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異世界でロボットに乗るよう頼まれたんですが  作者: しんとうさとる
第二部 とある地下組織にて
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36. 明星・ユカリという少女(その2)

初稿:2018/11/14


宜しくお願い致します<(_ _)>

 ユカリは静かに玄関の扉を開け、そして音を立てないように閉めた。

 玄関から続く廊下に電器は点いておらず静かだ。だが正面の扉越しに夕陽が差し込んでいて、わずかに開いた隙間からテレビの音が微かに漏れてきている。時々、声変わり前の少年特有の高い笑い声が届いてくる。どうやら他の家族たちはリビングでくつろいでいるようだった。

 ユカリは眉間にしわを寄せ、靴を脱ぐ。足音を立てないようにしながら短い廊下を歩き、自室の前に立った。そこには『勝手に入ったらぶん殴る』とA4用紙に殴り書きされたものが貼られている。すでに手垢で汚れて、何度も貼り直した跡がある。

 もう何年も前にユカリ自身が貼ったもので、何回も剥がしてしまおうと思った。けれどもまだ剥がせずにいる。

 我ながら子供っぽいな、とユカリはため息をついてそれに手を伸ばし、だが今日もまたそのままにして部屋に入ろうとした。


「……ユカリ、ちゃん?」


 その背に、女性の声が届いた。

 足音は消したつもりだったが気配を感じ取ったのだろうか。ユカリがしかめっ面で振り向けば、驚いた表情をした母がリビングの扉の前でユカリを見つめていた。


「ユカリちゃん! 良かった、何日も帰ってこないから私心配して……お父さんっ! ユカリちゃんが帰ってきたわ!」


 彼女はホッとしたように表情を緩め、嬉しそうに部屋の中に向かって呼びかけた。そうしてユカリに小走りで寄り彼女の手を握る。


「怪我はしてないわよね? どこ行ってたの? 先週から学校も行ってないっていうし、何か事件に巻き込まれたのかと……あ、そうだ! ご飯食べる? もうすぐ夕飯だけど、簡単なものでよければ作って――」

「うっさいな」ユカリは母の手を払うように引き剥がした。「ちょっとダチの家に泊まってただけだよ。アタシがどうしようが勝手だろ」

「そうはいかないわよ。だってユカリちゃんはまだ高校生だし、それに私は……その、ユカリちゃんの母親なんだし、心配だってするわ」

「誰も心配してくれだとか頼んじゃいない」


 ユカリは母を無視して部屋に入っていく。


「そんな事言わないで! 私は……ユカリちゃんの本当のお母さんじゃないかもしれないけど、貴女の事を大切に思ってるの。だから――」

「分かってる。それは分かってる……けど、アタシはそんなのもう要らない」


 聞き飽きた、とユカリは吐き捨てて勢いよく扉を閉めた。バン、と大きな音が家中に響き、風が母の髪を揺らした。


「ユカリちゃん!」

「放っておきなさい、恵」


 閉ざされた扉にすがる母親――恵だったが、リビングから父親の硬い声が聞こえた。


「人に心配掛けて、遊び歩いてばかりのバカ娘ことなど知らん。勝手にさせておけ」

「あなた……」


 父親の厳しい口調に、恵はリビングとユカリの部屋の扉を見比べた。迷うように視線をさまよわせたが、恵はもう一度扉の前に立つと中に向かって声を掛けた。


「聞こえてる? その、もうすぐ晩ご飯だから一緒に……」

「いらない」ユカリはきっぱりと断った。「外で食べてきたから。……ごめん、疲れたから寝る」


 カーテンが閉められ、部屋の中は暗かった。ユカリはドアに背を預け、うつむいてそう伝えた。扉の反対側からはまだ母親の気配がしていたが、やがて諦めたのかスリッパが重そうに床を擦る音がして離れていくのが分かった。

