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12. 人生はかくも容易に変わりうる(その7)

初稿:2018/10/01

改稿1:2019/04/29


宜しくお願い致します<(_ _)>

 差し込んだ光が伊澄の視界を一気に奪い去った。

 次いで響いてくるけたたましい音。金属が叩きつけられ、削られる甲高い音。その他雑多に入り混じった音たちが耳をつんざいていく。

 それは、伊澄にとって聞き覚えのある音であった。

 徐々に光に慣れていき、ゆっくり眼を開く。そしてその先にあった光景に、瞬く間に心を奪われた。


「ノイエ・ヴェルトっ!?」


 伊澄は思わず駆け出した。落下防止の柵から身を乗り出して食いつくように見渡していく。

 そこにはノイエ・ヴェルトが幾つも並んでいた。ノイエ・ヴェルトの周囲を多くの整備員たちが忙しなく動き回り、機械音に混じって怒鳴り声がそこかしこから響いていた。


「すごいっ……! 『アーサー』……じゃないよな? 脚はすっごく細くてスマートだし、もしかして第三世代機!? でもウチで開発中の『ヘルメス』とはデザインが全然違う……」


 食い入るようにして観察するも、そこに居並ぶ機体は伊澄の知るどの機体とも違った。

 並んでいる機体の種類はせいぜい二、三種類だが、どちらも生粋のマニアである伊澄にも見覚えがない。何かの機体をベースに独自改良でも加えているのかとも思ったが、それにしては余りにもスマートで洗練されたデザインだ。

 伊澄の記憶にあるどの機体よりも遥かに人間に近い姿。その機体シルエットの細さから想像するに機体重量もずっと軽いのだろう。ゲームの中のように、これらの機体が人のように飛んだり跳ねたりする様子が自然と脳裏に思い浮かんだ。

 間違いない。伊澄は確信した。遠目から見ただけだが、ノイエ・ヴェルトの技術は明らかに伊澄たちの住むニヴィールより進歩している。

 ニヴィールではまだいわゆる第二世代機が主流で、第三世代機と呼ばれる物の開発も日米欧それぞれで進められているが、それが正式に世に出るのはまだ何年も先だ。ましてこんなにも量産されるようになるには、戦争も一段落した現在だと五年では足りないだろう。

 そしてこれら機体は、デザインだけを見れば第三世代と同等かその先にあるかもしれなかった。その事実に伊澄は技術者として悔しさを覚え、しかしそれ以上に洗練された機体たちを見ることができた喜びで体を震わせた。


「気に入って頂けましたか?」

「はいっ! すごいです、こんな機体が生きてる内に見れるなんて……!

 装甲素材はなんですか? 炭素繊維ですか? それともまさか最新のNCCF(ナノ分子セルロース-炭素高度複合繊維)? 駆動動力はバッテリーですか? 小型レシプロ? まさかガスタービンとのハイブリッド? いや、でもそれだとここまでスマートなデザインはできないだろうし――」


 エレクシアが声をかければ伊澄からは興奮した声で矢継ぎ早に質問が重ねられていく。おとなしめだったそれまでの彼の変貌に彼女は苦笑いしか浮かばなかった。


「落ち着いてくださいませ、伊澄様。ワタクシは技術者ではありませんから専門的なことをお尋ねになられても答えを持っていませんわ」

「え、あ、そ、そうですよね。……すみません、つい興奮して」

「いえ。伊澄様がこうも喜んでくださると、ここにお連れした甲斐があってワタクシも嬉しいです」


 恥ずかしそうに伊澄は頭を掻いた。彼女の視線に何処か生暖かさを感じながら、再びハンガーを見渡していく。

 どんな技術がこの機体には使われているんだろう。もっと近くで見て、触ってみたい。そんな彼の伊澄を見透かしたエレクシアが微笑み提案した。


「近くで見てみたくないですか?」

「いいんですか!?」

「ええ。ぜひ。伊澄様のご意見もぜひ聞いてみたいですから」


 そう言ってキャットウォークから階段を伝って下のフロアへ降り、今度は下から見上げながら伊澄は感嘆した。

 下から眺めるノイエ・ヴェルトの姿は壮観だ。伊澄の勤める新生重工の工場でもそうだが、間近で見ているだけでワクワクしてくる。

 伊澄は近くの作業員から許可をもらって手で機体の脚に触れてみる。金属であることに変わりはなさそうだが、なんとなく会社のノイエ・ヴェルトととは質感が違う。手の甲で軽く叩くと音が軽い。かなりの軽量素材が使われているようだった。

