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命短しリンネの果てに

「せっかく暇になったんだから、ちょっと遊びに行かないか?」

「え」

 何をするにしても、これから草延と二人きりで行動する事があるなら仲良くなっておきたい。秘密の関係は相互に信頼関係が築けてこそではないか。一方的に謎の信用を勝ち取っている俺だが、その辺りはきちんとしておきたい。曖昧なままだと、なんか後でとんでもない事になりそう。

「……」

「お前の言いたい事は分かるよ。湯那先輩を調べるチャンスを浪費するなんて信じられないみたいな感じか? でもなリンネ、お互いしか頼れないような関係が破綻しない為には、もっと親密になる必要があるとは思わないか?」

 白兵に対して自慢気に写真を送った手前、本当に仲良くはしておきたいという俗な目的もある。一番大きな比率を占めているのは最初に言った通りで……後は、拳銃持った奴を邪険にすると何をされるか分からないという恐怖がエッセンスとして混じっている。

 普通に銃刀法違反で突き出せという話もあるが……凶器は自分に向けられなければ頼りになるし、彼女を封じた所でまだ死神の手が俺の命にかかっている。それにこういう不安は何事もなく突き出せタ場合の話だ。目の前で突き出そうとすれば当然、銃は俺に向けられる。

 殴られたら反撃せずに警察に行けという声は分かるが、その瞬間殴られる事は防げないみたいな話だ。拳はよっぽどじゃないと死なないだろうが、銃弾は頭でも心臓でも首でも、何処でも死にうる。別に急所じゃなくてもショック死するかもしれない。

 だったらまあ、そんな危ない橋を渡るよりは命を取ろう。己が死んでも悪人を捕まえられたから良しとするような正義は、残念ながら今後持ち合わせる事もない。そもそも死神先輩と一緒に居る時点で俺は高潔な人物じゃない。

「……一理あるけど。何をすればいいのかしら」

「デー…………いや普通にゲーセン……ああいや。ごめん。遊んでるとしたら男友達とだから、むさい場所しか思いつかないな。良く分からないから取り敢えずなんか食べに行こうぜ」

「任せるわ」

 デートと言ったらお互いに緊張すると思って、その意識は努めて顕在化させない。曖昧な目的のまま始まった交流だが、早速問題が起きた。草延に主体性がなく、俺に主導権を渡してきたという事だ。

 

 ―――こういう時のお店って、何選ぶのが正解なんだろうな。


 ファストフードはあり得ない? いや、どうだろう。それすら分からない。大人がたしなむような高級レストランは金銭面から論外としても、お店の種類くらいは選びたい。騒がしい雰囲気が好きな人と静かな雰囲気が好きな人とではその選択肢が全く変わってくる。

「リンネ。お前、誰も騒がないような店と、周りがわいわいしてる店どっちがいい?」

「…………静かな方がいいわね。親密になるつもりなら、意識は八重馬クンにだけ集中していたいから」

 分からないので聞いた。今回に限らず大事な事だと思う。聞いておいて何だが、騒がしい方が好きと言われたら本当にファストフード店くらいしかなかった。たまたま静かな方には本物の心当たりがある。寂れたお店は絶対に静かだろうとかそういう事ではなくて。いや、そういう事なのか。

「そういう貴方はどうなの。騒がしい方が好き?」

「んー…………同伴してる人間による。男友達といるなら騒がしい方がいいよ。一人っきりだったら……まあ、静かな方が落ち着くかも」

 だからどちらかが嫌いという事はない。ケースバイケース。唯一の心当たりであるお店は主人が変わり者な事もあって、ほぼ物音がしない。お店の看板も大々的には出していないので知らないと来店も出来ないと、謎の隠密仕様が働いている。

 何故俺がそんなお店を知っているかと言われたら単なる幸運と偶然でしかないし、これまでそれが有効に働いた事はなかった。それがようやく得をした気分にさせてくれるともなると、人生どうなるか分からないものだ。

