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⑫ゆるっと溺愛フラグ【三人称】

 

 ──話は少し前に遡る。


 ミヒャエルは休み以外、各地の魔素データを確認、指示を出し、それを取り纏めて週一上層部へ提出するのが彼の仕事である。

 彼はいわば、魔素・統括マネージャーなのだ。


 先週、ミヒャエルが魔導院(しょくば)に行った時のこと。彼は魔導院所属剣士、マルコム・クリーグランドに声を掛けられた。


「よ~う、ミヒャエルぅ!」


 このいかにも軽薄そうな挨拶でおわかりだろうか。そう、『やたらと具体的な例』に挙げられていたのはこの男である。


「マルコム? 珍しいですね」


 マルコムの職務は、魔素が原因で発生した魔物の討伐や要人警護が主。従って現場仕事が多く、ミヒャエルが言うようにこうして魔導院で顔を合わすのは珍しい。


「ああ、西部の事件の片が付いたんで、報告にね。 ついでに顔を見に来た」

「私の顔なんか見たって面白くないでしょう」


 そう言いながらもミヒャエルは彼とお茶をしに、魔導院を出た。



 他人に関心がないとは言っても、ミヒャエルの人当たりは悪くない。だが平民でありながらエリートコースを歩んでいる彼には、敵視する貴族らも、羨望の眼差しを向ける平民らも多く、ミヒャエルはどちらとも一線を引いている。どちらも彼にとっては煩わしいものであることに変わりはないのだ。


 そんな魔導院の中で、マルコムはミヒャエルにとって数少ない『気の置けない相手』と言っていい人間である。




「で、なにがあったの?」

「なにが、って……なんですか?」

「またまたぁー、最近ご機嫌だって聞くよ~?」

「ご機嫌……そう見えるんですかね?」

「うん、見えるし皆も言ってるよ」


 気の置けない相手なだけに、いや、そうでなくともマルコムは(良く言えば)とてもフランクな人間である。

 不躾にも前置きなしにズケズケと聞いてくる。だからこそ他人に関心のないミヒャエルと仲良くなれたわけだが。


 自分がご機嫌に見えるかどうかは自分ではよくわからないが、その理由にはとても心当たりがある。


「特になにも……陽気が良いせいじゃないですか?」


 ただ、マルコムには言いたくなかった。

 ソノのことを言えば、マルコムはきっと『会わせろ』と言うに違いない……それが何故か嫌なのだ。


「それになんか前よりも肌ツヤがいいよね!」

「少し健康に気を使うようになったんで」


 嘘はついていない。毎日の散歩と定刻での就寝がミヒャエルの体調を良くしているのは事実。

 それがソノのお陰なだけだ。


 しかし、マルコムは更にツッコんだ。


「ふ~ん……恋でもしてるのかと」

「ごふっ?!」


 その言葉にミヒャエルは思いっ切り茶を吹いて咳き込む。


「あら、図星~?」

「そそそんなんじゃないですよッ!! ……大体ッ」

「だいたい?」

「…………」



『ソノさんは男の子』──だと、思う。



 ──ミヒャエルは悩んでいた。




 更に話は遡り、最初の夜。


 ソノを抱きとめたミヒャエルだが、体勢の問題から座るようにして床に腰をつけていた。半分押し倒されたような形、と言ってもいい。


 ケビンに『女日照り』などとディスられていたミヒャエルだが、その実『慣れてなさそう』と強引に付け込まれそうになったことが何度かある。その辺の事情はケビンも思っていたように、彼がエリート金持ちであることに起因する。


 ミヒャエルは当初、ソノに対しては彼女の想像通り『貴重な検体』としてしか見ていなかった。こちらの人間との違いを調べる為に、ゆくゆくは身体も余すところなく見せて頂く所存でいたのだが……ちょっと言いづらいな~と思っていたので、これはチャンスである。


 幸いソノはまだシャワーを浴びておらず埃っぽかったので(塔の部屋の片付けが原因)、『着替えさせる』という名目のもとに、ひん剥いてしまおうとミヒャエルは考えていた。

 性的な意味合いがないからといって、許されるわけではない。だが、彼はソノを完全に『検体』としか見ておらず、性的な意味合いがないだけに、躊躇もない。


「ちょっと失礼しますね~」


 パーカーの裾を捲り上げた──この時点までは。


(うわ…………ほっそ…………でも、案外しっかり筋肉はついていますね……男の子だからでしょうか……)


 上までは捲り上げていないので、性別はまだわかっていないミヒャエル。薄い身体にしっかりとふたつに分かれている腹筋に思わず手を触れてしまった。


「んっ……」


(おっと)


 起こしてしまいそうになったかと、手を離してソノの顔を覗き込むと、安らかに眠っている。


(──あれ? ……んんんん?)


 なんか、とても可愛い顔をしている……そうミヒャエルは思った。

 そこでようやくミヒャエルは、遅れ馳せながらソノを『人』としてキチンと認識した。


(女の子? いや、まさか……可愛い顔をした男の子もいるし……ケビンも『坊っちゃん』って言っていたのに訂正する感じもなかったし……)


 剥いたらわかることだが……これはまずい気がしてきた。


 男同士だからいいわけでもないが……今更脳内に過る、自分が剥かれそうになった時の記憶。


 しかも今回は押し倒されたわけではない。結果的にそういう体勢になっただけであり、状況的には明らかに、付け込んだのはこちら。


 夜遅くに、疲れているのをわかって部屋に押し入り、事に及んだかのように見られても全くおかしくない。

 そして、一部は事実である。




(──これは不味い!!)


