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兄貴とたけし

本作は、私が一番最初に書いた作品の、リメイクです。

別の連載作品の息抜きとして、書かせて頂いてます。

そんなこんなで、不定期連載ですが、くすっとしてもらえれば、何よりです。

 その薄汚れた古い商店街は、かつて人で溢れていた。そこには笑顔が溢れていた。そこは喧騒が絶えない場所だった。


 シャッターが開く前は、多くの学生やサラリーマンが駅へ行くために商店街を通過していた。各店のシャッターが開く頃には主婦が集まり始め賑わい出す、午後には時間を持て余した老人達の憩いの場となる。夕方近くには買い食い目的の学生が足を止め、また夕食のおかずを手にする主婦が忙しそうに歩き回る。そして日が沈むと、疲れた顔をしたサラリーマン達の飢えと喉の渇きを満たした。


 しかし、10年ほど前に行われた再開発により、商店街から人は消えた。


 古びた駅舎は改築され、駅前には大型店舗が隣接し、大きなマンションが立ち並んだ。人は駅前に集中する様になり、そこから少し離れた商店街には寄らなくなっていった。やがて商店街からは一つまた一つと店舗が消えていった。


 こうして時代の変遷と共にシャッター商店街が増える。多くの人々は利便性を求めて大型施設に足を運び、小さな店舗には見向きもしない。


 文化は時代が移る毎に変化していく。その中で、自然淘汰される物も存在する。それでも、そこでしか生きられない者が存在する。そこは確かに、下りたままのシャッターが増えていた。経営難、高齢、後継ぎ不足、様々な理由により、店舗の閉鎖は相次いだ。

 確かにそこは、かつての人影は消え寂れた様相を呈している。しかし、不況によって増えた路上生活者に、雨宿りの場を提供する為だけに、放置されているのではない。


 魚屋は、夜明けを待たずに仕入れに出かけ、どこよりも新鮮な魚を提供する。肉屋は酪農家と提携し、また肉の熟成を行う等をし、売る為の様々な試みを行う。パン屋からは芳醇な香りが漂う。そしてラーメン屋は、スープの仕込みに命を注ぐ。 

 残った店舗の店主達は、互いに助け合いながら生き残ろうと足掻いていた。その古びた商店街は、未だ息をしており時代に抗い続けていた。


 そんな商店街の端に、三階建てのビルが存在する。長らくテナントが入らないビルは、二階より上を住居用に改装されている。


 そのビルに向かい少年がひた走っていた。


 通りすがる人々は、少年をチラ見すると直ぐに視線を逸らす。多くの人は普通と異なる事を嫌うのだろう。少年もまた、普通とはやや異なって見えるのかもしれない。


 二回り以上もサイズの大きい服を被り、ダボダボとしたズボンは走り辛そうにも見える。服からちらりと見える腕と足は、貧弱と言える程に痩せ細っている。また、身長は同年代と比べても低い方だろう。

 見た目は十四から十六歳位だろうか、坊主頭と剃り跡の無いツルリとした肌は、幼さすら感じさせる。何より少年は、平日の昼間にも関わらず学生服を着ている様子がない。


 ただ、その少年は他者の視線など一切気にする様子もなく、真っすぐに前を向き忙しく腕を振る。そして少年の手には、コンビニエンスストアのレジ袋が有り、当然ながらガサガサと品物が袋の中で激しく動き回っていた。


「こら、たけし! コンビニなんて行かないで、買い物なら商店街でしろよ!」

「違うっす。兄貴が、コーラを飲みたいって言ったっす」

「何言ってんだ、たけし! コーラなら酒屋でも売ってるだろ!」

「兄貴が言うには、違うやつらしいっす」


 少年が商店街に足を踏み入れた瞬間に、入り口近くに陣取る店舗から大きな声がかかる。たけしと呼ばれた少年は足を止め、大声を張り上げて答えていた。そしてたけしは、証拠と言わんばかりにコンビニの袋からペットボトルを取り出す。


「ほら、これっす。これは、酒屋には置いてないっす」

「それなら、注文すればいいじゃねぇか! 仕入れてくれんぞ!」

「お願いはしたっす。でも、兄貴は直ぐ飲みたいらしいっす!」


 確かにコーラは多様な種類が有り、扱うメーカーも複数存在する。そして基本的に酒屋で売られる飲料水は、酒を割る用がメインの品揃えである。言わば酒の種類は豊富でも、飲料水の種類はその限りではない。

 

 たけしは目的の物を手に入れる為に、酒屋とコンビニを巡って買い物してきたのだろう。そこまではいい。それに、商店街で買い物してくれた方が嬉しいが、たかだか飲料水一本程度で目くじらを立てる事もない。


