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村の民

作者: おだのぶ

山奥にある村で暮らす男がおり、その男には妻と子供がいた。

男は猟師で、妻と子供を養うために毎日狩りに出かけ、ある時は熊を狩り、ある時はイノシシを狩り家族に食材と幸せを届けていた。

家族、村の者達とも仲が良く、妻とは一度たりとも喧嘩をした事が無く、ごくたまに狩猟が上手くいかずに獲物を持ち帰れなかった時は、近隣に暮らす村の者に晩飯のおすそ分けをして頂ける。それくらい何不自由なく日々を暮らしていた。


ある日、大地震が村を襲った。土砂崩れなどの災害が起こりはしたが、幸いにも村周辺の地盤がズレる事は無く大きな被害はこれといって無かった。しかし、地震の影響により動物たちは村から遠いところに隠れてしまい、長い間動物たちが村周辺に姿を見せる事は無く村中に蓄えていた食料が無くなってしまう程の危機が訪れた。


食料が無く辛い面持ちをした村人たちのため、猟師たちは動物を血眼になって詮索し、山中を駆け巡った。そんな中、男は遠くの方で動物らしきものを発見した。よくよく見てみると大きな鹿が優しい目でこちらを見つめていた。

しめた、と心の中で叫び、久しぶりに猟銃を構える。外したら次はいつ獲物を見つけられるか分からない。ぷるぷると肩が震え、照準が定まらない。男は深呼吸し、気を落ち着けて発砲した。弾は鹿の脳天を突き、力なくパタリと倒れた。爆発しそうな喜びを堪え、近くにいた村の者に声をかけ仕留めた鹿を大勢の大人で抱えて村に運んだ。


村に帰った男の目に飛び込んできたのは、妻が横たわって死んでいる姿だった。男は唖然とし、膝をつき号泣した。改めて妻を見ると、骨に皮が張り付いているだけのようにも見える姿に変わり果てていた。衰弱しきった妻の手を握り、何度も何度も謝罪した。子供は何が起きているのか分からない様子で、後ろから見守るしかなかった。


翌日、狩りまでに気持ちを切り替える事が出来ず、涙を流しながら山を周った。ふと木の幹から伸びる枝を見ると、鷲が止まっていた。子供には自身の哀れな姿を見せてしまったので、鷲を捕まえてなんとか挽回しようと思った。鷲はこちらに気づく様子もなく、どこか遠くの方を見つけている。照準を合わせて、発砲。見事一発で鷲を撃ち落とした。ほんの少しではあるが気分が晴れ、獲物をむんずと掴んで村へと帰った。


村の長から、自分の子供が行方不明になってしまった事を聞いた。どうやら、昨日自分が落胆した姿を見て、少しでも手伝えないかと村の者に聞いて回っていたようで、周りの目を盗んで村の外に出てしまったかもしれないとの事だった。既に日が暮れているにも関わらず、男は踵を返して子供の捜索にあたった。


数年の年月が流れた。男は数年前とは別人のように不愛想になり、村人の談合などにも一切参加せず、孤立していた。寝る前には元気な子供の顔が思い浮かび、起きた時は妻の声が聞こえてくる。しかし子供は今もなおおらず、妻の声も幻聴だという事に気づき、心がかき乱されていく。この日もよたよたと覚束ない足取りで狩りへと出かけた。


ふと気が付くと妻が亡くなった日、鹿を仕留めた場所に居た。この場所は妻の顔を思い出してしまうので絶対に足を踏み入れまいと思っていたはずだったのだが、無意識の内にたどり着いてしまっていたようだ。空を見上げ、涙した。自分の気も知らないような、雲一つない真っ青な空を見て、全てがイヤになった。視線を戻すと、奥の方に熊の姿が見えた。男は怒りに身を任せ、熊へと近づき猟銃を向けた。熊も男に気づき、見合う。熊は酷く憔悴しきっているような様子で、男に憂いの目を向けているようにも見えた。男は絶対に逃がすものかと、照準を定めた。指を引く瞬間、村で生まれ祝福された日の事、妻と出会ったあの日の事、二人だけの愛しい愛しい子供が生まれた素晴らしい日の事、色んな出来事が頭の中を錯綜した。男は少しだけ温かい気持ちになった。

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