②ゆるっと職を得る
森に佇む古びた邸宅──それがミヒャエルさんの家だった。この家は端っこが塔になっていて、それが今まで居た場所。
なかなかファンタジー……というか、なにか出そうな佇まいである。
塔の玄関扉は裏手の崖に面していて、下にはまるで海のように湖が広がっていた。
実際私は海と間違えたのだが、塩分濃度の高い湖らしい。死海のような感じだろうか。行ったことないけど。
塔は半地下になっているようだ。表に回って玄関アプローチへと続く短い階段を上がる。
内部は一階の連絡通路と二階の彼の部屋の2箇所とで繋がっているらしく、そう言われて表からよく見ると本棟と塔の間の一部だけ細い。
貧困な私のファンタジー知識でも、魔術師の住居っぽい胡散臭さが拭えない。にわかに倍増する、『なんか出そう』感。
邸宅側の玄関扉に手をかけつつ、彼は言う。
「普段塔の入口は使わないので、こちらから出入りして頂く感じになります」
「……なんだか変わった造りですね。 こちらでは普通なんですか?」
「いえ、珍しいと思いますよ。 中古物件なんですが、そこも気に入ったところです」
「はぁ」
「ここには私の他にはふたりしか住んでいません。 今紹介しますね」
私も合わせて四人。
……建物の規模にしては、随分少ない気がするが、この世界では普通なのだろうか。
扉を開けたミヒャエルさんが使用人夫妻を呼ぶと、ふたりは慌ててやってきた。
普段彼が表から入ることはない様子。
使用人のロード夫妻は、大柄でガッチリしたケビンさんにキリリとした美人のエルゼさん。
夫妻は歳が離れていて、エルゼさんは見た感じ、ミヒャエルさんと同じくらいだ。外国人風の面立ちである彼らの年齢はいまひとつわからないのだが、20代後半~30代前半位に見える。
そしてなによりも、ふたりには立派なケモ耳と尻尾が付いていた。
エルゼさんは多分狐。ケビンさんは……熊かな?尻尾がぽふぽふしている。
「旦那様に客人とは珍しい!」
「今お茶をいれてまいりますわ! アナタ!ご案内を……」
二人は私をミヒャエルさんのお友達かなにかだと思ったらしい。嬉しそうにもてなしの準備をしようとしてくれたところを、ミヒャエルさんが止めた。
ヌカ喜びさせて申し訳ない。
「──そんなわけで、『弟子』ができました」
「ソノ・ヒグラシです。 よろしくお願いします」
「「どんなわけですか旦那様」」
ミヒャエルさんは甚だいい加減で、軽く夫妻の紹介をしたあと、私の説明を『研究の結果』の一言で片付けた。
私は紹介されたお二人に頭を下げるも内心、「ですよね~」と相槌を打つ。
だが、沈黙は金。まさに金。これからの生活がかかっている。
夫妻はツッコみはしたものの、慣れている様子。呆れた顔をしつつ話を進めていく。
「まあ説明はおいおいして頂くとして……どうされます? いきなりそんな事言われても、部屋ありませんよ?」
「それですよね~……」
「?」
部屋なら沢山あるように見える。
不思議に思っているとミヒャエルさんが注釈を入れてくれた。
「ああ、この家何も無いんですよね。 必要なものしか揃えてないものですから」
「なるほど……」
見た目が古いだけでなく、中身もないらしい。前の持ち主が処分の際に全て売り払ったとのこと。
「ここに来て二年近くなるんですが、なにぶん手入れも大変なんで」
「そうでしょうね……ご苦労お察しします。 まあ私はどこでも寝れるんで、邪魔にならないところに置いていただければ」
「そんな置物みたいに……」
「いやいや置物よりは省スペースを心掛けます。 移動できますし」
ケビンさんは私とミヒャエルさんのやり取りを見てガハハと豪快に笑った。
「いや~、流石は旦那様が弟子にするだけある! 」
そんなケビンさんとは逆に、皺を寄せた眉間を中指で解しながら、エルゼさんは溜息混じりに言う。
「当分の間……塔を使って頂くしかありませんね」
