第二十話 告白が苦すぎる
「おい! 池木! お前、本屋で吹井田さんのこと呼捨てで呼んでたらしいな! まさかとは思うけど付き合ってるわけじゃないよな!?」
兜の言葉に僕は詰まってしまう。
視界の端に吹井田さんが映る。
大丈夫、僕は分かってる。
「え? 付き合ってないけど? 何言ってるの」
「でもさ、俺の友達が言ってたんだよ、学校近くの本屋で呼捨てしあってたって」
兜がしつこい。
「それ、ほんとに? 僕と吹井田さんだったの?」
「おい、俺の友達を疑うのかよ」
「いや、そうじゃないけど、僕と吹井田さんが付き合うと思う?」
僕の言葉に、クラス中が納得したような空気になる。それはそれでくそう。
僕はため息を吐いて、話を続ける。
吹井田さんは不安そうな顔をしている。
大丈夫、吹井田さんには絶対迷惑かけないから。
「あのね、確かに僕は本屋に行ったよ? でもそれは吹井田さんとじゃない。妹と。吹井田さんには会ったけど、妹がいたからね。下の名前で呼んでくれた。僕が呼んだのは……僕が調子こいたから。ごめんね、吹井田さん。吹井田さんが誤解されるの嫌だから言っとくけど、僕は吹井田さんとは何にもないよ」
何もない。それは本当だ。
だって、僕達はお互いの利益の為に甘い言葉を言い合うだけの関係なんだから。
甘い言葉を一日一回摂取しなければ死んでしまう病と嘘を吐いて、満たされるだけの、声だけの関係なんだ。
「そ、そっか」
「悪いな、変なこと聞いて」
兜の取り巻きが謝ってくる。弱!
「いいよ別に」
だけど、兜はまだ納得できないみたいで。
「だけど! おい、池木!」
うるさいなあ。こっちだってわけわかんないよ! こんな気持ちがぐちゃぐちゃになると思ってなかったんだ!
「いちいちいちいち絡んでくるなよ! お前が! 吹井田さんが好きなら! お前が言えよ! 吹井田さんと僕はつきあってるわけじゃないんだから!」
僕が叫ぶと、兜は、ははは、と笑いながら、
「そっか。そうだよなあ! お前みたいなモブが、生意気に吹井田さんが好きとかねえよな!」
「おい、兜」
いきなり立ち上がったのはサッカーの時同じチームであれ以来話しかけて来てくれるサッカー部の木村君だった。
イケメンでモテモテの、兜とは違って本物のカーストキングだ。
「お前、ほんと、なんなの? いちいちモブとかそういうこと言ってかっこ悪いと思わねえの?」
木村君は凄みのある低い声で言う。怖い、すごく怖いよ。
でも、その迫力にちょっと怯みながら兜は言い返す。
「お、俺はただ事実を言っただけだぜ?」
「池木、最近色々頑張ってるだろうが。俺、お前みたいなヤツがほんと嫌いだわ。っていうか、もうこの際はっきり言ってやる。お前、相当嫌われてるぞ」
木村君の言葉で教室が静まり返った。
そして、クラスのみんなが一斉に、うんうん、と首を縦に振る。
兜は、顔を真っ青にして周りを見回している。
兜の取り巻きも目を逸らし気まずそうにしてる。
「そーね。ぶっちゃけ、いちごの事好きなのかもしれないけどさ、誰かを落として、遠回しに自分が好きだってアピールするのマジでかっこ悪いからやめた方が良いよ。ねえ、いち、ご……」
菅野さんが兜を睨みながらそう言って、吹井田さんの方を見ると、吹井田さんは……泣いていた。
「ちょっと、いちご……?」
慌てた様子で菅野さんが吹井田さんに近寄っていく。
吹井田さんは、えっ、えっ、と言いながら涙を拭っている。
クラスのみんなも、何事か、という感じでざわついている。
僕は、何も言えないまま、ただその様子を見ていた。
吹井田さんは泣いたりしない人だと思っていた。
いつも明るく笑顔で、どんな時でも前向きな、そんな子だと勝手に思っていた。
だから、彼女の泣き顔を見た瞬間、僕の胸は張り裂けそうになった。
僕は、彼女を傷つけてしまった。その事がどうしようもなく悲しくて。
彼女は今、僕のせいで傷ついていて、そしてその原因を作ったのは僕なんだ。
ああ、どうして僕はこんなにも馬鹿なんだろう。
僕は、自分の保身しか考えていない最低な人間だ。
僕は、自分の利益の為に彼女を騙し続けていた。
でも、それでも僕は彼女に笑ってほしくて。
「池木くん」
吹井田さんが僕を見て悲しそうに笑う。
「ごめんね」
違う。違うんだ。僕は君のそんな悲しそうな声聞きたくなかった。
その後、誰も言葉を発することが出来ず、授業が始まり、時間が過ぎていく。
誰もが何も言えないまま、静かに、静かに、過ぎて行く。
そして、放課後、誰も騒ぐことなくぱらぱらと帰っていく。
兜も何も言えず、帰っていく。
僕も。僕も何も言えない。言う資格はない。
足早に教室を出て行く。
音楽室からの歌声を聞きながら、図書室を通り過ぎ、中庭を抜け、運動場の横を通り、後門を出た所でスマホを取り出す。
メッセージでも入れておけばいいよね。
いいんだ。これで。
これで。いいんだ。
もう甘い言葉を言わなくて、言ってもらわなくて。
いい、
「わけないだろっ……!」
僕は、振り返って駆け出す。
所詮、僕はモブ野郎だ。モブ中のモブ、モブオブザイヤーだ。
でも、でも、そんな僕でも彼女は褒めてくれた。
認めてくれた。
だから、僕はまだ諦めたくない。
彼女が僕を認めてくれるまで。僕を必要としてくれるまで。
走り続ける。
僕が本当に欲しいものは何か。
それを手に入れる為に。
その為なら、僕はいくらだって頑張れる。
息が切れても、足が痛くなっても、心臓が破裂しても、肺が爆発しても、それでも。
だから、僕は走る。
彼女がいる場所へ。
「吹井田さんっ!」
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