表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/23

第八話 風属性と雷属性

 一年が経過した。

 最近の魔術の練習は、夜中に家の屋根上で行っている。

 二歳になって、よりアルマの目がない時間が増えた。そのおかげで、のびのびと鍛錬ができて嬉しい。今日も今日とて『肉体強化』を使い、窓から屋根上に登っていく俺。

『魔術の書/基礎編』に載っている風属性魔術は、この一年でおおむね習得した。この本には中級魔術までしか載っていないので、それ以上の魔術はまだ未習得だが。

 それに初級、下級魔術はもう完璧に扱えるけれど、中級魔術はまだ扱いきれていないものがいくつかある。ここ数週間はそんな中級魔術の練習ばかりしていた。


 俺が最も適性のある風属性は、補助系の魔術を得意とする万能な魔術属性だ。欠点は、攻撃力、防御力に欠けること。特に防御系の魔術は実用性皆無と言ってもいい。

 一応、風の障壁など作れないこともないのだが……どう考えても容易に突破される。風属性魔術師が生き残るコツは、風の補助による回避能力を極めることらしい。

 攻撃は火属性や雷属性に比べると劣るが、土属性や水属性ほど威力に期待できないわけじゃない。『ウインドカッター』など、風の刃で敵を切り刻む魔術だって存在する。

 ただ、やはり風属性の真骨頂は補助魔術にあるだろう。

 攻撃魔術と比べて難易度は高いが、今の俺には苦じゃない。

 屋根上で立ち上がり、準備運動を終えた後、魔術の練習を開始する。


「風よ、我が足となり、疾く走れ! 『ウインドブースト』!」


 ぶわっ、と風が俺に巻き付くような形で吹き、走り出した俺の背中を押す。

 風属性中級補助魔術『ウインドブースト』。

 効果は純粋に移動速度が上がる。『肉体強化』と合わせれば、二歳児の俺でも百メートルを七秒以下で走り抜けることが可能だ。地球なら間違いなく世界記録だろう。

 街の屋根を飛び移りながら、さらに速度を上げていく。

 この魔術は中級の枠を超えていると感じるほど難易度が高い。俺自身の体に影響を及ぼす分、繊細な魔力制御が必要となる。雑に使うと怪我をしかねないからだ。

 だから、しばらく苦戦していたが、ようやくまともに使えるようになってきた。

 このあたりの区画を一周して、また自宅の屋根上に戻る。

 ――よし。確かな手応えに俺は安堵する。昨日よりも確実に速くなっていた。『ウインドブースト』の魔力制御が上手くなったことに加え、体が速度に慣れてきたのだ。

 これなら習得したと言っても大丈夫じゃないか?


 次の魔術に移るか。

『ウインドブースト』を含み、現在練習中の魔術は三つある。

 そのうちの一つが、風属性中級補助魔術『ウインドサーチ』だ。

 魔力を伴った風を広範囲に吹かせ、その流れ方で人や物の存在を感知する索敵系魔術の一種。地形把握には適しているが、こういう複雑な構造の街中だと人を探知するのはなかなか難しい。それでも最近は風が人に当たった時の流れ方を感覚で覚えてきたので、だいぶ索敵系魔術として機能するようになってきた。


「風よ、その流れで万物を読み解き、我の道標となれ、『ウインドサーチ』」


 しっかりとイメージを頭に浮かべつつ丁寧に詠唱をする。

『ウインドサーチ』が起動し、周囲を流れる風が俺の手足のように動き始める。

 見えていない場所の構造まで手に取るように把握していく。

 今の俺がまともに索敵できる範囲は約五十メートル。それ以上は俺の空間把握能力が足りず、風の軌道を読みきれない。何もない平原とかだったら話は変わるけれど。

 もっと、もっとだ。

 さらに風を広範囲に流し、その流れ方で地形を読み取っていく。

 読み取り終えた部分を頭の中で思い浮かべ、風の計算に含めるのだ。俺から風が離れれば離れるほど制御は難しくなるが、消え去らないように繊細に扱っていく。

 百メートル以上の範囲を掌握するには、今の俺の魔力制御技術でもまだ足りない。遠くの風を操作しきれていないのだ。だから感知能力も鈍くなる。

『ウインドサーチ』に関しては、これからも毎日コツコツと練習するしかないだろう。

 この魔術にはそうするだけの価値もある。魔力消費こそ多いが、万能だ。

 そのまましばらくの間、『ウインドサーチ』を維持して索敵を続けていたが、体内魔素量が半分を切ったところで解いた。もう少し消費魔力効率が上がるといいんだが。

 まあ少しずつ上手くなっている実感はある。


「……さて、雷属性魔術の練習に移るか」


 現在絶賛練習中の魔術、三つ目。それが雷属性中級攻撃魔術『ライトニング』だ。

 正直、この魔術に関してはまったく扱えていない。魔力制御が難しすぎるのだ。

効果は単純に、雷撃を発射するだけ。だが、発射した雷撃を思い通りに動かすのは不可能に近い。真っ直ぐ飛ばすことすら困難だ。予想もできない方向へと荒れ狂っていく……それだけならマシで、下手をすれば暴走して俺自身を焼き尽くしかねない。

『魔術の書/基礎編』によると、雷属性は非常に強力で荒々しい印象を与えるものの、実際には他のどんな属性よりも繊細な魔力制御が必要となる高難度な属性らしい。風属性をある程度習得した俺としても、雷の扱いにくさは尋常じゃない。

