第8話(初めての冒険2/使い魔契約)
[八]
周囲は暗闇に染まっていた。
焚火を中央に、夕刻になる少し前に食事を済ませ、薄暗くなるまで各々で休憩をとり、陽が完全に落ちる少し前に、エルンストとレイスが六剣士の剣が収まっているという、就いている職と同じ色を基礎とした籠手をアイテムボックスから取り出し、利き手と逆の腕に嵌める。そして、装備を整え確認し終えると、2人はそれぞれ違う道を通って奥の方へと入って行ってしまった。
それを見送り終えると、カロエがアスピスのすぐ傍らに移動してきた。
「さっきの、結界を張った要領、覚えてるか?」
「うん。たぶん」
闇の中、赤く光っているだろう瞳。
エルンストやフォルトゥーナは、その瞳の由来を知っていたし。おそらく、レイスも知っているだろう。けれども、騎士学校で座学があまり得意ではなかったと思われるカロエに至っては、どこまで分かっているのか怪しいと思うのだが、瞳の存在自体は、ビオレータの元で一緒に暮らしていたことで、既に承知していることであった。
そのため、昨日の買い物の際にエルンストが緑色のコンタクトを買っておいてくれ、それを鞄にしまってあるのだが、隠す方が却っておかしく思え、敢えてそれを使うことはせず、赤く光る瞳を晒したままにする。
実際に、カロエは気にすることを一切していなかった。
「なら、もう一度張れるな。念のため、もう、張っておこうぜ」
緊張した面持ちで、カロエは催促するよう告げてくる。
夕刻を過ぎたころ吹き始めた風が、周囲を覆う木々の葉を動かし擦れさせる。闇の中では、それが立てる音が、妙に不気味なもののように感じられてしまうことで、カロエを急いたようである。
それが、アスピスにも影響を与えてきた。
おそらく、日中であったなら。否。エルンストやレイスが一緒だったのなら、ここまで怖くは感じられなかっただろう。
「わかった。張ってみるね」
初めての冒険による緊張もあり、警戒心が強くなっているのかもしれない。
言い終わるのと同時に、先ほどの手順を思い出しながら、右手のひらを下に。右手の甲の上に左手の手のひらを載せるようにして、手の甲に描かれた三角形と逆三角形を重ね合わせる。
そして、結界を張る場所を目測しながら、六芒星を築く場所を選び出す。
(よし!)
決めた。と、思った途端に、二つの三角形が重なり合って作り上げる六角形の地を、他から隔離するよう、六つの辺が光り出す。
マナから細く伸び出る糸のようなものを、アスピスは先ほどよりも丁寧に織り重ね、できるだけ密になるようにマナで満たしていく。
手慣れた人ならば、これくらいなら、瞬時にできてしまえることである。
(私も瞬間的にできるようにならないと!)
そのためにも練習あるのみ。と、「ふー」っと息をつくと、結界を強化すべく、再びマナで出来た糸のようなものをいじり始めた。
けれども、カロエには、アスピスがなにをしているのか全く伝わっていないようで、アスピスの様子を不思議そうに見つめてくる。
「うまくいってんの?」
純粋な疑問というような口調で、マナの糸を編み重ね密に厚くしているアスピスへ問いかけてきた。
「うん。さっきよりも丁寧にできているよ。完成度も強度も、さっきより上だと思う」
「そっか」
邪魔してごめん。と、今度は黙ってアスピスを見つめる。
その視線が気にならないかと言えば嘘になるが、カロエとしてもやることがないのだろう。そう思うと、カロエのことを気にしても仕方がないと判断を下し、結界作りの練習に集中していく。
焚火を中央に、アスピスたちを取り込むように築かれた結界は、時間を追うごとに短時間で編める量が増えていき、重なり方も丁寧になり、自然と密度が増して厚くなっていった。
結界を張り終え、今度こそ本当にやることをなくした2人は、手持ち無沙汰になっていた。
そのせいで、アスピスの神経は敏感になっていたのだろう。
遠くで狼たちの鳴き声が響き渡るのが、やたらに気になっていた。
(もしかしたら、エルンストかレイスが魔狼と遭遇したのかも)
そう思うと、心配になるのだが。アスピスが動揺する素振りをみせると、冒険者の先輩であるカロエは安心させるように笑ってみせる。
「あの2人、六剣士に成れただけあって、冗談抜きで、本当に強いんだぜ。悔しいけど、オレじゃ未だまだ相手にならないくらいすごいんだ」
