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異世界でロボットに乗るよう頼まれたんですが  作者: しんとうさとる
第二部 とある地下組織にて
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37. 明星・ユカリという少女(その3)

初稿:2018/11/14


「やっぱ……夢じゃねぇよな」


 彼女の手にライターなどの道具は一切ない。にもかかわらず何もない指先からはチロチロとした小さな炎が輝いていた。

 それは紛れもなく魔法であった。シルヴェリア王国で捕まった時に騎士の一人が唱えていたものを冗談半分で、見よう見まねで試してみたのが昨夜の話。まさか自分が使えるとは思っていなかったユカリは驚き、夢ではないかと半信半疑だったがこうして一晩が経っても発現するということは本当に使えるようになったということだ。

 何故なのかはわからない。ひょっとすると元々あった才能がアルヴヘイム世界を経験し、呪文を知ったことで開花したのかもしれない。だがそんな理由などどうでもいい。


「……」


 ユカリはその炎をじっと見つめた。その口元が無意識に緩んでいた。

 まるで別人になったような心地だった。こんな、面白くもない世界にいる「明星・ユカリ」とは全く違う、生まれ変わった新しい「明星・ユカリ」。今はこんなちゃち(・・・)な魔法しか使えないが、いずれはとんでもない大魔法使いになって、アルヴヘイムを闊歩するというモンスターを倒して回る。そうしてニヴィールでの悪評とは違う、誰もが認める有名人になってそして――


「……バカバカし」


 指先にフッと息を吹きかけると炎はあっけなく消えた。頭の中で展開されていた妄想も即座に消え去り、頬杖をついてまた窓の外を眺める。そんな都合のよい話なんてものはない。あるのはこうしていつまでも変わらない風景だけだ。アルヴヘイムに行くことももう無いだろうし、さっさと高校を卒業して独り立ちし、悪評からおさらばしてただ一日を何となく過ぎていく。そんな人生を自分は歩いていくのだろう。

 それはそれで悪くはない、とユカリは思う。やりたいことが無いわけではないが、かといってそれにどれだけ情熱を傾けられるだろうか、とも思う。というよりもそれがきっと普通だ。

 けれども、思う。


 ――もし……あのままアルヴヘイムで生きていたら、どうなったのだろうか。


 また想像が膨らんでいき、鋭かったユカリの視線と口元が無意識に緩み始めた。

 のだが。


「ユッカリーンっ!!」

「ぶへっ!?」


 それも背中にのしかかった衝撃であっけなく中断させられた。

 まったくの無警戒だったために押された勢いで頬杖は外れ、強かに頭を窓枠に強打。「ゴッ!!」という音と共に訪れた鈍い痛みにユカリは悶絶するが、背中に飛び乗ってきた人物にとってはたいした問題ではないようで、心配する様子もなく彼女の後頭部に頬をこすりつけていた。


「ひっさしぶりー! 元気してた―? もうユカリンったらまた急にガッコに来なくなるんだもん! あたしゃ退屈で退屈でしかたなかったよ!」


 朝っぱらだと言うのに元気いっぱいな声で話しかけてくる。しかも耳元で。げんなりとしながらもユカリは何とか体を起こし、のしかかっている彼女を引き剥がそうと彼女の顔をむにっと掴んだ。


「降りろ、英美里! 重いし暑苦しいしアタシは眠いんだよ!」

「えー、やっだよーん! ユカリンって触り心地がいいし、ほら、まだまだ朝って寒いじゃん?」

「アタシはお前の暖房器具じゃないっての!!」


 どれだけユカリが嫌がる素振りをしても、彼女に飛び乗った小柄な少女は離れようとしない。それどころか慎まやかな胸をますます体を押し付け、ユカリの頭や顔を撫で回していく。


「――ひゃいっ!? こ、こら! 耳たぶを噛むなっ!!」

「んお? ふふふん、なんだいユカリン? もしかしてここが弱いのかなぁ?」

「や、やめ……あふっ、息を吹きかけんな!」


 どうやらユカリの反応が気に入ったらしい。エロいおっさんのようないやらしい笑みを浮かべているのがユカリにも分かった。

 故に――ユカリは決断した。


「おろろ?」


 少女を肩に抱きつかせたままゆらりと立ち上がる。彼女よりも頭一つ背丈の小さい少女の脚がぷらん、と垂れ下がった。


「調子に――」


 少女の脚をユカリは両脇にがっしりと抱え込む。

 そして。


「――乗ってんじゃねぇぇぇぇぇっっ!!」


 ユカリは跳んだ。

 少女を背負ってなお彼女の脚力は重力を無視。高く舞い上がった体を後ろに傾け、そのまま彼女は重力に任せて背中から落下していく。

 このままでは大ダメージは必至。しかしユカリにためらいは無かった。

 なぜならば――背中には英美里(高性能クッション)が張り付いているのだから。


「ごっぺええぇぇっっ!?」


 そのまま教室の床に着弾。爆撃機による攻撃のような音を轟かせ、何かがひしゃげた音と共に少女――野崎・英美里の汚い叫び声が朝の教室に響いたのだった。

 教室にいた誰もが息を飲む中、ユカリは無言でムクリと起き上がった。制服の乱れを直しながら英美里を見下ろす。

 英美里は白目を向き、よだれを垂らしながら完全にガニ股状態でピクピクしており、どう考えても年頃の少女が見せて良い姿ではないのだがユカリは何事もなかったかのように着席したのだった。


(こ、こええぇぇ……!)


