第六話 読書と魔力適性
空いた時間を本の解読作業に費やすようになってから三か月。
だいぶ分かるようになってきた。基本的な読み書きはすでに問題ないが、本は古い言葉や難しい言い回しで語られている部分も多いので、完璧な理解は難しい。
ただ、そういう部分も何となくニュアンスは読み取れるようになった。
なお、わざとアルマの前で本をぺらぺらめくったりしてみたが、これは正解だった。
興味があると態度で示すことで自然と教えてくれるようになったし、分からない部分を尋ねることもできた。もちろん一歳児にして優秀すぎるので、アルマは「わたしたちの息子は天才よ!」と騒ぎ始めたものの、怖がられない程度なら問題ないと判断した。
一応、まだアルマの前では内容の半分も分からないふりをしている。
ちなみに、俺にアルマが文字を教えるようになってから、興味を持ったサンドラも一緒に学び始めた。仲間外れにされるのが嫌だったこともあるだろう。
俺にとっては、サンドラの習得ペースで「普通」の基準を学べるのでありがたい。前世でも病室に引きこもっていた俺は、自分以外の人間には疎い自覚があった。
ともあれ、本が読めるようになったことで一気に情報量が増えた。
よって、このあたりで一度、本から得た情報を頭の中で整理することにした。
まず、この家に置いてあった本は三冊。
製本技術の発展度合いは不明だが、アルマの話を聞く限り、少なくとも一般市民にとって本は高いものだという認識らしい。それを三冊も保有しているあたり、この家は平民にしては裕福なんじゃないだろうか。どうもライアスの冒険者時代の貯金が結構あるっぽい。
三冊の本は『魔術の書/基礎編』、『冒険の書』、『王国の歴史』という題名だった。
もはや言うまでもないが、俺が最初に食いついたのは『魔術の書/基礎編』だ。貪るような勢いで解読作業に耽った。アルマが魔術師を目指していた頃に購入した本らしい。
『魔術の書/基礎編』を解読し、分かったことはいくつもある。
まず、魔術とは創造神ヴァレが創った『世界の法則』を超越する技術だ。それゆえ創造神ヴァレを信仰しているイニシエル教国では忌み嫌われている。俺が住んでいるアレイバニス王国は創造神を信仰しているものの、魔術の存在も認めている寛容な国家らしい。
『世界の法則』というのは、物理法則のことだろう。それを神がもたらしたものだと解釈するのは不思議じゃない。前世の宗教でもそのあたりは同じだった。
それに、実際その可能性もある。世界の始まりなんて人間は誰も知らないからな。
アレイバニス王国とイニシエル教国は信仰する神を同じくしているものの、考え方の違いから仲が悪いらしい。宗教的な対立ってやつだな、歴史の教科書で読んだ。
次に魔術の発動方法だが、ここはライアスの話とほとんど一緒だった。ただし要領を得ないライアスの話よりも詳細かつ親切な説明をされており、分かりやすい。
ライアスの話にはなかった点としては、魔術を使うには想像力が大切らしい。単に詠唱をするだけじゃなく、どんな魔術をどういう風に使うのかを明確に想像することで術式を補強する。魔術師になれない人間は、この想像力に欠けている場合が多いのだとか。
自慢じゃないが俺は十八年間ずっと病室にこもっていた人間だ。やることなんて読書や勉強、そして妄想ぐらいしかなかった。外の世界を知らない分、想像力には自信がある。
だから俺は魔術を使える人間だ……と、信じたいところだった。
魔術の種類についても記載があった。
まず、魔術には大きく分けて、攻撃魔術、補助魔術、治癒魔術、召喚魔術、特殊魔術の五種類がある。そのうち攻撃、補助、治癒、召喚の四種をまとめて普通魔術と呼ぶ。
だいたい名称通りの効果を持つ魔術が分類されているが、普通魔術に分類できないものはまとめて特殊魔術として扱っているらしい。
