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どこまでもいける。  作者: 衣良あまと by Retiree Works
12/17

第12話 ~Die Freude reget sich~

大変遅くなりました、申し訳ございません。

稚拙な小説ですが、あと少しお付き合い頂ければと存じます。


■■■



 鉄男は高校の学生食堂、通称『ガクショク』の窓から、流れる雲を眺めていた。自分の右手小指が動かなくなって早一ヶ月、以前は小指などそんなに生活に関係ないと思っていた鉄男だが、やはり失ってみるとかなりの不便を強いられ、この一ヶ月間の訓練でようやく以前の様な生活スタイルで日々を過ごせるまでになった。但し、彼の最も大切な習慣である、ピアノの演奏を除いてだが、、、。

 川村鉄男、高校から慶泉に入ってきた青年で、今でこそ(ほまれ)(はるか)(たまき)千伽井(ちかい)山戸(やまと)などと明るく言葉を交わしているが、中学までは本当に内気な少年だった。小学校から始めたピアノが大好きで、毎日々々練習をする内に、いつかはプロになって演奏旅行で世界各国を周りたい、、、と夢に抱く様になっていた。

 しかし鉄男自身、自分にそこまでの才がない事を芸大の付属高校受験を志した時に痛感させられ、その後自分は副業程度にピアノが弾けたらそれでいい、と考えを改めるに至った。だからこそ、ピアノはともかく勉強にはそこそこの自信があった鉄男は、大学の文学部芸術学科にピアノ専攻がある慶泉を受験することに決め、結果、見事に合格を勝ち取ったのだ。

 高校に入学すると、大人しい自分にも気さくに話し掛けてくれるクラスメイトの環と仲良くなり、いつも一緒に行動をするようになった。そして数カ月前、高校三年の九月に今ここにいる仲間達と出会う。

 彼らとはたった数週間で『生涯の友』と胸を張って言い切れる様な関係になり、大学の進路希望はちゃんと文学部芸術学科ピアノ専攻志望で提出し、とにかく全てが順調だった、、、。

 しかし、、、一ヶ月前の年の瀬に行われたクリスマスパーティーの夜、、、あの夜から状況は一変した、、、。

 誰が悪いわけでもなければ、誰を責めているわけでもない。ただ鉄男は、ごく最近ほんの一、二週間の間、自分とピアノの距離がもう前程には縮まらないのではないか、、、という恐怖に捕われていた。その証拠に彼は、自分とピアノの関係を脅かす『傷』が視界に入るのが恐いらしく、つい先日抜糸が終り、ギブスと包帯が取れた今も、ずっと右手小指にバンドエイドを貼っていた。


「川村?」


 食事中一言も言葉を発することがなかった鉄男の姿に、誉はたま堪らず呼び掛けた。


「、、、ん?、あっ、、、ゴメン、、、」


 鉄男は視線を雲から自分を心配そうに見つめる誉に移すと呟いた。

 あの事故の後、今の様に上の空といった状態になる回数が確実に増えている鉄男を皆も心配している。だからこそ今日は、千伽井が提案し、皆でお金を出し合って購入したとある『快気祝い』のプレゼントを渡そうと、当初『お弁当を持って来てるから』と言ってガクショクへ行く事に難色を示した鉄男を、環に無理矢理引っ張ってきて貰ったのだ。


「今日はさ、、、俺達から川村にプレゼントがあるんだ!」

 

 そう言って無邪気に笑ってみせる誉の姿に、鉄男はビックリしつつも救われた気がした。


「プ、、、レゼント、、、?」

「そう!快気祝のプレゼント!、、、あたしの提案なんだけどねッ!」

「はいはい、、、ま、なんせ選んだのがチーちゃんだから、鉄男、、、気に入らなかったらゴメンな、、、」

「ちょっ、、、ソレどーゆー意味ッッッ!」


 悠の言葉に千伽井はふくれてみせた。


「ははははは、、、はるクンそんな心配しないでよ、、、どんなモノでも嬉しい、、、僕、友達からプレゼント貰うなんて初めてだから、、、」


 そう言って鉄男は笑った。それはここのところしばらく見る事が出来なかった、とびっきりの笑顔だった。


「せーの!」


 千伽井のその合図と共に五人は口々に鉄男の回復を祝う言葉を投げかけた。そして鉄男の前に綺麗に包装された小さな立方体が差し出される。


「開けてみろよ、、、」


 悠が促す。


「うん、、、なんだろ?」


 そう言ってリボンを解き、包装用紙を剥がす鉄男は少し照れくさそうにしている。

 中から出て来た箱を開けると、その中にさらに小さなケースが納められていた。


「これ、、、」


 驚く鉄男を見て、五人が無言で頷くとゆっくり彼はそのケースの上蓋を押し上げた。

 ケースの中から綺麗な指輪が姿を現す、、、幅が太めのボリューム感があるそのプラチナ製リングの表面には、控えめだが繊細なデザインが施されている。


「、、、みんなぁ、、、」


 鉄男は指輪の存在を確認すると、サイズから皆が考えてくれたのであろうその用途を理解し、思わず目から涙が溢れた。


「なぁ、、、川村、、、。俺達じゃお前の心の傷や不安を、癒したり取り除いたりする事は出来ないかも知れない、、、。だけど、考えたい、、、お前の為に、、、川村の為に、俺達に何が出来るのかを、、、ひょっとしたらそれは川村が望むことじゃないかも知れない、、、だけど、、、俺達は川村の親友だから、思いっきりお節介をしたい!余計な事したら、邪魔だ!って言ってくれていい、、、重たく感じたら、ウザイ!って引っ叩いてくれて構わない、、、ただ、、、ただ俺達が怖いのは、、、恐れているのは、、、お前の心がこのまま俺達から離れていっちゃうんじゃないか?って、、それは嫌だッ!絶対にイヤだッッッ!、、、もちろん、、、お節介が嫌だ!って言うなら、お前が幾ら傷付いていても、色々な不安を抱えてても、、、俺達は口出ししないで、ただ川村の事を考えて見守ってる、、、。」


 誉の不器用な言葉が、かえって鉄男の胸に強く響いた。


「、、、誉、、ク、、ン」

「その代り、、、その代り、そのリングがお前の傷を隠して輝いている間は、、、お前も、川村も少し、、、そんな俺達の事、考えて欲しい、、、」


 鉄男はケースの中に輝くその美しい指輪に込められた皆の思いを理解すると、右手の小指のバンドエイドを剥がした。そして代わりに、今度はその指輪を今までバンドエイドが支配していた場所へとはめる。


「えへへ、、、ピッタンコ!、、、皆っ本当に有難うッッッ!、、、それから、、、今までゴメンね、、、」


 その言葉を聞いた五人が、『鉄男はこれでもう大丈夫』と確信したその時、そんな五人の中で誉ただ一人だけがその思いと同時に、自分の中でとある決断をした。

次回更新は3/1(金)を予定しております。

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