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怪異禁断症状

一章終わりです。

 身体の中から湧き上がっていく熱量。血沸き肉躍るという言葉は非常に興奮しているという意味で用いられるが、俺の身体の中ではそれが物理的に発生している様だ。

「グ」

 赤い血。それは命の源だ。身体中を巡るこの流れに嫌われれば人間は忽ち死に至る。その血がコポコポと実際に音を立てて変わっていく様を知っているだろうか。こんな身近に聞こえるのに、それを目で見て認識出来ない。

「ぁ」

 色が変わっていく感覚。身体の表面を解体され、ペンキを流されている様だ。神経だけは正常に機能しているから余計にその染色が身にしみる。ふと目が痛くなって思わず手を当てると、血が出ている事に気が付いた。嘆く暇もなく、ただ痛い。

 全身の肉が捻じれている。或いはその錯覚。何者かが粘土遊びよろしく身体を鷲掴みにして引っ張っている。中から骨が腐り落ち、肉が溶けていくようだ。立つ事もままならず、座る事もままならず、正常だった視界も歪んでいく。

「ぁ……………ぅ」

 気道が塞がった? 呼吸が出来ない。何か刃物を―――喉に穴を開けて空気を入れないと、窒息する。喉に手を当てようとすると、使える手が無かった。苦しいのは、俺自身のせいだ。この右手が、勝手に気道を絞めて、殺そうとしている。剥がさないと。刃物。要らない、こんな手!


 目の前に立ちはだかる怪物さえ認識してなければ、いよいよ俺の自殺衝動は最高潮に達していただろう。


 成程、穿熊とはよく言った姿だ。そいつの姿は言い表そうとするなら熊が一番近いだろう。もしくは大型の猿。だが全身を纏う毛は素人目にも獣のそれではなく、人の毛髪だった。よくよく見ると体のコブは全て頭部であり、厳密な正体は頭部の群れが熊みたいな形に集まっていると言った方が正しい。

 手は無数の人の爪が無差別に顕在化し、その指は産毛のように生えわたっている。足はそれ自体が普通の巨大な脚である代わりに、足裏に無数の指が柔らかく沈んでいる。ああなんて、気持ちの悪い奴だ。クスリで見た幻覚のように、気分が悪い。

 火山口みたいな顔の中には何も見えない。真っ暗な空間があるだけだ。人間が一人入るくらいは訳のない空間。もしやと思うが、訳もなく死体が消えていたのはこいつが丸ごと食べてしまったからだろうか。

 まともじゃみえていないなら堂々と歩いていても見つからない訳だ。きっと俺が視えているのは、こいつを服用したからに違いない。

「…………よォ。ようヤく、みつけタぞ」

 

 かああぁっぁあああぁぁえええええええせエエエエエエエエエ


「……かえセ?」

 確かに俺達は勝手にここに来たが、そんな言いぐさはないだろう。対策の要であった鏡を壊してまで、殺しに来たんだ。俺はお前に会いたくて、こんなアブないクスリを飲んだんだ。そんな冷たい事を言わなくても―――

「かエスのはおまエだヨオオおおぉぉぉぉぉ!」

 とても良い気分だ。足が羽のように軽い。ふつふつと湧き上がる力は選ばれし勇者のように俺を強くしてくれる。裏拳が窓に当たると、赤い血潮と共に破壊された。素晴らしい力だ。音にハクマは怯んで、その身体が霧のように歪んだ。

「うああははあははははははははは!」

 そっちの対処方法は正しいのか。笑いが止まらない。音が苦手ならこんな手段も使えるだろうと、俺は携帯をハクマの顔の中へ。最大音量でアラームを鳴らした。


 ギャギャギャギャギャギャギャギャ!


 それはアラームの音なのか、それともハクマの苦しむ声なのか。アラームを聞きつけてやって来た二人の声がする。

「なになに!? なんなの」

「八重馬クン、貴方―――何をしているの」

「おうさあ! 怪物をぶっ殺してる所ですよお! 苦しんでる苦しんでる! あと少しで殺せるんですぅ!」

「…………ねえ、まさか貴方」

「―――馬鹿! 何をするかと思えば服用なんて!」

 虚空に鳴り響くアラームはハクマの身体をどんどんと崩れさせる。身体から噴出されていく無数の人の頭。それは果たして視えない二人にどのように映っているだろうか。

「シネよお! 人をぉ殺しタ責任はあ! 自分の命で償えよオ!」

 俺は決してこの怪物から離れない。クスリが目当てでやってきたのだから、これくらいのリスクは当然だろう。だってこれは、幸せになるクスリなんだから。それを分かち合おうなんて思わない。こんな、天にも昇る心地は、俺が独り占めしてやる。


 ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ……


 アラームが静かになっていく。苦しむ怪物の姿は消えていき、実体をなくした。目の前には携帯の電源を落としつつ俺の手を掴む草延の姿があった。

「…………へ」

 認識と同時に、視界が大きく揺らぐ。平手打ちをされたと気付いた時には、頬が痛いくらいに熱かった。

「この馬鹿! 大馬鹿! 『しにがみ』を服用するなんて何を考えているの!? 死にたいのかしら!」

「……………………でも」

「でもじゃない! 二度と服用するな!」

 俺と草延の関係なんてクラスメイト以上の物はない。だからこれはお節介なのかと言われたら―――違う。きっと彼女にとって、『しにがみ』を服用される事自体がトラウマになっているのだ。その証拠に今の草延は普段の落ち着きとは無縁の焦りと怒りを露わにしている。掴んだ手には整えられた爪でも痕が残る程、食い込んでいた。