 ふと伊澄に影が覆いかぶさる。頭上をクレーンでも通過しているのかと思って顔をあげ、そこでまたしても伊澄は眼を驚きに丸くした。

 頭の上では作業服を着た男性がふわふわと翔んでいた。伊澄の視線に気づくことなくそのまま装甲を外した腰部を覗き込む。すると、手には何も持っていないのに光球が現れて駆動部の中を照らし出した。もう一つ、さらに小さな光の玉が現れて中に入っていくと、何もないはずの空間に内部の様子を映し出していた。

 ニヴィールではまずお目にかかれない光景だ。どうやらそれも魔法技術の一つらしい、と気づいた伊澄は思わず感嘆のため息を漏らした。


「伊澄様、熱心なのも宜しいですが作業員が困っておりますわ」


 エレクシアに指摘され、伊澄はようやく自分が仕事の邪魔をしていることに気づき、慌ててその場を立ち退きながらもう一度機体を見上げた。


「僕らの世界とは作業効率が断然違いそうです。魔法って凄いですね」

「そうなのですか?」

「ええ、それはもう。こんな風に作業できたらって羨ましくてたまらないです」


 伊澄の称賛にエレクシアは顔をほころばせたが、ハンガーの一番奥にある機体の前に到着すると立ち止まって見上げた。伊澄も隣に並び、下から順に見上げて再びため息が漏れた。

 そこに自立していたのは、一際流麗なデザインをした機体だった。ここまで見てきた機体よりも更に洗練されて機幅は細く、しかし不安定さを感じさせない。デザインの印象としては鎧を着た騎士といった感じか。やや大型化されているようだが、それ以上に威圧感がある。

 いったい、この機体はどんな機動ができるんだろうか。黙って熱心に観察する伊澄の横でエレクシアが静かに口を開いた。


「これは我が国が開発した最新機、通称『エアリエル』と呼ばれているものです」

「エアリエル……」

「はい。ノイエ・ヴェルトの性能についてはアルヴヘイムはおろか、ニヴィールのどんなものよりも先を進んでいるという自負があります。それだけの時間とお金、人を掛けてきました。それもひとえにこの国を、世界を守るためです」

「百年に一度現れるっていうモンスターから、ですか?」

「そうです。

 ノイエ・ヴェルトが開発されて初めて挑んだ十三年前……兵士たちの厳しい鍛錬や開発者たちの努力、そして作業員たちの懸命な整備のおかげで被害は従来よりも遥かに抑えられた、と聞いています。しかしそれでも尚、モンスターたちには刃が立ちませんでした」


 ノイエ・ヴェルトでも太刀打ちできなかった。その言葉に伊澄は眼を丸くし、エレクシアはジッと眼の前の機体を見つめた。


「それから十三年間、ワタクシたちは国を挙げてさらなる高性能機の開発を進めました。その集大成がこの機体です。ですが……ワタクシはまだ足りないと感じています」


 一度眼を伏せ、エレクシアは真摯な瞳を伊澄に向けた。そしておもむろに彼の手を取り(こいねが)った。


「その足りない部分を埋めるべく、ワタクシは伊澄様をこちらへお招きしたのです。

 再びモンスターが現れるまであと数年と推定されています。その間に伊澄様には我らの機体を一層の高みに上げ、兵士たちを鍛え上げ操縦の技量を高めて頂きたいのです。一人でも多くを救い、一人でも多くが生き残るために」