 そして魔術の幅も狭く、応用が効かない。『魔術の書/基礎編』に載っているほとんどが攻撃魔術だ。その分、他の属性と比べてはるかに強力ではあるが……。

 雷属性は適性者の数がかなり少ないので、あまり魔術整備が進んでいないらしい。ただでさえ扱いにくいことに加え、まだ最適化されていないのだ。それもあって一発で途轍もない量の魔力を消費する。燃費の悪さと精度の悪さが半端じゃない。

 ただ、威力と速度だけは他の追随を許さない。前世の知識でも主電撃の速度は光速の三分の一に匹敵する。目で見て避けられるはずがなく、生きていられるはずもない。

 いくらここが魔術の使える異世界だと言っても、雷を避けたり耐えたりするのは難しいんじゃないだろうか。やはり雷は、まともに扱えるなら最強の属性なのだろう。


 一応、初級魔術の『サンダーボール』や、下級魔術の『タングルドサンダー』などは習得したが、あのへんの魔術は雷を何とか扱うためにダウングレードをした結果のものだ。

 魔弾に雷を封じ込める形の『サンダーボール』は標的にぶつかってから雷の性質を顕わにするので、雷の最大の取り柄である速度を犠牲にしている。『タングルドサンダー』も自分の体に雷を纏いゼロ距離で標的を痺れさせる魔術なので、自分の体を焼くような暴走を避けるために高威力は出せないし、『サンダーボール』同様、取り柄の速度が意味をなさない。

 どちらも精度の問題を解決するための苦肉の策といった感じだ。

 やはり中級魔術『ライトニング』こそ、雷属性魔術の真骨頂だろう。

 雷撃を発生させ、敵を撃ち抜く。これができなければ雷属性の適性を持って生まれた意味がないし、これさえできれば雷属性を掌握したと言っても過言じゃない。


「おっと……練習の前にこれを使っておかないとな。風よ!」


 俺は短縮詠唱で魔術を発動する。

 風属性下級魔術『エアーコントロール』。空気を操作する魔術だが、これを使えば空気の振動を抑えることができる。つまり、どんな爆音を鳴らしても周囲には聞こえない。

 雷属性の練習には重宝する魔術だ。とにかく音がうるさいからな……。


 ちなみに二つの魔術の同時発動だが、二つの術式を魔力で制御しつつ、二つのイメージを維持するのが非常に難しいが、あえて効果を落とせば何とか可能だ。

 なお、三つの魔術の同時発動は今の俺には無理だ。三つものイメージを頭の中で保てる気がしない。練習はしたものの、魔術が暴走するどころか発動すらしなかった。


 ともあれ、準備も終わったし『ライトニング』の練習だ。


「雷よ、光芒の矢となり、我が敵を撃ち抜け……っ! 『ライトニング』!」


 詠唱と同時に荒れ狂う術式を何とか制御していく。

 暴れ馬を魔力制御とイメージで強引に押さえつけるような感覚。短縮詠唱などもってのほか、自殺行為だ。今は実戦じゃないのでどれだけ時間がかかってもいい。とにかく慎重に、繊細に、丁寧に、なるべく余裕を持たせて、大雑把に発生させ、射出する。

 バリィ! という凄まじい雷鳴が炸裂した。


「ぐぅっ……!?」


 生み出された紫電の塊が竜のように咆哮する。雷竜は俺の制御という鎖を簡単に薙ぎ払い、大雑把な狙いすらも飛び越え、設定したよりも短い射程で消えていった。

 そして、設定したよりもはるかに多くの魔力を持っていかれた。


「……はぁ、はぁっ」


 途轍もない集中力を消費したせいか、息が荒くなっている。

 二つの魔術を同時に発動しているので難度が上がっているのは確かだが、それを抜きにしても実戦で扱えるレベルじゃない。暴走して自滅するか、そもそも敵に当たらず、燃費の悪さから体内魔素がすっからかんになるのがオチだ。

 それでも今までよりは感覚を掴んできた。ちゃんと発動しているのだから。

 ……多分、コツは「あそび」を持たせることなんだと思う。

 つまり、制御しきらないことだ。すべてを制御しようとするから暴走する。大雑把に狙いを定め、大雑把に射程を決め、大雑把に威力を決め、「雑」に放つ。すると術式に余裕があるので、多少暴れても最初から範囲に幅があるので問題がない。

 ただし、その「雑」な発動には、繊細かつ丁寧なイメージと魔力制御が必要だ。

 風属性も火属性や土属性に比べると魔力制御が難しいようだが、雷属性は比べることすらおこがましい。でも、雷属性のおかげで俺の魔力制御技術がまだまだ甘いと分かる。慢心せずに済むのはいいことかもしれない。もっと上手くならないとな……。

『ライトニング』を敵に当てられるようになれば、それだけで一流の魔術師に匹敵する攻撃能力らしい。風属性だけじゃ攻撃力に欠ける俺としては、習得は必須だ。

 将来的な俺の戦闘スタイルもだんだん見えてきた。

 風属性を補助に使い、速度を活かして撹乱しつつ、雷の一撃で決める。

 ……うん、なかなか恰好いいんじゃないか? 英雄っぽくはないけれど。


 ちなみに、闇属性魔術に関してはまったく習得できていない。というか、そもそも光属性と闇属性はちょっと特殊な扱いのようで、『魔術の書/基礎編』に載っていない。

 分からない魔術は練習できないので保留中だ。

 闇属性魔術の情報も集めたいところではあるが、まずは練習中の魔術をきちんと習得するのが優先だろう。二兎を追う者は一兎をも得ずと言うし、一歩ずつ進んでいこう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