⑥ゆるっと他視点⑴【ケビン視点】
娘っ子が家に来た。
最初は少年だと思っていたが、これは僥倖である。
旦那様は他人に興味が薄い上、もともと平民だからなのか……お貴族様と関わったせいで若干の人間嫌いになったらしい。
獣人である俺らを雇い、他に人を雇わないのもその為だ。
獣人は人間より体力・筋力の面で優れているし、知力も低い訳では無いが……感情を隠すことや嘘が得意ではない。耳や尻尾にどうしても出てしまうのだ。
動かないように訓練したり、隠したりすることは可能だが、折角の運動能力が下がるのでやる奴はあまりいない。
旦那様はいい方だが研究一辺倒で、金や物に無頓着である。それだけならまだいいが、自分の健康にも無頓着なのはいただけない。
それにもう32。いい加減嫁を貰った方がいいと思うのだが、まず他人に興味がないので無理だろうと思う。
物欲がない、他人に興味・関心のない旦那様だが、人間嫌いになったことで悪い女に騙されなくて済んでいる。
しかし、見た目の『モテなさそう感』も相まって、言い寄ってくる女は後を絶たず……それがまた人間嫌いに拍車をかけているのだから上手くいかない。
そんな旦那様が『面倒を見る』と知らない人間を連れて来た。しかもかつてない程、相手に興味津々のご様子。
それだけでも凄いのに、女の子となれば……
もうこれは、 嫁 一 択 。
その彼女、ソノさんは何故か男装をしており、性別を隠していた。行き倒れを保護したと聞いている。そういう必要があったのかもしれない。
彼女は今も、必要なく性別を明かすつもりは無いようだが……その時俺は思った。
(……いや待てよ? 男だと勘違いしていた方が、距離が近づくんじゃないか?)
そもそも女にはより警戒心が強い旦那様だ。最初から女の子であるより、打ち解け易いのではないだろうか。
そして打ち解けたところで性別をバラす。
(これは……一気に意識するに違いない!!)
我ながら妙案である。
旦那様の身体を気遣って、ソノさんを口実に外に出そうとしたエルゼの『買い物には二人でいけ』発言に、なんだかんだと文句を言っていた旦那様だが……その実満更でも無さそうだった。
これは、女の子だとわかった時の期待大!
しかし、翌朝──
なんと旦那様は出会ったばかりのソノさんのベッドに潜り込んでいやがったのだ!
これは想定外の事態だが、喜んではいられない……明らかに合意ではない風!!
そもそも彼女の叫び声で駆け付けたのだから!
しかも旦那様は勘違いしてたままの筈だ!
……旦那様が、そっちのご趣味だったとは!
驚愕したが納得もいく。道理で女に靡かない訳だ。
ソノさんの上半身に着衣の乱れは無いようだが、下半身は布団で隠れていた。
よしんば勘違いしたままならば破瓜は迎えていないが……違うところが危険。それもまた貞操であることに変わりはない。
この国では同性婚は認められていない。どう責任を取らせるべきか……!
しかも──
「いや、起きたらビックリして」
なんと!寝ている間に?!
そんな不埒な方だったとは!!
「起きたら!! ああ見損ないましたよ旦那様!! いくら女日照りだからってこんな子供を……寝ている間に!!」
「だから違うんですってばァァァ!!」
──勘違いだとわかってホッとしたと同時に、俺も狼狽えすぎたと反省した。
ソノさんは女の子だ。……同性婚にはならない。
朝食後の今、俺と旦那様はエルゼに言われて家の前の草むしりをしている。
エルゼは容赦がないので「そもそも旦那様が誤解を受けるような真似をなさったことがわるいのです!」 と旦那様を叱り、罰として旦那様は俺の手伝いをさせられている。
雇い主にあまりの暴挙な気もするが、素直に従っている旦那様もどうかと思う。
だが、俺らにこういう関係を望んだのもまた、旦那様である。
必要以上に感情を隠すことや嘘を望まない旦那様は、主に対するものよりざっくばらんに接してくれた方が有難いらしい。
もちろん主は主だ。多少の線引きはしているが、そんな旦那様を家族や友人のように思うまで、そう時間はかからなかった。
そんな我が主。
嫁は来て欲しいが、旦那様にはできれば好きな相手と、幸せになって欲しい。
「──ソノさんは大丈夫ですかねぇ。 やっぱり私が買い物に行くべきだったかな……」
「……そんなにあの子が気になりますかね?」
「ええ。 ソノさんは……特別なヒトですから」
「おやおや? お安くないですねェ」
もしかして旦那様はベッドに運ぶ時にわかったのでは。或いは最初から……?
それとも……やはりそっちのご趣味が?
──だが、想像はどれもハズレらしかった。
「……なにか良からぬ想像をしてませんか? 違いますよ! 私は彼に、純粋に興味があるんです!」
『彼』。
……ということは、性別は勘違いしているようだ。
そういえば、俺も夕食時まで彼女を『坊ちゃん』と呼んでいたが、旦那様は特に訂正もされなかった。
(ちょっと踏み込んでみるか)
「そうですか、俺ぁてっきりそっちのご趣味かと」
「やめてくださいよ~、もう……悪い冗談です」
「でも可愛い顔をしてますし」
一瞬瞠目した旦那様の顔がみるみる赤くなる。
「──……ッ悪い冗談です! ほらっ! そっちに草生えてますよ!!」
強い口調で俺にそう言い立ち上がると、旦那様は「捨ててきます!」と草の入った荷車をプンプンしながら裏に持っていった。
何故かやたらとムキになるのが怪しい。
あと、間が気になる。間が。
「コレは……あるな!」
俺はそう独り言ちながら、拳を握り締めた。
既に意識している……気がする!
しかも旦那様はノーマルなのにも関わらず!
ソノさんの性別がわかった時への高い期待が、益々高まる。
帰ってきたソノさんに駆け寄る旦那様の臀部。俺には尻尾の幻が見えた気がした。
まるで番が帰ってきた犬の獣人のような……ちぎれそうな程に、ブンブン振れる尻尾が。
俺は当面生温かい目でふたりを見守ると決意した。