第五話 成長と情報収集
それから一か月が経過した。
その間、特にやることもないのでひたすら魔力制御の練習をしていた。
今となっては、魔力を熾すだけなら息をするようにできる。魔力の通り道を作るのはいまだに繊細な作業ではあるが、失敗はかなり減った。魔力の通り道を繋げて全身を循環させることで無駄が少なくなり、魔力消費効率が上がることも分かった。
そして、これまでは魔力制御の練習として全身に循環させていただけだったのだが、この動作にはどうも体を強化する効果があるらしい。まともに動かない赤ん坊の体では実感するまでが遅かったけれど、確かにこの状態だと力が強くなっている。
俺はこの動作を仮に『肉体強化』と呼ぶことにした。
『肉体強化』は、魔力の密度を上げるほど効果が強くなる。そして特定の部位に集中させることも可能で、そこだけが途轍もなく強化される。一度だけ腕に魔力を集中させてベッドを叩いたことがあるけれど、ミシィと不穏な音が響いたので慌てて誤魔化した。
元が赤ん坊の腕力でも、魔力を集中すればこんなにも強化できる。ただ強化しすぎるとその部分に負担がかかり、筋肉断裂や骨折などの怪我を負いかねない。
それに一部強化の負担がかかるのは周りの部分も同じだ。たとえば脚だけ強化して風のように走れるとしても、強化されていない腰などがその動きについていけない。
何事もバランスが大事だ。魔力制御に自信がなければ、全身を均等に強化しておくのが無難だろうと俺は結論付けた。実戦で体内にばかり気を使うわけにもいかないし。
一度に生成する魔力を百だとすると、各部位に六ぐらいを均等に分けるのが最も効率が良い。効果と消費のバランスが取れている。ちなみに一部位に十二以上を割り振るのは強化しすぎで、体に負担がかかる。体が成長していけば、もっと強化できそうだが。
そんな風に分かったことを整理しつつ、今日も今日とて練習に没頭する俺。
――滑らかに、無駄を削り、魔力という炎を流水のように操る。
目標としているイメージはそれだが、なかなか上手くはいかない。物語とは違って、都合よく急成長なんてしないのだ。仕方なく波のように荒ぶる魔力を乗りこなしていく。
……とはいえ、明らかに急成長している部分もあった。
だが、それは日々の練習を積み重ねている魔力制御とはまた違う。いや、ある意味そうとも言えるのだが……要するに、魔石臓の性能が明らかに伸びていた。
空気中からの魔素吸収速度と魔石臓内部の最大魔素蓄積量、魔素の魔力変換効率。これらは才能に依るところが大きいとライアスは言っていたが、そんなことはないのか。まあライアス本人が魔術師というわけじゃないし、参考にしすぎるのもよくないな。
それとも俺が毎日使っているのとは無関係に、体と共に成長しているだけなのか?
……いや、魔力制御の練習を休んだ次の日は、魔石臓の成長を感じなかった。やはり俺が酷使していることの影響だと考えられる。たった一か月でここまで露骨な成長を感じられるのに、なぜ生来の才能に依るところが大きいと言われているのだろう?
それとも俺に才能があるから、こんな成長の仕方をしているのか?
理由は不明だが、ともあれ魔石臓の性能は伸ばしておいて損はないだろう。
そんな風に結論付けて、魔力制御の練習を続ける俺。
どこまで上手くなるべきなのか。そもそも俺は上手い方なのだろうか。
魔力制御技術だけじゃなく魔石臓の性能もそうだが、基準を知りたいところだ。
◇
八か月が経過した。
俺は一歳になり、家族に誕生日を祝われた。
魔力制御の練習に没頭していた俺にとって、この一年はあっという間に過ぎていった。
練習をすれば、物語のような技術を使えるかもしれないのだ。飽きるはずがない。それに俺は成長を実感していた。今では呼吸をするように魔力を操れる。
もちろん体もメキメキと成長していた。
まだつたないけれど、歩くこともできるようになった。
実は『肉体強化』を使えばしっかりと歩けるのだが、驚かれそうなので両親の前でやったことはない。普通の一歳児には無理だし、隠しておいた方が無難だろう。
少なくとも四歳になったサンドラは、いまだに魔力を扱っている様子はない。
天才扱いされるぐらいならともかく、前世の記憶を持っているとバレるのはまずい。あくまで可能性の話だが、『悪魔の子』扱いで追放されても不思議じゃないのだ。
サンドラの様子を見ていれば、俺が一歳児としては規格外なことがすぐに分かる。これからも両親の前では基本的に力を隠しておいた方が良さそうだ。
ちら、とアルマを見やると、鼻歌混じりに台所で料理をしている。
俺は手が掛からないし、サンドラも落ち着いてきたので最近は余裕がありそうだ。
アルマの様子を眺めつつ魔力制御の練習をしていた俺だが、魔術を習得する準備としてはそろそろ十分なんじゃないかと思い始めている。
もちろん魔力制御は基礎中の基礎であり、だからこそ奥が深い。いくら練習しても限界が見えないので、これからも毎日練習を続けていく所存ではあるが、英雄を目指している身としては、それだけでいいとは思えない。努力はいくらしても足りないのだ。
前世の記憶を持つ俺のアドバンテージは、普通の子供と違って、すでに精神的には成熟しているので、計画的な努力が可能なところだ。幼い頃の長い期間を有意義に使える。
つまり、今この時が最も重要なのだ。
できる限り無駄な時間を排除し、効率の良い努力をしたい。
そんなわけで俺はとりあえず家中を探索することにした
歩けるようにもなったからな、うろうろしても心配されずに済む。
何でもいいから情報が欲しい。一冊ぐらい書物のようなものがないものか。
料理中のアルマの目を盗んで探し物をする俺。
サンドラは不思議そうに小首を傾げているが、放っておいていいだろう。
……居間やアルマの部屋に目ぼしいものはないな。後はライアスの部屋か。
戸を開くと、若干の埃っぽさを感じる。
整理こそされているものの、物が多くて雑多な印象を受ける部屋だった。
行動できる範囲はかなり狭く、足場を探すだけで一苦労だ。
ライアスはアルマの部屋で寝ているので、物置きになっているらしい。
物を崩さないよう慎重に探索をしてみると、棚の奥に数冊の本を見つけた。
そうそう、こういうものがあるんじゃないかと思ったんだよ。
さっそく手に取って開いてみるが、もちろん字が読めない。異世界の言語を知っているわけがないので当然だし、想定内だ。これから憶えていけばいい。
すでに聞き取りは問題ない。喋ることもできるし、後は読み書きを習得するだけ。
この世界の識字率は不明だが、そう高くはないように思う。しかし、少なくともアルマは読み書きが可能だ。書き物をしているところを見たことがある。
だから分からない点はアルマに尋ねていけば、習得は難しくないだろう。
さっそく、俺は本の解読作業を開始した。
今日はここまで!
明日から書き溜めつきるまでは毎日更新しますー!
面白いと思ったらブクマ・評価などよろしくお願いします!