第3話 ~Gleichwie der Regen und Schnee vom Himmel fällt~
回想編です。彼らが出会ってまもない頃のお話。
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大晦日も近い十二月のある日。屋敷と言っても過言ではないほどの立派な建造物の中に、高校二年から三年生の男女が六人、リビングルームで楽しいひと時を過ごしている。
「メリークリスマース!」
六人の一斉の掛け声と共に、パンッ、パンッ、パンッと乾いたクラッカーの音が辺りに響く。勢い良くクラッカーから飛び出した紙吹雪を目で追って、ふと窓の外に目をやると綿毛のような雪がフワリ、フワリと宙に舞っている。
「うっわ~、えりちゃん!雪だよ、雪ッ!」
「本当、綺麗、、、」
窓辺に駆け寄った天野千伽井と、その従姉妹で彼等より一つ年下の山戸絵理子はうっとりとした表情で窓の外を眺めている。
「ん?何なに?」
キッチンからエプロン姿で見事な鶏の香草焼きを運んで来た都大路環は、そんな彼女達を眺めている誉と悠に尋ねた。
「ん?あぁ、雪が降ってるみたい、、、って、たまぁ!む
っちゃ上手そうだなコレ!」
視線を女性陣から食卓に移した悠が歓喜の声を挙げた。
その声につられる様に誉も今まで何か味気なかった食卓の上の変化を見て、
「うっわ、スッゲェ、、、。環、君って奴は中学から知ってるケド、本当なんでもソツなくこなすのね、、、後は君が女の子だったら言う事無しなのに、、、」
などと、感慨深い顔で呟いた。
「はいはい、誉ちゃん。大丈夫、男のままでも僕の事をお嫁さんにしたいって言ってくれる人は沢山いるから、、、君が心配する必要はこれっぽっちもナイの!」
そういうと環はエプロンを脱いで席に着いた。
「さっすがぁ~、やっぱり中学、高校と五年連続校内バレンタインチョコレート獲得数一位の人は言う事が違うねぇ、、、」
「え?それ本当なの?プリンス!」
誉がもらした淡いピンク色の話題にすかさず食い付いてきたのは千伽井である。
「、、、ちかちゃん、何度言えば解って貰えるのかなぁ、、、僕は環だって。都大路環!」
「だからぁ、都の『王子様』でプリンス!間違ってないじゃない!」
「、、、はぁ、、、さいですか、、、」
出会った当初、環は幼稚園から脈々と受け継がれている自分の恥ずかしいあだ名で人の事を呼ぶ千伽井に、ほとほと困り果てていたものの、最近ではもうこの仲良し六人グループ以外の高校の連中にまで知られ渡っている為、諦めモードに入っていた。
「そんな事より、さっきの話!バレンタインのチョコレートの。本当?」
「ん?あぁ、、、本当だよ」
「すっごーい!プリンスもてるんだぁ!御主、なかなかヤルではないか、、、」
「千伽井ちゃん、千伽井ちゃん、、、人が変わってる!」
暴走モードに突入しつつあった千伽井を、すかさず山戸が食い止める。
「あんなぁ、チーちゃん」
「なに?」
そこまで食べる事に専念していた悠がヤレヤレといった感じで口を開いた。
「何か大事な事忘れてない?」
「?」
真剣に悩んでいる千伽井を見て、鉄男まで笑い出した。
「あ!てっちゃんまで、、、ひどぉ~い!」
「あははは、、、ごめん!だって、千伽井ちゃん真剣そのものなんだもん!」
「だってぇ、、、バレンタインっていったら、やっぱり乙女にとっては気になる事じゃない?」
「、、、乙女、、、ねぇ」
まだ答えに気が付かない千伽井に今度は誉が呟いた。
「ねぇ?何よ?何なのよ?あたしの何が間違ってるの?」
益々混乱する千伽井にとうとう鉄男が答えを告げた。
「あのね、千伽井ちゃん。確かにたまちゃんは女の子みたいだけど、うちの中学と高校は男子校だよ」
「?、、、え?えぇえええええええ?そうだ!そうよね
ぇ!」
突然の解答に千伽井の脳ミソは一瞬ショートしかけるも、直ぐに真相を理解した。
「そーゆー事!」
悠が笑いながら言った。
「あと二ヶ月後には六年パーフェクトが懸かってるもんね、環ぃ!」
嬉しそうに言う誉に環は、
「別に記念すべきパーフェクトのチョコレートは誉ちゃんがくれてもいいんだよ」
なんて笑顔でジョークを飛ばしながら応戦している。