 もちろんその様子をつぶさに見ていた他の生徒たちは例外なく恐怖に慄くのだが、それももう今さらだとユカリは気にすることもなかった。


「きょ、今日はまた一段と強烈だったぜ……」


 大ダメージを負い、女子高生にあるまじき姿を晒した英美里だが、英美里はゾンビさながらに机の端をつかみ立ち上がってきた。脚をぷるぷると震わせ鼻水に塗れたブサイクな笑顔とともにサムズアップ。その顔はユカリから見ても正直汚い。むしろ怖い。


「……頑丈だな、お前も」

「まーね。常日頃からユカリンに鍛えられてるから」


 ユカリから渡されたティッシュを受け取り、ゴシゴシと垂れ流した体液を拭っていく。そうして現れた本来の美少女面を露わにして彼女は笑った。

 まったく、懲りないやつだ。ユカリはため息でつき、もう一年にもなる彼女との付き合いを回顧した。

 入学当初から大多数の人間はユカリから距離を置くばかりであったが、数少ない例外の一人がこの野崎・英美里であった。

 ボサッとしたロングを適当にポニーテルに結わっているユカリとは違い、手入れの行き届いたナチュラルなブラウンカラーの髪をショートボブにしていて、常に誰かを睨んでいるようなユカリと対照的に目はクリっとして小動物的。小柄で庇護欲をそそる外見はまさにユカリと正反対と言えるだろう。

 ユカリも最初に見た時は、絶対に関わり合いになることはないタイプだと思った。だがどういうわけか入学直後から彼女はユカリにまとわりついてきて、追っ払おうが冷たくあしらおうが今みたいに実力行使に出ようがとにかく離れない。むしろ喜んでいるようなフシさえある。


「どしたの?」

「とんでもない変態に絡まれたもんだと思ってな」

「ままままマジですか!? いつ!? どこで!?」

「今まさに絶賛絡まれ中だ」

「なんとぉーっ!!」


 今まさに衝撃の事実を知ったとばかりに英美里は大げさに仰け反った。その仕草に呆れた目線をユカリは送りつつ、ふと彼女に「なぜ自分に絡んでくるのか」と尋ねた時のことを思い出した。

 自分に絡んでもなんの得もない。そう言いながらの問いに彼女から返ってきた答えはシンプルだった。


「だって、楽しそうじゃん?」


 その時ユカリは悟ったのだ。ああ、コイツは「バカ」であると。眼も節穴どころか腐ってる。そう結論づけ、ユカリも追い払うのを諦めて適当に相手してやる事にしたのだった。もちろん調子に乗りすぎた場合には制裁を加えることもいとわないが。


「んでさ、ユカリン」

「なんだ?」

「先週どこ行ってたの? 珍しいじゃん、ユカリンが何日もサボるなんて」

「別に」首を傾げる英美里からユカリは眼を逸した。「どこだって良いだろ」

「んお? どっか行ってたのはホントなんだ。

 ははーん、さては男ですな?」

「なんでそうなる?」

「隠さなくったっていいって。だいじょーぶ、私には分かってるっ。じゃなきゃ、そんな楽しそうに笑わないっしょ」

「楽しそう?」


 ユカリは思わず自分の顔を触った。果たして、そんな顔をしていただろうか。


「気づいてなかった? いっつもしかめっ面のユカリンにしては珍しく笑ってたよ? だからよっぽど楽しかったんだなーって。

 ささ、ほらほらほら! さっさとゲロっちまえって。どんな男? カッコいい? それとも大人な感じ?」

「だから違うって――」


 しつこい英美里の追求。だが全くの的外れだ。男など自分には一切合切縁がない。

 ユカリはどうやってこの勘違い娘の追求をかわそうかと頭を抱え、ぶん殴ってしまえば早そうだと短絡的な結論にたどり着き拳を握りしめた。


 その時。


 突如としてユカリの脳裏に白閃が走った。彼女を取り巻く世界が一瞬で真っ白に染まっていき、気づけば何もない場所に立っていた。

 いつもはポニーテールにしている長い髪が解かれ、そよ風にたなびく。素足の状態で地面に立っているが、その境は曖昧。ぼやけた自身の輪郭が、果てしなく続いているような感覚だった。