一意に特殊魔術と言っても種類はさまざまのようだが、基礎編では割愛されていた。
まあ普通魔術に比べて希少で難しい魔術が多いようだし、今の俺には関係なさそうだ。
そしてまた別の分類として、普通魔術の大半は属性魔術と呼ばれている。
属性魔術は、火、水、風、土、氷、雷、光、闇の八属性が存在し、それらの元素を操ることでさまざまな効果を発揮する魔術群のことだ。汎用性が高い割に難易度は低いので最も普及率が高く、それゆえ属性ごとに効果や難易度によって初級、下級、中級、上級、超級の五段階に分けられて整備され、一般化と最適化が進んでいる。
属性魔術は個々人が有する魔力の「適性」が、使えるかどうかを左右する。適性がない属性の魔術は、どれだけ努力しても使えるようにはならない。
たとえ一属性でも適性があれば、それは魔術師としての才能の証明だ。全属性に適性がなかったとしても珍しい話じゃない。二属性以上の適性を持つ者は非常に希少で、その時点で稀代の天才として扱われるようだ。俺にも適性があるといいな……。
そう思っていたが、どうやら手軽に適性の有無を判別する方法があるらしい。
用意するのは『魔石』と呼ばれている宝石に似た物質だけ。人や魔物に存在する魔石臓を摘出したものを、そう呼んでいるらしい。魔石は魔石臓とは性質が異なり、魔素を吸収、蓄積することや魔素から魔力を生成することはできないが、魔力を注入すると蓄積する性質を持ち、蓄積された魔力はいつでも引き出し可能だ。もちろん限界はあるけれど。
魔石に魔力を注ぎ込むと、仄かな輝きを放つ。これは魔力光と呼ばれていて、魔力適性によって色合いが変化する。赤は火属性、青は水属性、緑は風属性、茶は土属性、黄は雷属性、白は光属性、黒は闇属性と判別できる。それ以外の色だった場合は複数の属性適性が混じっているらしい。発光すらしなかった場合は全属性に魔力適性がないということだ。
これで『魔術の書/基礎編』から得た知識はだいたい整理し終えた。
後は各属性の初級魔術の詠唱や使うコツも書かれている。この一年、喉から手が出るほど欲しかった知識だ。もちろん魔力適性を確認したら試していくつもりだ。
ライアスが冒険者時代に得たものと思しき魔石が部屋に置いてあったので、さっそく俺の魔力適性を確認していこうと思う。
拳大の魔石を握り、魔石臓で生成した魔力を操作して掌から放出していく。普段は外に魔力を放出するだけでは何も起こらずに霧散するのだが、今は違う。
魔石が反応し、魔力光が発せられる。薄暗いライアスの部屋に灯りがついた。
とりあえず適性なしではなかったことにほっとする俺……だが、何だ、この色は?
何とも言い難い複数の色が混じった魔力光。
いや……これは、黄緑色か? ということは黄色の雷と緑の風の二属性に適性がある?
それだけじゃないな……僅かに黒が混じっている。つまり闇属性も、だ。
マジか……だったら、俺には雷、風、闇の三属性の魔力適性があるということか?
『魔術の書/基礎編』の記述を信じるなら、一属性に適性があれば魔術師の才能があり、二属性以上に適性があれば天才扱いだったはずだ。
もしかして俺は途轍もなく恵まれているんじゃないか?
色の配分で言うと、だいたい黄が三、緑が六、黒が一といったところか。適性にも強い弱いがあるようだし、おそらく濃い色合いの適性が最も強いのだろう。
つまり俺は風、雷、闇の順で強い適性を持っているというわけだ。
三属性も適性があるのは嬉しいが、正直ちょっと不気味な色合いではあった。あんまり英雄っぽくはない。好みで言うなら光とか火の方が格好いいと思う。
まあ才能に文句を言っても仕方がない。あるものを磨こう。
ひとまず、最も適性が強い風属性の初級魔術から練習していくとするか。