⑬ゆるっと恋のお悩み【三人称】
「でもどうしていきなりそんなこと」
むせながら、マルコムはそうミヒャエルに尋ねた。だが、ソノのことは言いたくない。
「いや、とにかくそんな気がして」で押し通すが、ミヒャエルの説明が雑なのは昔からなので、アッサリ諦めてくれた。
「……まあいいや。 じゃあ、確かめてみれば?」
「確かめる?」
「この裏の店に新しく入った子、滅茶苦茶可愛いけど男の子だ。 紹介してやるから、ちょっと話してみろよ。 いいか? 彼はそういう仕事じゃない。 自分が惹かれるかどうか、気持ちを確かめるだけだぞ?」
そう言われて連れて行かれた飲食店、確かに華奢で、可愛い顔の少年がいた。
しかし、なにも感じなかった。
確かに『可愛い顔だな』とは思ったのだが。
一般的に見たら、ソノよりよっぽど可愛い筈だが……ミヒャエルにはソノの方が可愛く思えることに気付き、マルコムに頼んで『男女問わず可愛い子~美人』のいる店を巡ってみたものの、結果は同じだった。
(一体どういうことなのだろう……)
ふと思い出す、『恋でもしているのかと』という、マルコムの言葉。
(これが……『恋』?!)
否定をしたが、そんな気もしてきた。
正直なところ、ミヒャエルは恋などしたことが無い。彼の興味対象がそちらに向いたことは、今までなかったのだ。
突如、高鳴る鼓動。
意識をすることで、強くなるトキメキ……そう、それはプラシーボ効果的なもの。
マルコムのおかげですっかり『ソノさんに恋をしているのだ』と思い込んだミヒャエル。
思い過ごしも恋のうち、とは言い得て妙……だが、それが勘違いとは言い切れない。
事実として残ったのは、ミヒャエルの新たな悩み──『恋』のお悩みである。
──話は今日に戻る。
順調になにかを拗らせているミヒャエルは、部屋に戻ると一日を振り返り、満足感と昼間アプローチしたのにスルーされた切なさ『やっぱり性別が気になる』ことなどについて、考えを巡らせていた。
『ソノさんが好きなようだ』と認識した今、ソノの性別自体、そもそも無自覚・草食系男子であるミヒャエルにはさしたる問題ではないが、どうやら異世界でも同性愛者は少数派らしい。
ならば、やはり性別は重要である。
ソノが男の場合、好きになってもらえる可能性は女性より大分低い。
(それに、男性だった場合、あまり不用意に近付いたら気持ち悪がられてしまうかも……いや女性より近付き易いような?)
ミヒャエルはもう一度、ソノを抱っこしたかった。
抱っこしたまま本を読んだり、話をしたりして頭を撫でたりご飯を与えたりしたい。
(…………これは……果たして『恋』なのか?)
ふと、沸き起こる、疑問。
そこにそれ以上の気持ちは……
(ない、と断言出来るのだろうか……)
そこがとにかく難しかった。
『なくてもいい』のは事実であるように思えるのだが、既に『できる』と認識してしまっている。そしてそのハードルが高いことはマルコムのおかげで充分に理解出来た。
考えてみれば、『異世界人との行為』もそもそも実験と同じ。ソノに好みの被験者を選んでもらい、いたして頂く方が問題がなくていい。知的好奇心で言うならば、その詳細を聞けばいいだけである。
ただ、もうそれはミヒャエルには考えられなかった。
ソノの相手がマルコム(※女だった想定)等、男だった場合だけでなく、仮にエルゼ(※男だった想定)だとしても……誰であれ、とにかく許せない。想像するのも嫌だ。
とにかく誰かに触れさせたくないのである。
この短い間に探究心よりもその気持ちが強くなったことに、ミヒャエル自身驚きを禁じ得ないが、それが素直な気持ちだ。
散々魔素という不確定要素と対峙しているミヒャエルだが、自分のこうした気持ちと向き合うことには慣れておらず、我慢はアッサリ限界に達した。
「……よし! ソノさんをなんとか説得し、性別がわかるところまで身体検査を行おう!」
問題の根幹は一旦放置し、データをより明確にする方向にミヒャエルの脳は振れた。
「考えてみれば、全部剥かずともわかるはずだ……ソノさんをなるべく不快にさせないように、ササッと終わらそう」
時間は12時を回っている。
エルゼがいたら確実に止められる案件なので、今しかない。
あくまでも性別がわかればいいだけなので、大きな問題はない──そう言い聞かせてミヒャエルは聴診器を持ち、ソノのいる塔へと向かった。
魔導師は医者ではないが、ある程度の魔導師になると医療資格の取得が必須となる。
魔素で骨を繋いだり、欠損部分を復活させることを可能にするには、医療知識が必要不可欠だからだ。余談ではあるが、ミヒャエルが聴診器を持っているのにはそんな理由がある。
(ソノさんが女性ならば……『この世界に安全に暮らす方法』として、娶ろう。 男性ならば……養子にとろう)
大変安直な結論だが、女性ならばこれでソノに悪い虫がつくことを心配しないで済む。
閨を含む、妻としての役割を強いるつもりはない。そういうのはこれから長い時間をかけて、互いをもっと知ってからで良い。
男性ならば……息子として膝に乗せたり頭を撫でたりするぐらい、許される範囲である。(※と、ミヒャエルは思っている)
『これで問題は一旦解決だ!』そう勇んで、渡り廊下を歩み、扉を開けた──その時だった。
カシャァァンッ
塔に響く、なにかが割れたような音。
薄明かりに照らされたソノは、真っ青な顔で床にへたり込んでいた。