第七話 魔術の練習
どの属性でも使える初級魔術に、魔弾というものがある。
より正確には属性ごとに、たとえば『ファイヤーボール』、『ウォーターボール』といった風にそれぞれ名称はあるのだが、属性ごとに付随する効果が異なるだけで、すべて魔力の塊を弾丸にして射出する魔術なので、まとめて魔弾と呼ばれることが多い。
魔術の基礎中の基礎なので、どんな属性でも魔弾から習得するのが普通らしい。
だから、俺は風属性の魔弾『エアーボール』から練習することにした。
「ええと、詠唱は……」
『魔術の書/基礎編』に記述されている詠唱をそのまま読み上げていく。
「風よ、我が手に集い、敵を打ち砕け! 『エアーボール』」
しーん……。
何も起こる気配がない。いや、今のは単に読んだだけだからな。魔力を生成しないと意味ないか。魔術のコツは、生成した魔力を凝縮させ、術式に込めることらしい。
魔石臓で魔力を熾し、掌に集中させると共に詠唱をしていく。
「風よ、我が手に集い、敵を打ち砕け! 『エアーボール』」
今度は手応えがあった。詠唱を一節読み上げるごとに、何かが組み上がっていくような感覚がある。おそらく、この不思議な感覚が「術式」なのだろう。
すべての詠唱を読み上げ、完成した術式に魔力を注ぎ込んでいく。というより、制御していたはずの魔力が俺の意志を離れて吸い込まれていった。
イメージとしてはブラックホールが近いか。ある程度の魔力を呑み込んだことで吸収力は弱まったものの、まだ魔力を求めている気がする。もう少し必要か。
もう少し生成した魔力を注ぎ込むと、術式は満足したのか吸収力が消えた。
魔術が起動する。風が収束して俺の掌に集中し、自動で射出された。まるで竜巻を小さな球体に閉じ込めたような『エアーボール』は、壁にぶつかって真価を発揮する。
ぶわっ、と風が吹き荒れた。
「うわわっ……!? ごほっ、ごほっ!」
ヤバい。ついに魔術を使えるという興奮で、ここが家の中だと忘れていた。
幸いにも埃が舞う程度で済んだが、もう少し威力があったら部屋が大惨事になっていたかもしれない。耳を澄ませてみるが、アルマたちは気づいていないようだった。
あ、危ねぇ……。そよ風程度だったので今回は助かったが、それはそれとして今後もこの威力しか出せないのは困る。これでは目くらましにもならないだろう。
『魔術の書/基礎編』によると、もう少し威力があるはずなんだけどな……。
何か方法が間違っているのだろうか。
それに、もう少し自分の意志で操作できるのかと思っていたら、威力や速度、射出のタイミングなどが決まっている状態だった。俺が制御できる手段は何かないのか?
……そういえば、想像力が重要って記述にあったな。完全に忘れていた。今のイメージを詳細に思い出しながら、もう一度使ってみるか。
おっと、その前に今度は窓を開けて空に向かって魔術を撃てるようにしておく。
よし、イメージ、イメージだ。さっきの体験を脳裏に描きつつ、魔力を生成していく。
「風よ、我が手に集い、敵を打ち砕け! 『エアーボール』」
今度は手応えが違った。先ほどのように自動で動くのではなく、俺のイメージが術式を制御下に置いているような感覚。ただ、それだけじゃ駄目だ。そのイメージに必要な分の魔力を必要な場所へと操作していく。何というか、詠唱で術式という枠組みを構成し、イメージと魔力制御でその内容を決定していくような感覚だろうか。
そうして魔弾の威力や速度、精度、タイミングを決定し、発動する。
今度は勝手に動くこともなく、俺が思い描いた通りに発動した。
……なるほど。イメージした魔術の威力や速度、精度などによって術式が要求する魔力量が変わってくる。イメージを変更することでそれらを調節することも可能なようだ。
とはいえ、あくまで頭の中の話なので難しい。雑念が入ると術式が甘くなり、消費魔力にも無駄が多くなる。水が入ったコップの底に穴が空くような感覚だ。
それに本来の術式から逸脱すればするほど、繊細な魔力制御が必要となる。呼吸をするように魔力を制御できるようになったと自負している俺でも、なかなか難しい。
とはいえ練習していくうちに慣れていくんじゃないだろうか。幸いにも魔弾の消費魔力量は少ない。今の俺の魔石臓の魔素蓄積量なら、一日に何百回でも練習できる。
空に向かって撃っているとはいえ、魔弾の威力を上げすぎるとご近所さんに迷惑がかかるかもしれない。速度や精度、タイミングなどの調節幅を試しながら練習するか。
夕方まで練習したところ、体内魔素量が約八割も減った。
おそらく千回以上は魔弾を使っているだろうし当然のことではあるけれど、やはり体内に蓄積されていた魔素がごっそりなくなると疲労感がすごいな。
とはいえ、この疲労感に見合う価値のある練習だった。
分かったことはいろいろある。
まず、術式はその威力や速度など、効果のさまざまな部分を調節できるが、魔力消費対効果が最も高いラインが存在する。たとえば威力を変更するとして、そのラインを上回る、または下回る威力を出そうとしたら消費魔力量の無駄が多くなる。
最もコストパフォーマンスが高い威力レベルというものが存在するのだ。イメージや魔力制御を繊細に行ったとしても、この原因で発生する「無駄」は軽減できない。「本来あるべき効果」から逸脱すればするほど術式が暴走気味になり、無駄が増えるのだ。
感覚としては、自動車のエンジンが近いかもしれない。ガソリンを燃焼させることでエンジンを動かしているが、加速や減速の度合いでどうしても熱効率は上下する。
次に、術式の構築方法についても新しいことが分かった。
俺は窓の外に向かって掌をかざし、魔力を熾して制御していく。
「風よ!」
一言。本来の詠唱よりもはるかに短く、これだけでは術式という枠組みはまったく完成していない。暴走するどころか、発動すらしないだろう作りかけの術式を、俺はイメージで補強していく。本来の詠唱と同じようにはならないが、それでも魔術は発動した。
風が吹き荒れる。思い描いたものより効果が低く、消費魔力量も多い。完成していない術式を無理やり補強して魔力を流し込んだのだから当然だろう。
俺はこれを短縮詠唱と呼ぶことにした。魔力消費対効果の効率こそ低いが、発動までの時間を削れる。一秒が命取りになる実戦では大いに役立つだろう。
もちろん、通常よりも明確な想像力と繊細な魔力制御技術が発動条件となるが。
『魔術の書/基礎編』には載っていないが、流石に俺が見つけた新技術だとは思えない。
予想だが、『魔術の書/応用編』には載っているんじゃないだろうか。魔力制御や想像力に自信がある俺でも難しいと感じるし、上級者向けの技術だとしたら違和感はない。
ただ、この短縮詠唱、今みたいに落ち着いた状況なら使えるが、実戦で使うには相当な練習が必要だと思う。命の危険が懸かっていて、臨機応変に相手の行動に対応しなければならない状況で、俺はこれだけのイメージ力と魔力制御技術を保てるだろうか。
こうして何時間も練習を続けているだけでも、集中力は徐々に落ちてくる。
術式に無駄が多くなり、魔力変換効率が落ちる。結果、本来の魔術効果より低いか、または消費魔力量が増える。それに実戦では怪我による痛みもあるだろう。
前世から集中力には自信があるけれど、こればかりは慣れないと無理そうだ。
実戦を経験する方法か……いや、気が早すぎるな。
まずは焦らずに、基礎的な魔術をどんどん習得していこう。話はそれからだ。