⑩ゆるっと(でもない)説明回
ミヒャエルさんが言っていた通り、夕方から天気は大きく崩れ、雷雨になっていた。
まだ遠くでゴロゴロと鳴っているだけの雷だが、夜中には激しくなるらしい。
いつも、夕食後も書斎に籠るミヒャエルさんだが、ケビンさん曰く『私が来たおかげでキチンと部屋に戻って寝るようになった』らしい。散歩にも連れ出しているからか、確かに出会った当初よりも、大分血色は良くなったと思う。
ただ、私のおかげというよりは、エルゼさんが目を光らせているからな気もするが。
エルゼさん的にミヒャエルさんは『前科一犯』らしいので、どんなに遅くとも必ず11時には部屋に戻るよう、キツく言われているのである。
おかげさまで私もスッカリ健康だ。私の場合、前から健康には気を使っていたが、睡眠の質の向上と満足な食事量はやはり違う。しかもエネルギー摂取量に見合う分、動くよう心掛けているので、筋肉の張りが違う。ただし脂肪も以前よりついたが。
夕食は大体夕方6時から始まる。終わった後、私は片付けをしてから掃除の続き、或いは誰かの手伝いをし、三時間後位にミヒャエルさんにホットミルクを持っていく。
その後ゆっくり1時間ほどミヒャエルさんと、前の世界の話をすると、就寝にいい時間になるのである。
「前の世界でも雷はこんな感じでした?」
「ええ」
前の世界とこちらの世界は大分自然現象も違うようだが、雷は同じのようだ。
専門的な話になると、どちらもよくわからないわけだが。
「ただこちらとは灯りのシステムが違うので、雷によって消えてしまうことがあるんですよ」
「ほう、それは興味深い」
「詳しく教える学がなく、申し訳ないです」
外は激しい雷雨になり、時折落雷による轟音と、激しい閃光。
塔の上部にある窓から、強い光が注ぐ。
「……ソノさんは、雷は怖くありませんか?」
「怖くないこともないですが、人並み外れて苦手なわけでもないと思います。 状況によるのではないでしょうか」
「ふふ、アナタはこの世界に向いている気がします」
やっぱり宗教はあり、信仰している神は国によって違うそうだ。でもこの世界のこの国だけでなく、幅広く受け入れられている考え方が根底にあるとのこと。
それは『世界に生かされている』という考え。
この世界はなにより資源が豊富なようで、灯りの石でもわかるように、生活の殆どを自然物が担っている。資源を採取し、加工することが、人に出来ることなのだ。
『魔素』も、その資源のひとつである。
ただし、先に述べた考え方から厳しい規制があるようだ。それと、単純に抽出して直接的な流用をすることは難しいらしい。だから抽出するのではなく、それを蓄積した自然物質を頼る。
光る石は魔素を蓄積しているのだそう。
「地面の下の下、奥深くに魔素を発生しているところがあり、それを受けて地が成長するのです」
「地が成長?」
「ええ、地はとてもゆっくりとですが、埃が積もるように嵩を増しています。 この国ではそれを『恩恵』と捉え、同時に上手く削ることが人に与えられし役目と考えています」
そう言われてもピンとこなかった私に、ミヒャエルさんが珍しく、この世界の話をしてくれた。
地下の奥深くから吹き出す魔素の大半は、溶岩が冷え固まるように石のように固くなり、徐々に質量を増やしていく。
魔素の塊は表の地質に合わせ、その形と性質を変化させていくらしい。
「つまり元々あった魔素そのものを『魔素』としたとき、固まることで『魔素を含んだ石』となり、また『魔素を含んだ石』は表に近づくにつれ、例えば『光る石』だとかに変化してしまうんです」
「なるほど。 表に出るときには既に変化しているから、抽出が難しいのですね」
「ええ。 そして、『光る石』に変化を遂げるのは魔素の一定量なんです」
固くなって石のように残る魔素の他に、そのまま分散される魔素があって、それが養分のように大地を育てるらしかった。だから削りすぎてはダメなのだ、とミヒャエルさんは言う。
例えば蓄積した魔素を含む石を大量に採取し、某かに使用して国力を増加しようとしても、削りすぎては土地全体が痩せていく。
逆に削らないと植物が増えすぎて、動物も増えすぎ、生活を脅かす。
また塊になれずに魔素が分散されすぎると、多くに影響を及ぼすらしかった。
「大量の魔素を含んだ植物を摂取すると、動物も人間も変異を起こすのです。 獣人はかつて、人間が魔素を摂取したことで、変化したものだと言われていますが定かではありません。 この辺はよくわかっていないのですが……」
裏手に広がる塩分濃度の高い湖も、おそらくそのせいで出来たものだという。
「魔素の吹き出し位置を『魔素溜り』と呼び、わかっているだけで数十箇所。 そこを中心に都市が作られています。 必ずしも塊になるとは限りませんが、この国では石のようになるのが主……このあたりは少し複雑なので割愛しますね」
おそらく国によって信仰する神がちがうのも、その辺の事情なのだろう。
私は頷き、話の続きを求めた。
「ですから魔素を計測し、その年、その土地に取っていい量の石を予測する必要があります。 それが私達魔導師の主な仕事なんです」
意外だが、納得の事実。
「はぁぁ……そうだったんですねぇ。 あとは採石したものからの、魔素の抽出や流用の研究、とかですか?」
「ええ。 あとはそれよりももっと直接的に、変化する前の魔素を一部採取する方法の研究、とかですね。 ただ、どちらも教会に許された範囲になりますが」
「……実は、私はてっきり魔法の研究をしているのかと」
「どちらかというと、しているのは『魔術』の研究ですね。 魔法は、あるけどないようなものなんです。 魔導師はそもそも日常で得た魔素を、体内でその純度を高めることができる者にのみその資格があります……それを変化させたものが魔法で、筋力とかと大差はありませんが、形を変えて一気に放出することができるという特性を持っています」
魔素自体はどこにでもあり、人も動物もそれを自然と取り込んでいるのだそう。だから、動物の中にも魔法が使えるものがいるらしい。
「純度を高めることができれば、自分の容量内で、イメージしたかたちに放出することは可能ですが、誰しもが簡単にできるわけではありません。術式を通すことで、それが可能になります」
「悪用ってされないんですか?」
「されますね。 術式に関しては鍵が術式自体に何重にもかけられている為しづらいですが、先程も言ったように、無詠唱で使えるレベルの魔法は筋力とかと同様に、個人の能力……力があるものが暴力に使えば取り締まれる、程度です。 ただ幸い使える人間は少なく、使えても『物を浮かす』とかその程度。 大抵無意識下で肉体に分散してしまうのです」
例えばとても強い、見た目的にとてもそうは見えない感じのチャラい剣士様、とかがそうらしい。
……なんだかやたらと具体的な例である。
話を戻すと、人間よりも動物の方がよっぽど厄介な場合が多いそう。
気がつくと1時間を過ぎていた。
もっと聞きたいが、話を切り上げ、エリゼさんに怒られないうちの退散を勧める。
「なんだか今日は私が喋ってばかりでしたね。 退屈でしたでしょう?」
「いえ、とても興味深く拝聴させて頂きました! 是非またお願いします」
私の言葉にミヒャエルさんは「それもいつもと逆だ」と笑いながらも、満更でもない様子で部屋に戻っていった。
再開したての回が、説明ばっかりに……!orz