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14. 模擬戦(その2)

初稿:2018/10/03


宜しくお願い致します<(_ _)>

「感度はつかめたし、まずは慣れないとな……」


 先程の反省を活かし、より繊細にペダルを踏み込んでいく。足先に感じるペダルの反発力を即座に脳にフィードバック。三六〇度全ての方向から入ってくる視覚情報を無意識下で処理し、移動速度と操作量の摺合せを行う。

 相当に集中しているのだろう。伊澄の眼は前後左右に忙しなく動き続け、ペダルを踏む脚は小刻みに、レバーを握る腕も絶え間なく動いていた。

 外から見ると、機体の挙動はかなり不格好だった。オートバランサーのおかげで転倒こそしないものの大きく上半身が傾いだり歩行速度も不連続だったりと、まるで車がノッキングしているようだった。


「……む?」


 だが伊澄が試行錯誤を始めて十五分もする頃からその挙動が変わり始めた。歩く動作はスムーズになり、加減速は滑らかに。バックパックの魔導具が光ったかと思えば高く跳躍し、落下中には適切なバーニア制御で機体へのダメージを極力抑えた着地を行う。

 伊澄のレバーやペダルの操作もぎこちなさが消え、狙った踏み込み量でピタリと止まっている。そして三十分超が経つ頃には、予め登録された動作コンビネーションをも使いこなし、すでに基礎動作を完全に習得してしまっていた。


「すごいな、君は」一息ついた伊澄に、隊長の声が届いた。「さすが王女様が招待しただけのことはある」

「ありがとうございます。ええっと……」

「ああ、すまない。そう言えば名乗り忘れていたな。クライヴだ。よろしく頼む、少年――いや、伊澄」


 機体の腕を差し出し、伊澄機もそれを握り返す。

 隊長――クライヴは名乗り忘れた、と言ったがおそらくそれは嘘だろうと伊澄は思った。最初は名乗るつもりなど無かったに違いない。

 エレクシアの手前、歓迎する素振りを見せていたが内心ではやはり不満だったのだろう。敢えて名を名乗らず、また伊澄に対しても「少年」とばかり呼んで子ども扱いしていたのも、たぶん抗議の意味も込められていたのだと思う。

 しかしこうして握手を求め名前を呼んだということは、伊澄の実力を認め始めてくれたということか。

 自分の実力で相手に認めさせることができた。それは久しく出会わなかった事象だ。嬉しくて伊澄はコクピットの中ではにかんだ。


「こちらこそ改めて宜しくお願いします、クライヴ隊長。

 外から見てても感じてましたけど、すごくいい機体ですね、この機体は」

「そうだろう。開発部と整備部の素晴らしい仕事の賜物だ。王女様の客人である伊澄が褒めていたと言えば、きっとみな喜ぶだろう。

 それで、体調はどうだ? 久々の搭乗と聞いたが、問題はないか?」

「ええ、大丈夫です。ショックアブソーバーも優秀で、揺れも断然僕らの機体より小さいですし思った以上に疲れないですね」

「そうか、それは重畳だ。

 十分慣れたようであるし、ならば続いてリンクシステムも起動してみるか」

「リンクシステム?」


 オウム返しで聞き返すとクライヴがスイッチを教えてくれる。シート側面のレバーを降ろすとカシャンと音を立ててロックが外れ、コンソールが少し浮き出てくる。それを引っ張り出すと自動でホログラム・モニターが起動し、コマンド入力ができるようになった。

 そこにクライヴが指示する通りにコマンドを打ち込んでいく。すると、シート下が青白く光り始めた。


「うえあっ!?」


 シート下から碧色に光る何かが飛び出した。それは伊澄の周りを上下に揺れながらクルクルと回っていく。思わず声を上げた伊澄だが、やがて自身の肩の辺りに止まったその姿に今度は眼を見張った。


