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閑話 瑠璃色の黄昏

初稿:2018/09/30

改稿1:2019/02/06


宜しくお願い致します<(_ _)>

――十三年前

――二〇五〇年、五月五日


日本、夕刻



「お集まりの皆さぁん! それではおっ待ちかねの時間でぇす!!」


 多くの人がひしめき合う展示場で、女性司会者の元気の良い声が瑠璃色に変わり始めた夜空の下で響いた。

 彼女が大仰な身振りで手を振ると同時に華やかな衣装を着た女性たちが現れる。祝賀ムードの中、集まった多くの人々の注目がそちらに一瞬向かったもののすぐにとある一点へと戻っていった。彼らの「まだか、まだか」という期待の高まりを肌で感じる中、司会者の手が振り上げられ、それを合図にコンパニオンの女性らが握った紐が一斉に引かれてシルクの幕が勢いよく滑り落ちた。


「こちらが新生重工がこの度開発した新型ノイエ・ヴェルト――『アイアース』ですっ!!」

「おおぉぉ……!」


 幕の奥から現れたのは二足で自立する、全高七メートル程のロボットだ。それを見た観衆からは一斉に野太い歓声が上がり、やがて万感の拍手で向かえられた。

 自立歩行ロボット、Neue Welt(ノイエ・ヴェルト)。正式な名称は、日本語では次世代汎用人型高度作業用ロボットと長ったらしいであるため、英語表記(NExt generation UniquE Worker with ELectronical support operating system for sophisticated Task)を略してそう呼ばれるのが一般的である。

 主に災害時での救助活動用や土木・建築作業用途として開発されたこのロボットは、今や先進国であればどの国でも見ることができる代物だ。

 二〇三〇年代後半から本格的な開発が始まり、最初期のノイエ・ヴェルトが世に出たのが四年前。当時の脚部は履帯、或いは非常に短く、安定性を重視した低重心構造となっていた。腕部のマニピュレータも三本指構造で大雑把にしか物を掴むことができないそのフォルムはお世辞にもロボットとは呼びづらく、言うなれば戦車に毛が生えたようなものでしかなかった。

 だが今日の展示会で初お披露目となったのは、いわゆる第二世代機。つい数ヶ月前に米国で発表された「ヘルタイガー」に続いて日本で開発された機体だ。

 第一世代機とはまるきり異なるシルエットを持ち、今観衆の目の前に立っている巨体はまさにロボットと呼ぶにふさわしいものだった。

 作業性を重視して人間と同じ五本指としたマニピュレータは自在に物を掴むことができ、悪路を踏破するため脚を高く上げられるよう脚部の構造も人に似た作りとなっている。加えて、初めて内部に本格的なオートバランサー機構が組み込まれ、それにより第一世代機よりも遥かに重心を高くすることができていた。

 人間に比べれば脚が異常に太かったり、胴回りが丸みを帯びている「ずんぐりむっくり」な体型でお世辞にもスマートなデザインとは言い難いが、それでもこれまでの第一世代機に比べればこの『アイアース』はずっと「ロボット」らしい出で立ちであった。


「……まさか生きてる間にロボットが見られるなんてなぁ」

「ホントマジでそれ。抽選外したウチの親父が本気で悔しがってたぜ」


 いわゆるゴールデンウィークの最終日に開かれたこの展示会の本来の意図は次世代を担う子供向けである。親子連れに比べて入場料は割高であるにもかかわらず、会場のどこを見渡しても「大きな」子供が多い。年齢に似合わない純粋な瞳で機体を見つめる様子は、いかに彼らが待ち望んでいたのかを示していた。


「ぱぱぁ~……」

「はは、ほら、おいで。肩車してあげるから」

「うん!」


 それでも主催者の意図通り、お父さんに連れられた小さな子供も多数見られ、目的もまた一定程度は達成されている。アイアースの足元に立っている開発責任者の男性からも肩車された子どもたちの頭がひょっこりと飛び出しているのが見え、思わず顔を綻ばせていた。


「はーい、皆さん近くで見たいのは分かりますけど危ないから押さないでくださいね~! 写真撮影はその場からお願いしまーす! 

