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兄貴と商店街の危機

久しぶりの投稿です。

期待はせずにお読み下さい。

 朝焼けと共に街が目を覚ます。車道には車が増え、歩道には駅へと向かう人の数が増えていく。そんな喧噪と反比例する様に、商店街は静かな始まりを迎える。

 肉屋の前には卸業者の車が停まり、注文した品物を運び込まれる。レストランにも別の業者が食材を運ぶ。ラーメン屋からはスープの香りが漂い始め、パン屋からは香ばしい焼き立てパンの香り広がる。

 

 それぞれが、普段の顔を見せ始めた頃、それは起こった。


「待て! おい、たけし! 待てよ!」

「後で聞くっす! 急いで兄貴に知らせないと、駄目っす!」

「最後まで聞け! おい、待て!」


 諌めようとする店主の声は、頭に入らないのだろう。たけしは開店前のラーメン屋から飛び出す。そして腰巻きのエプロンを付けタオルを頭に巻いたままに走り始めた。


「やばいっす! 事件っす!」


 脇目も振らずに、たけしは走る。そしてビルに飛び込むと大声を上げた。


「兄貴! どこっすか? 兄貴!」


 たけしは階段を駆け上がり、二階のリビングスペースを覗く。ひと通り見渡すと、三階の寝室へと向かった。そして声を上げながら各部屋の扉を開ける。

 但し、既に仕事をしているはずの忠勝が寝室に居る訳が無い。ましてやペットの部屋に居る筈も無い。それに気付かぬたけしは、三階の部屋を覗き終えた後に首を傾げた。


「兄貴、どこ行ったんすか?」


 思い付く限りの場所は調べたつもりだ、それでも忠勝の姿が見当たらない。探していない場所が、有るのだろうか? たけしは、息を整える事も忘れ何度も辺りを見渡す。

 目まぐるしい勢いで、たけしの脳が回転しているのだろう。それは、焦りによるものだろうか? はたまた、切羽詰まった時に起こる、火事場の何かだろうか? 遂に、たけしの脳は一つの答えを導き出す。 


「あっ! もしかして、出掛けたとか?」


 閃いたと言わんばかりに、たけしは勢い良く階段を下りようとする。そして二階に差し掛かった時、ゆっくりと一階の扉が開いた。


「うるせぇぞ! なに喚いてんだ!」

「兄貴? 何でそんな所に?」


 開いた扉から、忠勝が顔を覗かせる。いつに無く真剣なたけしの表情は、忠勝を見た瞬間にほんの僅か和らいだ。忠勝を見つけると、たけしはスピードを落とさずに一気に階段を下る。そして忠勝の下まで走り寄ると、荒い息のまま捲し立てた。


「やばいっす! ピンチっす! 商店街が荒らされてるっす! 兄貴、急いで欲しいっす! 大変なんす!」


 相当に焦っているのだろう、大変な事が起きている事だけは何とか伝わってくる。しかし、事態は判然としない。それも当然だ、何一つ詳しい説明が無いのだから。


「落ち着け、たけし! ゆっくり説明しろ! 何が有った?」


 忠勝は、溜息混じりに大きく息を吐く。そして、たけしを落ち着かせようと少し語気を強めて言い放つ。対するたけしは、一回、二回と深呼吸をして呼吸を整えると、ようやく説明を始める。


「商店街で、取引が有るっす!」

「はぁ? 何のだ?」

「麻薬っす!」

「誰から聞いた?」


 たけしの口から、麻薬という単語が出た瞬間、少しドジな弟分の世話を焼く、面倒身の良い優しい兄貴分は姿を消した。それまでの呆れた様子は一変し、猛者達を伸して来た『鬼気』が顔を出す。眉がつり上がり、眼は更なる鋭さを増す。ドスの利いた声は、たけしさえも威嚇する。


「て、店長から、聞いたっす」

「はぁ? ラーメン屋からかぁ? 何であいつが、そんな事を知ってんだ!」

「でも、言ってたっす!」


 この時、忠勝は迷っていた。


 恐らくは、たけしの勘違いであろう。しかし、単に勘違いで済ませて良い話では無い。万が一、たけしの言葉が本当なら。

 

 少なくとも忠勝は、常にアンテナを張っている。商店街の住人だけで無く、様々な者達と接触している。散歩と称して、一般市民から半グレと呼ばれる者達に声をかける。

 また必要が有れば、水商売で生計を立てる女性に会いに行く。時には、住所不定の路上生活者に金銭を渡し、情報を集める事も有る。


 商店街での麻薬取引は、忠勝の耳には入っていない。しかも、忠勝の住まう目と鼻の先で取引を行えば、どうなるかは言わずもがなだろう。

 