 どうか、どうかお願い致します。エレクシアは伊澄に深々と頭を下げた。その真摯さには伊澄も胸を打たれた。

 しかし同時に、それはひどく伊澄を困惑させた。もやもやとした疑念はずっとくすぶっていたが、ここに来てそれはますます強くなった。


「……無理ですよ。僕には到底そんな大役は果たせません」


 先程までの高揚から一転して、伊澄の顔が曇った。

 確かにノイエ・ヴェルトには世間一般よりは詳しいだろう。だが所詮一人の若手技術者でしかないのだ。いや、まともに主要部品の設計さえ任されていない半人前以下もいいところだ。伊澄よりも知識も経験も優れたふさわしい人物は世界中にそれこそ五万と居るし、操縦だって原因不明の頭痛のせいで免許すら取れなかったのだ。ゲームでの操縦は自信があるが、現実の操縦は未熟以前の話である。


「失礼ですけれど……他の誰かと間違ってたりしませんか? 僕はエレクシアさんが希望するような人間じゃないと――」

「いいえ、伊澄様で間違いありません」


 辞そうとした伊澄だったが、エレクシアははっきりと断じた。眼を丸くする伊澄に、彼女は柔らかく微笑みかける。


「伊澄様はまだお若いです。現時点ではそこまでの技量を備えてはいらっしゃらないかもしれません。ですが将来に渡って多大な貢献を頂けるのは間違いありません。それだけの稀有な才気を伊澄様は携えていらっしゃるのです」

「分かりません……どうしてそう断言できるんです? 僕は今まで何一つ成功したことのない人間です。努力はできますが、才能なんてこれっぽっちもないんです。期待されてもきっと応えられるわけがない」

「いいえ、才能はあります。今はまだ眠ってるだけ。それに気づかれてないだけです」

「どうしてそう言い切れるんです? それも……それも、魔法ですか?」

「……詳しくはお話することはできません。機密事項ですので」言いづらそうにエレクシアは顔を伏せた。「ですが、お願いです。ワタクシを信じて手を貸していただけないでしょうか? もちろん報酬もお支払いしますし、元の世界にも予め時期をお伝え頂きさえすれば好きな時に戻って頂いて構いません」


 エレクシアは強く伊澄の手を握り、伊澄の眼を見つめた。


「どうか、お力を貸してください。ワタクシたち……この国の人々にとって伊澄様が必要なのです!」


 握られている手から彼女の熱が伝わる。深々と頭を下げて懇願している彼女の髪を見下ろしながら、伊澄は尚も迷っていた。

 本心では助けてやりたいと思う。自分ができることであればしてあげたいと心から思う。だが自分にそれだけの才覚があるのだと、彼女が断言してなお信じられなかった。

 自分を中途半端な人間だと伊澄は信じてやまない。これまでの人生で人並み以上にできたことはそれなりにある。けれども人並み外れたことは何一つできない。

 思えば昔からそうだった。勉強はできても決して一番ではなかった。どんなスポーツをしても誰より早く上達し、しかし途中で成長は止み誰かに追い抜かれていく。テストで高得点をとっても最初こそ称賛されど次第にそれが当たり前となってみんなの関心を失い、逆に伸びないことを叱責されるようになっていく。

 世間でいう難関大学に頑張って入学しても、第一志望を失敗したせいで自分で自分を認められず、ノイエ・ヴェルトの資格試験は失敗しパイロットになる夢は果たせなかった。伊澄は伊澄自身を信じられず、何につけても自信などない。

 そんな自分に何ができようか。まして世界を救うなど、分不相応も甚だしい。

 伊澄は怖かった。恐ろしい要求だと思った。到底自分の手に収まるような案件ではない。


(でも……)


 伊澄は眼を閉じた。まぶたの裏に浮かぶのはここまで僅かな時間ながら出会った人たちの姿だ。笑顔で働き、一日を真面目に生きている。エレクシアの話を信じるならば、そう遠くない未来に彼らにも災厄が降り注ぐのだろう。

