アンチシニガミー
『お前、今日も忙しいのか?』
『文化祭が近いからな。運営側は大変だから手伝ってくれると忙しくなくなる』
『いやー、きちいわ。女子とカラオケほっぽり出して行かねえだろ』
「もうすぐ殆どの部活が終わって、二度目の下校時間になるわ」
携帯で白兵から遊びの誘いを受けていたら、草延に行動を咎められた。先輩は吹奏楽部の様に一部下校時刻が特別遅くなりやすい(特に文化祭は大抵吹奏楽部が出し物として演奏を行う)部活の方を張っている。陸上部と違って直接的な証拠はないが、一応聞き込みの隙間は失くしておきたいようだ。
鏡の件を盾にすればスムーズに聞き取りが出来ると思うけど、嘘に頭を使いたくないらしいのでかなり怪しい動きに見えるだろう。彼女は『シニガミ』に動向を怪しまれる事を警戒していたけど、元凶なら夜の事だって把握している筈であり、意味のない警戒だと思う。
というかそもそも、この学校を根城にしているなら生徒会長を警戒しないのはおかしいと思う。
だからいっそ好きに動き回った方が、むしろ潜伏してくれて……見つけだす上ではやりにくくても、被害の抑止という意味なら大切なんじゃないか。俺はそんな風に考えている。
「そうだ、リンネ。ちょっと肩抱いていいか? 写真が撮りたい」
「……? いいけど」
そっと隣に並ぶ彼女を抱きしめて、慣れない自撮りを頑張ってしてみる。自撮り棒なんて金の無駄だと思っていたけど、考えを改めた。こういう機会が多いなら、特に手ブレの多い人間は必需品だ。俺は多くないけど、今は欲しい。
白兵は友達と言って差し支えないけど、生徒会が忙しい時に遊び惚けて、それを俺に殊更アピールしてくるのは正直キツイ。苛立ちはしないけど、普通にしつこいというか、『お前は損をしているんだ』と突きつけられているみたいで、気分が良くない。
だからクラスで密かな人気がある草延と仲良くしてるっぽい写真を送ったらどうなるのか気になった。普段やりたい放題されているだけに、これはささやかな復讐だ。
『俺は草延と仲良くやってるから、お前もカラオケ愉しめよ』
写真を見て思ったが、たまたま草延の目線が俺を見ているのが良い味を出している。何がしたいのか分からなくて様子を見ていたのだろう。写真を撮る以上の意味はない。
「もういい?」
「ん。なあリンネ。益体の無い話をするみたいだけど、『シニガミ』がこの学校に居るなら、どの学年に居ると思う?」
「本当に益体が無いわ。でも……そうね。一年生なら前から噂になるなんて考えにくいから……三年生じゃないかしら」
「噂があったのは入学してからか?」
「私が聞いたのはね―――貴方には言うけど、私、生徒会長も怪しんでいるから」
「えっ」
あまりにも不用心な発言に、呆気に取られる。
それは湯那先輩が地獄耳だからとかそういう事ではなくて、仮にも生徒会の一員である俺にそんな事を言っていいのかという意味だ。あの人が会長になってから生徒会に居るのは俺一人だけだ。世代交代の失敗というか、それ自体は先代の落ち度でしかないのだけどだからこそ俺と先輩の連携は強力で、いつ告げ口されるとも分からない。
「それ、俺に言っていいのかな……?」
「貴方なら告げ口はしないと信じてるから。そんな人は私の忠告なんて聞かないし、『しにがみ』も服用しなければ、私と二人で何かするという発想もないでしょう」
「…………そうかもしれないけど、疑う理由はあるのか? 本物の『シニガミ』ならそれこそ追うのは消極的になると思うんだけど」
「そもそも、あれだけ学校の問題ごとに関心のある人が最近まで噂程度でしか把握してなくて、特別調査もしていなかったというのが異常なの。それこそ、あの人が本物だから消極的になってたっていう説明にならないかしら」
「…………じゃあ、今追ってる理由は? お前と出会ったのは偶然だろ?」
「それは、八重馬クンの方が詳しいんじゃなくて?」
真っ黒い瞳に吸い込まれて、或いはその真剣な瞳に呑まれて声を奪われる。
彼女の推理は正しい。湯那先輩が調査に積極的になったのは『死神』の存在を知る偽死神を殺す為であり、元を辿れば俺はそいつに対する人質みたいな状態だった。成り行きで『シニガミ』を追っているものの、その大目的は変わっていないだろう。『シニガミ』と偽死神が同一人物の可能性はあるが、それも可能性までだ。それぞれ別人の可能性は十分にある。
で、ここまでが湯那先輩を信じた場合の話。
