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たいじょう望むべからず死の在処

「……マジ、かあ」

 鍵は開いていた。先輩が立てこもる前は確実に施錠されていた様な場所(つまり部活や先生の仕事でも使わないような場所)も開いている。それぞれ離れすぎない程度に手分けして探し回ったが、一切の例外はなかった。

「……こりゃ、戦うしかないようね」

「今日の所は引き上げるっていう線はないんですか?」

「ないわ。次はいつ遭遇するかも分からないんだし、今日中にどうにかするべき。少なくとも鍵を開けた犯人は居るんだから」

「もう帰った可能性はありませんか? 鍵を全て開けているという事は、全部脱出口として使えるという意味です。高度的に二階や三階は非現実的でも、一階から脱出すれば関係ないと思います」

「それこそ意味がないわね。何の為にそんな事を? 昨晩の出来事と私の性格を知っていればこの動きは読めるかもしれないけど、いつ動くかは分からない筈よ。それも仮に分かっていたとして、先生の目を盗んで鍵を全部開けるのは難しいわ。たまに残業してる先生も居るでしょ? 安全面から最後に残った人が施錠確認をするのは当たり前。生徒会室周りを私に任せてるのは自分の負担を軽減する為。掻い潜って鍵を全部開けて、ついでに鏡を割って、脱出? それはおかしいでしょ」

「鏡を割ったのとは同一犯じゃないかもしれませんよ」

「こんな事に二人も居てたまるかっての。草延さんの言うように単なる悪戯という可能性、限りなく低いとは思ってるけど、だとしてもここは譲れない。悪戯なら猶更、バレない為には身軽さが重要になる。二人なんて無謀よ」

 先輩はそう言うが、それらは状況証拠や前後の脈絡を踏んだ上での推理でしかない。草延の言う通りというか、今は居ない可能性も考慮すべきだ。『ハクマ』とやらが居るならそいつは逃げようがない。追いやすいのはオカルト方面だ。

「そう言えば湯那先輩。あのドラッグって何処で拾いました?」

「え? 波津君が狂ってたトイレよ。だから理由としてこれを挙げたの。草延さんが教えてくれるまで何か分からなかったけど、現場にあるんだから無関係じゃないでしょ。トイレにあっても不自然だし」

「……ちょっとすみません。気になる事があるんで協力してくれませんか? 草延も頼む」

「九十からそんな言葉が出るなんて珍しいわね。私はいいけど」

「右に同じよ。何をするの?」

 ここは非常に静かだ。誰も居ない可能性と同じくらい、誰かが居る可能性も考慮しないといけない。聞こえるとまずいので三人で壁を作って、無声音で作戦を伝えた。先輩の方はあまり良い顔をしなかったが、草延からは感心を得られたので多数決的にはこちらの勝利。実行する運びとなった。

「調べるにはいい作戦ね。乗ったわ」

「……仕方ないか。気をつけてね」

 先輩から違法ドラッグ『しにがみ』を受け取ると、三階まで撤退。階段の踊り場で二人と別れて、俺は一人、二階の男子トイレへ。薬を持ってきたから何かするというつもりはないが、鏡を見据えて、孤立する。

「…………」

 考えを整理しよう。大事な事は多くない。


・音楽室の鏡は割れていた

・校内の鍵が全部開いている(立てこもっていた生徒会室とその窓は除く)

・恐らく、昨晩も校内に居た


 一番目は、まだ何とも言えない。ただ妨害目的で、なおかつハクマの話を知っている人間でないと成立しないのは明らかだ。ハクマの事を知らないと鏡には触ろうとも思わない。第一容疑者に挙がるのはオカルト愛好会だが、彼らが情報提供をしなければそもそもこの流れにはならなかった事を踏まえると怪しい所。

 すると次に怪しいのは、電話を受けた人間だ。何のお化けを呼び出すかと先輩に聞かれて波津は『ハクマ』と答えた。つまり藤里も草延もその辺りは把握していたという事だ。学校に来たのは三人だが、果たして電話を受けたのは本当にその三人だけだろうか。

 学校に来たという前提はつまるところ、電話を受けたという事では?