素直に本当に悔しがりながらも、正直に相手を称賛することを忘れない。
「だから、魔狼ていどなら、何匹いたって大丈夫だから。オレたちは怪我を負わないように気を付けて、ここで待っているのが役目だからさ。2人が戻ってくるまで、2人を信じて待ってようぜ」
「うん」
かなり時間をかけて作った甲斐あって、覗ける者にはかなり不格好にみえるだろうが、それでも、二度目の作品にしては強力な結界が作れたとアスピスは自負していた。
だから、よほどでないと、魔物がこの結界を壊すことはないだろうと信じているので、カロエの言う通り、後は2人を信じて待つだけだと、焚火の火が消えないように木をくべ注意しながら、2人の帰りを待つことにする。
(そうでなくても、動物って火を怖がるっていうし)
焚火と結界で、二重の防衛だと思い、アスピスは徐々に強気になっていく。
けれども、そう思った次の瞬間には、出て行ってからそれほど時間は経ってないというのに、早く2人のどちらかが弱らせた魔狼を引き連れ戻ってこないかと願ってしまう。
そんな中、狼たちの鳴き声が徐々に、野営地へ近づいてきているように感じられた。
「ねぇ、カロエ……」
気のせいかもしれない。そう思いながら視線を動かすと、左の腰に差された剣の柄に手を掛けた格好で、緊張した面持ちのカロエの様子が飛び込んできた。
「たぶん、こっちに近づいてきてるんだと思う」
虚勢を張ることなく、アスピスの不安を正直に肯定する。
「アスピスは、絶対に結界から出ちゃだめだからな」
「うん。分かってる」
念のためにと忠告してくるカロエに、アスピスは不安を抱えながらも素直に頷く。
(エルンストとレイスは、魔狼との遭遇に失敗したのかな)
そういうことも、有り得るだろう。
イシャラル王国とキセオーツ王国、クレアルラ王国の三国に国境にまたがって広がる、魔界に繋がる深さがあると伝えられている『漆黒の谷』と呼ばれる巨大な谷を包み隠すよう濃い緑で取り囲まれている、瘴気が覆う深く大きな『万障の森』と呼ばれている森に比べたら、イシャラル王国とクレアルラ王国の国境をまたがり広がるこの森はささいな広さしかないだろう。けれども、イシャラル王国の王都の傍にある、ビオレータの薬草畑に囲まれて暮らしていた森に比べたら、何倍もの広さがあることを、この森に訪れることになり、いろいろと説明を受けた際に見せてもらった地図が、示していた。
つまりは、かなり奥深く。たった2人では、すべての範囲を網羅することは、考えるまでもなく不可能なことだと、アスピスにも分かることであった。
「どうしようか?」
「おまえの命は、オレが必ず守ってみせるから。安心しろ!」
徐々に近づいてくる狼たちの鳴き声に、逆に覚悟が決まったのだろう。カロエは立ち上がると右手でドンと胸を叩いた。
正直なところ、心許無く思えはしたが、カロエの気持ちは嬉しく感じる。
「ありがとう。期待しているよ」
アスピスはそう告げると、狼たちの鳴き声が聞こえる方に意識を戻す。
(結界をもう少し強化しとくかな)
そう思い、意識を自身のマナに向け、体内からマナを細く引き伸ばすようにして、アスピスたちを取り囲む結界に結び付けると、再び、マナを編み重ね密度を強くしていく。
いくらやっても安心できないのは、経験が浅いからだろう。なにぶん、初めてのことなので勝手が分からないのである。
もう大丈夫と感じながらも、もしかしたらと思ったら、念を止める気にはなれず。ついつい、過剰なほどに結界を分厚くしてしまっていた。
「黄色の魔物って……」
結界の作成に集中していたことで、周囲に対する注意力が散漫となっていたアスピスの耳元に、怯むようなカロエの声が届いてきた。
そのことで、アスピスの意識が、現在に戻る。
最初に耳に届いたのは、ざわざわと風に動かされた葉の擦れ合う音。そして、次に意識して、カロエが見つめる方へ視線を動かすと、黄色い。というよりも、黄金色に輝く体毛に覆われた、後ろから付き従うようにして付いてくる何匹もの灰色をした、おそらくエルンストたちが魔狼と呼んでいた狼たち――といっても、普通の狼の数倍は大きいのだが。そんな灰色の狼よりも、更に一回りも二回りも大きな体をした狼が視界に飛び込んできた。
「レア種か……もしかして」
「レア種って?」
「極たまに生まれるんだ。同じ親から生まれたにもかかわらず、他の子供たちとは見かけを異ならせ、他の子供たちよりも力を持ったヤツが。そして、特殊な能力を持っていることが多くて、それもあってか、大抵その種のリーダーに成長するんだ」
