不老不死中毒
生徒会室に比べると陸上部の部室は雑多な印象が見受けられる。場所が違えば物置と言われてもいいくらいだ。木製の棚にずらりと並んでいる荷物は部員の私物だろう。足元にはボールだの段ボールだの、三角コーンだのバケツだの、一々使い道を考えるのも阿呆らしいくらいの道具が転がっている。
汚い、というのが正直な感想だった。綺麗好きでもないけれど、これは流石に、片付けた方が良いと思う。横に立てかけたりどかすだけでも違うだろう。
「じゃ、草延さんは備品の方宜しくね。私と九十で裏を探すから」
「あ、表向きの方は無視しないんですね」
「当たり前でしょ? 先生も把握してないなら当然こっちの動向を気にする筈。だったら手抜きは出来ないわ。草延さんはこういう仕事得意でしょ? 聞き込みもオーケーだから頼んだわよ」
「……分かりました。それじゃあ八重馬クン、会長と二人で頑張ってね。良い成果を期待しているわ」
人によっては嫌味にも聞こえるだろうが、草延が前から『シニガミ』を追っていた背景を知っていると言葉通りの意味だと分かる。
「って言ってもですよ。湯那先輩」
「ん?」
ここは防音室ではない。うっかりいつもの調子で喋ると聞き耳を立てていた部員に真の目的を勘付かれる可能性がある。部屋の隅に先輩を連れていくと、無声音で改めて。
「そりゃ関与してるって話を掴んだのは俺ですけど。だからってその辺に『しにがみ』がある訳ないじゃないですか」
「そうかな。内容を知らなければ誰かの常備薬だろうって思われない? こんなに散らかってるとは思わなかったけど、まあ物は試しだし。探してみない事には始まらない訳よ」
「…………じゃあちょっと。せっかくの機会だから聞きたい事あるんですけど」
「何?」
「湯那先輩、色々隠し過ぎですよ」
俺が先輩と知り合い、生徒会に入る事になったきっかけはそう大した物ではないが、御堂湯那という人物を信頼させるには十分な出来事だった。これまでの関係は全てその貯金が悪さしていると言ってもいい。
『死神』『死神』と言うけれど、具体的にそれが何なのかはいまいち示されていない。というかまず、先輩がそれである証拠が出てこない。急に顔が骸骨になったとか、等身大の鎌を持って首を狩っているとか。とにかく普通の人間じゃない事をしてくれれば納得出来るのに、それを見せようとしない。
それに死体を見つけて警察に任せない理由という奴も喋らない。死神とやらの職務で殺さないといけない理由も話さない。ここまで来ると単純に信用されていないのかという結論にもなる。
慎重さは美徳でも、ちょっと悲しい。生殺与奪を握られた俺がどんな我儘を言っているのかは理解しているつもりだ。死にたくなかったら黙って協力しろと封殺する事だって出来るだろう。
先輩は草延が部室外に出たのを見てから、ぽつりと呟いた。
「何が聞きたいの? 時間がないから今は一つまでね」
「じゃあ…………何で死神をやってるのかってのが聞きたいですね」
この完璧な女性が犯罪に手を染めてまで良く分からない事をやらされているのか。非常に大切な問題だ。理由があってやっているだけというのはやらされているに等しい。裏を返せばその理由がないとやらない。簡単な論理だ。
「私ね、ちょっと前まで虐められてたの」
「…………先輩が?」
「そ、この私が。高校入る前の話。だから九十が知らないのも無理ないわね。屋上から飛び降りて終わらせようと思ったの。そんな時に出会っちゃった。死神を名乗る不審な男とね」
「男……」
俺が知ってる『死神』は、女性だったりする。
「自殺を止めに来たって言うから傍迷惑な人だなって思ったのよ。最初はね。だけどお前が死ぬのは予定にないから困るなんて、そんな斬新な説得の仕方ってないでしょ? もうムカついてきてね、逆に決心がついちゃって飛び降りたんだけど―――死ねなかった」
「……死ね。え? なか……ったって」
「予定にないのに死のうとする奴は絶対死なせないなんて言われてね。不死になっちゃったみたい。不死をやめたければ死神としての職務を引き継ぐか―――何回も自殺するしかなくなっちゃったのよ」
死のうとして死ねなくて。
不死なのに死ぬ方法があって。
なんか、矛盾している。
それっぽいクスリが落ちてないかと探しているが、意識配分としては全然、話の方に傾いていた。
「死にたくないから実演はしないんだけど、死ぬ度にちょっと、おかしくなるのよね。それが最後まで進行すれば私は死ねるけど、代わりにお前以外の全人類が不老不死になるとか言われたらさ―――九十はどう? それでも死ぬ?」
「……想像しにくいですね。いまいち因果関係が掴めないのもそうですけど、まずそんな状況ってないですから」
「不老不死を本当に喜べるのはよっぽどおかしい奴だけよ。老衰という死因すらなくなった先にはもう人間なんてあってないような物だわ。私、自分が楽になる為だけに死のうとしてたけど、そんな全人類に迷惑をかけてまでって言われたらちょっとね。自殺なんて誰にも知られずひっそりと死ぬのが一番いいんだから」
「実際、本当なんですか? その……ペナルティみたいなの」
「試せる様な条件じゃないから、信じるしかないわ。現に私は飛び降りても死ねなかったし、あんな感じだと思ったら想像がつく。だから私が死神をやってる理由は自分が死ぬ為。その一環で誰かを殺す事になっても、不老不死に比べたらマシだろうって思ってやってるわ」
どうせ死ぬ運命なんだし、と飽くまで先輩は偽悪を貫く。死神なんて好かれるモンじゃないと言わんばかりの矜持が窺える一言だった。嫌われ役が楽しいなんて人じゃないだろうに、何だかその努力が微笑ましいような、普通に痛ましいような。
何せ先輩本人がケロっとしているのでどう捉えていいか分からない。楽観も悲観も違う気がする。
「この話はこれでお終い。またいつかね……私物って漁っていいと思う?」
「流石に……」
「そっか……でも『しにがみ』を見つける為には必要な事だから、九十は左からお願いね。ちゃんと見終わったら配置は考えるのよ」
先輩は悪気もなく言い切って、平然と部員のバッグを漁りだした。どうせ誰も盗まないだろという、防犯意識の低さ―――否、平和ボケが産んだ危機管理能力の低さを生徒会長に突かれるとは誰も思わない。女子のバッグは先輩に任せて、俺は男子のバッグを手当たり次第に荒らし回った。
「…………先輩! 没収とかは不味いですか? ゲームとか……ありますけど」
「今回は見逃しましょう。こっちも後ろめたい事してる訳だし」
男子の八割のバッグには何かしらゲーム機が入っていた。暇つぶし用だろうが、それにしても持ち込み過ぎだ。校則を知らないとかそういうレベル。俺は、先輩の手前そういう事にはなじめない。生徒会室でゲームなんてやろうとした日には雷が落ちて故障するだろう。
「「…………あっ」」
それは、全くの偶然。
二人が同時に声を上げたのは、どちらかが合わせようとしたからではない。難航するだろうと踏んでいたそのクスリの所在が、二つのバッグから発見されたのだ。二人して部室の入り口を確認した後、何食わぬ顔で薬を二つポケットの中へ。それだと盗人っぽいので、先輩が持ってきていた小包にクスリを入れた。
噂は本当だったようだ。この学校には『しにがみ』が蔓延っていて、陸上部に所有者が居る。