 但し、店主は見ていた。


 たけしは走る時に大きく腕を振っていた、それもレジ袋を持ちながら。悪い事に、袋の中身は炭酸飲料である。結果は言わずもがなであろう。


「おい、たけし。悪い事は言わないから、コーラを買い直して来い。お前の持ってるのは、俺が買い取ってやる」

「そんな暇は無いっす。急がないと、兄貴に怒られるっす!」

「馬鹿! それをそのまま渡したら、もっと怒られるぞ!」

「何でわかるんすか? 肉屋のおっちゃんは、相変わらず物知りっすね。でも、駄目っす! また、コロッケを買いに来るっす」


 そして、たけしはビルに向かって、再び走り出す。肉屋の店主が、溜息をついているのにも気が付かずに。この会話が呼び水となり、商店街の主だった店主が顔を出しては、たけしに声をかける。


「駄目っす。急いでるっす」


 魚屋、酒屋、パン屋、ラーメン屋、八百屋と、たけしは律儀に、かけられた声に反応する。しかし足を止めようとはしない。


 ビルが近づく毎に、たけしの足取りは軽くなる。まるで、スキップでもしているのか、跳ねる様に走っている。頼まれた使いを立派に果たし、兄貴に褒められる。たけしの頭の中には、そんな光景が浮かんでいるのだろう。

 その証拠に、たけしの表情はにやけた様に綻んでいる。そしてビルに辿り着くと、たけしは段を飛ばしながら階段を上り、勢いよく扉を開けて靴を脱ぎ捨てる。


 入り口から直ぐの部屋は、テナント時代の風景が色濃く残り、正面には大きなガラス窓が並んでいる。そして、窓際には大きなソファーが鎮座している。ソファーには、体が大きく目付きの悪い青年が足を投げ出す様にして座っていた。


 深く座れば頭がはみ出すのだろう。百九十センチを超える身長と筋肉質の体は、それだけで威圧感が有る。そして鋭い眼光は、視線を避けたくなる。年齢は二十前後であろうか。青年の顔には至る所に傷が有り、腕の先まで彫られた刺青が、シャツの袖から見え隠れしている。


 たけしは、鋭い眼光を気にする事もなく、青年へと近づいていく。そして、ソファーの前に置かれたテーブルへ、コンビニ袋をドサッと置いた。


「買って来たっす。今度は大丈夫っす」

「本当だろうな?」


 たけしは、当然とばかりに笑顔を見せる。それに対し青年は、ギロリとたけしを睨んだ後にコンビニの袋の目をやる。そして顎をクイっと動かし、たけしへ袋の中身を出す様に命じる。そしてたけしは、袋の中から買って来た物を取り出した。


 コーラのペットボトル一本、プラ容器に入ったスイーツが二つをテーブルの上に並べていく。そしてようやくたけしは、事態の深刻さに気が付いた。

 

 たけしはコーラを買う様に言われ、酒屋へ向かった。そして、買って来た物が違うと言われた。そのコーラは、封が開いていない状態でテーブルの端に置かれている。更にたけしは、コーラを買い直しに出る際、もう一つ追加の注文を受けていた。それはコンビニで売り始めたばかりの、新作スイーツの購入である。


 そして、当の新作スイーツは、元の形がわからない程、プラ容器の中でぐちゃぐちゃになっていた。


 青年は、訝し気にテーブルの上の物を見やる。ゆっくり体を起こすと、テーブルの上に置かれた煙草を手に取る。同じくテーブルの上にあったライターを使って煙草に火を付ける。そしてドスの利いた声で、たけしに問いかけた。


「おい、たけしぃ! これが、CMでやってたスイーツか?」

「そうっす。形は変わっちゃったっす。でも、食えるっす」


 兄貴と呼ばれる青年は、新作スイーツを楽しみにしていたはずだ。それは、見る影もない状態になっている。テーブルの上に在る悲し気な形となったスイーツを、たけしは暫く眺める。逡巡した後に、その内一つを青年の前に置く。


「こっちは、少しマシっす。兄貴の分っす」

「ありがとよ」


 この時たけしは、内心ビクビクとしていた。


 間違いなく怒られるだろう。買い直しに走った方がいい。しかし当のスイーツは、先ほど行ったコンビニに、二個しか置いていなかった。最後の二個を買って来たのだ、直ぐに買い直す事は出来ない。


 素直にそれを伝えれば許してくれるだろうか。いいや、それは唯の言い訳だ。言い訳をして逃げる事を兄貴は許してはくれないだろう。


 そしてたけしは、叱られる覚悟を決めた。だから、せめて自分から見て『少しはましだ』と思える方を渡した。だが、怒っている気配を感じず、怒声すら飛んでこない。

 その様子から『もしかすると怒られない』と思ったのだろう、たけしは本命のコーラを見せる。しかし兄貴の反応は、たけしの予想と異なるものであった。


「兄貴の言ってたコーラは、これでいいんすよね?」

「間違いねぇよ。間違いねぇんだけどよ。それは、お前が飲め!」

「何でっすか? 兄貴は飲まないんすか?」

「俺は、さっきお前が買って来たのを飲む」

「よくわかんないっす。それでいいなら、兄貴は何で、このコーラを買いに行かせたんすか?」

「甘い物も食いたかったからだ」


 首を傾げながらも、貰った物は飲もうとたけしはコーラのボトルに手をかける。その時だった。兄貴から、再びドスの利いた声がかかる。 


「ちょっと待て、たけし。開ける前に、何歩か下がれ!」


 たけしは、兄貴の言葉が上手く理解出来なかった。しかし、たけしは迷わなかった。兄貴は頭が良い。兄貴の言う事なら聞いておいた方が良い。それは揺るぐ事の無い、たけしの行動指針であった。