「……妖精?」


 眼を丸くして見下ろすと、手足が木のような緑髪の妖精はクリっとした瞳で伊澄を見上げ、トットットと腕を伝ってパイロットスーツ越しに指先にしがみついた。

 ガシガシとかじりつき――噛まれても痛くはない――チューチューと吸い付いていく。そして今度は妖精の方が眼を丸くするとまた肩の方へ戻っていき、ニィと悪ガキみたいに口端を大きく横に広げて伊澄の頬に軽くチュッと口付けた。

 その途端にその妖精の体が若葉色に輝き、光の粒子となって霧散。コクピット内の隅に取り付けられたラッパ管の中へと吸い込まれていった。

 一体何だったんだ、とポカンとしていた伊澄だが、不意に正面モニターの右上にメッセージが次々と流れ始めた。話すことはできるようになったが文字までは分からない伊澄はそれを怪訝そうに眺めていたが、突然彼の首筋に刺すような痛みが走った。


「いっつっ!?」


 反射的に手をやると、何か機械のようなものが首元に突き刺さっていた。まさかの事態に戦慄を覚えるも、それを見越していたらしいクライヴから声が掛かる。


「心配ない。初めは驚くだろうが直に慣れる」

「先に言ってくださいよ……」


 スピーカー越しにクライヴのいたずらが成功したような声が聞こえ、ぼやきながら伊澄は首元を撫でた。別に傷の一つや二つは残っても気にするような性格ではないが、副作用とかないよな? と不安を覚える。

 しかしすぐにその不安も吹き飛んだ。

 トクン、と心臓が脈打つ。体が熱を持ち、それが脳へと伝わっていく。一度だけ軽い頭痛とめまいを覚える。だがそれもすぐに治まり、伊澄がまた顔を上げるとそこには違う世界が広がっていた。


「風が……感じられる?」


 伊澄機を撫でる風がまるで伊澄自身を撫でているような感覚。足の裏から感じられる、ペダルとは違った土の感触。埃っぽさに混じって流れてくる木々の薫りはまるで伊澄自身が外に立っているようだった。

 視界に映るのはモニター。だから伊澄がコクピット内にいることは確かなのだが、同時に伊澄機を取り巻く全ての角度の情報が得られていた。先程まで見えなかった足元もはっきりと見える。

 例えるならば、伊澄自身が機体そのものとなったようだった。


「すごいっ……すごいすごいすごいすごいっ!! 何だこれっ!」

「その様子だとうまく接続できたようだな」


 マイク越しにも伊澄の興奮が伝わったのだろう。クライヴの声は懐かしさと苦笑いが入り混じっていた。


「はいっ! なんですか、このシステム! 機体がまるで自分自身になったみたいですっ!」

「F-LINKというシステムだ。妖精と機体を通じて繋がることで我らの隣人が感じている感覚を共有し、搭乗者の感覚を劇的に広げることができる。加えて機体のコントロールを妖精が一部肩代わりしてくれることで余計な損耗を防いだり、機動力を底上げすることもできる、我が国の虎の子のシステムだよ。

 ニヴィール出身の君には難しいだろうが、搭乗者の使える魔法を機体を通じて増幅・発動することもできるし、使えない属性でも妖精の属性と相性によっては簡単なものであれば使えるようになるはずだ」


 まさにファンタジー。魔法や妖精といったシステムと密接な関わりのあるアルヴヘイムだからこそ開発できるトンデモ設計。きっとニヴィールだと何十年、何百年経とうが無理な代物だ。


「更に付け加えるならば、妖精が君の意思をある程度汲んでくれて挙動のフォローをしてくれるはずだ」

「つまり……?」

「多少ならば君の思った通りに動かせる、ということだ。もっとも、妖精というのは気まぐれな生き物だから搭乗者との相性もあるがね。しかしその様子ならば相性は良かったのだろう」


