第1話-4
「浩市さん、大丈夫ですか!?」
いつの間にか、返事が無くなった事に不安を覚えた健は、不安をかき消すかのように声量を上げる。
しかし、聞こえてくるのは鳩の鳴き声と、その鳩が撃つ豆の銃声だけだった。
「ちょっ、撃たれたんですか!?………生きてますよね?」
最後の方は不安と恐怖によるものか、周囲の音に消される程に小さな声だった。
だが、うめき声や人が動く音すら聞こえてこない事に疑問を覚える。
「浩市さん、まさか1人で逃げたりなんかしてないですよね?」
健の気持ちとは裏腹に、残念ながら返事は無い。
仮に逃げているのだとしたら、既にここにはいない為、返事をするのは無理だ。
痛みも、恐怖も、不安も、それら全てを塗りつぶした感情は怒りだった。
「チックショー! あのプリン野郎1人で逃げやがったな!!
今度会ったら、あのサラサラヘアーにパーマをかけて、焼きプリンにしてやるからな!!!」
そして健も、自分だって逃げきってやると走り出した。
この時、健は余裕が無く気づかなかったが、襲う鳩の数が減っていた。
鳩の主が探索に力を入れたからだ。
もしも、二兎を追ったりしなければ、健の命はここで尽きていた事だろう。
一方場面は変わって、逃げたと2人に思われていた浩市だったが、逃げてはいなかった。
夜の闇に紛れて木に登り、声を潜めて物音を立てず、密かに隠れていた。
(あの鳩、飛行しながらの射撃はできないようだな)
走る健の背を追う鳩達は、その隙だらけの背中を撃つ事をしない。
(飛んできた方向、追加で来た鳩、守護者の性能から判断するに、敵もこの近くにいるはずだ)
浩市は得られた情報を冷静に分析していた。
そのチンピラみたいな見た目からは意外だが、頭は切れるようだ。
登る前に拾っておいた石を、遠くの遊具に投げつける。
音に反応したのか、2羽が集まって来て周囲を探すが、しばらくするとまた飛んで行く。
(石が飛んできた方向を探す事はしない……つまり、主が直接操っているのではなく、自己判断。
音波や赤外線なんかの、特殊な索敵のできる目や耳も無く、そこは普通。
最大で何羽いるのかは必須の情報だが、ここは賭けに出るしかないな)
浩市は、また石を投げると、あたりを付けた方へと、静かに移動を開始する。
それを数回繰り返していると、何かを蹴りつけるかのような物音が聞こえてきた。
暗くて顔は見えないが、人影が苛立ったように壁を蹴りつけている。
護衛に鳩を残している可能性は高いので、静かに観察を続ける。
少なくとも、1羽は鳩が残っている事が分かった。
(また石を投げて注意を引くか?……いや、ここまで近づけたのなら、それは悪手だな)
ナイフの刃を出し、慎重に近づいて行く。
そして、後5mくらいの距離になった時、浩市はバレても構わないと走る。
「誰だ!? 撃ち殺せ!!」
男の言葉には答えず、狙いづらいよう、ジグザクに移動しながら距離を縮める。
この距離まで近づかれては、1羽では対処しきれなかった。
いつも通り、2羽残していれば対処できた可能性は高い。
残念ながらそれは仮定の話であり、今回欲張ってしまった男には対処する術はない。
足を使って男を転ばし、その背に乗って体重をかけ、ナイフを首に当てる。
「3秒だけ待つ。守護者を消せ」
「今すぐお前の頭をぶち抜いてやろうか? この距離なら外さねーぞ」
「やれるもんならやってみろよ。手が滑らない保証はねーぞ」
「………」
「3 2」
男が直ぐに撃たせなかった理由は正にそれだ。
仮に一撃で殺せたとして、その時にナイフが首を斬らない保証なんて無い。
直ぐに殺さなかった点を考えれば、まだ交渉の余地はあるのだ。
男は諦めて守護者を消す。
浩市は油断せず、ナイフは当てたままウォッチで健を呼び出す。