 歩く。感触は、おぼろ。

 ここはどこだろうか。ユカリは脚を進めながら辺りを見渡す。

 そしてすぐに見つけた。

 彼女が見つめる先。そこには一人の少女が立っていた。

 白いブラウスに濃紺のスカート。ウェーブの掛かった長い髪は白に近い鮮やかな金色。まるでフランス人形のようだ。彼女は少女を見て、そう思った。

 ここはどこで、お前は誰だ。ユカリは少女に尋ねようと近づいていく。

 だがユカリが尋ねるよりも先に、少女の方がユカリに向かって振り向いた。

 ユカリの鳶色の瞳と、少女の碧い瞳が交わる。

 その途端、ユカリは動けなくなった。

 少女は薄っすらと笑っていた。だがそれが笑顔なのか分からない。感情が読めないお面を被ったように表情を変えないまま、少女はユカリをじっと見つめていた。見つめられたユカリは、まるで吸い込まれるかのようにその瞳から眼を離すことができなかった。

 次の瞬間、世界がざわめいた。

 突風がユカリ目掛けて唐突に押し寄せる。それまでは無かった花びらのようなものが巻き上げられユカリの視界を塞いだ。

 反射的に腕でそれらを防ぎ、顔をしかめながらも何とか眼を開ける。

 その先で、少女は小さく笑った。

 途端にユカリの意識が加速した。彼女を取り巻く景色が一気に後ろへと流れていき、体があっという間にどこかへと吹き飛ばされていった。


 そして気がつけば、ユカリは廊下に立っていた。それは見慣れた廊下だ。今まさに彼女がいる北神学園だと直感で理解した。

 そして彼女は、気づく。長く伸びた廊下のガラスが砕け散り、遠くで煙が上がっている。非常ベルが耳をつんざき、銃を持った連中が走り回って何かを叫んでいる。

 爆発音が響いた。真っ赤な炎が立ち上り、熱が校舎を溶かしていく。彼女を取りまく日常が、音を立てて崩れていった。

 そしていつの間にか彼女は男と対峙していた。男の腕の中には一人の少女。ぐったりとしていて、その頭には拳銃が突きつけられていた。

 引き金にかかる指。男の口がいやらしく歪む。何事かをユカリに向かって告げる。やがて引き金にかかった指に力が込められていき――


「――めろっ!!」


 ユカリは自らの怒鳴り声で我に返った。

 椅子が後ろに倒れてけたたましい音が響き渡る。いつの間にか彼女は立ち上がっていて、教室は静まり返り、部屋にいる生徒全員が彼女に怯えたような目を向けていた。


「そ、そんな怒鳴んなくたっていいじゃん」

「あ、いや……」


 英美里の困惑した表情が目に入る。肩で息をしていたユカリはゆっくりと教室全体を見渡した。そこに広がるのはいつもの光景で、銃を持った男たちもいなければ煙も立っていない。

 天井を仰ぎ、そこでようやく自分が立ち上がっていることに気づき、頭を振って倒れた椅子を戻すと一気に重く感じられる体を下ろした。


「……ゴメン」


 遅れてやってくる鈍い頭痛。濁った息を吐き出しながら額を押さえれば、その指が汗に濡れた。


「……大丈夫? もしかしなくてもユカリン、具合悪かったりする?」

「ああ、いや……うん、もう大丈夫。怒鳴ったりして悪かったよ」

「そう? ならいいんだけど……うん、いいや。そろそろチャイム鳴りそうだし、私も教室戻るよ」


 英美里なりに気を遣ったのだろう。ユカリの大声で驚いていたにもかかわらずそれをおくびにも出さずに「じゃねー!」と明るく手を振って去っていく。

 ユカリもなんとか取り繕いながら小さく手を振り返し、頬杖をついてまた窓の外を眺める。そうしていると教室に当たり前の喧騒が戻ってきて、始業間近になれば多くの生徒が駆け込んでくる。程なくしてチャイムが鳴り響き、担任が入ってきて手を叩きながら声を明るく張り上げた。


「ほら、席に着けー。ホームルーム始めるぞー」


 ガタガタと椅子が鳴り響いて全員が着席して静まり返る。担任教師が出席を取る声を聞きながら、ユカリはうつむき頭を抱えた。


(なんだってんだ、今のは……)


 幻だったのか。いや、間違いなく幻だったのだろう。日常は日常のままであり、何も変わってはいない。

 だがそれにしては現実味がありすぎた。踏みしめるガラスの感触。けぶる火薬の匂い。遠く聞こえる悲鳴は頭の中で未だ鳴り響き、銃を持って目の前にいた男の存在感は本物としか思えなかった。


「……くそっ」


 わけがわからない。頭に過ぎった場所も、そこにいた少女もだ。混乱し、ユカリは頭を掻きむしる。しかしそれ以上何ができるわけでもなく、理解が及ぶはずもない。

 きっと、この一週間の間に色々なことがありすぎて疲れているのだ。

 彼女はそう結論づける。そして胸に残る重い感覚を振り払ってしまおうと教師の声を子守歌にして机へと突っ伏したのだった。

お読み頂き、誠にありがとうございました。


ご指摘等ございましたら遠慮なくどうぞ<(_ _)><(_ _)>

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