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変わる日常のさざ波

「はー。なーんか急に活気なくなったよなあ」

 昼休みの終わり。

 教室に戻って次の授業の準備の最中、白兵が俺に話しかけて来た。アウトローの権化たる男は勇敢にも授業の準備を放棄してわざわざ俺の机にやってきた。この瞬間を目撃されれば晴れて共犯者だろうが、そこは腐っても生徒の自主性を重んじる高校。平常点を放棄しても尚、テストで点数が取れるなら素行不良は見逃される。

「……三人休んだからか?」

「四人な。つっても青木田とは絡みねーけど」

 波津、藤里、界斗、青木田。彼彼女達は、最低でも行方不明、最悪は俺達の目の前で死亡した。体調不良という名目で欠席してはいるものの、それは直に嘘だと分かる筈だ。その四人のいずれかも、クラスでは仲良しの人物がいる。例外なく、彼らは心配しており、家を訪ねようとする者もいた。

 だが戻ってくる事はあるまい。特に青木田と界斗と波津。あれでもし生存していたなら、それはハクマだろう(ハクマがまた悪さをしているとも限らないが)。

「風邪だか何だか知らねーけど、居るだけでも賑やかになるってあるからさ、休まないで欲しいよな」

「気持ちは分かるけど、体調不良なんだろ? だったら仕方ないよ」

「おいおい、分かってねえな九十。生徒の悩みを直に届けてやってるんだぞ? 生徒会長に届けようって気にはならないのかよー」

「生徒の体調管理は生徒会の管轄外だぞ。大体健康面の話は先生から定期的に注意喚起が出てるだろ。それ以上は何も出来ない」

 むしろ手は尽くしたというべきだろう。湯那先輩が生徒会長になるまでは、冬にマフラー着用を禁止する頭のおかしい慣例があった。職員室に乗り込む所に始まり、校長に直訴やら何やら……俺は見てるだけだったけど、鬼気迫るものがあった。死神だけに。

 別に何処にもかかってない。

 白兵はちらりと廊下を見て、先生が来ないのを確認。他愛もない話を続けたいがために、彼はとんでもないリスクを背負っていた。

「―――ここだけの話として聞きたいんだがよ」

「何で耳打ち」

 ヒソヒソと内緒にする様な話題は無いだろう。悪だくみもなければ裏取引もない。世間話の何処に憚りそうな話題があるのか。

「いやー実際俺としては気になる訳でして。お前に浮ついた話がないのは百も承知だ、生徒会でずっと働かされてるもんな。残業まみれの会社に就職すると出会いが無いって話はネットで見た事あるんだ。でもさ、確かほら、草延入っただろ? 忙しいのは分かるけど三人になって少し余裕出たんじゃないか? よく考えると生徒会長と草延で両手に華って奴じゃん。で?」

「………………で?」

 どうしよう。本気で要領を得ない。会長はいついかなる時もパーフェクト美人でエネルギッシュで死神ッシュな人だと思う。草延が深窓系ダウナー美人だというのは誰でも分かる事だ。


 で?


 両手に華は分かるが、事情が事情だ。素直に喜べる事があるとすれば草延に勉強を教えてもらえる事くらいで、浮つく類の話とは相変わらず縁遠い。コイツに限った話じゃないが、敢えて抽象的に先を促す事で必要以上に喋らせようとする手法は良くないと思う。

「…………何が言いたいのかをはっきり言ってくれないと返答に困るな」

「どっちかといい感じの雰囲気になった事ないのか?」

「うーん……いい感じ。いい感じかあ…………」

「あーもう分かった。お前のその反応で分かったからいい。かーつまんねー! おもんなマジでお前、そこは手出しとけよな。俺だったら絶対出してる」

「じゃあ生徒会入るか? 猫の手も借りたいって言ってたし許可してくれると思うぞ」

「あー。それはやめとくー。二度と遊べなくなりそうだもんなー」

 実際、遊べないと思う。

 現状の三人は『しにがみ』事件を追うのに集中出来れば集中するだろう。今ある業務の全てを彼に押し付ければ、三日くらいは自由に行動出来る可能性がある。そうなったらお気の毒にと思う反面、命を握られている俺の方が余程お気の毒だった。

「……そうだ。白兵。ついでに聞きたいんだけど、『しにがみ』について……あーえっと。なんか噂あるみたいじゃん。良くないクスリを売ってる奴が居るみたいな。会長に調査頼まれてんだよ。何か知らないか?」

「流石の俺も校則違反飛び越えたガチの犯罪はやってねえよ。刑務所ん中があそべんのか? お?」

「キレんな。問い詰めてるんじゃなくて情報提供を求めてるだけだ」

「あー……ちょっとリスクある遊びを火遊びっつうじゃん。俺ってばそういうの大好きだけど、流石に火遊び超えてるよなそれ。もうただの火事。だから聞いても近づかないようにはしてたぜ」

