第二話 俺様が甘すぎる
「昨日はすごかったな……」
僕は教室でバリトンボイスの日本史を聞きながら、昨日の事を思い出す。
吹井田いちごさん。
ストロベリーブロンドのボブという美人専用の髪でゆらゆらと舟をこぎ始めている。
かわいい。がくんとなって周りをキョロキョロ見ている。
注目度の高い彼女だから僕以外にも見ている子がいたようでくすくす声が聞こえる。
吹井田さんは名に負けないくらい本物の苺顔負けな赤さで俯いた。かわいい。
まさか、あんなかわいい吹井田さんとあんな事になるなんて。
兜になんか声が良いからって調子に乗るなと言う訳の分からないシメ方をされ、放課後偶然遅くなったら教室で出会えて、二人っきりになれた。
そして、何故か彼女が言ってきたのが、
『わ、わたし! 一日一回甘い言葉を摂取しないと死んじゃう病気なの!』
まあ、シンプルに嘘だろう。
吹井田さんはよくアニメの声優さんの話をしているし、僕はぶっちゃけ声だけはいい。悲しい事に声だけは。
だから、吹井田さんは、アニメ化されてない漫画の台詞をイケボで聞きたくて僕にそんな嘘を吐いてきたのだと思う。嘘でもつかないと僕などと言うモブオブモブに勘違いされかねないからね!
というわけで昨日、甘い台詞を吐かされたのだが、ちょっと調子こいて自分もその病気だと言い張って、吹井田さんに言ってもらった。
まあ、一度くらいいい目をみたいと思ったモブの気持ちも分かって欲しい。
流石にこれにこりてもうないだろうと思っていた。
「今日の甘い言葉はこれでお願いします!」
こりてなかった。
放課後、二人になると吹井田さんはとってもいい笑顔で漫画のページを開いてきた。
まあ、僕もちょっと期待して残っていたけれど!
吹井田さんが開いたページには壁ドンするイケメンが『俺の女になれよ』と言っている。
おばああああ!
「いやいやいや! これは恥ずかしすぎるって!」
「お願い! 言って!『俺の女になれよ』って言って!」
「嫌だって!」
「なんで!」
「恥ずかしすぎるんですが!」
「昨日は言えたじゃん!」
「あれは、まあ、勢いというか……。」
「じゃあ、今日も言えるでしょ!」
「勢いは死んだ!」
「なにそれ、ニーチェ!?」
勢いだけの会話が繰り広げられるが、これは勢いで言えることではない。
そもそも俺と言ったことがほとんどない。家で言ってみて妹に笑われて心に傷を負った。
「無理! 絶対無理!」
「あー! わかった! 池木君は私の事嫌いなんだ! だから言えないんだ!泣きそうだー!っていうか、死んじゃうー!」
いや、こっちが恥ずかしすぎて死にそうなんですが!
吹井田さんは、どへたな嘘泣きを始める。だが、かわいい。
こんなかわいい吹井田さんを泣かしていいだろうか、いや、いけない(反語)
「わ、分かったよ! 言うよ! 言えばいいんでしょ!」
吹井田さんの顔がパァッと輝く。
ちくしょう! この笑顔に弱いんだよなあ。
仕方ない。腹を括るか。
息を大きく吸うと、吹井田さんの手を取り、顔を近づける。
あー! 顔熱い! 多分真っ赤になってる!
僕みたいなガリは吹井田さんと違ってハバネロだろうけど!
「えっと……、お、俺は、お前の事が好きだ。だから、お、俺のモノになれ。」
そして、恐る恐る目を開けるとそこには、 ストロベリーブロンドの髪が揺れ、大きな瞳が見開かれ、その頬が赤く染まっている。
苺とハバネロ、考え付く限り美味しいレシピはありそうにない。
しかし、そんな僕の気持ちなど知らない吹井田さんは衝撃の行動に出てきた。
それは、僕の心臓を射抜くような一撃だった。
吹井田さんが僕の手を取って、自分の胸元に当てたのだ。
その柔らかさに僕の脳は一瞬にして沸騰した。
「あた、しは……貴方のモノになります。だから、離さないでね?」
「……はい(美声)」
いや、これダメでしょ!
こんなん意識しない方がおかしいって!
しかし、僕の理性は意外と強固で、なんとか冷静さを保ったまま吹井田さんに声を掛ける。
「ふ、吹井田さん!? いきなり何をしてるのかな?」
「え? え?あ……きゃああああ!違うの!違うの!この漫画の続きで、その!……池木君の病気用に!」
ああ、そういうことか。やばかった。勘違いするところだった。
「だ、だよねー。あ、ありがとう。すっごく癒されました」
「いえいえ、どういたしまして。」
二人の間に沈黙が流れる。
そして、お互いに目が合い、どちらからともなく笑い出した。
「あはははは!」
「あはははは! 池木君て面白いよね!」
「いや、吹井田さんこそ、不思議ちゃんが過ぎるんですけど」
「え? それ褒めてるの?」
「も、もちろん」
「なんか複雑な気分。でも、いっか。凄い満たされた気分だし」
そして、ひとしきり笑った後、吹井田さんが口を開いた。
「あの、池木君はいつもどんな本読んでるの?」
「ラノベとか漫画を読むことが多いかな。」
「そっか。じゃあ、今度は池木くんのおすすめ教えてよ。池木君がどんな子が好きなのか教えて。あ!あの!治療の参考に!」
そう言って吹井田さんは慌てて帰っていく。僕の手には彼女のぬくもりが残ってて、ずっと顔の熱が下がらなくて、暫く教室でじっとするしかなかった。
だが、彼女の甘い言葉を一日一回摂取しないと死ぬ病が悪化していくことをまだ僕は知らなかった。
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