 心を浮かした熱量が、すっと音を立てて引いていく。

「……………………ごめん」

「…………………」



「はいはい。そんな葬式みたいな雰囲気を出さないの。聞いただけでもヤバいような薬を使ったのは駄目だと思うけど、無事症状が消え…………え?」

「あ…………症状が消え、てる。八重馬クン、何かした?」

「え。俺に言われても……だって直前まで口喧嘩してただろ」

「草延さん。このクスリ、効力は直ぐに切れるのかしら」

「……分からないけど。私の家族は、まともになる事はなかったわ」

 多くは語らないが、先輩もそれで事情を察したらしい。出しかけていた黒い物体をポケットにしまうと、俺の肩を掴んで引き寄せる。

「ハクマの事は一度考えるのを止めましょうか。さっき暇なときに調べたんだけど、このクスリ、服用した人は最後には行方不明になるらしいわね。だったら九十は貴重なサンプル状態。この手を逃すなんてあり得ないわ」

「え。湯那先輩がそれを言うんですか?」

「夜遊びの理由についてちょっと話したでしょ。良くないクスリを売ってるなんて、一番現実的じゃないのが真実性を帯びてくるなんて分かるかっての。とにかく今日は解散。私が家まで送ってあげるから、九十は私に電話かけてきて。いい? 何があっても今日は電話を切らない事」

「え、え、え?」

「返事は?」

「は、はい。分かり……ました。一応聞きたいんですけど。今日を生き延びたら晴れて自由の身なんて事は」

 目の据わった笑顔を見て、俺自身。楽観的な発言が恨めしくなった。そんな都合の良い話はない。ごめんで済めば警察は要らない様に、死を承知で俺はクスリを使った。







 生殺与奪の全てくらい、握られたって文句は言えまい。
























 翌日。

 先輩に言われた通り電話は切らず。明日を迎えた。朝食から登校まで、電話が切られた事はない。カメラは起動させていないが生活の全部を覗き見されている様で凄く恥ずかしかった。


 ―――これが死神のやる事かよ。


 クスリを服用したせいで話が逸れてしまったが、結局ハクマとの対決の中で彼女は『死神』の力を使わなかった。そういう力はあるらしいが、見せてくれなかったので、まだ真実とは言えない。何ならハクマにせよ『死神』にせよ非現実的な存在だ。『死神』の存在は認めるが、ハクマが視えないなんておかしな話ではないだろうか。

 霊能力者だけど霊が視えないとか、そういう事を言っているようなものだろうに。

 HRの時間が来るまでのインターバルに生徒会室に顔を出した。そろそろ電話が熱くなってきて、通話を切りたいと思っていたのだ。俺の生存を直で確かめればその許可が下りるだろうと。


「あ」

「あ」


 草延が、椅子に座っていた。お互いどうしてここに来たかを問うよりも先に、彼女は俺の肩に触って、上目遣いに目線を合わせてくる(身長差があるので仕方ない)。

「……大丈夫なの」

「あ。ああ。生きてるよ。見ての通り」

「……そうなの。ええ、ほっとしたわ」

「本当は放課後に呼びつけるつもりだったけど、話が早くて助かるわ。九十、もう電話切っていいわよ。それと座ってくれる? 生徒会の今後について話があるの?」

 用件を言う前に片付けられてしまった。寝起きと緊張感から今いち話が呑み込めないので大人しく席についた。なんとなく、草延の対面に。

「草延さんが今朝、部活をやめて生徒会に入ってくれる事になりました。今後、生徒会は『しにがみ』事件としてあのクスリに関する噂を徹底調査します。悪いけど、貴方も付き合ってね」

 警察には任せないのか、と。無駄な抵抗はしないでおこう。下手に機嫌を損ねてもかねてからの約束通り俺が殺されるだけな気がする。『死神』の仕事を草延に隠しながらというのは難しいから、明かしたのだろうか。


 ―――多分、明かしてないのだろうな。


 その辺りを、草延が気にしないとは考えにくい。後でどんな素晴らしい言い訳を持ってきたか聞いてみるとしよう。

「……いつまでですか?」

「勿論事件が解決するまで……って言いたいけど、薬を服用したと思われる人物が行方不明になるまでの最長生存期間は三か月らしいし。三か月って所ね。そこを過ぎたら……貴方は関わらなくていいわ。それまでにこの事、誰にも漏らさない様に。漏らしたら―――貴方なら分かるでしょ?」

 死神の鎌が、首筋に当てられる。

 名実ともに、俺は先輩の手足となってしまったらしい。

「―――分かりましたけど。ハクマの件についてはどうするんですか? あれも実害出てるんですから、解決しないと」









「波津君の携帯から、『シニガミ』とのやり取りが見つかったわ。だから勿論、一括りに調べるつもり。三日もあればなんて言ってたけど、草延さんは有能ね。手間が省けたわ」

 

 続きが気になる、面白いと思った方はブクマ、感想など宜しくお願いします。

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