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幻視界異

 何に攻撃されたのか分からない。


 だが確かに、攻撃された。草延は致命傷とはいかないまでもその場で崩れ落ちて動かなくなった。

「先輩!」

「見えない! 九十。草延さんを連れて逃げて!」

「んな事言われても……」

 何に起因する攻撃なのかが分からないと逃げようがない。ポルターガイスト的な現象なのか、それとも透明な奴に攻撃されたのか。後者なら入り口で構えているだけで俺達は逃げられない。危機的状況で抱える草延の身体は驚くほど軽かった。

「ちょ、こっち来ないでよ! 危ないでしょ!」

「見えない奴が居るんだから何処も危ないでしょ!」


 

 かぁぁぁあああぁぁあぁァァぁぁあああエエエ



 低く唸るような声が反響する。トイレに井戸はないが、ほの暗い水の底から届いている。背中を撫でる寒気と、口内を枯らす焦燥が正常な判断力を奪っていく。

「……八重馬クン。もしかして、『ハクマ』じゃ……」

「現状はそう考えるしかないけど。だからって脱出方法はないだろ。お前は怪我してるんだからしゃべるな―――!」 

 呑気に喋っている間も、謎の存在から攻撃は続く。身体が宙に浮いたのは何者かが俺の首を掴んでいるからだ。草延に影響はなさそうで、彼女はただ目の前の状況に狼狽していた。

「ぐっ―――!」

「九十!」

 首を掴んでいる圧力の正体は不明。手を払っても虚空を薙ぐばかり。力が抜けていくと抱きかかえる事さえままならない。床に尻餅をついた草延とは対照的に身体は天井に近づいてく。天井からは、無数の薄い布みたいな手が首を掴もうとゆっくり伸びてきていた。

「――――――!」

 かかとで窓を蹴りまくる。壊れる事など厭わず、それがせめてもの抵抗だった。天井の手は足元の二人には見えていない様子で、湯那先輩なんか俺の足首を引っ張って何とか引きずり降ろそうと必死だ。

 無数の手が顔に覆い被さっていく。視界が曇り、首に掛かる力が増した。


 ああこれは、確信している。


 どれだけ頭と体が骨で繋がっていようとも、数は力だ。これだけの手に引っ張られたら抵抗など意味を持つ前に首は文字通り引っこ抜けるだろう。



「これで…………どうっ」

 パリンっと気持ちのいい音が鳴ると、死を予感していた身体が解放される。今度は自分がトイレの床に叩きつけられ、屈辱にもその床を舐める……なんて考える余裕もないくらい、唐突に。自分がどうして助かったのかも分からないまま、湯那先輩の手を取って立ち上がる。

「………………」

「大丈夫?」

「…………何を、した。ました?」

「私は何もしてないけど、草延さんが鏡を割ったみたいね」

「……相手がハクマなら、鏡を割るくらいしか対処法が思いつかなかったわ」

「草延さん、見えてたの?」

「見えてないけど、不可解な現象で一番可能性があるのはハクマになるでしょう。正解じゃなくてもおかしくなかった。結果的には良かったけど」

 考えたい事は沢山あるが、今は助けてくれた事に感謝するべきだ。彼女に向かって頭を下げると、「そんな事より」と視線は俺ではなく、死体となり果てたクラスメイトに向けられた。

 

 青木田恵梨子は死んでいる。 


 その状況の是非よりも、この状況に置いて誰も取り乱さないという状況が、三人の事情を表していた。俺だけはまあ、一度死体を見た反動というか、直前で自分が殺されている事以上に驚くような事なんてない。

「…………どうしよっか。色々聞きたかったんだけど」

「この死体、生徒会室に運びましょうか?」

「俺はやめた方がいいと思う。死体が残ったら色々疑われるし」

「私も同感。波津君は消えてしまったけど、だからってこの死体が消える保証はないわ。写真を撮ってからそれで一度生徒会室に戻りましょう。これ以上居ると、危ない気がする」

