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25. 駆け抜けた先にあるものは(その2)

初稿:2018/10/21


本日はもう一話更新します。

宜しくお願い致します<(_ _)>

 プシュ、とエアロックの空気が抜けて扉が開いた。

 その奥からヌッと姿を現したのは一人の兵士だ。忍び込んだスパイが一人逃げ出したと報告を受けて伊澄を探していた彼は、扉の前で半身になり、腰に携えた剣の柄に手を添えてゆっくりと部屋を覗き込んだ。

 正面には、先に捕らえられた娘が魔法陣の中でグッタリとしている。数時間前に見回った時と同じで、特に異常は無さそうだった。


「……ここに逃げ込んだわけでは無さそうだな」


 扉に鍵は掛かっていたし、よそ者がまず入れるはずもないか。

 構えを解き、吐息とともに緊張を吐き出す。そしてついでにユカリの様子を確認しようと彼女へ近づいていった。

 だがその時だ。ユカリはカッと眼を見開き、勢いよく立ち上がった。はまっていたはずの手錠は外れ、彼女は兵士に向かって舌を出しながら手首をプラプラとさせる。予想外のユカリの状態に彼は驚き、しかし逃げ出されないようにすぐに彼女に向かって手を伸ばした。


「こいつ……どうやって――!?」


 彼の手があっさりとユカリの腕を掴む。だがユカリにばかり気を取られ、彼は全く気づいていなかった。


「うぉぉぉっ!」

「っ! ぐ、お……!」


 ベッドの影に隠れていた伊澄が兵士の背後から飛びかかり、羽交い締めにする。飛びかかられた兵士はバランスを崩すも、しかしそこは鍛えた兵士。体重も軽めの伊澄を背に乗せたところで倒れることはなく踏みとどまり、逆に不埒な悪漢を捕らえようと伊澄の腕を掴んだ。


「んぐぉっ……!?」


 しかしそんな彼の首に突き刺さる拳。続いてトドメとばかりに兵士の顎に更なる一撃がクリーンヒットした。

 理想的な軌道を描いたユカリの見事なアッパーに意識を刈り取られ、グルリと白目を向いて膝を突く。兵士はそのまま力なく硬い床へと突っ伏し、ユカリはそんな彼の重たい体を引きずり始め、伊澄に目配せして手伝わせると魔法陣の中に男を放り込んだ。そして自身が拘束されていた手錠に今度は彼の手をはめ、兵士の脚が届くか届かないという絶妙なところに鍵を置くと満足げに頷いたのだった。


「うしっ、これでいっちょ上がりっと」

「……ずいぶんと手慣れてらっしゃることで」

「ンな訳あるか。モノホンの手錠触ったのはこれが初めてだっつうの。ま、ケンカ慣れは否定しねーけどな」そう言ってユカリは顎でしゃくるような仕草をした。「それより、さっさと逃げようぜ。しばらくは見回りも来やしねぇはずだからな」


 迷いながらも伊澄はうなずいた。逃げるにしても慎重に事を運びたいが、ここにいてもジリ貧なのは間違いない。悩んで退路を失うよりも今がチャンスかもしれなかった。二人は扉の付近に兵士がいないことを確認するとそろりと抜け出した。


「で、逃げ道は分かるの?」

「アタシが知ってると思うか?」

「デスヨネ―」

「そういうアンタはどうなんだよ?」

「いや、全く」


 伊澄とてこの場所にやってきたのは初めてだ。場所勘があるはずもない。伊澄の返答にユカリも呆れ、舌打ちで返す。

 しかし伊澄は左右を見回すと迷わず左へ体を向けた。


「たぶん、コッチだと思う」

「はあ? アンタ、道分かんねぇんだろ――ああ、クソ! 待てって!」


 ユカリの悪態に反応を示さず歩いていく。ユカリは茶色に染めた髪を掻きながら伊澄の後ろについていった。

 通路はどこへ行っても似たような感じだった。左曲がりだったり右曲がりだったり、或いは三叉路だったりと多少の変化はあるもののそれだって同じ様な景色が何度も現れる。まるで同じ様な場所をグルグルと回っているようにユカリは思った。


「……まさか本当に同じトコ回ってたりしないよな?」

「一応それは大丈夫だと保証するけど」


 そう言って伊澄は壁に書かれた赤文字を指さした。


「文字は僕らの世界とはまるっきり違うけど、数字は同じみたいだね。さっきはナンチャラの28だったけど、今僕らがいるのは4。数字の前にある文字も違うから、少なくとも違う場所へは進めてると思う」


 まったく気づかなかった。当たり前のように言ってのける伊澄に、さすがにユカリも感心した。


「はー……よく覚えてんな、アンタ」

「ま、ね。昔から文字とか絵を覚えるのは得意なんだ。本当は館内マップみたいなのが貼られてたら助かるんだけど……」


 まず軍事施設にそんなものはないだろうね、と伊澄はため息をつき、ユカリを「行こっか」と促して角を右に曲がった。

 そうしてしばらく二人共無言で進んでいく。兵士との遭遇率は低く、しかし時々、近くを兵士が走っていく。それでも気配に敏感らしいユカリがいち早く接近を探知して身を潜め、息を殺して見送る。