「…………」

 ふと、トイレが気になったので周囲を探し回ってみる。直感という程の無根拠ではない。電話越しに先輩と話してた可能性について探っているのだ。あの時からトイレに居たかは分からないけど、もしトイレに行く理由があったならここで電話していた筈だ。

 俺と草延は教室内に居たから静かに歩けば気づかれまい。声が聞こえる可能性については……周りに気を払っていたつもりはなく、どちらかというと彼女との会話に集中していたので絶対に聞こえたという自信もないし確証もない。遠くを探してる時だったらまず気づかないし。


「……あった!」

 

 用具入れの中に、携帯を見つけた。画面は多少割れているが電源は問題なく入る。誰の物かは断言出来ないものの、仮説通りならこれは波津の物―――

 無警戒に拾い上げた、その直後。



「ぐっ…………!」




 背後から縄のようなものがかかったかと思うと、勢いよく締め上げられて反射的に両手が首に掛かる。自分で自分の首を絞めている様だが実際は後ろに居る人物だ。きゅうっと気道が狭まると耳も視覚も遠くなっていく。

 身体の自由が失われる前に、予め開いておいた設定画面からアラームを最大音量で鳴らした。


 ビララララララララララ!


 絞め上げる力が強くなる。ああそろそろ、意識が遠くなってきた。何か言っている。聞き取れない。聞き取る事に、力が割けない。

「それをおおおおおおおおおおおおよこせえええええええええええええええええええええええ……」

 なんて、言っている?

 確証。無い。

 単純な言葉も。


 ききと レな い。


「どりゃあああああああああああ!」

 ブラックアウトするか同化の瀬戸際、死神の声を聞き、一瞬の正気を取り戻す。間もなく鈍重な蹴りの音が聞こえたかと思うと、確実な死から解放された。

「私を差し置いて九十を殺すとか百年早いわ! 出直してこおい!」

「八重馬クン、大丈夫?」

「ごほっ!、ごほぉ! ぅ。ぁあ……ごぉ!」

 草延に支えられ、彼女の声に合わせて呼吸を整える。ままならない苦しさは中々消えない。気を抜けばすぐにでも気絶しそうだ。自分の呼吸に全身全霊の気を回していて他の事は気にならない。胸に彼女の手が置かれていたのも、遅れて気づいた。


「八重馬九十。落ち着いて。貴方は、確かにここに居る」


「…………ぁ?」

「おとうさんが良く使ってるの。見様見真似で理屈は良く分からないけれど。とにかく、落ち着いて。呼吸をして」

「……………………あ! あ、ありがとう。何とか。俺は。大丈夫……大丈夫だ」

「作戦、大成功ね」

 俺が二人に提案した作戦は、ここに人が居るかどうかを確かめる為の言うなれば罠だ。俺が『しにがみ』を持ってトイレに行く。二人に三階で一度別れてもらったのは三階から二階の両端で待ち伏せが出来るから。もし誰かがあのクスリを目当てに来るようなら取り押さえられる。

「先輩は?」

「綺麗なハイキックだったわ」

「中に体操服履いてるからセーフよ」

「そうじゃなくて、蹴るのが問題だと思うのですけれど」

 湯那先輩に蹴られて気を失っているのは、複雑にも見覚えのある女子の顔だ。二人が取り押さえるのに時間がかかった所を見ると、元々近くに潜伏していたか……『ハクマ』で移動して、俺を殺そうとしたか。

「青木田だ。青木田恵梨子あおきだえりこ。うちのクラスの女子」

「部活は?」

「吹奏楽……え? 吹奏楽ですけど。吹奏楽って」

「これ、死んでないのですか? 頭から血を流してる様な」

「可愛い後輩殺そうとしといて自分が死ぬのは無しなんてあり得ないでしょ。大丈夫、即死はしないでしょ」

 死神なので殺人に対するあれこれには頓着していないのかもしれないが。中々無理のある理屈だ。一先ず容疑者は捕まったので一件落着とも言える。だがまだだ。携帯電話の中身を調べられていない。

「そうだ、湯那先輩。携帯を見つけたんですよ。恐らく波津のなんですけど、暗証番号って調べられませんか?」

「無茶言わないでよ、流石の生徒会もそんなの把握してないわ。先生だって把握してないでしょうね」

「携帯、あったのね」

「うん。だから電話越しに話してた可能性は、もう決めつけても良いと思う。隠されてたって感じでもないから落としたのかな。まあ只ならぬ様子だったから無理もないけど」

「……それ、私が預かるわ。必ず開けるから、時間を頂戴」

 詳しい手段は語らない。それが何を意味するかは後ろめたい事がある先輩には分かった様だ。俺も、何となくというか。漠然とまともな手段じゃない気がしている。

「じゃあ―――」

 携帯を渡そう。

 俺一人にはどうしようもない。

「……三日もあれば、開くと思うから。期待していて」

 暫定波津の携帯をポケットにしまうと、草延は満足そうに踵を返した。









 それとほぼ同時に、横たわっていた死体の頭が踏まれた様に潰れた。

「え―――?」

「は?」

「ん…………ぐっ! ああああああ!」



 時を同じく、草延の身体が殴りつけられ、鏡に向かって叩きつけられた。






 何も、居ないのに。









「草延!」

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