「ハクマ、倒した訳じゃなさそうですものね…………彼の携帯は無事みたい。帰るなら、早くしましょう」

 一足早く外に出ようとした彼女の足のもつれを、俺は見逃さなかった。写真の角度に悩む先輩を横目に慌てて彼女の横に並んだ。

「無理するな草延。壁に叩きつけられて、痛いんだろ」

「…………ええ、大丈夫。心配しないで」

「心配するよ。そんなふらふら歩かれたら心配しかしない。俺の肩を掴むなり腕組むなり、とにかく杖の代わりにでもしてくれ。見てられない」

「……そう。だったら、お言葉に甘えるわ。でも、そういう八重馬クンはどうなのかしら」

「俺は…………いいよ。死ぬのが早くなるか遅くなるかの違いだから。お前はそんな事ないだろうから、気にしないでくれ」


 




  




















 生徒会室に戻ってくると、ここは出発した時と何ら変わりない空気で俺達を出迎えてくれた。今度は遠慮する必要がない。校内から人は居なくなった。壁の電気を点ければ生徒会室全体に光が満ちて、纏っていた泥のような闇がすっと流れ落ちる。

「はー。なんか家って感じ。全然違うけど」

「一休み、してもいいでしょうか」

「ええ、私も休む所。飲み物とかまた出しましょうか。九十もお疲れ様。ここには鏡なんてないから、『ハクマ』も手出しできない筈よ。鏡の代替になりそうな窓も全部塞いであるしね」

 歩きの不安な草延をソファに横たわらせるとスペースが無い。近くのパイプ椅子を引いて、そこに座った。

「今日は解散してもいいけど、一つ懸念点があるわ。青木田さんが昨日いたのか居なかったのか。状況だけ見れば居たと考えるのが自然。でもね、オカルト的には居なくても呼ばれたと考えれば説明がつくのよ」

「何でもありですね」

「……今はいない界斗君が、そもそも何故お化けを呼ぼうとしたのか。誰も気にしてなかったけど、彼はオカルト愛好会とは関係ないでしょ?」

 俺の記憶によると、と言い出す前に先輩は各部活動から提出される報告書を取り出してパラパラとめくり出した。そんな速度で読めるかは不安だったが間もなく手が止まったのを見て杞憂を悟る。

「やっぱり違う。彼バスケ部の副部長だ。こういう報告書、ウチは部長と顧問が確認するんだけど付箋で補足が入っててね。部長が確認出来ないから副部長にやらせたって書いてある」

「……この学校は、オカルトに興味がある人多いのかしら」

「ないない。界斗とそんな親しいわけじゃないけどさ」

 そもそも詳しい人間がそんな多いならあんなおっかなびっくりな集まりになるとは思わないし、昨晩はもっと有益な情報が聞けただろう。先輩が机の上に置いてくれたお茶を飲んで心を落ち着かせる。

「興味がない奴がわざわざ呼び出すその違和感……今は考えても仕方ないか。とにかく、今日逃げたら明日また犠牲者が出る可能性がある。生徒会長として悪戯な犠牲は抑え込まないといけない。草延さんは帰ってもいいわよ。後は二人で何とかするから」

 横たわっていた少女が、ゆっくり身体を起こして背中をもたれた。

「ここまで来たら、最後まで付き合います。不思議な事というと、ハクマの性質についても疑問がありますし」

「疑問?」

「ホワイトボード借ります」

 そうして彼女の手でまとめられたハクマの疑問は、表も合わせて凄く分かりやすく示されていた。


・ハクマは人に化けて悪戯をする→悪戯とは?

・何故鏡を割ったら消えたのか

・人に化けるのに見えないのなら顔を見られるのが嫌いとは?


「悪戯というのは、鏡から鏡に移動させる程度の事だと思っていました。だけどあれは、敵意と呼んでもいいくらい。鏡を割ったらいなくなった理由も謎です。そんな話は聞かなかったし、顔を見られる事にも関係が無さそう。青木田さんが死んだなら、明日は同じように動けない可能性もあります。今日中にはっきりさせたほうがいいでしょう。丁度、情報源に直接触るチャンスですから」

「情報源……あ、そうか。お前がっていうか、ハクマについて知ろうと思ったらこの学校だとあそこで聞くしかないもんな」




「……そう。オカルト愛好会。今なら部室が覗けるから。百聞は一見にしかずとも言うし、今夜で片をつけるなら行くべきだと思うわ」


 

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