「生徒会長とはこういう経験あるの?」

「や、実はないんだよそれが。生徒会の仕事が忙しすぎるのもあるけど、オフじゃ基本的に関わりがないっていうか。俺も疲れててそれどころじゃないからさ」

「私も初めてよ。誰かとこういう行動するの。だからエスコートしてくれるととてもありがたいわ」

「…………あんまり立ち入るべきじゃないって思ってたけど、聞くな。家族との仲は悪かったのか?」

「そうね。決して良好とは言えなかったわ。弟はよく連れて行ってもらってたと思うけど、私はいつも留守番。放任されてたわね。それでも大切な家族よ。壊される謂れはないわ」

「今の家族は?」

「……頼めば連れて行ってくれると思うけど、あまり我儘を言いたくないの。沢山迷惑をかけてるし、ずっとお世話になってるから。本当の娘でもない私がそんな事言っていいのかなって」

 関係は良好だが、前とのギャップでかえって遠慮しているようだ。

 それ自体が良いとは思わない。過剰な気遣いはかえって相手に迷惑をかけるというか、不信感を植えてしまう。過度な謙遜は嫌味と言われるように、何事も引きすぎるのは良くないのだ。絶対に友達に迷惑をかけまいとして頑なに距離を作っていたら、相手は『俺は信用されないのか』と思ってしまう。

 割と実体験。主に白兵を介した男子に対して。



「じゃあ、我儘言いたくなったら俺に言ってくれよ」



 夕焼けに染まる帰り道。真っ黒い瞳がじろりとこちらを見つめて、たぢどまった。



「…………」

「へ、変な意味はないぞ? ただまあ、秘密の関係って言うくらいならそれくらいはしてほしいなっていう要望だ。ごめん。偏見だけど、お前に我儘とかあるって思ってなかった。気になるんだよ」

「……じゃあ早速だけど」

「お?」





「珈琲を一杯だけ奢って欲しいの。それがないならお茶でもいいけど」





 












 食事処『飯隠めしなばり』。

 見た目はただの一軒家か、何なら空き家に見える。俺がこのお店の存在を知ったのはここから出てくるお客をたまたま目撃しただけで、特にエピソード性はない。値段は少し高いがその分味は良いし、何よりクラスの誰とも絶対に遭遇しないという点においてこのお店の右に出る場所はない。生徒会の労働事情からそこまで足繁く通ってはいないが、主人に顔を認識される程度には来た。

「いらっしゃい」

 お店の中は家の中を改造した様に独特で、入り口を抜けると受付があって先に長い廊下がある。そこを抜けたらカーテンでしきられた個室が幾つもある。大規模ではないが、ざっと数えて十五席くらい。

「九十君か。連れが居るとは珍しい。紹介したんだな」

 テレビの黒子のような恰好をする男性の名前は『澄坂歩明すみさかあゆめ』。顔を見られるのが嫌いらしく、初対面の時からこんな格好をしている。自分の名前が嫌いで、苗字呼びを強いられた事は記憶に新しい。

「久しぶりです。空いてます?」

「好きな部屋を選ぶといい。娘が注文取りに行くよ」

 外連味しかないお店に草延は不安そうに身体を揺らしている。表情が無愛想なだけで、実は結構勘定豊かなのではないかという気がしてきた。とにかく目立つ事を嫌った内装は、シンプルに白と黒でまとまっている。個室の机にはメニュー表が乗せられており、何度足を運んでもやっぱり値段は張った。

「こんなお店があったのね」

 机に向かいあって座るには十分なスペース。俺は胡坐を掻いて、草延はペタン座りをした。カーテンを閉めると、もう外の様子は殆ど把握出来ない。辛うじて足元が見えるくらいだ。

「私にしか教えていないのね」

「そうだよ。お前が静かな方好きだっていうからさ」

「じゃあ、これからは誰にも教えないでくれるかしら?」

「え?」




「私も通うから。二人しか利用出来なければ秘密の話をする時にも使えるでしょ?」




 その発想は無かった。

 名目上デートでも、やっぱりその辺りを気にしてしまうのか。

「ここ、いいわね。無駄な情報がないから、ここなら八重馬クンにだけ意識を向けられるわ。本当、いいお店」

「……気に入ってるっぽいか?」

「思わず、笑ってしまうくらいにはね」

 仏頂面だけど。 

 


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