29. 駆け抜けた先にあるものは(その6)
初稿:2018/10/28
宜しくお願い致します<(_ _)>
「伊澄さん……?」
「――来た」
レーダーには何も映らない。緑がかった暗視モニターにもまだ反応はない。だが紫色をした夜空の下で近づいてくる気配を伊澄は感じ取っていた。
徐ろに伊澄は腰に吊るされたスティック状の武器を取り外した。スイッチを入れてそれを光のない空間へと放り投げる。
クルクルと回転しながら緩やかな放物線を描く。投げてからおよそ五秒が経過したところでヒビが入ると一気に弾け、まばゆい閃光が辺り一帯を白く染め上げた。伊澄たちもまた白く染まり、急激な光度の変化にユカリは顔を逸すがその中でも伊澄は暗視モードを解いたモニターを目を細め集中して見つめる。
そして伊澄は白い光の中で動く機影を捉えた。
「いたっ!!」
機体を敵機へ走らせた。ペダルを一気に踏み込み急加速。急激な慣性力によって振り落とされないようユカリはシートにしがみつく。閃光クラッカーの光が収まって宵闇が戻ってくるが、その中でも伊澄はもう敵機の位置を見逃さなかった。
地上を走りながら伊澄はサブマシンガンを再び構え、引き金を引く。弾丸の軌跡は狙い通り。命中を確信した。
しかしその思惑とは裏腹に、敵機は急激にその進行方向を変えるとあっさりと弾丸を避けきった。
「外したっ!?」
まさか。伊澄は一瞬眼を疑い、しかしすぐに意識を切り替える。最初が上手く行き過ぎただけで、普通はこういうものだ。それでも今のをかわすということはかなりの腕前と言える。
高まる緊張の中で伊澄は背面バーニアの上に置かれていた分厚い盾を腕に装備し、サブマシンガンを構えたまま敵機に走り寄っていった。
再び、発射。弾丸がばらまかれていくが、やはり当たり前のように敵はかわしていく。ならば、と伊澄は接近戦に持ち込むためにバーニアで加速しようとするが、不意にゾッとするような感覚を覚え、機体を横に転がした。
直後に何かが着弾した。地面が鋭く抉り取られ、その背後にあった太い木々があっさりと伐採され倒れていく。
「前だっ!!」
伊澄の意識が着弾地点へ一瞬向かうが、ユカリの声にすぐに反応して正面を見た。
先程までとは違う、猛烈な速度で迫る機影。機体は同じ『スフィーリア』だったが、カラーリングが僅かに異なり、より高貴さが目立つ。やってきたのは小隊長クラスか、と舌打ちし、三度ライフル弾を発射した。
今度は命中。しかしその不可視のシールドによって阻まれダメージは通らない。それでも当て続ければ破壊できるのは先の戦闘で証明済みだ。伊澄は引き金を引いた。
だが射出される弾が突然止まった。何度引き金を引いてもカチッという音が鳴るだけ。鳴り響くアラーム。モニターの隅の表示を見れば残弾数ゼロ。
「クソっ!!」
悪態をつきながらも伊澄は機体をまた横に滑らせて敵の攻撃を回避していく。だがそうはいっても機体はとっくに型遅れの骨董品だ。先に動いてもすぐに追いつかれ、飛んでくる魔法の刃が盾を切り刻んでいく。
更に敵機の動きが加速した。伊澄機が旋回するよりも早く背後に回り込み、赤熱するソードを片手に迫り寄ってくる。
伊澄は旋回しながらもとっさにサブマシンガンを手放した。遠心力によって飛ばされたそれは敵機目掛けて飛び、しかしながらソードで容易く両断されていく。
「……っ!」
だが伊澄はそこに更に巨大な盾を放り投げた。真っ二つになったライフルを盾が弾き飛ばし、互いの視界を瞬間的に完全に遮断した。
一瞬の間。直後に盾の側部から敵機の赤いブレードが薙ぎ払うように斬り裂いた。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!」
そして盾の影から伊澄機が襲いかかった。左手にはハンドガンを携え、振りかぶった右手のトマホークを思い切り白いスフィーリアに振り下ろしていく。
並の相手であれば回避不可能なタイミングでの攻撃だった。だが敵機は機体を後方に下がらせながらも手にしたヒートソードでトマホークを受け止めた。
互いの武装がせめぎあう。勢いに押されたヒートソードがスフィーリアの肩口にめり込んで火花を上げた。それと同時に切断力に勝る、魔法の加護を受けたソードがトマホークの刃をも切り裂いていき、やがてその半ばで拮抗した。
「ようやく捕まえたぞ、羽月・伊澄っ!!」
「この声……クライヴさんですかっ!!」
二機が接触したことで通信が可能となり、コクピットに不鮮明なクライヴの声が轟く。
昼間の手合わせでクライヴの実力が相当なものであることは分かっている。それだけに厄介な相手がきた、と伊澄はしかめっ面で舌打ちをした。
それでも怯まず伊澄はハンドガンを機体頭部に接射した。クライヴは機体を仰け反らせ、頭部のアイカバーが割れてカメラが露出するも破壊には至らない。
「なんて反応速度……!」
