第四話 魔力制御
魔術について調べると言っても、俺にできるのは日常会話からの情報収集だけだ。
ただサンドラが酒場で見たスレイの魔術に興味をもってくれたおかげで、ライアスが自然な形で魔術について教えてくれた。ありがとうサンドラ……。
ライアス自身は魔術を使えないようだったが、仲間に魔術師はいたらしい。
その結果、分かったこと。
まず、魔術は魔力というエネルギーを消費することで発動する。魔力は、酸素や窒素と同じように空気中に漂う魔素という元素を、人体で変換することで生成できる。
人体には魔素の変換機能を持つ魔石臓という器官が心臓の隣に存在し、この世界の人々が魔術を使えるのは、この器官のおかげのようだ。
とはいえ、魔石臓の『質』は個人差が大きいらしい。
魔石臓には魔素の吸収と蓄積、そして魔力の生成という三つの役割がある。
空気中からの魔素吸収速度と魔石臓内部の最大魔素蓄積量、魔素の魔力変換効率。これには明確な個人差がある。魔石臓の性能は生来の才能に依るところが大きい。
だからこそ、一定以上の魔石臓の質を要求される魔術師は数が少ないのだ。
魔術を使いたい俺にとって、魔石臓の質は何よりも重要だ。正直、ちょっと怖い。魔術の才能がなかったらどうしよう……大人しく剣を振るか……それも恰好良いし……。
ともあれ、次に移ろう。
魔術の発動方法には詠唱と儀式の二種類が存在するらしい。広義では詠唱も儀式の一つのようだが、手軽に使えることから主流となり区別されるようになった。
要するに言葉で魔術を使うか、変な踊りとか魔法陣とかで魔術を使うかの違いだ。
小規模で大雑把な魔術を使うなら詠唱、大規模で繊細な魔術を使うなら儀式で発動するのが向いているらしい。数秒で発動できる詠唱魔術の方が実戦的で、儀式魔術は廃れつつある。よほどの大魔術じゃない限り、わざわざ儀式を行うことはないようだ。
とりあえず詠唱魔術を練習しておけば良さそうだな。儀式魔術に関しては、魔術をある程度使えるようになってから学んでいけばいい。
とはいえ、ただ詠唱をすればいいわけじゃない。魔石臓に蓄積された魔力を捻出し、制御することが必要だ。詠唱によって構築した術式に、捻出した魔力を込める感覚らしい。
ライアスから得たこれらの情報を踏まえると、魔力制御の練習から始めるべきだろうな。
一般的な練習方法も知りたいところだったが、サンドラは説明の途中で興味が消えてしまったのか、寝てしまった。そうなった以上はライアスも語る理由がなくなる。
まあライアス本人が魔術師というわけじゃないし、これ以上を望むのは贅沢だろう。
後は自分で試行錯誤していくか。どうせ時間は十二分にある。
さて、まずは魔石臓から魔力を捻出する感覚を掴みたい。
実を言うと、これに関しては練習する前から少しだけ自信がある。
なぜなら、俺はもともと異世界人だ。魔石臓が存在しない体を知っている。だからこそ今の体には違和感を覚えていた。
単に赤ん坊の体だから、前世との体格差による違和感かと思っていたが、おそらくこれが原因だと考えられる。前世にはない臓器が働いているような感覚。
心臓の隣で動いているその違和感を、俺は明確に意識することができる。
……だが、何も起きない。何かが変わった気もしない。その違和感に力を込めたりしてみるが、特に変化はない。何度か試していると、僅かにパチッとした感覚に襲われた。
……何だ? 何というか、火花のような感じだ。けれど現実では何も起こっていない。おそらく魔石臓での現象だ。微妙に魔石臓の辺りが熱くなっているような気がする。
……火花、か。待てよ、俺は先入観で魔力というものを魔石臓から流水のように引き出すのかと思っていたが、意識が違うのかもしれない。
試しに、火を熾すような感覚でやってみることにした。あくまで感覚の中で、さらに火花のようなものが散る。
もっと正確なイメージが必要か。
おそらくたき火のイメージに近いんじゃないだろうか。魔素を薪として、火打石を打ち合わせるような意識で火種を出し――魔力という炎を燃え上がらせるような感覚!
正解を引いたらしい。
ぼう、と体内で炎のようなものが燃え盛った。この炎のような感覚が魔力なのだろう。熱くはないが、不思議と力が湧き出てくるような気がした。
魔力を「熾す」。魔石臓から魔力を捻出する行為は、この表現が的確だと思う。
ライアスもそう教えてくれればよかったのに。
……いや、これとは違うイメージ方法だってあるのかもしれないな。もっと効率が良い方法もあるだろうか。そのあたりも後で試してみたい。
とりあえず今は、捻出に成功したこの魔力の制御に集中する。
動かそうとしてみるが、上手くいかない。何というか、炎と同じように掴み取れるようなものじゃない気がする。重くて動かないとかじゃなく、手応えがないのだ。
……うーん、何かイメージが違うのか? 強風で炎を煽るような感覚で燃え広がらせようとしてみたが、効果はない。というか、動ける場所がないような気がした。
すべて感覚の話なのでひどく曖昧だが、手探りでやっていくしかない。魔力の動ける場所がないのなら、場所そのものを広げてみるとか、どうだ? 今度は成功した。
じわじわと魔力の炎が燃える感覚が広がり、逆に一か所の密度が下がっていく。途轍もない集中力を使う作業だ。少しでも気を逸らすと、一気に範囲が縮小していく。
何だか無駄の多いやり方をしている気がする。そう思うのは、おそろしい勢いで魔石臓に蓄積された魔素が薪にくべられているからだ。つまり魔力消費量がすさまじい。
そもそも基準が分からないけれど、この勢いで魔素を消費したら数分ですっからかんになるだろう。休んでいるうちにまた空気中から吸収するとはいえ……。
魔力という炎を保持するだけでも、刻一刻と体内の魔素は消費されていく。まだ外部には何の影響も及ぼしていないというのに、なかなか扱いが難しい。
魔力が動ける範囲を広げる、という感覚じゃないのか?
たとえば……そうだな、魔力の通り道を作るような感覚だと、どうなる?
道を作ると、自然と炎がそちらに流れていく。
……この感覚の方が良さそうだな。
魔力消費が少ない割に、全身に行き渡っていく。全身に回るように道を作っていくだけで一苦労だったが、慣れるしかないだろう。
そんなことをしている間に、気づけば魔素が空になっていた。
集中しすぎていたせいで気付かなかったのか、どっと疲れが押し寄せてくる。猛烈な眠気に誘われ、俺の意識は水底に落ちていった。