 あと皆さん! 先程からアイアースばかり撮ってますけど華やかに彩ってくれてるお姉さんたちもたくさん居ますからね! ノイエ・ヴェルトが主役ですけど、そっちだけじゃなくて少しはそちらにも興味をもってくださいねー!」


 ノイエ・ヴェルトばかりに注目が集まり、いつもとは違って一切見向きされないコンパニオンに気を遣った司会者が茶化すように話すと、一斉にどっと笑い声が上がった。

 多くの人で賑わい、イベントは大成功。大きなトラブルもなく場も和やかな雰囲気が流れていた。

 そんな時だった。


「……地震か?」


 にわかに地面が揺れ始める。カタカタと仮設の台座が音を立て、緊張した面持ちで誰もが立ち止まる。だが揺れは小さく、この程度の地震なら、とパニックになることは無かった。

 だが揺れが治まったかと思った直後、地震とは全く異なる一際大きな揺れが襲った。


「っ! な、なんだぁっ!?」


 まるで爆弾が爆発したような轟音が耳をつんざき、立っていられない程に大きく揺れた。身を守るために頭を抱えてしゃがみこみ、やがてビリビリとした空気の振動も治まると人々は顔を恐る恐る上げた。

 そして、唖然とした。


「……なんだ、あれ……?」


 地面から空に立ち上る、紫色の煙。火災によるものにしては色は暗く、そしてどこまで立ち上っても勢いは弱まる事がない。

 そしてその中に混じる白い影。吹き出す紫煙に混じって空に昇っていっていたが、やがてそいつは重力に従って地面へと舞い降りてくる。

 まるでムササビが滑空するかのように手足を広げ、展示会の方へと近づいてくると次第に全貌が明らかになってきた。

 それは巨大な生物だった。全身が白い体毛に覆われ、まるでイタチのような姿。だが彼らが知るイタチなどとは明らかに違う。それほどに大きい。眼前に迫りその巨大さを目の当たりにして、しかし展示場にいる人は非現実的な光景を理解できずに立ち尽くした。


 そして――彼らは喰われた。


 巨大な口が一度に何人もの体を容易くかじり取り、着地した四肢はその周囲の人たちを踏み潰す。

 頭がザクロの様に割れ、血煙が白いノイエ・ヴェルトを赤く隠していった。


「■■■■、■■■っっ――!!」

「きゃあああああああああっっっ!!」

「う、うわぁぁぁあぁぁっっっ!?」


 女性の金切り声が上がり、そうして初めて誰もが現実に引き戻された。

 獣の咆哮が響き渡り、足元には潰された人と上半身を失った死体。流れ出した血の臭いに会場の誰もがパニックに陥り、我先にと逃げ出した。白い巨大な獣は涎を垂らしながらふらつき、しかし逃げ遅れた人々を次々と胃の中に収めていく。


「うわぁぁぁんっ……」


 親とはぐれた女の子が立ち尽くし泣き叫ぶ。殺伐とした混乱の空気に怯え、脚を竦ませ「おとうさぁん……」と舌足らずな声で呼んだ。だが彼女に歩み寄る者は皆無で、誰もが自分の身を守ろうと必死に逃げるだけだった。


「こっちにっ……!」


 だがそんな少女の手を引いたのは、同じくまだ成長途中の少年のものだ。少女よりはだいぶ年上だが、まだ小学生だろうか。少年の眼にも怯えと涙が浮かんでいたが、それらを袖でグイと拭い去り少女を引き寄せて走り出す。少女は少年に引かれるがまま、泣きながら後を追いかけた。

