④ゆるっと朝チュン
「っわぁあああぁぁぁ!?!?」
「──……はっ?!」
あまりに想定外の出来事による衝撃に、私は未だかつて無い叫び声を上げてしまった。
ピンチに無闇矢鱈と叫ぶのは愚の骨頂といえる場合が多い。だがピンチではなく、単純に驚いたのだ……そうはいっても、自分の狼狽ぶりにも驚愕を禁じ得ない。
すぐ昨夜の出来事を思い出した私は、一連のあまりのみっともなさに言い様もなく打ちひしがれた。
「……あああ?! 違うんですよソノさんっ! これはっ」
『違う』と言いたいのはこちらだ。
今まで有り得ない自身の行動へのショックが大きく、膝を抱えて顔を伏せた私に、起きたミヒャエルさんが慌てている。
大丈夫、わかってます。悪いのは私です。
叫んですみません……
──そう言おうとした、まさにその時。
「「ソノさんッ?!」」
激しく扉が開き、ケビンさんとエルゼさんが入って来たのだった。
「……きゃあぁぁぁっ!?」
「旦那様ッ!! なんてことを!!」
「いや、違うんですって!」
「あの」
「いいんですよ、なにも言わなくて! 泣くほどお辛かったんでしょう……」
なんと膝を抱えて顔を伏せていたことが、ここにきてあらぬ誤解に拍車をかけていた。
「いや、起きたらビックリして」
「起きたら!! ああ見損ないましたよ旦那様!! いくら女日照りだからってこんな子供を……寝ている間に!!」
説明をしようとしても、何故かそっち方向への誤解が深まっていく。
「だから違うんですってばァァァ!!」
──結局誤解を解くのにかなりの時間を要した。
いやもう、本当に叫んですみません……
すったもんだがあけて、朝食。
その後すぐに私はエルゼさんと下着を買いに行くことになった。名目上は食材の購入。まあ、実際に食材も買うんだけど。
森から街までは体感で30分程。一本道をホロのついた小さな荷馬車で進む。……いや『馬車』ではないかもしれない。荷台を引いているのはムースのような大きな鹿っぽい生き物。角の形状がムースとは異なり、ドリルみたいな角が上向きに生えている。
「普段の買い物は雇いの者に任せているのですが、たまに足らない物があるとこうして出向くのですよ」
「そういえば、『今屋敷を空けれない』と仰ってましたね」
「ああ、よく覚えておいでですね?」
なんでも今は狩りの時期らしく、ケビンさんがちょいちょい不在になるんだそう。ミヒャエルさんもお仕事で呼び出されたり、定期的に職場に行くのでエルゼさんがいないと屋敷はガラ空きになってしまうらしかった。
「今日は大丈夫なんですか?」
「午後までに戻れば問題ありません」
人がいればもっと問題なさそうだが……お家の事情なので黙っておくことにした。
まあ、そのうちわかるだろう。
街は石造りの建物が連結して並んでいた。
時折煉瓦や石の、独立した建物もあるが、それらは大体大きい。何かの施設やお金持ちの住宅なのではないかと思う。
街並み自体は海外やゲーム・漫画の世界の画像のような感じで、そう特別に違和感を感じることも無かった。
街の入口に荷馬車(?)を預けるところがあり、木でできたプレートを貰い受けてからまず下着を買いに行く。
下着屋さんというわけではなく、衣料量販店みたいなお店のようで、古着屋のように服が雑多にかけられている。
……服もこの店で構わないのだが?
下着の既製品には補正力は皆無。ビスチェや服で補正するようだ。サイズは基本的にフリーサイズ。服に響かないよう、布を巻くだけのタイプを選んだのでぶっちゃけ原理はサラシと大差ないが、パッドが入ってる分圧は少ない。夏場は良さそうだ。あと、肩紐がついているのが何気に有難い。
食材は露店が沢山並んだところで購入した。
通貨単位は『ギル』らしく、小銭にあたるのが銅貨で幾つか種類があるようだ。
銀貨は多分二、三種類。金貨は見ていないのでわからないが、まとまった金額になるのだろう。
「本当は家具なども見ておきたいのですが、時間が無いので今日はこの辺にしておきましょう」
「はい、ありがとうございました」
僅かな時間ではあるが、異世界とはいえ海外と大差ないことがわかって良かった。
これならやっていけそうだ。
太陽も上昇し、ポカポカした陽気。行きよりものんびりとした帰りの道中、エルゼさんに私の着ている服装のことを聞かれた。
オーバーサイズのグレーパーカーにデニム。靴は798円で買った黒いスニーカー。
地味な色使いだからか、街で浮くことは特に無かった。
「ソノさんは何故男性の様な恰好を?」
「こういう服装自体は私の住んでいたところでは普通なんですよ。 男女共に着ます。 私が特に女性と公言しないだけで」
「そうなのですね」
「あとは……旅の為? ですかね。……うん、そうといえないこともないような……? 動きやすいですし、女だとわかるようだとなにかと面倒事が多いので」
「ふむ…………アナタはまだお若いのに世慣れした雰囲気がある。 旅人というなら多少納得です。 でもその割に、色々と……あ、記憶が曖昧なのでしたっけ」
「はは、申し訳ない」
どうやら服装のことは前フリで、若干不審がられている様子。
だがむしろ今までのがおかしいので、ようやく普通の反応を貰えた気すらする。
「ええと、まずエルゼさんは私の年齢を誤解なさっている気がします。 年齢も曖昧なんですが……多分26、7位かと」
「──……ええ?! ……ええぇぇっ?!」
私が外国顔の年齢がよくわからないように、相手もアジア人顔の私の年齢が若く見えている筈だ……と思ったら、案の定。
ケビンさんなんて最初『坊ちゃん』って言ってたし。
「10歳くらいは下だと思ってました……」
「それはまた随分…………まあ、こちらは発育の良い方が多いようですしね……」
街の女性は皆、胸だけでなく身長も高めだった。
勿論私くらいの身長の人もいたが、平均身長は少し高めなんじゃないかと思う。
男女共に、髪は長めの人が多い。多分カット技術の問題ではないだろうか。男性の短髪は不揃い、女性で短めの人はパッツンばかりだった。
「……女性らしくされる気はないのですか? 今は問題ないと思いますが」
「この方が楽なんで……ミヒャエルさんも勘違いなさっているようですし、このままじゃダメですかね……?」
「ううぅぅん……」
「……あ、昨夜のことは不可抗力として頂けませんか。 お恥ずかしながら、かつてないほど眠かったのです」
「それは……まあ。 見てますからね、私も眠そうなところを。 それにアレは……確かにソノさんは無防備ですが、あんな時間に訪れる旦那様が悪いのです! 」
「それも申し訳ない……でもミヒャエルさんも、私の性別がわかっていれば来なかったかと」
……ついうっかり自分で自爆してしまった。
自分で思っている以上に、昨夜から今朝にかけての反省を引き摺っているようだ。
てっきり「ではやはり」と、性別を明かすことを勧められ、女性らしさを求められるかと思いきや……エルゼさんは何故か思案顔で黙ったあと、さりげなく話題を変えたのだった。