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異世界でロボットに乗るよう頼まれたんですが  作者: しんとうさとる
第二部 とある地下組織にて
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45. 初陣(その4)

初稿:2018/12/02


宜しくお願い致します<(_ _)>

「ふざけるなっ!!」


 暗い表情をしてコクピットから降りた伊澄を出迎えたのはそんな怒鳴り声だった。

 思わずビクリと身を竦ませ、恐る恐る振り返れると笑顔のままのルシュカと、その後ろから肩を怒らせた獣人たちがやってきていた。


「司教まで殺してしまいおって! これから先のことを貴様は考えているのかっ!?」


 ビリビリと空気が震えるような迫力で怒鳴りつける獣人たち。だがその相手であるはずのルシュカは聞こえないとばかりにいつもどおりに笑って伊澄たちに声を掛けた。


「やあやあ。おつかれさぁん。誰一人ケガもなくって、私も鼻が高ぁいよ」

「おい、聞いてるのか、貴様っ!」

「落ち着け、ゲオルグ、ガルム」

「しかし、フェリル様……!」


 無視されて獣人の二人がいきり立つ。ゲオルグ、ガルムと呼ばれた彼ら二人を、フェリルという唯一落ち着きを維持している一際毛並みの良い獣人がなだめた。

 それでもまだ怒りは収まっておらず、なんとかギリギリのところで感情を抑えているようだ。だがそんな感情を逆なでするようにマリアとルシュカは彼らに目もくれない。


「ケガ人の様子はどうです、ドクター?」

「だぁいじょぶじょぶ。もう簡単な治療は済ませてるし、さぁっすが鉄火場好きな連中なだけあるよ。全員ピンピンしてるって。

 ささ、仕事も終わったことだし、とぉっとと帰っちゃおうか」

「……っ! 貴様らぁっ!!」

「やめろ!」


 無視されたゲオルグがフェリルの制止も聞かず、ルシュカの肩を掴んで強く引っ張った。


「はぁ……何か用かい?」


 珍しくルシュカはニヤケ顔を消して獣人たちへ振り向いた。その顔には伊澄たちにも分かるくらい「面倒だ」という書かれていた。


「何か用、ではないっ! なぜあの司教共を殺したと問うているのだっ!」

「なぜって、君たちの指示に従ったまでだけど? それのどこに文句があるんだい?」

「殺せなどと言った覚えはないっ!」

「あっれぇ? そうだったかなぁ?」


 怒鳴り続ける獣人たちを前にルシュカは鼻で笑うと白衣のポケットから携帯端末を取り出した。そして再生ボタンを押すと、獣人たちとルシュカのやり取りが流れ出す。


『つまり御三方のご意向は、皇国軍の殲滅、ということでいいのかな?』

『そう言っているだろうっ!! さっさとあいつらを叩きのめせっ!』

「っ……」


 ゲオルグとガルムの二人は言葉に詰まり、フェリルは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。


「殲滅。つまりは皆殺しにしろってこと。そして私たちはあくまで(・・・・)君たち(依頼人)の要求に忠実に従ったまで。非難される謂れは一切無いと思うのだけれど、さぁて、どうだろうねぇ?」

「こ、言葉の綾だ、それは! だいたい貴様らバルダーとやらも目的は我ら獣王国の再興であろう! やっとのことで見つけた再興の糸口だというのに、それを殺してしまえばどのような結果になるか、少し考えれば分かることだろうがっ!」


 無茶苦茶だ。ゲオルグの苦しい言い訳を聞きながら伊澄はため息をそっと漏らした。

 確かに司教を殺したことは伊澄もやり過ぎだと思う。いくら敵とはいっても逃げる相手を殺す必要なんてなかった。きっとノイエ・ヴェルト(テュール)で追いかければ捕まえることもできただろう。そんな判断を下したルシュカを恐ろしくも思う。

 だが指示したのは確かに彼らだ。彼らの言うとおりこちらとしても意図を汲んだ動きをすべきなのかもしれないが、少なくともそれで非難をされる謂れはない。

 ルシュカと会話していた時、彼らは怒りに任せていたかもしれないが、念押ししたにもかかわらず殲滅を要求した。指示に従わなければ非難するくせに、指示した結果が望みとは違ったからといって指示ミスの責任まで転嫁されてはたまらない。もっとも、煽ったのがルシュカであるし――


(たぶん……)