「……もういいぜ。近くにゃ他にいない」

「ふぅ……ありがとう。助かったよ。それにしてもよく分かるね?」

「まあな」


 伊澄が礼を述べると、ユカリはどこか戸惑ったように頬を掻いた。その態度に伊澄は首を傾げるが、彼女に「次はどっちだ?」と促されて意識を逃げ道に戻した。


「次は……こっちかな」


 伊澄が正面を指差しながら進むと、ユカリも黙ってついてくる。既に伊澄についていくことに文句は出てこなくなっていた。

 半歩ほど遅れてスニーカーで硬い床を踏みしめる彼女をチラリと振り返る。部屋の中ではなかなかに快活な印象だったが、どうやら本来はあまり多弁なタイプではないらしい。もちろん話しかければ返事はくるのだが、不思議と会話がなくても居心地が悪くことはなく、伊澄自身も話すのが得意ではないからちょうど良かったと思う。


「なあ」そんな彼女が伊澄に声を掛けた。「さっきからずっと迷わず進んでってっけど、本当に道知らねーんだよな?」

「うん。そだよ」

「ならなんでそんなためらわずに進めんだ? 見たとこ、別にアンタ自信過剰な性格でも楽天的な性格でもなさそーだし」

「うーん、そう言われてもね……

 理由言っても笑わない?」

「ンだよ、笑われるような理由かよ?」

「笑われるっていうか、信じてもらえ無さそうっていうか……」

「分かった分かった、笑わねえからさっさと話せって。もったいぶられると余計気になんじゃんか」


 ここまで順調に進んできて緊張が解れたか、ユカリは「ほれ、お姉さんに話してみ?」といたずらっぽく笑って伊澄の肩を軽く小突く。伊澄は首元を摩りながら、少し恥ずかしそうにした。


「うーんと、何ていうかさ。『声が聞こえる』って言えばいいのかなぁ……」

「……声?」

「正確に言うと声じゃないんだけど……説明しづらいな。直感っていうか、こっちに行けば良いって、なんだか導かれてる気がするんだよね。オカルト的で、怪しいのは基本的に信じないタチなんだけど、それに従った結果ユカリにも会えたからね。

 逃げるべき場所のヒントになりそうなのもないし、だったら今回もそれに従ってればあんまり悪い結果にはならないんじゃないかなー、なんて……」


 喋りながら論理的じゃないなーと思いながら伊澄はツイ、と眼を逸した。

 笑われるか、肯定されるか。歩きながら横目でユカリの様子を確認し、しかし彼女の反応はどちらでもなかった。


「ユカリ?」


 細めの眉をつり上げ、ユカリは険しい顔をして何かを考え込んでいた。もう一度伊澄が彼女を呼ぶと、ハッとして「悪い」と謝罪した。


「ひどくない? ユカリから話せって言っといて無視とか」

「だから悪いって。それに話はちゃんと聞いてたって。しかし、そっか……」

「どうしたの?」

「んにゃ、別に何でもねぇ。ただ、アタシとアンタじゃ王女様に連れてこられた理由がちょっと違いそうだなって思っただけさ」

「理由、か……そういえばさっき聞いた話だと、エレクシアさんもユカリに何かしてもらいたかったみたいだけど、何をしてくれって言われたの?」

「知らね。ちゃんと聞く前に暴れたからな」

「どんだけエレクシアさんが嫌いだったんだよ……」伊澄はため息を漏らし、そこで気づいた。「あれ? でも今の口ぶりだと自分が連れてこられた理由を知ってたんじゃないの?」