 ユカリはその場にズルズルと座り込んだ。眼を閉じて天井を仰ぎ、深くため息をつく。そして立ち上がるとノロノロと重い足を引きずってベッドに向かい、パーカーを着たまま倒れ込んだ。


「……家族なんて、クソくらえだ」


 アタシは一人で生きていく。クソ親父の言う通りこんなバカは放っといて恵さんも自分の子()だけに愛情を注いでやればいいんだ。ユカリは枕に顔を押し付けてそうつぶやいた。

 鬱々とした気持ちを振り払おうと枕を抱え、強く抱きしめた。眼を閉じ、瞼の裏に浮かんでくるのは、ノイエ・ヴェルトから魔法陣に落下していく時のことだ。

 必死の形相でユカリに向かって手を差し伸べ、彼女の腕を掴んでくれた。死ぬかもしれなかったのに、身を投げ出して守ろうとしてくれた。


「……あの人もたいがいバカ野郎だよな」


 命をかけるにしたって、もうちょっとマシな相手がいるだろうに。

 悪態をつきながら、しかしユカリの眉間からしわは消えていた。ささくれだった心が落ち着いていき、やがてユカリの口元から穏やかな寝息がこぼれ始めたのだった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 私立北神学園高等部




 連休明けの初日。朝は早く、小鳥のさえずりが聞こえてくる爽やかな時間だ。定時よりは三〇分以上早いがユカリは制服に身を包んで学校の玄関をくぐった。

 しばらくぶりとなる下駄箱から白い上履きを取り出してかかとを踏み潰す。クタクタになった学校指定のローファーを放り込み、薄っぺらな茶色いカバンを肩に担いで階段に向かって廊下を歩いていく。


「おはよーございまーす」

「ああ、おはよう」


 ユカリよりも早く登校していた女子生徒と教師が挨拶する声が聞こえてくる。彼女らはそのまま立ち止まって雑談を交わしていたが、ユカリはその脇を通過していく。


「おはーす」

「ああ、おはよ――」


 ユカリも挨拶をし、教師も反射的に笑顔で応じたが、その相手がユカリであると気づくと眼を丸くして絶句した。女子生徒は思わず教師の後ろに隠れてユカリの後ろ姿を見送った。

 ユカリはそんな反応を気にする素振りもなくあくびをして、染めた髪の毛をガリガリと掻きながら二階へと登っていく。

 二階にもすでに生徒がそれなりに登校していた。生徒たちは携帯端末を見せ合いながら楽しげに会話をしていたり、運動部の朝練の様子に歓声を上げたりしていたりと、朝の爽やかな時間をリラックスした様子で過ごしている。

 だがそれもユカリが近づいていくと一変した。

 会話がピタリと止み、誰もがユカリを注視する。ユカリは気だるそうにしながらノシノシと猫背で歩いていたが、やがて自分に向けられた視線に気づいて――不機嫌そうに周囲を睨みつけた。


「あん? 何か用かよ?」

「ひっ……!」


 半開きのまぶたから覗く視線は鋭い。そして不幸にもその視線に捕まった一人の男子生徒は竦み上がり、短く悲鳴を上げた。


「テメェらもだ。人のことジロジロ見てんじゃねぇ」

「は、はいぃぃぃっ! す、すみませんでしたぁ!」


 ドスの効いた、女子高生らしからぬ迫力を伴った声に押されて男子生徒が逃げ出す。それを皮切りにして他の生徒たちもたちまちの内に自分の教室へと逃げていき、あっという間に朝の廊下はユカリ一人になってしまった。


「……なんだってんだ、ったく」


 ユカリは髪を掻くとまた大きなあくびをし、舌打ちをしながらも気を取り直して自らの教室へと向かった。

 扉の取っ手に手をかける。彼女としては普通に開けたつもりだったが、寝ぼけているせいか、はたまた朝から不愉快な夢を見たせいか、力加減を誤ってしまった。勢いが余ってバァン!とけたたましく音を立て、教室の中にいた登校済みの生徒数人がぎょっとした視線をユカリに向けてくる。ユカリはバツが悪そうに頬を掻いた。