 そして忠勝は少し逡巡した後、徐に口を開いた。


「仕方ねぇ。案内しろ」

「何処へっすか?」

「売人の所に、決まってんだろ! 聞いてねぇなんて事ぁ、ねぇだろうな!」

「だいじょぶっす! 聞いてるっす! 案内するっす!」


 忠勝が黙念する間、たけしは普段の悠長な様子に戻っていた。たけしなりの説明をし、役目を終えた気になっていたのだろう。しかし忠勝の眼光が、再びたけしに少しばかりの緊張感を与えた。

 

 やがて意気揚々と、たけしは先陣を切って歩く。その後に続く忠勝は、様々な可能性を考えていた。


 己のテリトリーで、麻薬取引が行われていたとしたら、悠長に構えてなどいられない。しかし、何が目的だ? 少なくとも、この辺りの筋者で『宮川忠勝』の名を知らぬ者は居まい。それを知って尚、仕掛けて来たのか? それとも海外のマフィアが、勢力を拡大して来たのか? いや、それならヨゴレの連中やホームレス達から、情報が入って来たはず。それなら何故だ? 重大な何かを見落としてるとでも言うのか?


 眉根を寄せて、考え込みながら歩く忠勝は、異様にも見えただろう。一点を見つめているかと思えば、周囲の気配を感じ取っている様にも見える。そして、殺気の様なものさえ漂っているのだろか、直視するのが恐ろしい。

 たけしの事が気になり、外の様子を伺いながら仕込みをしていたにも関わらず、ラーメン屋の店主が忠勝に声を掛けられなかったのも、仕方が無い事かもしれない。


 そんな周囲の様子を知ってか知らずか、たけしは案内を終え目的地を指差す。

 

「あそこっす!」

「たけし……。ありゃあ、肉屋だな」

「そうっす! 肉屋のおっちゃんが、売人っす!」


 それを聞いた瞬間、忠勝は今日一番の深い溜息をついた。そして怒りを抑え、子供に訪ねる様に優しく問いかける。

 

「なぁ、たけし。ラーメン屋は、なんて言ってたんだ?」

「肉屋が、シャブを捌いてるって、言ってたっす」

「本当だろうな?」

「本当っす! ちゃんと聞いたっす!」

「なら、あそこに貼って有るチラシを、読んでみろ!」


 忠勝は、店頭に貼られている、手書きのチラシを指差した。そこには、たけしが予想もしなかった言葉が綴られていた。


 特売、本日限り! 高級黒毛和牛しゃぶしゃぶ用、百グラム千二百円。


 チラシを読み理解したのだろう、たけしは呆気に取られて言葉を失う。そして次の瞬間には頭に鉄拳が降り注ぎ、たけしは頭を抱えてうずくまった。


「あじぎ、いだいっず」

「お前が、早とちりしたからだろ!」

「違うっす。あのチラシは、あれっす。暗号的な」

「何が隠されてんだよ! 俺には、しゃぶしゃぶとしか読めねぇよ!」

「でも店長が」

「人のせいにするんじゃねぇ! ちゃんと最後まで話を聞かねぇから、こんな事になるんだ!」

「でも兄貴は、旨いほうれん草を作れって」

「バターソテーでも作る気かよ! そもそも間違った情報を伝えて、報連相も何もねぇだろ!」

「おひたしの方が好きっす」

「お前の好みは聞いてねぇ!」

「頭がガンガンするっす。不知の病っす」

「そんな訳ねぇだろ! ちっとは反省しやがれ!」

 

 商店街には、二人のやり取りが響き渡る。失敗して叱られようが、拳骨を落とされようが、あっけらかんとしているのは、たけしの長所なのだろう。


 後方から様子を見ていたラーメン屋の店主は、いつものやりとりにホッと胸を撫で下ろす。また、この状況で一番迷惑を被っているのは、肉屋の店主であろう。二人の様子を見ながらタイミングを計り、騒ぎを止めようと話しかけた。


「あんちゃん達。そろそろ止めて、せっかくだから買ってかないか?」

「あぁ、そうだな。一人前を貰おうか」

「うん? 二人前じゃなくて?」

「たけしは、肉抜きだ」

「酷いっす。凄そうな肉、食べたいっす」

「駄目だ! それよりたけし、バイトに戻れ!」

「あんちゃん。肉は直ぐに持って帰るのか?」

「いや。バイトが終わったら、たけしを寄らせる」

 

 忠勝の一言で、たけしは肉に有りつけない事になる。そしてたけしは、肩を落としながらラーメン屋へ戻っていった。しかし夕食の準備中に、味見と称してたけしが高級肉を摘んだ事は言うまでもない。

駄洒落ですが、何か?

そんな訳で、次の投稿も期待せずにおまち下さい。

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