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どこまでもいける。  作者: 衣良あまと by Retiree Works
11/17

第11話~Es ist das Heil uns kommen her~

 

 ■■■



「たぁ~ま!どうしたッ?目にゴミでも入ったか?」

「ん、、、、、、え?、、、あっ、あぁ!そうッッッ!、、、もう、痛くって、、、」

「大丈夫か(たまき)?」

「うん、大丈夫、、、。(はるか)ちゃんも(ほまれ)ちゃんもサンキュ!」


 現在に意識が戻った環はそう言うと涙を拭って再び歩き出した。


「僕も色々と思い出しちゃった、、、あの夜は長かったなぁ、、、」

「あぁ、、、」

「、、、そうだな」


 誰に言うでもなく呟いた環の言葉に悠と誉は同調する。しかし、鉄男は笑うと、


「お陰様で僕は熟睡してました!」


 と明るく言った。

 六人がお昼休みに待ち合わせをしている大学食堂は、もう目の前に迫っている。


「あ、そうそう、僕の手術をしてくれた先生いたじゃない?えっと、ほら、たまちゃんが紹介してくれた、、、く

 ら、くら、、、」

「倉本先生?」


 中々思い出せない鉄男に誉が言った。


「そう!倉本先生ッ!あの先生この間、西聖ヶ丘病院の外科部長に昇進したんだって!まだ三十代なのに、、、外科部長の最年少記録、塗り替えたらしいよ、、、」

「へぇ、、、そりゃ凄いなぁ、、、」


 感心している誉の隣で悠は厳しい表情をしている。


「、、、どうしたの?はるクン、そんな恐い顔して、、、」


 何か自分の発言にマズい事でもあったのかな、そう感じた鉄男は不思議そうに尋ねた。


「ん?今俺、恐い顔してた?」


 倉本という名前に迂闊にも反応してしまった悠は、わざととぼけた口調で誤魔化そうとする。


「ごめんねぇ、てっちゃん、、、悠ちゃんはお腹が空くと直ぐ不機嫌な顔するから」


 何だか今の答えでは腑に落ちない、といった顔をしている鉄男に、すかさず環が冗談まじりのフォローを加える。悠はそんな彼に目で『悪ぃ、、、』と合図をすると、折角のフォローを無駄にしない為、環のそれにノった。


「おい!俺はそんなガキじゃないって!」

「そう?僕が毎朝少しでも朝食作るの遅れると、散々急かすクセに、、、」

「それは部活の朝練があるからだろ!」

「はいはい、、、もういいって、、、」

「なんだソレぇッッッ?たまが持ち出した話題だろ?」

「そうだっけ?」


 そんな二人のやり取りに思わず鉄男は抱いていた疑問など忘れて吹き出した。

 環は大学生になってから悠の家に居候している。あの晩環の辛さを知った悠が後日、大学に進学したら自分の家で生活しないか、と申し出たのだ。条件は環が炊事、洗濯、その他諸々の家事をするかわりに家賃、光熱費、食費等全てタダといったもので、環は申し訳ないと思いつつもその申し入れを有難く受けた。しかし、いざ共同生活を始めるという時になって、悠は環にもう一つだけ、『自分の心に嘘をついた恋愛はしない』という、それまでのとは少し異なる条件を付け加えたのだった。

 以来環は全ての条件を満たしつつ、母親が仕事で成功を治め、自分の家の生活が安定した今になっても悠の家で暮らしている。

 鉄男の笑いにつられる様に、残りの三人が笑みをこぼしたその時、近くの校舎から終業を告げるチャイムが辺りに響いた。


「おっ!遅れるかと思ったけど丁度いい感じだな、、、」


 誉は大学食堂に着くとそう言って中に入ろうとする。


「あっ、ごめ~ん!皆先に行ってて!僕、生協でノート買わなくちゃいけないんだった、、、」


 環が言うと鉄男も、


「たまちゃん僕も一緒に行くよ、シャープペンの芯が切れちゃってって、、、、」


 そう言って、環に続いた。


「オッケー、じゃあ佐々木と俺は先にいつもの席に座ってるよ、、、いいだろ?佐々木」

「もちろん!遅れると絵理さんはともかく、千伽井(ちかい)がギャーギャーうるさいから、、、」

「だな、、、じゃ、そーゆー事で!」


 言い終わると誉と悠は食堂の中へ入って行き、鉄男と環は隣接する生協に向った。

 お昼休みの生協は、サンドイッチやおにぎり等の軽食を買い求める生徒達でごった返している。鉄男と環は中に入ると直ぐさま文房具のコーナーに向い、それぞれの品物を物色した。


「、、、っと、これでいいか、、、てっちゃん決まった?」

「う~ん、、、これにしよっ!」


 そう言って伸ばした鉄男の右手の小指に、プラチナ製のリングがはめられているのを目にした環が、


「てっちゃん、僕達がプレゼントしたその指輪、よっぽど気に入ってくれたんだね、、、いっつもはめてくれてる」


 少し嬉しそうにそう言うと、


「勿論!、、、だってこれは僕の一番大切な宝物だから、、、」


 ちょっと困ったような顔をしながら鉄男は答えた。その表情を環は『照れ』と受け止め、鉄男に向って微笑むとレジから伸びる長蛇の列の最後尾についた。鉄男はその後ろに並ぶと彼の背中に向って、


「ゴメンね、、、」


と自分に耳にも届かない程の声で呟き、その自分の一番の宝物である指輪にそっと触れた。

 鉄男はあの事故の後、皆が指輪をプレゼントしてくれた時の事を思い出した。

 突然目の前に差し出された小さな箱、、、その箱を開けると、中には綺麗な指輪が納められている、、、。自分の指に刻まれた傷よりも少し太めの幅のプラチナ製リング、、、。

 鉄男は皆の温かい気持ちに感謝、涙し、、、右手の小指に()めると『ずっとしていよう』と心に決めた、、、。


 、、、けれどその指輪は一日嵌めただけだった、、、。

次回更新は2/22(金)を予定しております。

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