 知らなかったならば。自分と関わりのない人々がどうなろうと同情以上の感情は抱かないだろう。しかし自分はもう知ってしまった。彼らと言葉を交わしてしまった。更に、目の前で自分ごときに頭を下げてくれるエレクシアに対し、好感以上のものを懐き始めている事に気づいてしまった。

 そして何よりも――


(この人は……僕を必要だと言ってくれた)


 会社に入っても周りは優秀な人ばかり。結局、代わりのいる何者か以上の存在にはなれていない。良くて交換可能な組織の歯車だ。

 けれどもエレクシアは自分こそが必要なのだと伝えてくれている。伊澄自身を求めてくれている。

 それが、嬉しい。


「手を……離してください」


 そう言いながら伊澄は重ねられたエレクシアの手を剥がしていく。エレクシアは、断られたと思い悲しそうに目を伏せた。


「僕に……エレクシアさんが言うような才能があるなんて到底信じられませんし、あったとしても力になれるとは思えません」

「そう、ですか……そうですよね、急にワタクシのような昨日今日出会った人間に言われても信じられませんよね」

「ですけど……」


 しかし続いた伊澄の声にエレクシアは顔を上げた。

 伊澄は少し困ったように眉尻を下げながらも、エレクシアの眼を見て伝えた。


「もし、もし僕にできる事があるのなら、少しでも役に立てるのならお手伝いさせてください」

「伊澄様……! ということは……」

「はい、これから宜しくお願いします」


 伊澄は頭を下げ、そして顔を上げる。そこには心から嬉しそうに笑うエレクシアの姿があった。


「こちらこそ宜しくお願いします」

「ええ。と言っても……さっきの話は本心で、その、正直本物のノイエ・ヴェルトを操縦したことなんて殆ど無いですし、こっちのノイエ・ヴェルトの方がきっと僕の知識より相当先に進んでいます。実際に力になれるのは相当先の話になりそうなんですが……」

「分かっています。ノイエ・ヴェルトはワタクシたちが一丸となって必死に開発したもの。むしろすぐに追いつかれてしまっては、ワタクシたちの立つ瀬がありませんよ。

 なので伊澄様は焦らず徐々に知識を深めて頂ければ、と思います。そのための教材も準備致しますし、気になることがあればそこらの者を捕まえて聞いて頂いて構いませんので」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると少し気が楽になります」

「ですが、伊澄様? 操縦技術の方についてはすぐに才能を確認できる方法があるのではありませんか?」

「え?」

「王女様」


 伊澄が首を傾げていると、そこに男性から声がかかった。

 エレクシアが振り返り、彼女越しに伊澄もそちらを見遣る。その男性は伊澄と比べてもさほど体格で大きくは無いが、やはり鍛えているのだろうと思えるくらいにはガッチリとした印象を受けた。

 しかしそれ以上に眼を引いたのは彼の頬に残る傷跡だろう。左の頬に大きくはっきり残る一文字の線。それを見て彼が、伊澄がアルヴヘイムに墜ちた時にもいた騎士の一人だと気づいた。

 エレクシアと面する彼の表情は穏やかな笑みを湛えているが、目つきは鋭く、まさに歴戦の勇士といった容貌だった。

 今の今まで訓練をしていたのだろう。彼はノイエ・ヴェルトの操縦服らしい格好をしていて、エレクシアに対して一度ひざまずき、立ち上がり際に伊澄をチラリと一瞥した。


「ご苦労さまです。手配はどうでしょう?」

「はっ、準備はできております。いつでも対応可能です」

「分かりました。ありがとうございます」


 彼女の礼を受けてその騎士は一歩下がる。エレクシアは再び伊澄へと向き直り、そしてニコリと笑った。

 その表情に、伊澄は何度目かの嫌な予感がした。


「さて、伊澄様」

「はい」

「我が国の機体――操縦してみたいと思いませんか?」

お読み頂き、誠にありがとうございました<(_ _)><(_ _)>

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