クライヴの驚異的ともいえる反応に舌を巻き、しくじった、と伊澄はほぞを噛んでレバーを強く握りしめた。
「舐めるなよ、小僧っ!!」
そして接射の反動でできた隙を巧みに利用し、今度はクライヴが攻勢に転じた。
そもそもの機体出力は圧倒的に『スフィーリア』が上である。ソードを持っていない方のマニピュレータで『ヘルタイガー』を殴りつけて押し返し、その隙に機体を反転して伸し掛かる体勢だった『ヘルタイガー』をいなしていく。そのまま蹴り倒すとクライヴ機は上空へと飛び上がっていった。
「しまった!」
「殺しはせん! だが相応の責任はとってもらおう!」
機体の下部に魔法陣が浮かび上がってホバリングさせると、クライヴは速射性の優れた鋭い風の刃を次々と射出していく。伊澄はすぐに機体を走らせるが、あちこちに着弾して機体が切り刻まれていく。
装甲が割れて脱落し、関節部の油圧系統が露出。マニピュレータの一本が切り落とされて冷却用のオイルが地面や機体を汚していく。
「ちぃ……ニヴィールの機体はこんなにも装甲が堅いものだったか……!」
それでも『ヘルタイガー』は速度を落とすことなく走行を続けることができた。
見た目通りの分厚い装甲は速度の点では欠点だが、『ヘルタイガー』のコンセプトは「壁にもなりうる移動砲台」。少々の損傷でも動ける高い稼働率が売りであった。
仕留めきれなかった事にクライヴは苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、反対に伊澄は九死に一生を得て木々の間に機体を滑り込ませた。
森の中に逃げ込んでも伊澄機の居場所はその大きな駆動音から丸わかりだ。まして最初期の機体のためOCS(Optimal Camouflage System)のように光学的な観測を妨げるシステムは愚か、ARCS(Anti-Radar Camouflage System)みたいにレーダーによる探知を防ぐ迷彩システムさえついていない。
しかしながら多少なりとも効果はあったようで、飛んでくる魔法が木々をなぎ倒していくものの、幸いにして直撃は免れていた。
「この世界の方が機体性能そのものは進んでるみたいだけど……」
付随するシステムはそうでもないらしい。伊澄機のレーダーに映らなかったことからARCSに似たものはあるみたいだが、クライヴの腕前をして伊澄機の正確な位置を捉えられていないということは、照準システムはあくまで補助。主にはパイロットの目視、あるいはF-LINKの妖精に頼っているに違いなかった。
ならばやりようはある。しかし問題は、こちらの武器が近接用のものしかないということ。ハンドガンこそあるが、射程は短いし装甲を貫くほどの威力があるわけでもない。クライヴ機を撃退するにはゼロ距離まで接近するしかない。そのためには慎重に機を伺いつつ少しずつ距離を詰めていって――
「…ずみさん、伊澄さんっ!」
「っと、どうしたの?」
「どうしたじゃねぇよ! ノイエ・ヴェルトの事はアンタの方が詳しいんだろうけど、これって燃料タンクの残量じゃなかったか?」
ユカリが指さしたところを見れば、残りの燃料量はわずかになっていた。
単純な機動だけであればまだ十分程度は動けるだろう。しかし戦闘機動ともなれば燃料の消費量は桁違いに上がる。のんびりと少しずつ距離を詰めるなどという悠長なことは言っていられなかった。
「なあ」ここまで勝ち気だったユカリの声に、隠しきれない不安が滲んでいた。「……逃げ切れんのかな、アタシたち?」
伊澄は小さく息を吸い込んだ。本音を言えば、その保証は無かった。可能性はきっと、低い。
けれどもゼロじゃない。思いついた「賭け」に勝てば先は見えてくる。
だがそれがうまくいくのか。伊澄自身にも湧き上がる不安。それでも、その不安を押し殺して伊澄は親指を立ててみせた。
「心配いらないよ。僕に任せてって」
声は震えていない。指も大丈夫。モニターの向こうを見つめながらも伊澄は胸の内だけで、自身の怯えを押し殺せているか確認していく。
そしてそれは成功したらしかった。ユカリの緊張が少しだけだが解れたのが伝わってきた。立てた親指を自分の体で隠すと、堪えていた震えが一気に襲ってきた。
けれど。
「……頼りにしてるぜ」
「――うん、大丈夫。勝ってみせる」
頼りにしてる。明示されたその一言で、伊澄は巣食っていた恐怖から解き放たれた。肩に置かれたユカリの手のひらから熱が伝わり、それが力へと変わっていく。
伊澄は逃げ回っていた機体の速度を落とすと自ら森の外へと出ていく。夜空に漂っていたクライヴ機は伊澄機の姿を認めていたが攻撃は加えず、浮遊魔法の効果が切れて一度着地する。
そうして、開けた場所で伊澄機と対峙する形となった。
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