 たけしは、ゆっくりと後退していく。二歩、三歩、四歩と下がった所で、兄貴から声がかかる。


「よし。その辺でいい。いいか、蓋を開ける時は、顔を近づけるんだ。それと勢いよく開けるんだ。わかるか?」

「わかったっす」

「なら、蓋を開けろ!」


 たけしは目一杯の力で、コーラの蓋を開ける。その瞬間、中で気体になった二酸化炭素が、コーラ液を巻き込んで勢いよく噴き出す。

 噴き出したコーラは、たけしの顔面を直撃する。余りの衝撃にたけしは目を開けられない。だが、たけしは瞬間的に悟った、このままでは部屋を汚してしまう。

 次の瞬間、たけしはペットボトルの口を咥えた。しかし勢いは止まらず、噴き出したコーラはたけしの喉を直撃する。


 それは痛みというより、窒息の恐怖だった。たけしはペットボトルを放り投げると、喉へ入り込んで来たコーラを、ブハっと音を立て吐き出す。そして四つん這いになって、ゴホゴホと咳をし続けた。


 たけしがコーラの蓋を開けてから、たった数秒の出来事である。そして兄貴は、その光景を見ながら、高笑いをしていた。


「はっはっはははは、はぁっはははは、はぁはっはははっ、あっはっはっはっはぁ」

「あじき。ゴゥォホ、ゴッホ、ガハ、ガハ、ガハ、グゥオッホ、ゴッホ」

「フハハッ、ハハハ、ハハッ、ハハハッ、ハァハッハハハ、ハハッハハ」

「ゴッホ、ゴッホ。だじげ、ゴッホ、ガハ、グゥオッホ、ゴッホ」

「ハハハッ、ヒーヒッヒッヒ、アーハッハハ、ウヒャヒャヒャヒャヒャ」

「ゴッホ、ゴッホ、ゴッホ。わりゃわにゃいで、たしゅけ、ゴゥォホ、ゴッホ」

「アーハッハハ。たけし、お前。ウヒャヒャヒャヒャヒャ。本当に知らなかったのか? ハハハッ、ハァハッハハハ」

「にゃにが?」

「ハハハハ、はぁ、はぁ、はっははは。はぁ、はぁ、はぁ」


 たけしは、苦しそうに咳をしながら、上目遣いで兄貴を見つめる。当の兄貴は、腹を抱えてソファーの上で笑い転げている。ようやく笑いと咳が納まった頃、兄貴は満面の笑みを浮かべて、たけしに言い放った。


「お前、コンビニの袋を振り回したろ?」

「何でわかったんすか?」

「馬鹿か。スイーツが、ぐちゃぐちゃになっている時点で、誰でも気づくだろ!」

「それとコーラに、何の関係が有るんすか?」

「炭酸の飲みもんはなぁ、振ると炭酸が飛び出してくるんだ。覚えとけ!」

「わかったっす。痛い目にあったっす」

「いい勉強になったろ。お前はシャワーを浴びて、着替えて来い。掃除はしなくていい、いつもの業者に連絡しとけ。全部終わったら、一緒にこれを食うぞ!」


 たけしは、コクリと頷き浴室へと向かう。途中ハッとした様に振り向くと、兄貴に向かって問いかけた。


「ところで兄貴、おつりは?」

「いつもと同じだ。駄賃にしとけ」

「助かるっす兄貴」

「腹減ったら、肉屋のおっさんに、コロッケでも作って貰え」

「メンチの方が好きっす」

「そうか。なら、肉はケチらせんなよ!」

「兄貴がそう言ってたって、伝えるっす」

「あぁ。それでいい」


 シャワーを浴び着替えた後、たけしは馴染みの清掃業者に連絡を入れる。「兄貴が早く来いって言ってるっす」と業者を脅して急がせる。ひと段落した後、兄貴とたけしはテーブルを挟み、形が崩れまくった新作スイーツを頬張った。


「まあまあだな」

「そうっすか?」

「形が崩れてなきゃ、少しは旨いと思えたかも知れねぇな」

「そうっすね」

「次は気を付けろよ」

「わかってるっす。あんな辛いのは、もう嫌っす」


 これは、チンピラと呼ぶには優しい青年と、青年に拾われた少年の物語である。

何故たけしなのか。

それは、たけしって名前が、一番呼びやすいんですよ。

ビートたけしさん、ドラえもんのジャイアン、お二方の影響かもしれませんね。


そんな訳で、次回もお楽しみに!

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