⑮ゆるっと朝チュン再び
朝、目が覚めると私は、ミヒャエルさんの抱き枕と化していた。
気付かれないよう両腕をくぐって縛から逃れ、上体を上げた。そしてミヒャエルさんを一瞥……幸い、よく眠っている。
安らかな彼の寝顔を見て、私は思った。
────……うん、ダメだろコレは。
私はスッカリ冷静になっていた。
夜になると怖くても、昼間は全然怖くないという謎の心理。
……でももう一人で塔には居れない。
あそこで寝るとか無理。
(──エルゼさんに相談して、空き部屋に布団と荷物を持ってこよう……)
至極当然の解決方法である。
昨夜のことは死ぬ程恥ずかしいが、ここに来てからというもの大概恥をかきまくっているので、もうあまり気にしないことにした。
開き直りであることは間違いない。
エルゼさんに詳細を話すと、なんだか遠い目をした後
「まあ賢明というか、妥当な判断ですよねぇ……」
と言われた。
ミヒャエルさんの動向が危ういのはここ数日のことではないので、当然と言えば当然かもしれない。私に対する庇護欲スイッチは、一体なんなのだろうか。
不思議だが、毎日だと皆慣れるのもまた不思議。最早『いつもの奇行』扱いである。
「ところで……過去に塔でなにか? その……事件、とか……」
ミヒャエルさんはなにかを知っている風だった。エルゼさんも知っていておかしくない。
「事件……まあ、あったにはあったみたいですが、ソノさんが思い描いている感じではないと思いますよ? 死者が出たというような話ではありません」
「ええ?」
死者は出なかったが事件はあったそう。
どんな事件か気になる一番の要因は、当然ながら幽霊に直結する死者である。
だが、死者が出ていない……俄然事件よりも、私にとっては幽霊の正体が気になるところ。
「……ミヒャエルさんの研究の成果、とか考えられます?」
「う~ん……考えられないことはないです。 でもソノさんが来てからは、塔でなにかをしている感じでもなかったですよね? ……書斎にはいらっしゃいましたが」
勿論常に張り付いている訳でもないから、わからないっちゃわからないのだが……
いつも私が塔に戻った時に、特になにかをしたような形跡もなかった。ミヒャエルさんの普段の散らかし方を考えると、なにもしてないと結論付けてしまっても良い気がする。
そしてエルゼさんもケビンさんも、私が来る前に『幽霊みたいなものを見たことはない』らしい。
「ちなみに事件ってなんですか?」
「ああ……ここの初めの持ち主も研究者だったらしくて……塔で魔素の錬成を行っていて、爆発したとか。 あと魔物が出来てしまって、そのまま塔に閉じ込めた、とかですね」
もともと塔は研究用で、そういう事態の為に少し離れて造られているのだそう。
それが来た当初話していた『珍しい』ところなのだ。
「この屋敷は旦那様が、領地の代わりに褒賞として貰い受けたのです」
「領地の代わりに?」
「ええ、あまりに欲がない、と皆から言われてましたけど」
ミヒャエルさんは領地と貴族位を望まずに、代わりにここをください、と言ったらしい。
『爵位は煩わしいし、領地経営なんてやったら研究に時間が割けない』との理由から褒賞を辞退した結果、ミヒャエルさんの望み通りに代わりにここを貰い受け、今に至る。
この国の特権階級は、一般的な爵位とは少し違うようだ。
いや、一般的な爵位ってなんだろうって話だが……イメージされる『公爵』とか、そういうの(そもそもそれ自体、よくわからない私だったりするのだが)、ではない。
王族がいて、下に貴族爵。
上下関係はあるが、お家柄に明確な名称はないとのこと。
おそらく、魔素云々が血筋で受け継がれるというものでもない様子なので、そこが要因ではないだろうか。
そして準貴族爵。
魔導師や国に属する剣士がこれにあたるそう。
準貴族と貴族の線引きは明確で、貴族は『領地を持っている』、或いは『宮廷(※この場合議会的なものを指す)に携わる職である』のいずれか。
「ご存知の通りここはずっと放置されていたところですから、『そんなんでいいのか?!』と念押しされ、なんなら新しい屋敷を造らせるって話も出たみたいですけど……旦那様はここが気に入ったらしくて」
「ミヒャエルさんらしいといえば、らしいですけど……」
「ええ。 頂いた土地もどうにもならないところですしね。 なにぶん人が住めないので領地にはならない。 だから頂けるところも大してなく、ほぼ国有地なんです。 まあ個人の所有としてはかなりの広さですが」
頂いたものの、土地は結局なにをする訳でもないので、無駄といえば無駄なのだ。そのお陰で狩りは出来るようだが、規模としてはあまりに無駄が多い。
(う~ん、ミヒャエルさんらしいのだけど……)
ただ『らしさ』でいったら、この土地や屋敷にもなにかしら……塔以外にも、ミヒャエルさんの研究にとって都合のいい条件があったのかもしれない、とも思う。
だとすると、昨夜のは魔素が作り出した某かなのだろうか。
(だったら怖くないんだけどな……)
よくわからないのは魔素も同じだが、一般に流通するエネルギー源だと思えば、完全に科学の分類だ。
そう思うと別に怖くない。
だが──
「昨晩のアレ。 ミヒャエルさんはアレに心あたりがあるんですよね?」
「そう、ですねぇ~……あるようなないような……」
「あるんでしょう? そんな感じだったじゃないですか! 隠さないで教えてくださいっ!!」
「いやあの、ハッキリしないというか……」
「ミヒャエルさん!」
何故かしどろもどろになるミヒャエルさんを追求すると、実はミヒャエルさんもアレについては心当たりがないようだった。
なんでわざわざ隠したフリをするんだ……
「……昨夜は知ってそうな感じだったのに」
「んん? ……そう、でしたかねぇ……?」
「そうですよ。 こう、なにか誤魔化すような……それに、問題がないなら私の部屋で良かったじゃないですか」
「それは、ぁし……ゲフンゲフン、ほら、ソノさんが怯えていたので……あっそれにエルゼに怒られちゃいますからね!」
「まあ……そうですね……同衾は今回(不覚にも)私が言い出したわけですし……あっ、今日はもう、違う部屋に寝る準備をしたんで大丈夫です。 ありがとうございました」
「えっ……私にはやましい気持ちなんてありませんよ! わかるでしょう?! どうぞ今日も私の隣に!」
「いや……やましい気持ち云々はともかく、隣で寝る意味もわかりませんよ」
確かに昨夜もひたすらポンポンされただけだし、やましい気持ちは無さそうだが……そういう問題でもない。
自分の失態を棚に上げておくようだが、私には一応理由がある。
この人の理由は聞かないが、やましい気持ちがないからには逆に意味不明であると言える。
ミヒャエルさんはあからさまにガッカリしていた。
……この人は私が愛玩動物かなにかに見えているのだろうか。
解せぬ。