「知ってるんだな?」

「波津に聞いた方が早えよ。アイツなんで欠席してんだか……あー、一応無関係を証明するべく全部言うんだが。俺が知ってるのは吹奏楽部の宮園って一年と陸上部の誰かが言ってたくらいだ」

「ふんふん。有難う、お前を放課後連行するつもりだったんだけど、運が良かったな」

 陸上部に関与の疑いがあるなら話が早い。名目上の調査もあるし行かない理由がなくなってしまった。忙しいのは困るけど、草延と二人で頑張ろう。

 雑談に耽っているとようやく先生がやってきたが、忘れ物を取りに戻ってしまった。最初からそれが分かっていたかのように白兵は動かない。

「そろそろ行けよ。連行しないでおくから」

「いや……連行っつーか。協力したら謝礼とかないのかなーって。金銭ってのはちょっとあれだし、会長の胸とか触れたりしない?」

「あー」

 連行したら、死にそうだ。湯那先輩、本当に死神かどうかはともかく、あの様子だと『今更一人余計に死んだ所でいいわよね!』とか言って手を下しそうな気配がある。


 『死神』としての仕事を邪魔されているから怒っているだけで、殺人や死体には全く躊躇いがないようだし。

 


「授業を始めるぞー」



 それで今度こそ、五時限目。先生の声に追い払われて白兵は自分の席に戻ってしまった。クラスの人間が四人も消えて、どんなに天気が良くても俺の視界には暗雲が立ち込めている。


 ―――何で誰も死んだって事が分かんないんだろうな。


 体調不良という表向きの嘘はともかく、違法薬物の話が流れるくらいには口の軽い奴しかいない。ならば該当者の親しい人物などが死亡などを広めそうだが、そうはなっていない。それこそ政府の陰謀だとかUFOの仕業だとかハクマの真の生態だとか言うのは勝手だが、実際の所はどうなのだろう。

 分からない内に全滅なんて、嫌だな。


























「じゃあ、行きましょうか」

 放課後になると、草延の方から声を掛けてきた。多少ざわつく声もあったが、相手が俺だと分かると即座に目的が分かり、野次を断念する。勝手な解釈で勘違いしてくれるのは結構だが、行く場所は生徒会じゃない。

「空き教室なんて今直ぐに行っても見つかるもんじゃないと思うけどな」

「特別棟は開いてると思うけど。出来れば静かな場所がいいわね。誰も来なくて、音が聞こえない場所」

「……多目的教室しかないな」 

 多目的というのは名ばかりで、殆ど使用されない無目的教室なら、部活で使われる事もない。文化祭準備は流石に人が溢れかえるが、その時期はまだ少しだけ先だ。要らぬ誤解を周りに産ませない為にも会えて生徒会室を経由して特別棟へ。教室に着くと草延は電気を点けて、カーテンを閉めていく。

 それから扉も、前と後ろの二つともに鍵をかけた。

「めちゃめちゃ規制するな」

「静かな方がいいでしょ。私も、その方が教えやすいから。それで何から教えましょうか」

 机を向かい合わせにして、彼女が一方の椅子に座る。必然として対面に座るが、こんな形式で向き合うのは中学校以来だ。

「数学って大丈夫か?」

「問題ないわ。まずはどれくらい出来るかをはかりたいから、ちょっと待って。テストを作るから」

「…………前のテストの点数くらい教えられるぞ」

「テストの範囲の話じゃなくて、基礎の話。数学って思いつきで分かる―――いえ、そういう人は居るでしょうけど、点数は所々で零すでしょうね」

 真っ黒い瞳がノートに視線を落とす。綺麗な文字がさらさらと綴られて吐き気を催す問題文へとなり果てた。

「…………なあリンネ。生徒会の話なんだけど」

「それは後にしましょう。勉強なんてどうでも良くなるくらい重要な話だから。八重馬クンは今まで並行作業で進めて来たから慣れているのだろうけど、今回に関しては非効率よ」

 逆さからでも文章が読めるのはそれだけ彼女の文字が綺麗な証拠だ。俺なんて自分の文字でも逆さからは読めない。これ自体は彼女に限った話でもないが、女子はどうして綺麗な字を書く割合が高いのか。新聞部に垂れ込むべき永遠の謎と言ってもいい。

「人に教えるのは嫌いじゃないの。私の知識が及ぶ範囲なら何でも教えられるから頼りにしてもいいわ……テストの点数、上がったらいいわね」

「それはまあ! 嬉しいよ! リンネ様様だなって! あはは!」

 草延は視線を横に逸らすと、逸らしたままノートを俺に回して渡す。






「じゃ、これを解いてみて……ここでは頼らないで頂戴。流石に教えられないから」













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