 ルシュカは彼らの要求を理解した上で敢えて無視した。その理由についてまでは理解が及ぶべくもないが、ただ獣人たちの態度を見てきた限りでは伊澄であっても意を汲んでやろうとは思えない。


「よせ、二人とも」

「しかし!」

「本意はどうであれ、そうした指示をしたのは我らだ。我らも戦いの場で生きる者。後から命令が過ちだったなどと言われて責任を追求されても納得できるはずもないのは理解できよう」

「ぐ……」

「だが、ルシュカ殿。ただ命令に従うだけでなく、何が我らにとって真に必要であるか、目的を鑑みて自らの頭で判断することもできよう。ましてそれだけの頭脳を聡明な貴殿であればお持ちであれば、な」


 フェリルが仲間二人をなだめ、ルシュカにも釘を刺すのも忘れない。ルシュカは肩を竦めて軽くため息をついてみせた。


「はぁいはい。了解しましたよっと」

「うむ。できればこれからも貴殿たちとは良好な関係でいたいからな」

「それは君たち次第といったところだねぇ」


 どう見てもあまり反省しているように見えないのだが、これ以上の苦情は無用と判断したかフェリルは矛を収めた。

 そんな彼に、ルシュカはにやついたまま一枚の紙を取り出してヒラヒラと揺らしながら差し出した。


「なんだ、それは?」

「追加の請求書だよ。契約書にも書いてあったでしょ? あくまで初期費用は護衛に必要な最低限の費用。戦闘発生時には必要経費その他を追加で請求する場合がありますってぇね?」

「……まあ、致し方ないか」


 フェリルは差し出されたそれを受け取り、紙面を覗き込む。


「っ……!」


 だが、その瞬間、彼の表情が変わった。


「何だこれはっ!!」


 これまでの冷静さをかなぐり捨てて掴みかからんばかりの勢いで詰め寄り、対するルシュカは返答しながら喉をククッと鳴らした。


「フェ、フェリル様?」

「何って、請求書だって言ったじゃなぁい?」

「そんなことは分かっている! だがこの額はどういうことだっ!?」

「いったい幾らと書かれて――」


 ゲオルグとガルムの二人もフェリルの手元を覗き込み、サッと顔が青くなる。と思えばまたたく間に怒りに眼が血走り、ゲオルグがルシュカの胸ぐらを掴み上げた。


「どういうことだぁっ、これは! 当初の額の五倍近いではないかっ!」

「幾ら貴様らがまっとうな組織でないとはいえ、法外にも程があるぞっ!!」

「何を言ってるのかなぁ? これは真ぁっ当な請求額だよ?」


 大柄なゲオルグに吊るし上げられてなお、ルシュカは余裕を崩さない。果たしてどんな額が書かれていたのか、と伊澄は地面に落ちた紙を拾い上げて書かれていた額を見た。

 そこにはたいそうな桁のアラビア数字が並んでいた。しかし通貨は円でもドルでも元でもない。どうやらアルヴヘイムでの通貨で書かれているようで、フェリルたちが激昂している様子からとんでもない額であろうことは想像がつくが、この世界の相場がよく分からない伊澄にはこの額が果たしてどの程度高額なのかピンとこなかった。


「どれどれ……えーと、最近のレートは確か……ああ、なるほどな」


 そこにクーゲルが首を差し出して覗き込むと、さすがにバルダーに入ってそれなりに経つ彼には理解できたようで合点がいったとうなずいた。


「ほれ見ろ! 貴様の仲間も我らと同じ感想ではないか! これのどこが真っ当だと――」

「ちげーんだよ、犬っころ」

「い、い、犬っころだと!」

「そ。てめーら以外に誰がいるってんだ。キャンキャン吠えてんじゃねぇっての」

「我らを侮辱するか、人族風情がっ!」

「その『人族』に助けられたのは誰だっつーんだよ。嫌ならテメェらのケツくらいテメェで拭きやがれ。それとも誇り高い狼ってのはそれくらいもできねぇ子供なのか? ん?」

「き、貴様ァァッ!」

「待て、ゲオルグ!