あの人は自分を『死神』と言うけれど、その証拠を俺は見ていない。口だけなら何とでも言える訳だ。嘘に頭を使うのは嫌いと言っていたが、それも実際の行動と結びついているかは分からない。先輩の言う『死神』は身勝手で浮世離れした、人ならざる存在っぽい感じはするが、『ハクマ』に襲われた時も俺が薬で乱心していた時もその姿は見せなかった。
つまり『死神』関連は全部嘘の可能性だ。俺に教えてくれた死神の仕事をしないといけない理由も含めて全てが嘘なら、余計な辻褄合わせは必要ない。全て自分が『シニガミ』である事を隠す為の嘘だったという理屈で終息する。
「―――モノは相談なのだけど、二人で生徒会長の事を探ってみない?」
「湯那先輩を疑うなんて、そんな」
「肩入れするのは結構だけど、詐欺の被害者としてよくある考え方ね。○○さんはいい人だから騙す筈がないって」
「それはお前から見た俺にも同じ事が言えるだろ」
「貴方が信用出来ないなら、そもそも生徒会に入る事も出来てない。これでも感謝しているの。私に復讐のチャンスをくれたから」
「……探るって言ったって、まずは『ハクマ』事件に続くこの流れを一旦終わらせないとな。不自然な動きはかえって怪しまれるし」
「決まりね。ええ、私は信じていたわ。貴方が乗ってくれるって」
不信感とは言いたくないけど、先輩と『シニガミ』が全く無関係だと言ってくれる証拠がない。だから不本意でも疑わざるを得ない。
「…………良かった」
「ん? 何?」
「ええ、何でもない。学校だと会長の耳があるだろうから、時機が来たら八重馬クンの家にお邪魔させてもらうわ。よろしくね」
「……ただ来てもらうのもあれだから、ついでに勉強教えてくれ」
「お安い御用。そろそろ騒がしくなってきたわね。聞き込みしましょうか」
陸上部はその気になればグラウンドから校門まで直帰する事も出来るから、本当にターゲットにするなら校門で待ち構えていた方が良いのだが、これも選別の一種だ。『しにがみ』について何も知らないならまず直帰する。知っているなら生徒会室に立ち寄るべくここに来るから、そいつを捕まえればいいという訳だ。『しにがみ』の事は知っていたが奪われたことを知らなかった場合については逃してしまうが、そういう場合は後日改めて接触があると踏んだ。
「ああ、ごめん。生徒会。アンケートとかじゃなくてちょっと聞きたい事があって。『しにがみ』って言葉に聞き覚えある?」
「死神? なんかのゲームのキャラ?」
「あー。いや、そういう認識なら大丈夫。行ってくれ」
「生徒会ってまだ終わんないだな。だっる」
「そうなんだよ~。やれやれだ」
聞き込みの最中、草延の方を見遣る。
「なあ草延っ! 生徒会なんて抜けて俺等と遊ぼうよー!」
「あんなめんどいのきびいって! 八重馬に任せとけば大丈夫だから!」
「草延先輩! ID教えてください!」
主に男子から逆に個人情報を聞きこまれていた。後はデートの誘いくらい。場違いな男子の興奮に草延はどうしたものかと困惑しながら、『しにがみ』について聞きこんでいる。こと美人さにおいては他の追随を許さぬ彼女なら、情報を知る人間も口を滑らせてしまいそうだ。普段は無愛想で、冷たくて、取りつく島もないという感じだが。生徒会の仕事を挟んで近づけるなら多くの男子が近づくだろう。
密かな人気がある草延ならではの聞き込みであった(本人は認知していないだろうが)。
「あー、生徒会。聞きたい事があるんだけど、『しにがみ』について知ってる?」
「何それ? 私等急いでるし」
「おっけ。帰って良し」
そう簡単には手ごたえは得られないか。その後も調子よく聞いてみたが誰も彼も『しにがみ』の事は知らない。ここまで来ると元々あった『噂』という奴も狭い範囲にのみ広がっていたのかと考えてしまう。
白兵が知っているくらいだから、二年生の間のみとか?
それか聞き方が悪い。『しにがみ』というクスリについて知っているかと聞けばまた結果は変わってくる可能性は十分にある。『しにがみ』という単語は別にそれ自体に薬物の意味合いがある訳ではないし。
人ごみの中を掻き分けながら聞いていない人物に対して『君達』と呼んで一括りに尋ねて楽をしてみる。同時に終わる部活が多いほど、昇降口を経由しないといけない部活が多いほどここの人混みは厚みが増して、それだけ動きが混沌としてくる。
裏を返すとこの場所にいて立ち止まっている人間は目立つ。
「…………あ?」
世界史の先生が俺達の方を向いて立ち止まっていた。視線が合った事に気づくと先生は逃げる様に特別棟へと歩いて行ってしまう。
「…………」
世界史、康永緑斗。
陸上部とは違うが、きっかけになるかもしれないので覚えておこう。




