88. 思いは各々、戦いは続く(その4)
初稿:2019/04/06
宜しくお願い致します<(_ _)>
ユカリは目の前の弾丸が一瞬だけ停止したように錯覚した。しかしガラスが割れたような音が響き、兵士のこめかみを貫いていった。
体が傾いで血しぶきが舞う。遅れて銃声が轟き、雨音に溶けていった。
「なっ……!?」
「おいっ! どうし――」
続けざまに二発の風を斬り裂く音。最初に倒れた兵士と同じ様に首元や頭部に弾丸が命中する。放たれた鉛の弾丸が魔法障壁を容易く貫通し、ユカリの足元で赤い血液が流れ、滲んだ。命が水へと還っていく。
「……っ、はっ、あ……」
人が死んだ。それは靴底を濡らす粘着質なものが物語っている。ユカリは動かなくなった兵士を見下ろし、呼吸の仕方を忘れてただ息を吐き出すことしかできなかった。
覚悟はしていた。だが目の当たりにした現実の衝撃は凄まじい。胸が苦しくなり、視界がゆがむ。脚から力が抜けていく。思考がままならない。
「突入っっ!!」
そこに勇ましい声が轟いた。木々の影から一斉に男たちの姿が現れ、剣を片手に、魔法を口にしながらフォーゼット側の兵士たちに向かって突撃していく。
場が一気に熱を帯びた。魔法が瞬く間に飛び交い、剣と剣がぶつかり金切り声が響く。鉄火場で命がぶつかり合う音にユカリは我に返った。
「くそっ……ボサッとしてんじゃねぇよっ……!!」
自分がこんなに脆いとは思わなかった。人の死を目の当たりにし、受けた予想外の衝撃にユカリは歯噛みしながらも木の幹を蹴った。
重い足が少しずつ加速する。バシャバシャと水たまりを構わず踏み抜き、戦闘が行われている兵士たちの横を走り抜けていった。
流れる景色。やがて彼女の向かう先の木陰から一人の女性が姿を現してユカリに向かって叫んだ。
「ユカリっ!!」
「エレクシアのババアっ!?」
「誰がババアじゃっ! こっちじゃ! 早くっ!!」
「王女様っ! 危険ですっ!!」
傍にいた護衛の兵士が諌めるのも構わず、エレクシアは身を乗り出して手を伸ばす。それを見てユカリは彼女の方へと向かっていく。
手を縛られたままでバランスを取りづらく、泥濘んだ足元に姿勢を崩しながらも踏みとどまる。背後では男たちの雄叫びがぶつかり合い、彼女の直ぐ傍にも魔法が着弾していく。飛び交うそれらから何とか逃れながらもユカリはエレクシアへと走った。
後、少し。エレクシアはまっすぐに走ってきてくれる彼女にホッと胸を撫で下ろした。それはもちろん流れ弾に当たる危険があったからでもあるが、それ以上に彼女が不安だったのはユカリが素直に自分の方に逃げてくれるかどうかだった。出会い方を間違えたが故に彼女がエレクシアを疑い、全く違う方へ逃げてしまう可能性もあったのだ。
しかしそれも回避できた。後は彼女を保護し、無事に安全な場所へ連れて行けば。
そう考えていたエレクシアだったが、その時、フォーゼット側の兵士から聞こえた声に冷水を浴びせられた。
「女が逃げたっ!」
「捕まえろっ! 絶対に敵に渡すなっ!!」
「いかんっ……! 急げっ、ユカリ!」
「っ……!」
ユカリを急かす。しかし冷えた体と走りにくい足元でスピードが出ない。
「行かせるなっ! 足止めしろっ!」
ユカリの目の前に飛び出る土の壁。ユカリは舌打ちをして方向を転換していく。
だが――
「っ! 避けるんじゃ、ユカリ!」
彼女の背から迫る風の刃。エレクシアが叫び、それを相殺せんと即座に風魔法を放った。
迫る刃を上回る威力で撃ち落とし、だが撃ち漏らした一撃がユカリの肩を傷つける。その痛みと衝撃にユカリの体が傾いた。
それと時を同じくして、彼女の足元で土がうごめいた。
土が盛り上がり先端にかけて細く鋭く尖っていく。針山のように無数に湧き出し、空へと、ユカリへと伸びていく。高速に生えるそれを、倒れながらユカリはゆっくりとした時の流れの中で見下ろしていた。