「それが、あの、黄金色の狼ってこと?」
「たぶん、だけど」
確信がもてないことで、歯切れは悪いが。カロエはアスピスの問いに肯定して返す。
「とにかく、あいつをなんとかしねーと」
未だ距離はあるが、どんどんと近づいてくる黄金色をした狼を先頭に、灰色の狼たちがアスピスとカロエがいる方へ詰め寄ってくる。
きっと、獲物と見なされたのだろう。
エルンストとレイスがいない今、2人でこの場を乗り切るしかないことに、アスピスは頭をフル回転させる。
(おそらく、あの黄金色の狼には、この結界は通用しない気がする)
予感でしかないが、ほぼ確信に近かった。
そう思った途端、先手を打てるのは今しかないと判断を下し、アスピスは結界から飛び出すと、未だ距離のある位置を歩いている黄金色の狼を睨み付けた。
「カロエはその中にいて」
「ちょっ!」
アスピスの条件付けにより、中から出ることの出来なくなったカロエが、透明な壁をバンバン叩く。大声でアスピスの名前を呼んでいるのが耳に届いてくるが、今のアスピスには、それに気を裂いている余裕はなかった。
(とにかく、あいつらを結界内におさめなくちゃ)
両手にある素地陣の存在など頭になく、無意識のうちに右目に刻まれた六芒星を使うことを選び出していた。
同時に、右目に刻まれた六芒星が光りを放って浮き上がる。
(まず、中央を定めて)
できる限り冷静でいられるよう、心で言葉を重ねていく。
(全部の灰色の狼と、黄金色の狼が収まるところまで、広げて……)
結界となる六角形の範囲に、目的とする魔物が全部入るよう。どこまで灰色の狼がいるのか分からないので、可能な限り六角形のサイズが大きく広くなるように、六芒星の配置を決めると、アスピスは一気にマナを放出した。
途端に、金色の狼の行く手を遮るよう、金色の狼の少し前の辺りに六角形の一辺が立ち上る形で、灰色の狼たち共々、結界の中に収めることに成功する。
(あとは、精霊術を送り込んで倒すのみ!)
そう意識すると共に、念のためにエルンストとレイスを除くよう条件を加え、右手の薬指を結界の方へ差し向けながら、アスピスは頭の中で左目に刻み込まれたレシピの中から選び出した精霊術を、念じるようにして結界の中に送り込んでいた。
アイスカッター
かまいたち
裁きの雨
ブリザード
トルネード
突風の槍
アースクエイク
岩の弾丸
これまでに何人もの人に受け継がれてきた精霊だけに、レシピを生み出し命名した者が異なるからだろう、術の名前も様々である。
そして、左目に刻み込まれたレシピの中から目に止まる精霊術を次々と念じ、結界の中へ念じ送り込み続けていたら、背後から「ストップ、ストップ」とカロエの声が響いてきた。
そこでハッとして、正面の結界の中へ視線を向ける。
視界の届く範囲でのことだが、灰色の狼はすべて地べたにひれ伏すように倒れてしまっていた。
結界の中で唯一立っている黄金色の狼も、体中が傷つき血を流している。
「我をここまで追い詰めるとは、なかなかに勇ましい娘だ」
アスピスの放つ術が止まったことで、攻撃がやんだことを悟ったのだろう。不意に、低く唸るような声が周囲に響く。
どうやら声の主は黄金色の狼らしい。
「だが、この程度の結界。壊すことなど、我には容易いこと」
ひとおもいに食ってやるから待っておれ。と、言外で訴えるように、結界に口を伸ばした瞬間、黄金色の狼の動きが止まった。
「ほう。これは美味な」
楽し気に漏れ出す声音からは、それまでのアスピスたちを脅かしていた響きが消えていく。
「訊くまでもないが、これはお主のマナにより築かれた結界なのだな」
「そうだけど……」
念のために確認するといった口調でなされてきた質問に、アスピスは戸惑いながら応じる。
ここで逆らえば、結界を破られ食べられてしまいかねないという、恐怖が勝ったからということもあるが。純粋に、黄金色の狼がなにを言いたいのかに興味があった。
「それが、どうかしたの?」
後ろで、こっちの結界の中に戻って来いと叫んでいるカロエの声を無視し、アスピスは抱いた疑問をそのままに口にする。
「これほどのマナに出会ったのは、初めて。というより、現世には、おそらく他にいないだろう」
「そうなの? ありがとう」