 ……そちらの若い人族よ。違うというのはどういう意味だ?」

「同意したのはドク――ルシュカさんのこと。ルシュカさんが出した額は真っ当も真っ当。それどころかむしろ相当なサービス価格だっての」

「なん……だと……?」

「だからぁ、言ったでしょ?」


 ルシュカは左のポケットから拳銃を取り出してゲオルグに向かって引き金を引いた。すると先端からガスが噴き出して彼の鼻に直撃し、たまらずゲオルグは掴み上げていた手を離した。

 風に乗ってガスが伊澄たちの方にも漂ってくる。どうやらただの香水のようだが、鼻の良い獣人たちにとってはきついらしい。ゲオルグのみならず、ガルムやフェリルも鼻を押さえていた。


「ぐぅ……! 貴様ぁ……」

「だいたいだねぇ」ルシュカは乱れた服装を払うようにして整えた。「そもそもが安すぎるくらい安かったんだよ。大赤字も大赤字、出血大サービス価格だったわけだ。普通じゃ絶対に受けない依頼だったところ、あの慈悲ぶかぁい大佐殿のご好意で請け負ったんだからこれくらいの請求は許して欲しいところだね」

「むぅ……だが、そもそも貴様らバルダーという組織は獣王国再興のための組織のはずではないかっ!」

「そりゃあね。けどさ、君ら考えたことあるかい? ニヴィールからアルヴヘイムへの移動に必要な額にノイエ・ヴェルトの燃料費、使った弾薬に整備も必要だ。おまけにけが人まで出してる。それをこの程度の金額で抑えてあげてるんだから、ちょっとくらい君らも誠意ってものを見せてくれてもいいと思うんだけど?」

「金、金、金とさっきから……! 貴様も獣人の端くれであろう! 獣人であれば少々の損であっても名誉・大義のために戦うことこそが本懐であるはずだ! 金のために誇りすら忘れたか!?」

「さてさて、どうだったかなぁ? 少なくとも私は最初っからそんなもの持ち合わせた記憶は皆無だけどねぇ」


 糠に釘、暖簾に腕押し。どれだけゲオルグとガルムが言い募ろうとルシュカには全く響いた様子がない。そんな彼女の態度にゲオルグとガルムはますます眼を吊り上げ、鋭い牙をむき出しにして獰猛な唸り声を上げ始めた。


「フェリル様! このような者に払う必要などありませんぞ!」

「おや、踏み倒すつもりかい?」

「当然! そもそも最初の金さえバカ正直に払う必要など無かったのだ! バルダーなど、獣王国再興なくして存在に意義はないのだからな! 全ての獣人は王国再興のため身を粉にして尽くすというのが道理というものよ!」

「んな無茶苦茶な……」

「ふん! 所詮薄汚い人族やエルフ族だな。金品でしか物の価値を測れぬ貴様らに、我ら獣人族の高尚な意志など理解できるわけなどないな!」

「テメェ……!」


 ひどく馬鹿にした口調でゲオルグはそう言った。

 その途端、伊澄たちの側の雰囲気も変わった。隣にいたクーゲルが怒りを露わにして飛びかかろうとし、その腕をマリアが掴んで押さえる。けれども、彼女のその手も怒りに震えていた。

 そうした反応に気を良くしたか、ゲオルグはなおもその口を閉じようとしない。ルシュカを横目で見ると、侮辱した眼を向けて鼻で笑った。


「ああ、そういえば――同胞のつもりで話していたが、貴様もその薄汚い人族の血が流れていたのだったな。高潔な獣人の誇りすら最初から持ち合わせていない貴様にこのような話をしても最初から無駄だったというわけか」

「やれやれ……」しかし侮辱されてなおルシュカは張り付けた笑みを崩すことはなかった。「そんな卑しい私たちに慈悲深く払う金さえないのはどうしてだろうね? しかもこちらの情けがなければ護衛さえままならないのは、一体どこの簒奪(・・)王家だったのかなぁ?」