 思ったとおりに動かせる。その言葉に伊澄はいっそう胸を高鳴らせた。

 薄く笑ったまま伊澄は空を見上げた。どこまでも赤い空が広がっていた。


「伊澄?」

「すみません、ちょっと思い切り跳んでみてもいいですか?」


 跳ぶ? と首を傾げるクライヴを他所に、伊澄は機体を思い切り屈ませた。

 そして、一気に空へと飛び立った。


「……っ!」


 妖精の力を借り、重力を振り切って赤い空へ。風を裂き、薄雲を貫き、空を翔ぶ。遥か遠く、本当に薄っすらと見える星のカケラに向かって伊澄は手を伸ばした。

 だがノイエ・ヴェルトは空を翔べるようにはできていない。酸素を失ったバーニアは推進力を減じ、妖精は空を越える高みには辿り着けない。

 やがてノイエ・ヴェルトは自身の重さで再び落下を始めた。赤い空に手を伸ばしたまま重力に捕われて空は遠ざかっていく。

 届かない。今は、まだ。ひょっとしたら、と思ったが、この機体でもまだ宇宙へ行くには足りないらしい。

 当たり前か。伊澄は馬鹿な考えだな、と自分を笑いながらクルリと機体の向きを変えて両手足を大きく広げる。

 風に乗り、空を舞う。正確には落下しているだけだが、それでも伊澄は気持ちよかった。F-LINKというシステムのおかげで風をダイレクトに浴びているようで、頭の中を空っぽにしてその気持ちよさを甘受する。

 高速で落下しているはずなのに不思議と怖くない。こうしていると、何処までも翔んでいけそうな気がした。もちろんそれは錯覚なのだが、なんだかここにいる限り、伊澄は自由でいられる。そう思えた。


「……頃合いかな?」


 そんな夢のような時間はすぐに終わった。地面が急速に近づき、巨大な城の全貌がはっきりしてくる。

 伊澄は小さなため息と共に機体を着地体勢に変えた。全力でバーニアを噴かし、一気に減速する。伊澄の意思を汲み取って妖精も補助をしてくれた。足の下に魔法陣が展開され、まるで空中をスケートボードで駆けるようにしていく。

 そして着地。空高くまで飛翔し、数十秒の空中飛行をしたとは思えない程に穏やかに伊澄機はまた地上で重力に縛られたのだった。


「……突然何をするのかと思ったぞ」

「すみません」クライヴのやや批難めいた声色に、伊澄は素直に謝罪した。「いつか……いつかノイエ・ヴェルトに乗って、この世界を宇宙()から見てみたかったんです」

「空から……?」


 伊澄につられるようにしてクライヴは空を見上げた。そこには見慣れた赤い空が広がるばかり。頭の上にあるのが当たり前で、そこへ辿り着こうなどと考えもしなかった。


「そうか」短くクライヴは相槌を打った。「それで、君が見たかったものは見えたか?」

「……いいえ、まだそこまでは届きませんでした」

「ならばまだまだすべき事があるということだな」


 伊澄が思い描く機動に及ばないということは改良の余地があるということ。そう受け取ったらしく、クライヴは機体ごしに伊澄の肩を叩いた。


「では伊澄。君が見たいものを見ることができるよう、我々に力を貸してくれ」

「はい……! 微力ですけど力になりたいと思います」


 エレクシアからもそうだったが、こうもダイレクトに自分の力を求められると面映くもあるが、嬉しい。伊澄は一人赤くなった頬を掻きながらも照れ笑いを浮かべた。


「しかし君には驚かされる。あんなにも高くまで跳躍したのもそうだが、着地も駆動部へのダメージを考えられた見事なものだった」

「ありがとうございます。職業柄、どうにも機体を大切に扱わなきゃって思えちゃいまして」

「確か、伊澄は技術者なのだったな? ならばそう思うのも当然だろう。

 ところで、その様子だとすっかりスフィーリアの操縦にも慣れたようだな」


 クライヴの声色は楽しそうに弾んでいた。そして話の流れから、彼が何を言おうとしているか、伊澄は容易に想像がつき思わず喉を鳴らした。

 果たして、クライヴは伊澄の予想通りの言葉を口にしたのだった。


「それでは――私と戦ってもらおうか?」

お読み頂き、誠にありがとうございました<(_ _)><(_ _)>

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