、ようやく人間教会とやらに来る事が出来た。草延の家らしいが、教会を名乗る割には建物以外に宗教色を感じない。十字架も撤去されており、色鮮やかなステンドグラスは全てシンプルな硝子に張り替えられていた(ネットの画像調べ)。
「……はあ。はああ。はあ…………ちょっと、下りて。話をしてくるわ」
「……お、おう。頼む」
「…………」
草延の背中を見送ってから響子を見遣ると、彼女はまだ窓を向いて機嫌を悪くしているようだった。
「なあ響子。気持ちは分かるけど、ここに居たら俺達の気持ちも分かるだろ。怖いし危ないんだよ。確かに俺達も言い過ぎたけど、そんなずっと怒らなくても……あれ?」
会話に対して反応が薄かったので顔を覗き込むと、彼女は眠っていた。車に揺られて眠るのはよくある事だが、この状況で成し遂げるなんて、むしろ目を瞠る度胸と言おうか。気が気でなかったから俺も途中まで気づかなかった。今にして思えば、文句が少なすぎる。
暫くすると、草延が連れて来たのは長身の女性だった。長めの黒髪を後ろでシンプルに束ねている。
「あたしを呼ぶなんてよっぽど困ってんだね。話は聞いたよ、家まで送ればいいんだね?」
「任せても、大丈夫ですか?」
「リンネちゃんの頼みなら任せろぃ! お父さんが待ってるから顔出してやんなよ。じゃ、また後でね」
「山羊さんもお気をつけて」
扉が閉まると、山羊と呼ばれた女性は慣れた手つきでキーを挿して車を起動させる。硝子越しに草延は手を振って俺の無事を祈っているようだった。
「えっと…………リンネの、お母さんですか?」
「あたしが母だったら……そうなれたら嬉しいけどね。全然違うよ。そうさね、大体同居人っていう風に捉えてくれていいよ。二人はあの子の友達かい? それなら気軽に山羊さんって呼んでよ」
「本名は?」
「そういうのは、迂闊に他人に教えるもんじゃないって言われてるんだ。悪いね」
車は滑らかに運行し、俺の家へと向かっていく。
良かった。運転免許所有者で。




