⑤ゆるっとお姫様抱っこ
ちょっと短いです。申し訳ない。
家に帰るなり、待ち構えていたミヒャエルさんに捕まった。
ふたりの誤解を解いたあとも彼は、私になにかを言いたげにソワソワしていたが、時間がなかったのでスルーしていたのだ。
「お昼が出来たら声を掛けてください!」
「あっ旦那様?!」
荷降ろしの手伝いをすることもなく、私は本棟のミヒャエルさんの部屋に引きずり込まれた(※比喩ではなく事実)。
「重大な事実がひとつ判明したのです!」
「……はい?」
扉を閉めるや否や、出会い頭の時のように興奮しながらミヒャエルさんは言う。
「アナタには、魔法が効きません!!」
「はぁ……」
「「……」」
「あれ? 驚かないんですね」
「いや、驚いてますよ?」
──魔法があることに。それなりに。
まあ『魔導師』って職業があるくらいだから、あるんだろうけど。
元いた世界に魔法がないことを告げると、逆にミヒャエルさんが驚いていた。
「ああ~、成程! 多分魔素を受け付けないんでしょうね!! ……ハッ! そちらの世界には魔素もないんでしょうか?!」
「さぁ~……私にはそういう専門的なことはよくわかりませんが……」
そもそも魔素なんて、ゲームや小説とかでしか知らん。元の世界でのその有無もわからないが、魔法が効かなかったのなら受け付けないのは確かなんだろう。だが受け付けないモノの有無などわかる筈もない。
「っていうか、魔法をかけたんですか?」
そう、そっちの方がよっぽど気になる。
「お恥ずかしながら……」
「お恥ずかしながら??」
ミヒャエルさん曰く、私が倒れて(※眠って)しまったので、お姫様抱っこで運ぼうとするも非力な為挫折。魔法で運ぶつもりが効かなかったとのこと。
「いや~……脇から抱え込む形で引き摺るのがやっとでした……そうしたら腰が、ですねぇ……なので一時的にそのまま休ませて頂いたら眠ってしまいまして……」
「それは……本当に、申し訳ないです……」
「いえいえ、こちらこそ……」
深々と謝ると、何故かミヒャエルさんの方がシュンと肩を落とした。
「……やはり机に齧り付いてばかりじゃダメですね。 少し鍛えないと。 アナタのような小さい人も運べないなんて……」
どうやら己の非力さに、大変ショックを受けたらしい。
「いや私、筋肉質なんで見た目より重いんですよ。 それにホラ、脱力してる人間って重いですからね 」
「……そうですか?」
「そうですよ~」
「……うぅ~ん……」
すかさずフォローを入れると、ミヒャエルさんは少し悩み、その後でまた斜め上のことを言い出した。
「ではソノさん、試しに少し抱っこさせて貰えませんか?」
「……は?」
「いや、無理にとは言いませんが……ちょっとだけなんで、試しに」
「ええぇぇえぇぇ……腰、やっちゃうんじゃないですか?」
「大丈夫です! …………多分!!」
「その多分が怖い!」
だが落としてくれたりすれば、少しは健康志向になるかもしれない。腰をやったら困るが。
『無理にとは言わない』と言いつつも押しが強い、家主であり雇い主のミヒャエルさん。ケビンさんに彼が不健康なのを聞いていたこともあり、結局渋々了承した。
「……ダメだと思ったらすぐ落としてくださいね」
「落としませんよ、ちゃんと降ろします」
「そうですか……」
彼は立ち上がり私の前までくると、腕を自分の首に回させ、『せーの!』で私を横抱きにした。
正直、めっちゃ怖い。(※彼の腰への負担が)
「あ、ホントだ。軽いですね! 首に腕を回してるからかな……」
「……意外と大丈夫ですね」
「……意外と? 」
「いや、その……ゲフンゲフン。 そろそろ降ろして貰っていいですか?」
「折角ですからこのまま食堂に行きがてら、少し歩いてみましょう」
「謹んでお断りします」
今度は自身の身の危険からハッキリお断りした。廊下で転けるならまだいいが、階段から落とされかねない案件。
「そうですか、残念です」と言って、ミヒャエルさんは腰を少し落として身体を屈めた。脚を支えていた右腕をゆっくりと外し、私を立たせるように丁寧に降ろしてくれたのだが……
「……あ」
「え?」
いつの間にか開いていた扉の向こうに立つ、エルゼさんと目が合った。
彼女は音を立てずにそっと、扉を閉め……私はまたしても自分の迂闊さを呪いながら、膝から崩れ落ちたのだった。