一応、褒められたらしいので、アスピスは素直に礼を言う。
しかし、黄金色の狼の言いたいことは別にあったようである。
目の前の結界を美味しそうに食い破ると、黄金色の狼がアスピスの傍へゆっくりと歩いてきた。
意図して敵対心を消し去り、畏怖させるオーラを収めているのか、アスピスにそれほど怖いと感じさせることなく。アスピスは逃げる必要性を感じることなくいたことで、その場に留まっていたため、黄金色の狼はほどなくしてアスピスの前にたどり着いた。
「お主のマナが気に入った。我と契約しろ」
「え?」
「我は役に立つぞ」
巨大な身体を逸らせるようにして、背後に倒れ死んでいる灰色の狼たちを示しながら、自分がいかに強いかを強調する。
「えっと、あなたって、魔狼のレア種なの?」
「我は上アトラエスタ大陸の清浄の森から来た、聖狼じゃ! 聖狼の希少種じゃ!」
素直には受け入れがたく、なんとなく確認のために口にしたアスピスの言葉に、黄金色の狼は、失礼な、と、こんな森に住む魔狼と一緒にするなと訴え叫ぶように訂正を入れた。
途端に、アスピスの肌が一気に粟立つ
すごい迫力である。
けれども、すぐに強い気迫を押しとどめてくれたおかげで、アスピスは恐怖を抱く前に冷静さを取り戻せた。
「ごめんなさい、知らなくて」
「構わぬ。これから知ればよい」
なんだか、聖狼の希少種だと名乗った黄金色の狼の中では、すでにアスピスと使い魔契約を交わすことが決定しているようであった。
(普通の魔狼でよかったのに)
こんな周囲に畏怖をまき散らす聖狼を連れまわすのは、正直ためらわれる。
「あの、でも。その、サイズ的に……」
「なんだ、この大きさでは足りぬというのか。ならば――」
「ちっ、ちがうの。もっと小さい。あたしが乗って移動できるくらいのサイズでいいの」
「なるほど。我に騎乗したいと。相分かった、ならば相応のサイズになってやろう」
そう言うと、目の前で、アスピスがまたがるのにちょうどいいくらいのサイズにまで、聖狼は小さくなっていった。
「これでよかろう。さっさと右手を差し出せ」
「……」
なにやら反論の余地はないようである。
こうなったら仕方ない。と、アスピスが言われるまま右手を差し出すと、狼が契約する指を指定してきた。
「ふむ。そうじゃな、未登録な人差し指も魅力的だが、お主が作った精霊の中指が良かろう。精霊の成長に一役かってやる」
そう告げられたことで、アスピスは左手の指の中から中指を伸ばすと、聖狼の口元へ差し出した。
怖いと思わなかったこともあるが、この聖狼から逃れる術がないことを悟ってのこうどうであった。
「強く噛むのはやめてね」
「分かっておる」
お願いするように呟いたアスピスの台詞に、聖狼は素直に応じる
「少し痛むが、それくらいは我慢せよ。契約のためじゃ」
聖狼がそう告げてくると、小さく口を開いてき、アスピスの左手の中指を口に含み込むと、犬歯を軽く押し当ててきた。
ぷつりと皮が破ける感触がして、一瞬、アスピスは顔を歪めたが、力はそんなに入れられてなかったことと痛みがさほどでないことから、傷は浅いものだと分かる。
そして、ザラつく舌で傷を舐めとられる感触に耐えること数秒。それからすぐに解放された手を、右手で支えながら、黙り込む聖狼を見守ること数十秒。
聖狼が小さく口を開いた。
「御意」
途端に、中指の付け根にある印が光り出し、一瞬のことだが、蒸籠をその光が包み込んだ。
瞬間、聖狼が負っていた傷がみるみると閉じ、治っていった。
「ほうほう、これは心地よい。さすが美味なマナだけある」
感動したように告げる聖狼は、ひょいひょいと歩くようにして、カロエが閉じ込められている格好となってしまった、結界へ近づいて行った。
「我がいるんだ、もうこの結界は不要じゃろ」
つまりは、この結界を崩しマナを食べたいと言っているらしい。
反論する理由もないので、アスピスは嘆息を洩らしながら承諾した。
「好きにして」
「ほうほう。美味じゃ美味じゃ」
結界を崩していく聖狼を間近に、ことの流れに唖然とし固まってしまっているカロエを無視し、アスピスが乗るのにちょうどよいサイズまで小さくなった聖狼は、はしゃぐようにアスピスが時間をかけて編み重ねぶ厚く密に練った結界を壊し堪能し始めた。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