「それから、てっちゃん!僕の事女の子みたいだけど、っていうのは余計じゃないかなぁ?」
「あ、ごめん、、、つい」
「つい、、、って、、、何か言い訳してよ、、、」
そんな中性的な二人のやり取りを聞いていた四人が堪え切れずに笑い出し、直ぐにその笑いの輪は六人へと広がった。
幾つもの話が語られ、幾つもの笑顔がこぼれ、幾つもの冗談と頷きが代わる代わる食卓の上を飛び交って、楽しい時間はあっと言う間に過ぎていった。皆が集まった時は丁度人数と同じ六時を指していた時計の針も、今は既に夜中の十二時を示している。話題も尽き、そろそろお開きかと思われたその時、千伽井は意を決して誉を除く五人がこの一週間胸に抱いていた疑問と正直な気持ちを彼にぶつけた。
「、、、誉、、、」
「ん?」
「大学の進学希望、文学部で出すって本当?」
「あ、、、うん。誰から聞いたの?」
「、、、ゆう」
千伽井だけがそう呼んでいる悠に誉が視線を合わすと、悠は真剣な表情で頷いた。
「ねぇ、、、文学部っていったら一年目がかなりキツイことで有名な学部だよ?もちろん内部生の誉が知らないハズ無いと思うけど、、、」
「、、、あぁ、、、」
「あたしの言いたい事分ってるんでしょ?ううん、あたしだけじゃなくて、ここに居る皆が聞きたい事、、、」
「アメフトの事?」
誉は複雑な思いでその言葉を口にした。
アメリカンフットボール。誉は世間で強豪と名高い、慶泉大学男子高等部アメリカンフットボール部へ高校進学と同時に入部した。中学で三年間ラグビーをやっていたせいもあるのだが、翌年の春には異例とも言える、二年生レギュラーの座、しかもアメフトの花形クウォーターバックのポジションを勝ち取っていて、それだけにチーム内の信頼も厚く、その年の秋に編入してきた悠が、自分が入部する予定のアメフト部の視察に来た際、そのあまりの結束の強さに驚いたほどだった。
その後、悠もチームに加わり三年生になった今年のチームは、近年稀に見る強さだった。破竹の勢いでインターハイ予選を勝ち進み、本戦になってもその強さは留まるところを知らず、ついには先週行われたクリスマスボウルと呼ばれるインターハイの決勝にまでコマを進めた。
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クリスマスボウル、、、アメリカンフットボールインターハイ決勝戦。怪我を負った誉は自分を襲う鈍痛に堪えながらも必死に考えを巡らせていた。残り時間はあと僅か、ほんの少しの得点差で慶泉は負けている。この状況で攻撃の要であるQBの自分が抜ければ、逆転など到底ありえない。そこまで考えた次の瞬間、誉は前々から動きを見て感じていた疑問を悠にぶつけた。
「悠!ちょっと来てくれ、、、」
「佐々木っ!大丈夫か?」
「ん?あぁ、、、大した事ない。そんな事より、お前、アメリカに居た時、QBだったんじゃないのか?」
「、、、、、、」
試合終盤の緊張した場面。そこに今まで一年と三ヶ月もの間逃げ続けてきた質問を突き付けられ、悠は言葉を失った。
「頼む!悠、応えてくれ!QBだったんだろ?」
「、、、あぁ、、、」
その答えは誉が予想していた通りのものだった。
「よかった、、、」
「え?」
「悠、このザマじゃ俺はもうダメだ。頼む、俺の変わりにQBで最後の攻撃に参加してくれ!まだ僅かだけど逆転の望みはある。俺、どうしてもこの試合勝ちたいんだ!高校最後の試合だから、、、どうしても悠達と一緒に優勝した、、、い、、、」
そう言い終らない内に誉の目からは大粒の涙がこぼれていた。
「、、、わかった、、、」
一言そう言うと悠は支度を整え、フィールドへと出ていった。この時、誉と悠には今後のお互いの道がハッキリと見えたのだろう。その後の悠の活躍は言う間でも無い。とにかくそれまでそのポジションを任されていた誉ですら自分の目を疑うほどだった。
その悠の輝かしい活躍がもたらしたものは、優勝の二文字とウィニングボール、そして誉にとって人生最後となるアメフトの試合の素晴らしい思い出であった。
つい一週間前の事なのに、遠い過去の記憶の様に思い出される、、、。
次回更新は12/14(金)を予定しております。