「あの女のなげぇ前置きからなんとなく想像がついただけだよ」


 フンとそっぽを向いて鼻を鳴らし、ついで苛立ったように舌を打ち鳴らす。どうやらそこには触れてほしくはないらしい。年頃の女性の相手は難しい。伊澄は軽く嘆息した。


「ま、アタシの話はもうどうでもいいさ。

 で、伊澄は何で結局連れてこられたんだ? 世界がどうたらこうたら言う話の割にはアンタ弱そうだし、ここの奴らを蹂躙するくらいすげぇ魔法が使えるわけでもなさそうだし」

「そりゃ、君みたいに口より先に手が出るほど暴力的じゃないからね――ああ、脚の方が先か」

「うっせぇ、別にアタシだってケンカっ早い短気な性格してるわけじゃねぇ」

「どの口がそれを言うの? あーさっき蹴られたお腹がイタイナー」

「口の減らねぇ野郎だな。分かったぜ。アンタ、ペテン師だろ? 他の国をだまくらかしてこの国を救えって言われたんだろ? そうに違いねぇな」

「冗談。残念ながら僕は人前で話すのが苦手なの。

 僕が呼ばれたのはノイエ・ヴェルトが理由だよ」

「ノイエ・ヴェルト?」ユカリは怪訝そうに首を傾げた。「ノイエ・ヴェルトってアレだろ? 確か、ロボットの名前だっけ? 戦争でよく使われてるヤツの」

「まあね」


 ノイエ・ヴェルトは兵器じゃない。そう主張したい気持ちもあるにはあるが、戦争で大量投入され多くの命を奪っているし、確かに「人殺しの道具」だ。

 大昔ならいざしらず、「瑠璃色の黄昏」以降衛星は使えなくなるし超長距離の誘導兵器が使用不可能になったため、白兵戦用兵器としてノイエ・ヴェルトが発達してきたのは紛れもない事実である。伊澄自身も自分が携わっているのが兵器だと自覚の上で仕事をしているし、けれどもそんな事に興味はなかった。

 ただ、ノイエ・ヴェルトには可能性が詰まっている。それも、とてつもないものが。

 伊澄はそう信じているし、それはきっといつか、兵器としての枠組みを超えたものとなると期待している。


「でもそれってウチらの世界のもんだろ? アイツら、こっちでノイエ・ヴェルトを作りたいってことか?」

「近いけどちょっと違うかな? 今日実物に乗せてもらったけど、断然こっちの世界の方が進んでる。僕らの世界の方が十年以上遅れてると思うよ」

「魔法があるのにか?」ユカリは怪訝に首をひねった。「だいたいこういうのって、ウチらの世界の方が魔法がない代わりに科学が発展したってのが定番じゃねえの?」

「魔法があるからこそこっちの方が発展したんだと思う。たぶんだけど。

 お金かけなくても魔法を使って強化できる部分もあるだろうし、その分のリソースを必要なところにかけやすいんじゃないかな? 特にこの世界はモンスターがいるから軍事費の国家予算に占める割合も高そうだし」

「……スマン、ちょっとアタシの耳がバカになったらしい。この世界に何がいるって?」

「モンスター。さっき実際に戦ってきたし。ノイエ・ヴェルトよりもさらにでかいモグラだったよ」


 ずっと監禁されていたためか、ユカリのこの世界に関する知識はまだ伊澄より乏しいらしく、もたらされた新たな情報に彼女は頭痛を堪えるような仕草をした。


「……オーケー、分かった。あのアマが世界がどうとかって言ってた理由も何となく理解した。

 つまり、アンタはそんなファンタジーな敵をぶっ倒すために呼ばれた軍人ってわけだ。まったくそうは見えないけどな」

「あながち間違ってないけど一つ訂正。僕は別に軍人ってわけじゃ――」

「きゃっ!?」


 ユカリの方を振り返って彼女の勘違いを訂正しようとした伊澄。だが曲がり角に差し掛かったところで何かにぶつかって跳ね飛ばされる。その弾みにユカリも巻き込み、二人揃って床に転がったのだった。


「いっつぅ……」

「あいたたた……」

「何やってんだよ……ほら、邪魔だからどけって」

「す、すみません! 考え事してて前見てなくてっ……」

「ああ、いえ。こっちこそすみませ、ん……?」


 起き上がろうとしたところで返ってくる女性の声。それに伊澄はついいつもどおりの感覚で返事をして、散らばった書類を拾い上げようとした。

 が。


「あ」

「へ? あ、あぁーっ!!」


 静かだった通路に女性の叫び声が響いた。伊澄に向かって指差し、口をパクパクとさせる。


「アナタ、ニヴィールから来た人ですよねっ!! さっきの操縦、見てましたっ!! おかげさまで――もがっ!!」

「バカ野郎っ! 声がでけぇっ!!」


 どうやら管制室のオペレータらしい。黒縁メガネを掛けた軍服の女性は、まるでアイドルを見つけた時のように声を弾ませた。その甲高い声に慌ててユカリが口を塞ぐ。

 が――時、既に遅し。


「今の声は!?」

「こっちの方からだ……あそこだっ! いたぞぉー!!」

「ああもう! クソッタレ! ここまで順調だったってのにっ!!」


 ユカリは女性をほっぽり出すと、書類を手にしたまま固まっている伊澄を引きずり起こす。そして兵士たちとは逆方向へ走り出した。


「く、首っ! 首絞まるっ……!」

「ンならとっととテメェの脚で走りやがれっ!!」

「逃がすなぁぁっっ!! 追いかけろ!」


 彼らを追って兵士たちが女性の脇を走り抜けていった。撒き散らした書類を踏みつけ、騒々しさが通過していく。


「……え? え?」


 そうしてただ一人、状況を全く読み込めない女性だけが座り込んだまま、過ぎ去った嵐の跡を眺めていたのだった。

お読み頂き、誠にありがとうございました。

ご指摘等ございましたら遠慮なくどうぞ<(_ _)><(_ _)>

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