 そんな二人に、その獣は眼をつけた。

 ふらつき、走る速度はゆっくりとしたものだがそれでもその巨体である。瞬く間に二人に追いつき、その鋭い牙を向ける。


「ひっ……!」


 気配を感じ取った少女が悲鳴を上げ、それでも少女なりに助けてくれた少年を守ろうとしたのだろう。少女は少年を突き飛ばし、一緒に倒れてこむ。


「あうっ……!」


 それが功を奏した。倒れ際に獣の牙は少女の腕をかすめ、しかしながら致命傷は避けられた。

 地面に転がり、擦り傷を作る。少年は痛みに顔をしかめるもすぐに起き上がり、少女を離すまいと抱き寄せた。

 そこに影が二人に落ちてくる。

 少年は顔を上げた。眼の前には、自分の全身くらいはある大きな顔があり、赤い眼が見下ろしていた。


「……っ!」


 怖い。恐怖に身が竦み、少年から思考と体温を奪った。しかし自分の腕の中にいる幼い少女の体温を感じるとハッとして獣を睨みつける。それでどうなるというものでもないのは直感的に分かっていた。だがせめて気持ちで負けてはいけないとなんとなく少年は思った。

 獣の赤い眼が細まる。口がゆっくり開き、涎が糸を引く。人の血で汚れた口から生臭い吐息が掛かり、鋭い牙が迫る。少年は顔を背けて眼をつむった。

 しかしその牙が二人に突き刺さる事は無かった。

 生々しい吐息が二人撫でたかと思うと、獣は口を開いたままゆっくりとその場に倒れていった。赤い目は最期まで二人を捉え、やがて光が消えていく。

 呼吸も途絶え、そして程なくして獣の全身から紫色の淡い光の粒子が舞い上がっていったかと思うと、少年の目の前から獣の姿が消え去っていった。

 まるで、全てが夢だったかのように。


「……助かった……んだよな?」


 少年のつぶやきに応える声はない。少女は少年にすがりついたままであるし、周りの大人たちはまだ混乱の最中であったから。

 それでも少年だけは気づいた。もう、助かったんだと。


「はああぁぁぁぁっっ……」


 気づくと一気に全身から力が抜けた。心臓がこの期に及んで一気にうるさくなり、体中が震えだした。


「あの……」

「ん?」

「ありがとう……」

「ああ、うん。どういたしまして。あ、そうだ。怪我は大丈夫?」


 少女は頷いたが、少年はポケットに入れておいたハンカチを取り出すと少女の腕の切り傷に当て、少女に押さえておくように伝えた。ハンカチを持っておけと毎日言ってくる母親を口うるさく思っていた少年だが、この時ばかりは言うことを聞いてて良かったと思った。


「……」


 やることを終えると、どっと少年の体に疲れが押し寄せてきた。それが疲れとは少年は分からなかったが、もうどうでもいいや、と服が汚れるのも構わずその場に寝転がった。

 空を見上げる。そして気づいた。


「星が……見えなくなっちゃった」


 藍色だった夜空が、どこまでも薄い紫のベールに覆われてしまっていた。





 ――その日、世界各地で発生した謎の紫の霧は世界中の空を覆った。


 何もない空間から突如として噴き出して空へと昇っていったそれは、地上から高度約六十キロメートルにて上昇を停止。以後地球全体を完全に覆いつくした。

 回収する間もなく大気圏上層にまで立ち上っていってしまったため、霧の正体は不明。

 確かな事は、大気圏外を周回していた全ての人工衛星と地上とのあらゆる通信を途絶させる性質を持っていることと、従来のロケット技術ではその霧に達した時点で噴射系・制御系に不具合が生じ、霧の壁を突破する事が不可能であることなど、極僅かであった。

 そしてこの結果、地球は宇宙から完全に隔離された。

 これ以降、元々不安定だった各国のパワーバランスが崩れ、国際情勢は悪化の一途をたどり、人類は再び争いの歴史へと身を投じる事となる。


 なお、紫の霧と同時に日本で多数の被害者を出したという謎の生物についても、同様に詳細は明らかになっていない。日本の極一部でしか目撃情報が無かったため、幻覚・妄想といった作用が霧に含まれているのではないかとの説もあるが、所詮俗説の域を出ないままだった。

 しかしながら紫の霧とその生物および被害についてはネット上ではセットで語られ、その後の世界の混乱の始まりとなった事件――「瑠璃色の黄昏」として世界中で知られてることとなったのである。

お読み頂き、誠にありがとうございました<(_ _)><(_ _)>

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