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好きだから、隙だから 隙だらけ

「…………じゃあ、殺した理由を教えてくれますか?」

「……」

 互いの顔は見えない。もしかしたら俺の顔は恐怖でひきつっているのかもしれないけど、気持ちとしてはそこまで恐ろしくもなかった。何故だろうと考えると、別にそこまで必死に生きていたい理由が思いつかなかったからだと納得した。

 湯那先輩に殺されるなら、死に方を選べるだけお得みたいな所もある。

「……ねえ、その前に一つ教えてくれる? どうしてわざわざ自白なんてしに来たの? 殺人って目撃されたら困るのよ。言ったら殺されるとか、八重馬君は考えない訳?」

「考えましたけど…………気になるじゃないですか。品行方正な会長が殺人をした理由。それにほら、密室も作ったんで俺だけを殺せば後処理も完璧です。最大限、湯那先輩には配慮したと思います」

「配慮って……」

 暗闇に充満していた敵意の様なものが確かに薄れた。呆れたと言わんばかりの溜め息は、いつも横目で苦労する生徒会長その物だ。

「―――じゃあさ。その。聞いたとするじゃない? 素直に教えるなんて思うの? 人を一人殺すなら、隠したい理由があるとは考えなかった?」




 脳内が過去へと遡る。




 昨夜、俺は生徒会の仕事で遅くまで残され、寒空の中を一人で帰る事になった。十月はまともに考えれば秋で、寒いと言ってもまだたかが知れているべきだろうに、実際は真冬と言われても信じたくなる極寒だ。局所的には、地球温暖化とは何だったのかと頭を悩ませたくなる。


 早めに家に帰って炬燵にでも入ろうと、十字路の分かれ道。


 何となく、たまには違う道を通ろうと思った。

 理由とかはない。ほんの気まぐれだ。強いて言えばそっちが家に対する近道になっている可能性に賭けただけ。仮に失敗しても数分の遅れになるだろうという見積もりの下で行われた些細な博打。




 その奥で、彼女を見つけた。




 辛そうな顔で、血塗れの制服をはためかせながら佇む生徒会長を。その異様な光景には圧倒されたが、声を掛けようという選択肢は生まれなかった。特別生きる理由はないが、同時に死にに行く理由もなかったのだ。見たままの事情通りなら警察が来て云々。

 そうなる事を願って翌朝を迎えて登校すれば。界斗は休みという事になって、生徒会長は逮捕も聴取もなしにいつも通り朝の見回りをしていた。勿論俺も手伝わされたが、やっぱり死体の事については何も言わなかった。

「―――考えてなかったです」

「……ほんと?」

「んー。考えてたって事にしてもいいんですけど。ちょっとだけ時間を下さい。今から考えるので」

「緊張感…………八重馬君、状況分かってるわよね? な、何でそんな悠長なのかなあ!」


「だって、殺されるのは目に見えてますし」


 目撃者と明かした上で聞きたかった質問。まだその回答は得られていないが、聞けば死ぬだろうという確信があってやってきた。それで何故HR中に寝たのかも思い出せた。疲れは勿論の事、最後になるからと思い切ったのだ。死は永遠の眠りとも言われるが、それは別に気持ちよくないだろうし。

「ああもう……なんか調子が狂っちゃうっ。殺した理由だっけ? 私は殺してなんかいない。殺すつもりだったのは確かだけどね!」

 座って、と暗闇の中で特に支障もなく会長がパイプ椅子を引いて着席を求めた。大いに支障がある身としては手探りで鉄の感触を当てて、それを信じるしかない。殺されるよりはこちらの方がドキドキする。椅子だと思ったら虚空で尻餅をついた……は色々笑えない。下半身不随のリスクにもなる。

「し、失礼します」

「手、出して」

 机の上に両手を広げると、見えない場所からぬっと飛び出してきた腕が重なるようにつながった。細長く、滑らかで。何より暖かい。

「せ、先輩……?」

「…………驚いた。本当に怖がってないのね。それじゃ話の続きね。殺すつもりだったのに殺してない。本当はこれだけでも十分なんだけど。君には私が会長になってからずっと迷惑かけてたから、本当に特別にもう少しだけ教えてあげる。殺すつもりだったのは語弊よ。殺す理由があったが正しいわ」

