第十六話 音楽は甘くなかった
「お母さん、池木くん、どう、どう? 大丈夫かな? 大丈夫だよね?」
「それ、何十回目よ。もう~」
わたしはお母さんに池木くんの感想を求めていた。
だって心配なんだもん。
音楽の授業で兜君に意地悪言われた時の池木くんはちょっと怖かった。
「いちご、池木君の事好きすぎじゃない?」
「へぇっ!? す、すきすぎぃ!?」
「あら、違ったかしら」
「いや、違わないけど……」
お母さんはニヤッとして、そうでしょうそうでしょうと言いながらコーヒーを飲んでいる。
わたしは顔を真っ赤にして俯くしかない。
確かに池木くんには好意を持っている。
それは認めよう。
だってあんないい声で素敵な男の子、他にいないもん!
……だけど、池木くんの方はどうなんだろ。
「ねえ、そういえばさ、池木くんを好きになったきっかけってなに?」
お母さんが聞いてくる。
「き、きっかけは、ね、うふふふ」
きっかけは、一年くらい前のことだった。
その日、わたしは困っていた。
学校の帰り道で知らないおじさんにしつこく声をかけられたのだ。
怖くて何も言えず行く手も阻まれて、ただ俯いて耐えることしか出来なかった。
「ちょっと、何やってるんですか!?」
すると、男の人が声をかけてきた。すごく強そうな、通る声。
おじさんはその声にびっくりしたのか、すぐにどこかへ行ってしまった。
けれど、わたしはすごく怖くて震えて動けなかった。
「あの、もう大丈夫ですよ。同じ学校の人、ですよね?」
さっきとは全然違うすごく優しい声。それと、笑顔。
わたしは色んな感情がぐわーっとなって泣いてしまった。
男の人は、大丈夫ですか、と、大丈夫ですよ、を一生懸命繰り返してくれていた。
それが池木くんだった。
結局、色々混乱したわたしは池木くんの名前も聞くことが出来ずにお別れしてしまった。
でも、春に同じクラスになった時、その優しい声を聞いて、分かった。
あの人だって。
池木くんの声を聞くたびに、あの時の『大丈夫ですよ』が蘇ってくる。
その声に、優しさに、わたしの心は完全に持っていかれてしまった。
それからというもの、池木君が喋っているのを見つける度につい聞き入ってしまう。
授業中なんかは特にそうだ。
先生の話なんてほとんど耳に入らない。
だって、池木君はいつも優しい声で話しているから。ごめんなさい、先生。
いつかわたしは池木くんに大丈夫だよって言って力になってあげたかった。
だから、今日は悔しい気持ちもあったけど、力になれて嬉しかった。
「なるほどねえ、それで、好きすぎなのね」
「すっ!? まあ、あの、そうですね」
「あははははは! いちご、ほんと真っ赤でいちごみたい!」
お母さんがうざい。
「でも、池木くんってほんといい人なのに、今日みたいに兜君とかに絡まれたりしてるんだよね」
「もしかしてさ、その兜君って子もいちごのこと好きなんじゃ……」
「どうかなあ……」
確かに、兜君は私の事が好きなのかもしれない。
よく遊びに誘ってくるし、連絡先を聞いてくる。
ようちゃんに結構助けてもらうことが多くて申し訳ない。
でも、何も悪い事してないひとの事を悪くいう人を好きになるってことがあるんだろうか。
「嫉妬とかじゃないの?」
「嫉妬?」
「いちごが池木くんと仲いいから、付き合ってると思ってるんじゃないの?」
「つっ……!? 付き合ってないもん。それに、兜君とも付き合ってないのに、そんな意地悪しないで欲しい」
「池木くんがさ、誰かかわいい女の子と仲良くしてたらいちごはどう思う?」
「うう……ちょっといやな気持ちになります。でも、でも、あんなひどい事はしないよ。多分」
でも、もやもやと色んな子と仲良くしてる池木くんを想像してしまう。
うわあああと唸ってたらお母さんが笑って、
「まあ、でも、池木くんなら大丈夫よ。歌については、きっと上手くなって見返せるだろうし。恋愛については、あの子、絶対、いちごのこと好きよ! あとは押すだけよ! お母さんもそれでお父さんゲットしたもの!」
好き?
好きかなあ?
池木くんがわたしのことを……?
「えへへ」
そうだといいなあ。
その瞬間、わたしの妄想の池木くんは、わたしとデートを始めてしまう。
カラオケとか行って、あの声で歌とか歌ってくれて、一緒に歌ったりして。
あーもう、ばかだなあ。わたしは、すぐに嬉しくなっちゃう。
池木くん、大丈夫だよね、大丈夫だよ。
よし、わたしもがんばるぞ! 押して押して押してやる!
は! お母さんがまたにやにやしてる。うー。
わたしは単純だ。
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