第7話 ~Wer mich liebet, der wird mein Wort halten~
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「あッ!誉クン、はるクン、こんな時間!少し急ごう!」
時計を見た鉄男はそう言って、慌ててピアノを片付けた。
「本当だ、、、ヤッベぇ。おい佐々木、少し急ごう!」
そんな悠の問いかけに誉の反応はない。
「おい、佐々木!」
「、、、俺、、、川村の事が好きだ」
「いッッッ?」
行動をうなが促そうとした自分の再度の呼掛けに、誉が唐突な爆弾発言で返したため、悠は度肝を抜かれ思わず声にならない声を上げた。
「ちょ、、、誉クン?」
普段なら絶対にあり得ない誉の暴走に、赤面した鉄男も思わず彼の名を口にする。
「、、、ん?、ん?、どうした?、、、悠も川村もそんな顔して、、、?」
突如、我に返った誉が自分に対して信じられない、といった視線を向けてくる悠と鉄男にその理由を尋ねた。
「聞きたいのはこっちの方だよ、、、いきなり『鉄男の事が好きだ』なんてのろけ惚気たと思えば、今度は『どうした?』なんて、、、お前がどうしちゃったんだよ!」
「あ、、、ゴメン、、、って、、、えぇ?、えぇえええッッッ?俺、そんな事言ってたッ?」
悠が口にした自分の言動に、思わず誉は口をパクパクさせた。
「ったく、しっかりしてくれよ!」
そう言って苦笑する悠に、誉は少しばかり神妙な面持ちで説明した。
「ごめん、、、鉄男の事故の日の事を思い出してたら、、、つい」
「、、、はいはい、まぁ要するに、失いそうになって初めて大切なモノに気が付いた。って感じですかねぇ~?佐々木くん」
そうやって誉をからかう悠の言葉は、そのニヤけた表情とは裏腹にまさしく大正解であった。
「、、、悠にはかなわねぇーは、、、そうそう、つまり俺は二年間、川村を愛し続けてるってコト!」
誉が今まで学校では口にしたことのない『愛してる』の言葉に、悠も鉄男も驚いた。鉄男にいたっては耳まで赤くなっている。
「おっ!佐々木くん、開き直っちゃいましたか、、、今回は俺の負け!」
そう言って笑う悠に、誉は川村の肩を抱いてグッと引き寄せ、Vサインを決めた。
「ガチャ!、、、?、どぉ~したの誉ちゃん、てっちゃん抱いたりして、、、」
「ッッッ!、、、た、、、環ッ!」
B防音室に予期せぬ来客が訪れ、誉と鉄男は反射的に慌ててしまった。その様子を悠が面白そうに眺めている。
「ごめん、ごめん、そんなに驚かないで。一応ノックはしたけどね、、、防音室じゃあ意味無いか」
そう言ってケタケタと笑う環に誉が言った。
「環、よく俺達がココに居るって分ったな、、、」
「あ、うん。授業がほんの少し早く終ったから、ちかちゃんかてっちゃんを誘って食堂に行こうかな?って思って」
「そっか、、、丁度良かったな。俺達も今から食堂に向おうとしてたとこなんだ!」
「本当?ラッキー!」
「じゃあ、行くか?」
悠の号令と共に四人はB防音室を後にし、念のため悠は環に尋ねた。
「なぁ、たま、チーちゃんトコ行ってみた?」
「うん、ココに来る前に一階のアトリエ覗いたんだけど、もう誰も居なかったよ」
「そっか」
「きっと山戸ちゃんと何処かで先に待ち合わせたんじゃないかな?」
「かもな、、、ま、食堂って言ってあるし、大丈夫だろ」
「だね!、、、それよりさっき、誉ちゃんとてっちゃんが抱き合ってた時、何の話してたの?」
「おい環ッ!俺と川村は、抱き合ってなんかないだろッ!」
「そう?僕にはそう見えたけどぉ?」
そう言って悪戯っぽく微笑む環に、
「だろ?実は、佐々木が鉄男を襲ってたんだよ、、、」
と悠もノってきた。仕舞いには鉄男までもが、
「誉クンが力づくで来たら、僕なんか到底反抗は不可能だろうなぁ、、、」
なんて言う始末。
「あ、お前らヒデェー、、、大学生になってまでそーゆーイジメ方するかね?フツー、、、」
そう言って口を尖らせる誉に、
「違う、違う、僕達の目一杯の愛情表現だってッ!」
なんて環は明るく切り返してくる。
都大路環、グループの中で唯一の初等部出身者。つまり先に記述した超難関『お受験』を突破し、大学二年生の現在に至まで十三年と約半年、ただひたすらに慶泉街道、もといエリート街道を突き進んで来たおぼっちゃまである。けれどこの見解はあくまでも一般社会から彼を見た場合で、環自身はそんな気取った風でもなく、ただひょうひょう飄々と学生をこなしている感じだ。ただし、やはり身に付いている素養はただならぬものがあり、普通の人間が中々出来ないことを涼しい顔をしてシレッとこなす事が多々ある。
また、女の子に間違われる外見と、天性の人懐っこさから、内部生の間では『魔性のゲイ』として噂されている。
『魔性のゲイ』とはつまり、ホモセクシャルやバイセクシャルの男性は勿論の事、普通の男性ですらもとりこ虜にしてしまう男の事で、周囲の男性を皆ゲイの様にしてしまう事から由来している。事実、環の周りの男性が次々と彼に告白してしまっているところを見ると、やはり彼にはその素質があるのだろう。しかし、それも本人は全く気にしていない様子で、告白される度に『ごめんなさい』とか『申し訳ありません』なんてたじろぎもせずに普通に断っている彼の姿を見ると、逆に彼以外の仲間五人の方が呆気に取られてしまうのである。
「愛情表現ねぇ、、、」
環のいつもの調子の切り返しに誉は苦笑しながら言った。
彼は中学の時から何か問題が起こっても一人だけ動じることなく、屈託なく笑って明るく物を言うタイプの人間で、そんな環の姿に、自分を含め救われた人間は数知れないだろう、と誉は思っている。
「おっ昼だ!おっ昼ッ!」
自分が聞いた質問がマズかったかな、と機転をきかせた環が話題を換えようとした。それを察した悠が、
「たまが来る前に二年前の鉄男が事故った日の話をしててさ、、、みんなそれぞれ思い出してたんだよ」
と説明した。
「あ、そうなんだ、、、てっちゃん、その後はどう?傷、痛む?」
そう訪ねる環に、
「お陰様で、もう全然大丈夫だよ。あ、でもやっぱり寒い日は少し痛むかな?」
とにこやかに鉄男は答えた。
次回更新は1/25(金)を予定しております。