「……界斗が犯罪者だったからみたいな?」




「私、死神だから」




 死神なので殺す理由があった。単純明快にして、それ以上ない簡潔な説明。どうせ殺されるからと緊張のなかった俺でも、これをイタいと嗤う気にはなれない。どころか、ありのままを受け入れていた。

「――――――死神なんですか」

「嘘だと思ってる?」

「いや」

「え?」

「湯那先輩は嘘を吐くような人じゃないって信じてますよ。じゃなきゃここまで頼りにされないし、俺もここには残ってない気がします」

 沈黙。

 心なしか手を掴む力が強くなって、掌に爪を立てている。やっぱり密室の中で暗闇を作ったのは正解だった。お互いがお互いの顔を窺いしれないから、それ以上踏み込まないでいられる。どんなに平静を装っていてもきっと今の俺の顔は死にたくなくて醜い筈だ。それが伝わらないのはとても嬉しい。

「…………そうね。嘘じゃないわ。ああなんか―――どうかしてた。そうそう。八重馬君って基本的には素直なのよね。そういう人だった。まさかこんな簡単に信じちゃうとか思わなかったけど」




「死神と、会った事ありますからね」



 奇妙にも穏やかだった空気が、一斉に張りつめていく。

「―――え?」

「え?」

 それこそ彼女に怯えていない一番の原因。俺の知る『死神』は優しいヒトだった。片時も席を外さず、ご飯も食べず、誰と関わる事もなく手を握ってくれたままでいたあの人。名乗られた覚えはないがあれは死神だった。そう確信している。

 先輩に面影を感じていたのは自分でも不思議だと思っていたが、同じ死神という事なら納得だ。だから怖くないし、殺されるのもいいかなんて諦められた。

 不意に電気が点いた。手の温もりは残滓で、湯那先輩がただスイッチを入れただけだ。その顔はいつにも増して険しくなっており、事情が事情なら何か怒らせる様な事をしたかな、と謝罪弁明大会がこの場で始まる。

「……それ、本気で言ってる?」

「俺が嘘吐いた事ってありましたっけ?」

「そうね……君が嘘を吐いた事は、ないかな。出来ない仕事は出来ないって言ってくれるし、困った時は相談してくれるし。だから新しい人スカウトしないで君ばかり振り回しちゃうのかななんて思うけど…………」

 先輩は少し考え込むと、仮面みたいに不自然な笑顔を張り付けて俺の肩を掴んだ。

「ね、八重馬君。貴方は死にたい? それとも殺されないなら生きてたい?」

「……殺されないなら、そりゃまあ。二人きりの生徒会活動、結構楽しいですし」

 疲れるのと楽しさはトレードオフだ。楽しいけど疲れないというのは年を取るにつれて大分存在しなくなってくる。頑張っても小学生くらいが限度ではないだろうか。

「死にたくないんだったら、代わりに協力してくれないかしら。裏生徒会の活動に。働きぶり次第じゃ、殺さないであげる」

「裏生徒会? メンバーは?」

「たった今発足したから、二人だけ」

「…………過労死させるって事ですかね」

「ちーがーいーまーす! 生徒会長を何だと思ってるのかな、君は。その死神の件で、色々と。本当は殺さないといけないんだけど、他に見た事があるなんてトンチキな事言い出すなら話は別。この事を誰にも話さないなら、殺さないであげる。返事は?」

「…………それ、常套句なんですか?」

「へ?」

「いや、何でも。誰にも言わなきゃいいんですね」

「その通り。二人だけの秘密。私も君のその話は黙ってておくわ…………ふふ」

 どうも、俺は想像以上に寝ぼけていた様だ。生徒会に居続ける事のメリットはあった。いや、これは俺だけかもしれないが。



 普段は眉間に皺を寄せてる印象が強い生徒会長の、無防備な笑顔が見られる。



 誰よりも会長の表情のバリエーションを知っている。これは俺だけの秘密。何となく気に入らないので、他の奴らには教えていない。

「それじゃあ早速だけど、夜に校舎前に集合ね。寒いから、ちゃんと厚着してくるのよ」

「……何するんですか?」

「詳しい話は追々したかったけど。そうね―――」

 







 


 








「死神を、殺しに行く」

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