「……ワリぃ」


 ユカリとしては別に意図したわけではない。驚かせてしまったと思って謝罪を口にするが誰からも返事はない。代わりにみなユカリから眼を逸して背を向けてしまったのだった。

 そんなクラスメートたちの態度を咎めるでもなく、ユカリは窓際の一番うしろの席に黙って座った。いつもどおり窓の外を眺め、くま(・・)のできた眼を擦る。

 傍からは不機嫌そうに見えるユカリだが決してそういうわけではない。ただ単に寝不足なだけである。おかげでただでさえ穏やかでない目つきが更に悪くなり、軽い頭痛のせいもあって常時睨むような人相になってしまっている。寝起き早々に登校したので水分も摂っておらず、そのせいで声さえ女子高生にあるまじき酒やけしたような音になっていた。


「……ま、いつものことか」


 もっとも学校でこうした反応をされるのはいつものことだった。ユカリの悪評はとっくに学校中に広まっているのだから。

 そもそも中学時代からユカリは不良として有名だった。盗みやケンカに明け暮れ、「クスリ」を常習し、夜中にバイクを無免許で乗り回す。キレやすく、気に食わないことがあるとすぐに暴力に訴え、もはや親や教師でさえもサジを投げてしまった存在。それが現時点でのユカリの評価だった。

 だが当人からしてみれば甚だ不本意であると声高に言いたいところだ。

 確かに中学の極一時期は荒れていたのは認めざるを得ない。学校にも行かず深夜に悪い仲間と徘徊し、改造したバイクに二人乗りして走り回っていたこともある。ケンカも日常茶飯事で生傷も絶えなかった。

 しかし盗みは生涯で一度もしたことはないし、薬物などもってのほかだ。バイクも最初に一、二回は乗ってみたこともあるもののそれ以来乗ったことはない。今はキチンと原付バイクの免許をとって運転している。

 ケンカについては否定できないが、それだってユカリにも言い分はある。口よりも手が早いのは認めざるを得ない。だが基本的に自分から問答無用で殴り掛かることはない――つもりではいる。

 ケンカの時も自分から絡むというよりも、ケンカが強いというユカリの評判が良くない連中を呼び寄せて一方的に絡まれるというのが実態だ。しかし悲しいかな、そいつらをユカリが一方的にボコボコにしてしまうので「イキった」連中と悪評をますます呼び寄せてしまうという悪循環が生まれてしまっている。これもなんとかしないとな、とユカリの口からもため息が漏れるが、果たしてどうするべきか。妙案は今のところ生まれてくれてはいなかった。

 結局のところ、ユカリに関しては悪い評判と噂話ばかりが先行してしまっているというのが実情であった。別に教師にさからうようなこともしていないし、高校の生徒に手を上げたこともない。


「……他校のヤンキーに絡まれてた女子を助けたのはノーカンでいいよな?」


 誰に言うわけでもないが、改めて自らの所業を振り返りつつそう言い訳を口にした。

 だがそうして振り返ったところで状況が改善するわけではない。どうせユカリがそう主張したところで誰も彼も聞く耳を持たないのは目に見えている。生徒も教師も一方的に怯えて遠巻きにユカリを見るだけで、学校でもユカリは基本的に一人であった。

 けれども。


「ま、今はそれの方がありがてぇけどな」


 そうつぶやき、ユカリは眠たげな視線を自分の手元に落とした。指先に意識を集中すると、何となく熱をもった感覚がある。他の生徒に見られないように指先を体で隠すと外を向いて彼女は小さく口を動かした。


「えーと、確か……えめり・なむ・いぐにしあ――」


 口から不思議な響きが零れ落ちる。

 すると――彼女の指先から小さな炎が出現した。

お読み頂き、誠にありがとうございました。


ご指摘等ございましたら遠慮なくどうぞ<(_ _)><(_ _)>

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