第10話~Der Friede sei mit dir~
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「、、、ま、、、たま、、、おい!たまッ!」
「ん?、、、あ、ごめん」
悠が自分を呼ぶ声で環は我に返った。
「大丈夫か、、、?」
「あ、うん。ごめん、、、。えっと、、、どこまで話したっけ?、、、あ、そうだ、それでね、、、その、、、行為が終った後、倉本さんが寝るのを待って、その部屋を出たんだ、、、それ以来今日まで、会うのは勿論、連絡も取ってなかった、、、」
全てを話し終えた環は少しほっとした様子で、すっかり冷めてしまったコーヒーをすす啜った。
「、、、たま、、、」
「ん?」
「あの、、、えっと、何て言えばいいのか分らないけど、とにかく、、、話してくれて有難うな、、、」
衝撃的な環の話をまだ整理しきれていない悠は、現段階で自分に言える言葉を繋いで口に出した。
「悠ちゃん、、、、、、ううん!お礼を言うのはこっちの方だよ!最後まで聞いてくれてアリガトっ!あぁ、スッキリしたぁ、、、だってさ!中々『男が男にレイプされた!』なんて言う機会ないじゃん!フツー、、、」
環は全てを知った後でどう反応すればいいのか困っている悠の心情を察し、いたって明るくおど戯けた口調でそう言うと満面の笑顔を見せた。
「たま、、、」
悠はその時、なぜ自分を殺してまで周囲の人間の為に環が笑顔を見せるのか、その理由が何となく解った気がして、咄嗟に彼を抱き締めた。
「悠、、、ちゃん?」
「たま、、、お前、、、涙が足りないよ、、、もっと泣けよ、、、。周りの辛い事、、、他人の涙を、その笑顔で消そうとすんな!、、、お前がいっつも笑っててくれるから、、、いっつも優しく微笑んでくれるって知ってるから、、、辛い時、気付くとお前んトコに行っちゃってたじゃん、、、、、、でも皆がそうやって、、、それぞれタイミングで、、、お前のところに行ってたら、、、お前は、、、たまは、いつ泣くんだよッッッ!、、、我慢すんな!こんな夜くらい、、、全てを打ち明けた夜くらい、、、思いっきり泣いてくれ、頼む!、、、貸せる胸はあるから、、、俺、お前の涙見ないように上向いてるから、、、だから、、、な?、、たま、、、泣いてくれよ、、、」
、、、、、、
環はその後、悠の胸の中で小学校二年生の夏休みの終り以来、十二年ぶりとなる大泣きをした。
「、、グスッ、、、えぐ、っん、、悠、、ヒック、ちゃん」
「ん?、、、たま、、、しっかり泣けたか?」
「ヒック、、、うん!、、グス、、、」
「そっか、、、」
そう言って、今しばらく環が落ち着くまで悠はそのまま待った。
「、、、悠ちゃん、、、本当に有難う、、、。」
すっかり泣き止んだ環が、いつもとは違うとびっきりの笑顔を悠に向けた。悠はその頭をガシっと掴むと額を合わせた、
「ッ!、、、ん、、、、、、、悠、、、ちゃん?」
そして環のおでこに口付けをした、、、。
「あ、別に俺はゲイじゃないぜっ!、、、今のは、なんて言うか、、、なんだろ?、、、おまじない?」
そう言って『ゴメン』と自分に向って手を合わせる悠の姿に、環は吹き出した。
「あははは、、、悠ちゃん変なのぉ!、、、でも良かった!悠ちゃんが倉本さんじゃなくて、、、」
「はッ?なんだソリャ?」
「だって、悠ちゃんが倉本さんだったら、僕たち今頃付合っちゃってたかもッ!」
環が笑いながら言ったその言葉の意味を一瞬の間をおいて理解した悠は少し焦った。
「ばッ、ばぁ~か、、、」
「あれ?悠ちゃんナニ照れてるのかなぁ~」
「照れてなんかないだろ!」
「そう?僕はてっきり、、、」
「、、、てっきり、、、なんだよ?」
「何でもない!寝よっと」
「っんだよッ!」
「ははは、、、、、、ねぇ、悠ちゃん」
「ん?」
「手を繋いで寝てもいい?」
「?、、、別にいいケド」
「やったぁ~!、、、ってもうすぐ朝だからあんまり眠れないけど、オヤスミ」
「あぁ、、、オヤスミ」
環は座っていたソファーの上にそのまま横になると、悠と手を繋いだ。
「あ!バカッ、たまッ!どこ触ってンだ!」
「ごめん、間違えちゃった!」
「間違えるわけないだろッッッ!」
「ははははは、、、、」
環は自分の手の中に温かさを感じた。それは以前味わった、人間を内側から溶かす『欲望』という名の恐ろしい熱などでは決してなく、ずっと環が望んでいた本当の『温もり』だった。
「たま?、、、、、、寝ちゃったか、、、」
悠は自分の手をしっかりと握りしめ眠りに就いた環に向って微笑んだ、、、。
「お前、、、十二年前とちっとも変わってないな、、、」
次回更新は2/15(金)を予定しております。