それはほんの数分前に見せられた未来の景色。時の流れが遅く感じるのは走馬灯か。しかしユカリにとって過去のことなどどうだっていい。
(未来なんてものはなぁ――)
彼女が見るのは過去ではなく、未来。それも確定した未来などではなく。
彼女が、望む未来だ。
「自分で創るもんなんだよぉぉぉぉッッッ!!」
彼女は脚を振り抜いた。
鋭く尖った先端が彼女の脚を無数に傷つけ、だがその全てが浅く、振り抜かれた脚が泥の槍を砕いた。
成長途中でえぐり取られた先端部は宙に舞い、魔素による保護を失って単なる泥へと戻っていった。彼女の頭上を風の刃が斬り裂いていき、火球は蹴り飛ばした泥に当たって彼女の手前で破裂する。
「……やってやったぜ」
あの少女の未来を覆してやった。やりきったとばかりにニヤリと笑い、ながらユカリはバランスを保てず倒れていく。冷たい泥に向かっていき、しかしそんな彼女の体を細く白い二本の腕が支えた。
「エレクシア……?」
「良かった……大きな怪我はしとらんようじゃの」
青ざめたエレクシアだったが、腕の中に収まったユカリの重さと微かな熱に吐息を漏らした。
「立てるかの?」
「ああ、このくらいどってことはねぇよ」
「見てるこちらは心臓が止まるかと思うたわ。
治療をしてやりたいがここは危険じゃ。ひとまず離れるぞ」
「分かったよ。けど……」
エレクシアの言葉に頷きながらも、ユカリは空を見上げた。空中では今なお伊澄とオルヴィウスの戦いが繰り広げられている。その様子を心配そうに見つめていたが、エレクシアの手が彼女を強引に引っ張った。
「分かっとる。伊澄を助けるにもお主の力が必要なんじゃ」
「アタシの力?」
「それも安全な場所で話す。急がねばいかに伊澄とてこのままだと危険じゃ」
促され、ユカリは後ろ髪を引かれながらもその場を離れる。直後、乾いた後が再び雨の中で響いた。
立ち去った彼女らから少し離れた場所。そこではフォーゼットの兵士がユカリに魔法を放とうと手を伸ばした状態で、頭を撃ち抜かれて物言わぬ姿をさらしていたのだった。
エレクシアとユカリが離れるのを見届けると、クーゲルはスコープから眼を離して安堵の息を吐き出したのだった。
「お見事でした。王女様より腕前はお聞きしていましたが……おみそれ致しました」
「あたぼうよ。そういうアンタの風読みもバッチリだったぜ」
「風魔法しか私には取り柄がありませんので」
傍らに立つ女性騎士の謙遜をクーゲルは軽く肩を叩いて労うと、手にしていたボルトアクションタイプのスナイパーライフルを肩に担ぐ。が、もう一度スコープの中を覗き込む。彼の見つめる先には、彼が狙撃した四人が仲良く寝転がったままだ。
研究のためにエレクシアがニヴィールから取り寄せたというこの狙撃銃。偶然か必然か、それはクーゲルが米軍での駆け出し時代に扱っていたものと同じ種類だった。しばらく使っていなかったにもかかわらずしっかりと手に馴染む銃。それをクーゲルは愛しい人に対してするように優しく撫でた。
彼をサポートした騎士からこの銃を渡された時はどういう因果かと思った。エレクシアの言葉として伝えられた指示を聞いた時も果たしてどうなることかと思っていたが、中々どうして、自分の腕は錆びついていなかったらしい。実戦の中で生身で狙撃するのは数年ぶりだったが、自分の感覚と馴染みのある銃はしっかりと期待に応えてくれた。
「これで俺も……ヒーローの一人にゃなれたかね?」
「は?」
「いや、なんでもねぇ。独り言さ」
エーテリアの中では不甲斐ない自分に嫌気が差していたが、最低限の役割を果たせた。多少は胸を張っていいだろう。
今度こそライフルを担ぐと、クーゲルは後ろを歩く女性騎士に見られないよう小さくガッツポーズをしたのだった。
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