第13話 ~Wo gehest du hin?~
それから一ヶ月程して、世の中が来るバレンタインデー一色に染まったある日、誉は自分がこの一ヶ月間、練りに練って来た作戦をいよいよ実行に移す時を迎えた。
その日の下校際、
「千伽井ッ!」
校門のところで女子校舎から出て来た千伽井に誉は声を掛ける。
「あ!誉ッ!どぉ~したのッ?」
「おぅ!、って何も、そんな驚くことないだろ、、、」
「だって、誉がこんなに早く校門にいるなんて珍しいじゃない!しかも今日皆で帰る約束なんてしてないし、、、」
「あ、うん。いや、実は千伽井に聞きたい事があって、、、」
「聞きたい事?、、、あたしに?ふ~ん、あ、でも丁度良かった。あたしも誉に聞きたい事があったんだ、、、」
「あっ、そうなんだ!、って、、何?」
「あ、いいよ、いいよ。別にあたしのは単なる野暮用だから、、、な~に?誉があたしに聞きたい事って?」
「うん、あのさ、、、川村の快気祝い、一ヶ月前にあげたヤツ。、、、あれどこで買ったの?」
「ん?どこって、渋谷にあるお店だけど?、、、なんでそんなコト聞くの?」
「え?、い、いや、、何でって、、、あのぉ、、、あ、母親がもうすぐ誕生日だからさ、適当なプレゼント探してて、、、。それで、ほら、川村の指輪がすっげぇ綺麗だったから、同じトコで選ぼうかな?、って、、、」
「うそぉ!誉、あんな高価なモノをお母さんにあげようとしてんのッ?」
「え?!、あぁ、まぁ、、、ダメ?」
「いや全然、全然ダメじゃないけど、、、むしろ親孝行だなぁ、って、、、」
「はは、、、ははは、、、」
「オッケー、そういう事なら協力してあげる!」
「サンキュ、、、って、なんで俺の隣に来るわけ?」
「ん?一緒に行って選んであげるよ!」
「いッッッ!いいって!本当ッ!お店教えてくれるだけで!」
「なによっ!そこまで露骨に人を邪魔者扱いすることないじゃない!」
「いや、邪魔者だなんて、、、ただ、ほら、、そのぉ、、、」
いつもの誉らしくない態度に千伽井は一瞬首を傾げたが、次の瞬間、
「あぁ、、誉、もしかしてぇ~?、ふぅ~ん、、、そーゆー事、、、」
「な、、、なんだよ、、、」
急に自信あり気な態度を取る千伽井に、誉はもしかすると自分の考えている事がバレたのではないか、と内心ヒヤヒヤしながら尋ねた。
「恥ずかしいなら、恥ずかしいって言いなさいよぉ!」
「、、、へッ?」
「そりゃ、そうよねぇ、普通の十八の男の子だったら、自分が母親のプレゼントを買い求める姿なんて、他人に見られたくないわよね?、、、そうに決まってるじゃないの、あたしったら、、、気が付かなくてゴメンね!」
その全くもって自分の本心にかす擦りもしない千伽井の言葉に誉は安心すると、心の中で『気付かれたフリをするけどゴメンね』と呟いて続けた。
「バレちゃったか、、、うん、やっぱり出来れば一人で買いに行きたいんだ、、、」
と誉が照れ腐そうな顔をして言う。
「うん、わかった。あ!ちょっと待ってて、今簡単に地図を書いて説明してあげる」
千伽井はそう言った後しばらくして、手書きのお店の地図を渡すと、そこへの行き方や流行している指輪のデザイン、さらには女性の指の平均サイズに至るまで、事細かに誉に説明した。
「川村にあげた指輪のサイズは?」
「十号よ、、、ってなんで、てっちゃんのサイズなワケ?」
「えッッッ?、いやっ、、、俺の母親も川村と同じくらいかなぁ~、なんて、、、ははは」
「そうねぇ、、、薬指でしょ?、、、うん、そうかもね!」
これまた千伽井の思い込みに誉は大いに感謝をした。そして少しの沈黙が流れた後、千伽井は思いきった様に口を開いた。
「ところで、、、ねぇ、、、誉、、、」
「ん?」
その今までとは打って変わる千伽井の神妙な口調に、誉の中でも再び緊張が生まれる。
「その、明日、、、、、、空いてる?」
千伽井は何気なくそう聞いたつもりだった。しかしその言葉に対し一方の誉は、自分の明日の計画がバレやしないか、とか、或はもう既にバレてしまっているのではないか、といった勝手な疑念、仮説に右往左往してしまい、とにかくボロを出す前にこの状況から一刻も早く抜け出したくなってしまっていた。
「あっ明日?、あ、ゴメン、予定ある、無理ッ!、、、ゴメンな!」
誉は自分でも容易に判断できるくらい明ら様に動揺しながらそう答えると、言い終えるが早いかその場から逃げる様に駅へと向った。
「えっ?あっ、ちょっ、、、、、、バカ、、、」
千伽井は一瞬の出来事に取次ぐ暇も無く、ただ独りその場に残されて、悲しそうに呟いた。
しばらくして誉は冷静さを取り戻し、思い返しながら、さっきの別れ方はマズかったよなぁ、、、などと独り反省する。それでも千伽井に教わったお店に辿り着くと、目的の指輪を即座に見つけ、何やら店員に無理なお願いをすると、家路についた。
家に帰り着いた時、誉が携帯を見るといつ何時からついていたのか、SNSの着信を伝えるマークが点灯している。メッセージは悠からのもので、帰り際、千伽井を待ち伏せている時に自分が送信した『お願いメッセージ』への返事であった。それを読み終えると直ぐさま誉は悠と鉄男に電話をして、明日の決戦に備えた。
次回更新は3/8(金)を予定しております。