「っ、この……っ!」


 ルシュカの煽りに我慢の限界を超えたゲオルグは鋭利な爪をむき出しにして彼女に飛びかかった。

 戦闘時向けに変化する肉体。屈強な肉体が更に膨れ上がり、明確な殺意を抱いてルシュカ目掛け爪を振り下ろそうとした。


「ドクター! 下がって!」


 マリアが叫び、ルシュカをかばおうとする。だが彼女はマリアの進言を無視し、前に(・・)進んだ。

 爪が斬り裂く。だがそれは空気のみを斬り裂き、彼の下から伸びた彼女の手がゲオルグの顔面を掴んだ。

 グルンとゲオルグの体が空中で回転。そのまま彼の肉体は地面に叩きつけられ、苦悶の声が上がる。

 そして――乾いた音が伊澄の鼓膜を揺らした。

 止まる、時間。音の余韻が終わり、伊澄はその発生源にようやく気づいた。

 ゲオルグの胸元を、ルシュカが踏みしめていた。彼女の手には一丁の拳銃。その銃口からは、白い煙が揺らめいていた。


「がっ……あ……」


 零れ出す赤い、命。穴が穿たれた喉元から血が流れ出し、ゴボゴボと泡立っていく。


「ゲオルグ!」

「動かないで!」


 ガルムとフェリルが彼を助け出そうとするが、マリアの鋭い声がそれを押し止める。

 気づけば、伊澄を除く全員が獣人たちへ銃を向けている。伊澄は、一切の反応ができず、ルシュカが発砲したという事実さえ認識できず、まるで切り取られた別世界での出来事のように眺めているしかなかった。


「みくびるなよ、小僧」


 ルシュカの低い声が空気を震わせた。踏みつけたまま、犬歯をむき出しにして笑みを張り付けた(・・・・・)顔がゲオルグに近づいていく。そして銃口の奥の黒い(うろ)がその眼前に向けられた。


「バルダーは確かに獣王国の再興を支援するために設立された組織だ。貴様のような小便たれの若造ごときに言われるまでもなく、そんなことは誰よりも(・・・・)私が知っている」

「ご、あ……たす、け……」

「だがな――私たちの命は貴様らの傲慢に付き合うほどに安くない。どれだけ貴様らが独りよがりの妄想を垂れ流そうが勝手だが、それに私たちを巻き込むな。

 あのカミサマかぶれどもの策略すら見抜けない低能(グズ)が、好き勝手に使いっ走りにできるほどに私は寛容ではないんだ。呪いに囚われたあの坊っちゃんは別だがね」


 引き金にかかった指に力が込められていく。銃口は揺るがない。

 獣人の眼から涙が溢れ、途切れ途切れの命乞いが血とともに溢れた。


「ご、ごめ……だか、ら、殺さない、で……」

「謝罪など不要。恨むのなら、いつまでも獣王国こそが頂点などという幻想をガキのように無邪気に信じて疑わなかった、自分の愚かさを恨むんだね」


 タァン。

 再び銃声が響く。伊澄は体をビクリと震わせて眼を背けた。体が震えた。それでも、果たして結末がどうなったかを知りたい欲求に抗えず、恐る恐るルシュカとゲオルグの方へ顔を再び向けた。

 ゲオルグは無言だった。額に新たに穴が穿たれ、大の字になったまま動かない。物言わぬ躯になった彼とは対照的に、ルシュカは普段と変わらぬ様子でポケットに拳銃をしまい、ニヤケ面のままゲオルグから離れていく。


「……これが、バルダーの回答として受け取っても良いのだな?」

「まーね。そう取ってもらっても一向に構わないよ?」

「我らが同胞にした愚行……バルダーには厳重に抗議させてもらう」

「ご自由にどーぞ。ただ――」


 フェリルに背を向けたまま、ルシュカは立ち止まった。


「どうして獣王国が滅びる時に、どの国も君らに手を差し伸べなかったか……未だその理由さえ理解できてない君らにとりあう連中がどんだけいるか。そこらへんをしっかりと考えとくことをオススメするよ」

「それは――」

「ささ。んじゃ私らはてっしゅーてっしゅー。ほら伊澄くんも。さっさとニヴィールに戻るから準備しよー」


 フェリルが何事か口を開く前に、それを遮るようにしてルシュカは伊澄たちに向かって明るく声を張り上げた。そこに人を一人殺した残滓はなく、平素と変わらぬ彼女がいた。

 フェリルは眼を閉じて天を仰ぎ、やがてガルムを促してゲオルグの亡骸を抱え上げ立ち去っていく。

 彼らの小さくなる後ろ姿を、伊澄はコクピットに乗り込みながら見送った。そして、ゲオルグが倒れていた場所に残る、赤い血溜まりを見つめる。

 シートに体を預けると勝手にため息が出てきた。手を見ても震えていない。だが、自分の中で何かが崩れそうになっている。そんな気がした。


(ノイエ・ヴェルトは好きだけど……)


 ここは本当に自分がいていい場所なのか。今更ながらにそんな考えが這い寄ってくる。

 そのことを伊澄はニヴィールへと戻るまでずっと一人考え続けていたが、ついぞその答えを出すことはできなかったのだった。

お読み頂き、誠にありがとうございました。


ご指摘等ございましたら遠慮なくどうぞ<(_ _)><(_ _)>

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