第七話 体育が甘すぎる
甘い台詞を繰り返す日々が続き、体育の授業前の休み時間のことだった。
「池木くん、池木くん……」
吹井田さんが俺をこっそり呼び、物陰に来るよう促してきた。
体操服姿の吹井田さん、髪を頑張って纏めていてかわいい。
「え? 何? 吹井田さん?」
「あのですね、ちょっとずつ慣れが出てきていると思うのです」
「はあ」
「なので、今回は体育の授業中はいかがでしょうか」
「はあ!?」
「『お前の為に勝ってくるよ』これでお願いします」
「いやいやいや!」
舐めないで欲しい!僕は、運動はほんと並なんだ!
「負けてもいいの負けたバージョンも用意してるから。だから、終わった後に、私返すから、ね!なんとかチャンス見つけて会おうね」
いや、ね! と言われても……今回ばかりは厳しい。体育の授業中に女子の方に行くのが難しければ、僕が活躍するのも難しい。
けれど、あんなキラキラした目で見られたらなあ。
断れる人間がいるだろうか、いや、いない(反語)
男子の種目はサッカー、女子はソフトボール。サッカーなんてへたくそはディフェンダーと言う名の肉壁やらされてただただ前に蹴っておけと言われるだけだ。
そして、運の悪い事に。
「池木、ぶっつぶしてやるよ」
敵チームに謎に僕を敵視する兜がいた。はあ。まあ、出来るだけ頑張るかあ。
試合は開始早々から一進一退の攻防が続く。
僕は案の定、パスをつなぐので精いっぱい、吹井田さんにいいところを見せようとするサッカー部や兜がゴール前に集まり近寄れない。
そして、前半残り5分。
偶然前の方にいた僕にボールが回ってきた。
「池木、攻めろ!」
くそ、いくしかないかあ! 僕は意を決して走り出す。
しかし、相手チームの戻りが早い。すぐ追いつかれる。
その時、僕にぴったりくっついている奴の足が引っかかる。兜か!
わざとだな、そう考えてるうちに兜が思い切り身体をぶつけて突き飛ばしてきた。
「いったあああ!」
流石に反則がとられるが、兜は笑っている。
「いやあ、悪いな。池木。お前ほんといい声出すよなあ」
どこの悪役の台詞だよ。いや、膝擦りむいてんだけど。
僕は兜の言葉を無視し、先生に言われ洗い場に向かう。血が出てる。
「い、池木くん、大丈夫!?」
吹井田さんが慌てた様子でやってくる。どうやら、吹井田さんチームの攻撃らしく、ちょっと時間があったみたいだ。
「ああ、うん、平気。保健室行けば消毒液もらえるだろうし、洗っておこうかな。」
「ごめんね、私が変なこと言ったせいで……」
彼女が申し訳なさそうな顔をしているのを見て、僕の心の中に罪悪感が生まれる。
別に吹井田さんのせいじゃない。それどころか。
「すぐに戻ってくる。そして、」
吹井田さんの悲しそうな顔を見たら、
「君の為に勝つよ」
信じられない言葉が口をついていた。
でも、勝ちたい。吹井田さんが応援してくれてるんなら。勝ちたい。
僕は、急いで保健室で消毒してもらい、先生に許可を貰って試合に戻る。
もう試合は終了間近だ。点数はゼロ対ゼロ。
僕は脚の痛みもあって、あまり動けない。だけど、その分、みんな僕への注意がなくなっている。
兜が僕達のゴールに無理やり攻め込んでいる。
だけど、慌てて戻ってきたサッカー部によって簡単に奪われ、転んでしまう。
ここしかない!
「パース! 絶対決める!」
僕は大声でパスを要求する。
サッカー部の木村君が思い切り蹴ったロングパスは思った以上に伸びて僕は必死で走って追いかける。
相手のゴールキーパーもそれに気付き、駆け寄ってきている。
「うわああああああああ!」
僕は叫ぶ。叫びながら走る。
すると、その追いかけるボールの先に吹井田さんが立っていた。
女子はもう終わって片付けしてるみたいで、彼女は胸元で手を組んで祈るようにこちらをみている。
「がんば……!」
彼女が口を開いたその瞬間、味方チームから嵐のような応援が背中越しに聞こえる。
「いけ!池木!」「決めろ!」「がんばれ!」「死ねー! 池木!」
多くの声にグラウンドが包まれる。兜の罵声もあったけど。
でも、確かに聞こえた吹井田さんの声。
僕はそんな彼女の手前に転がるサッカーボールに思い切り飛びこんだ。
「届けぇえええええ!」
一瞬の静寂の後、グラウンド中に歓声が響く。
僕の頭がかすり、ゴールキーパーの横を抜けて、ゴールネットにころころと転がっていった。
その日、僕は初めて体育でヒーローになれた。
授業終わり、兜はめちゃくちゃ怒られていた。
まあ、そりゃそうか。しねはないだろ。
僕は、ヘディングしてまた怪我したので、保健室に直行。着替えも持ってきてもらって、遅れて最後の授業に戻った。
そして、その日は興奮冷めやらず、ぼーっとしたまま、放課後を迎えた。
そのまま、帰ろうとすると、
「ちょっと待って! 池木くん!」
僕を呼ぶ声がした。振り向くと、そこには、吹井田さんがいた。え? なになに!?
「あのさ、今日はまだじゃない?」
「え?」
「あの、そのね……」
吹井田さんがもじもじしてる。
かわいいなあ。
「私の為に、頑張ってくれてありがとう。嬉しかった。」
そんなの当たり前じゃないか。だって、僕は君が……。
僕は、彼女を安心させる為に、笑顔で応える。
「うん、どういたしまして」
「だから、」
「今度は、私の番だよ」
彼女はそう言うと、僕の耳元に口を近づけ、 囁く。甘い声で。
「すっごくかっこよかったよ、池木君」
その言葉を聞いて、僕は心臓の鼓動が激しくなる。顔が熱くなる。
彼女の吐息がくすぐったい。
「じゃ、じゃあ、今日は友達待ってるから急ぐね!」
そう言って彼女は廊下を走り去っていった。
僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「ありがとうございました(美声)」
深々と礼をすると、僕は家へと帰り始める。
なんだろうか、吹井田さんとこういう関係になってからどんどん自分が変わっていく。
明日はどんな事が待っていて、どんな言葉が待っているんだろうか。
足は怪我しているはずなのに、今日の僕はそんな事構わずに走り出していた。
汗だくで帰って妹にびっくりされました。
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