「塔、ですか」
「ええ。もっとも、旦那様に荷物を片付けて頂いてからになりますが」
自分に向けられた厳しい視線に、ミヒャエルさんは慌てた様子を隠さずにとんでもないことを言い出した。
「いや、部屋ができるまで私の部屋を使ってくれれば……」
「「「それは流石にない」」」
三人の息が合った瞬間である。
なにがどうなったら『館の主の部屋』を弟子如きが使うというのか。
客人だって、普通に考えたらない。
だが二人とは上手くやっていけそうだ。
「私が片付けるから」というミヒャエルさんを無視して全員で向かうと、塔の一階奥にある小さな部屋は……ゴミ屋敷だった。
「ああああ! それは動かさないでェ!」
「え……どれでしょう?」
「無視してください、ソノさん。 日が暮れてしまいますから」
足の踏み場もない程散らかったモノは、主に研究資料と大量のメモ書き。
片っ端からそれを箱に詰めていく作業を延々繰り返したあと、布団と枕を干したり床をはいたり磨いたりすると、それなりの小ぎれいさになった。
端っこに箱が山のように積まれてはいるが。
「ソノさんが来てくれたおかげでようやく片付きました……幸い浴室とトイレは部屋の外ですので、綺麗です。少し狭いですが」
「あ、あるだけで充分嬉しいです!」
トイレがある!
しかもシャワーまで!
これには素直に嬉しかった。日本ではネカフェにシャワーがなくても銭湯とかがあったけれど、海外で水回りには本当に苦労した。
異世界下水事情は謎であり、設備の仕組みもやはり謎だが、トイレは水洗だった。
……これは素晴らしい。
どうでもいい話だが、仮に異世界に行ったら(※魔法とかがある前提)、日本のウォシュレット付きトイレを参考にトイレを開発すれば簡単に大儲けできる気がする……とネット小説を読んでて思ったことを思い出す。
「坊ちゃん、荷物はあるかい」
「いえ、ありません」
「……何も?」
「ええ、まあ」
怪訝な顔をしたケビンさんに、曖昧に返す。どこまで喋っていいのかはミヒャエルさん次第なのだが、彼の説明が適当すぎて全く読めない。
「そうだ、服を買いに行かねばいけませんでしたね……ほら、掃除は私に任せれば良かったじゃないですか! ああ言わんことじゃない」
「今更ですよ、旦那様。 それに今屋敷を空ける訳にはまいりません ……そうだ旦那様、週末にでも買い物に連れて行って差し上げたらよろしいですよ」
「私が?!」
「ええ、旦那様が。 それまでは旦那様のお古を直して使って頂きましょう。 さあさ、要らない服を出してくださいな」
「むむ~……」
「私は着たきりでも別に……」
「いや、約束ですからね! ……いきましょう週末」
ミヒャエルさんは私にそう宣言しながら「さあさあ旦那様」と急かすエルゼさんに連れられて、塔の階段を上がっていった。
……ミヒャエルさんは『旦那様』なのに威厳がないなぁ。
そう思って眺めていると、ケビンさんがニコニコしながら私の肩をポンと叩く。
「あん人は塔に篭ってばかりで仕事以外では外はおろか、こっちにもあんまりこねぇんだ……連れ出してやってくれ」
「……ああ~」
塔の鐘に部屋の惨状。
……納得である。
『家主の健康促進』が、仕事内容に新たに追加された。
「わかりました。 普段から気を付けますね」
「日に当たらないと身体に悪いですもんね」という私の返しがお気に召したようで、ケビンさんはまた豪快に笑う。
「坊ちゃんはなんだかワケありみてぇだが……あの人があんなに他人に興味を持つのは珍しい。 旦那様は雇い主だが家族みたいなもんでね、本当にアンタが来たのは嬉しいよ。 歓迎する」
ケビンさんの言葉にこちらも笑顔になる。
他愛ない話をしながら連絡通路を通って本棟へと移動した。
尚、「アンタが女の子だったらもっと嬉しかったんだけどなぁ」という、ケビンさんの言葉はスルーした。
──ちなみに私の性別は女である。