 ミヒャエルは慌てて上着の裾を下げるとソノから距離をとり、触らないように魔法でベッドまで運ぶことにした。

 しかし……かからなかった。


(あれ!? なんでかからないんだろう!? えっ、もしや……異世界人は魔法がかからないのか? なんということだ!!)


 再び『検体』としての意識が高まったソノの身体をサッサとベッドに横たえると、ミヒャエルは自分ができる限りの魔法を色々試してみた。効いちゃったら困るので、問題なさそうな、軽度の物理魔法を。


「ハァ……何をやってもやはり効かないようだ……」


 こ れ は 素 晴 ら し い 。(酷)


 そう満足したが魔法を使いすぎたミヒャエルは、グッタリしてしまいそのまま隣に横たわったのだ。


 そこで再びソノの寝顔を見た。


(…………やっぱり可愛い。 まさかとは思うが、ソノさんは女の子だったのだろうか。 まあ別に男でも女でも、構わないといえば構わないのだが……)


 だが、気にはなる。

 正直、剥いてみて確かめたい。


(いや剥くのは駄目だ。 剥く以外に確かめる方法はないだろうか……)


 実際は横抱きにして運んだのだが、よくわからなかった。柔らかかったし軽かったが、女の子だから、という決め手には欠ける。そもそも比較できる程のデータも持ち合わせていない。


 匂いは『いい匂いがする』というより『埃っぽい』。これも全く参考にならない。


『裸にしてしまいたい衝動』と戦ったミヒャエルの、一般的な男性とは似て非なる欲望を留めたもの……それはソノの可愛い寝顔であり、一般的にそちらがその衝動に直結するのでは、という部分だった。


 ソノを可愛いと感じたことで、裸にした、或いはしている最中に、変な気持ちになったらどうしよう……と不安にさせられたのだ。


 合意なら、それも悪くない。

 異世界人との行為……気にはなる。


 だが相手は寝ている。その時点でそんな気持ち確実に駄目だ。何度も言うが、気持ちがなければいいというもんではない。──だが、あるとないとでは大きく異なるのだ。

 しかも男か女かもよくわからない相手。


 そこでミヒャエルは気付いた。



 ──起きていて合意なら、こちらは全然大丈夫、という事実に。



 それから彼はずっと、人知れず悩んでいる。


(自分は今までノーマルだと思っていたが、両方平気だったのだろうか……)


 どちらかというと、どちらもかなりの確率でダメなのでは、というくらい興味がなかったが……『ソノさんはどちらであれ可愛い』。


 ケビンにそこを突かれてイタイと感じるくらいには、確実に『可愛い』の中にやましい気持ちがあったようだと知る。


 特に積極的に行為に及ぶ気などはなく、あの時だって、劣情を抱いたわけではない。だが『できる』という認識は、彼の中で大きな変化を与えていた。


 昼、適当に理由をつけて、もう一度抱っこをすることができたが……


(うん…………わかりませんね!)


 結局男性か女性かはわからないまま。

 そして、特に劣情を煽られるということも無いが、不安気に自分の腕の中にいるソノさんは、やっぱり可愛い。

 できればこのままの感じで食事を与えたい。

 ミヒャエルはそう思っていた。


 とにかく、甘やかしたい。

 なんでもやってあげたいし、金で与えられる幸せは与えたい。


 この感情を、一体なんというのだろう……()()()()()()()()()()であるミヒャエルは、その結論が性衝動(リビドー)に直結しないことに安心しつつ、困惑していた。


『できる』はあくまでも『できる(受動的)』であって、『したい(能動的)』ではないのだから。


 その結果──




「マルコム……実は……その」

「……なんだよ?」

「…………誰にも言わないでくださいね?」

「勿体ぶるなぁ。 こう見えて口が硬いの、知ってるだろ? なによ」


 そう言ってもまだ躊躇しているミヒャエルの話を待ち、マルコムが茶を口に含んだ瞬間だった。


「私は……男性もイケるのかもしれません」

「ぶふゥッ!?」


 今度はマルコムが、茶を吹く番だった。



 ケビンが想像したように、ミヒャエル自身も今まで女性に気持ちが微塵も動かなかったことを、そう関連づけたのである。


 自然を慮るこの国で、同性婚は生産性がないとされ、認められていない。

 一応、禁忌(タブー)なのである。


余談ですが、『ソノ・ヒグラシ』は海外向けで、日本でソノさんは苗字を『園』にしていたり、『日暮』にしていたりしていました。(唐突にどうでもいい情報)


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― 新着の感想 ―
[良い点] キターーー!溺愛フラグっ! (∩´∀`)∩ [一言] …………びりっ (ガムテ引っ張る音)
[良い点] 「ぶふゥッ!?」 僕も茶を吹きましたw ミヒャエルさん、 いい感じにずれてますなぁ笑笑
[良い点] ああ……残念だ、残念なヤツだ……! そして変人でもある……! だがそれがいい!(笑)
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