第86話(アーダの泉に行こう1/出発)
[八十六]
万障の森へドゥーフ草を取りに行き、戻って来てから2週間強。
六聖人であるシェリスやフォルトゥーナ、六剣士のエルンストやレイス。みんなはそれぞれ仕事が入り、1週間ほど不在だったり、冒険者のルーキスなどは他の知り合いとほぼ休みを入れずに昨日まで近場の狩場へ魔物退治に行っていたり、カロエは恒例となっている冒険者ギルドの2階にある訓練場へ毎日通ったりしていたが、アスピスは体力が戻るまで時間を要し、前半の1週間は家で過ごす羽目に陥っていた。そして、ようやくアンリールの元へ精霊使いとしての知識や技術を学びに通えるようになったところである。
やっと普通の生活が戻り、楽しい日々が始まったところであった。
それなのに、アスピスに気を遣った、使い魔の3人は、アスピスの休養を兼ねてアーダの泉へ行こうと言い出した。
アーダの泉とはとても大きな泉で、その周辺を含め結界棒で厳重な防御結界を築いていて、キャンプ地として有名な場所だそうで、レジャー用の宿屋はもちろんのこと、コテージと呼ばれる建物も揃っていて、泉では泳ぐこともできれば、釣りもできるそうである。更には周辺の森を利用して、アスレチックコースなるものも存在しているという。
そして、現在参加者を集めている最中だということだった。
(せっかく、アンリールとの勉強の時間がつくれるようになったのに……)
アスピスを気遣ってのことだとは分かっているが、方向性がどこかずれているような気がしてしまう。しかし、それを指摘する勇気はなかった。
ただ、笑顔で「嬉しいな。みんなありがとう。楽しみだな」と告げるのが精一杯であった。
みんなは、それを額面通りに受け取ってくれたようである。お陰で、かなり張り切ってくれて、3日も過ぎると参加するメンバーが決まっていた。
ルーキス一家はロワも連れての参加を最初希望していたのだが、ロワが子供特有の病気にかかってしまったため、アスピスにうつしたら大変だということで、諦めることになってしまった。しかも、当のロワが一番ショックを受けているそうだ。それもそうだろう。子供なのだから、遊びに行けると分かったら、行きたいだろうとアスピスでも分かる。
フォルトゥーナは、少し他人との接触に前向きになったレフンテを連れての参加となったらしい。
それと、どうやって口説いたのか、アンリールとカサドールも参加を表明したそうだ。
そして、どこから聞き出してきたのか、シエンとイヴァールも参加したいと言って来たらしい。この2人は断ってもいいかと思ったらしいが、貸しを作るという意味合いから参加を許可することにしたらしい。
そのため、合計で10名という大所帯での旅行となることになった。
その代わり、2食付きのレジャー用の宿屋も揃っているそうだが、アネモスもいるし、なにより大人数ということもあって、食事などの用意は自分たちで行わなければならないが、家を一軒分借りられ、好きに使えるコテージというものを借りることにしたそうだ。本当はアスピスが喜びそうな可愛いコテージを借りる予定で、必死に探してくれたそうだが、10人もの大人数に対応しているコテージは少なく、2階が壁なしの一間となっている、床に布団を直に引くタイプのものを借りることになったようだ。一応、間仕切り代わりに、藤製の衝い立てが付いているらしい。それでも、1階は泉が見えるリビングが広くとられていて、その前のベランダからは、直接泉に行けるようになっているとの情報であった。自炊なので当然台所もあり、そのすぐ脇には10人用の食事用テーブルもおかれているという。さらにトイレは2つ用意されている上に、お風呂は内風呂の他に、小さいけれども数名で入れる露天風呂がついているとのことだった。
それを聞いていて、アスピスはだんだん旅行が楽しみになってきた。
みんなの予定を詰めて、コテージのレンタルの都合もあり、出発は3日後となった。
先ず向かうのは、アスピスにとって恩人のカルタモが住んでいる、ファナーリの町となる。赤道のない草原を走って、馬車で2日。正式には野営や休憩がはいるのでもう少し時間がかかるが、おおよそそれくらいの距離となる。そこから更に馬車で1日かけて到着するのがアーダの泉であった。
今回は町の方向は目指すが中には入らずに野営を3回行い、昼前にアーダの泉に到着する計画のようである。
そのため、食料の準備も万全に行わなくてはならず、レイスとフォルトゥーナは張り切って必要と思われる品々を調達している間、レフンテとアンリールとカサドールが水着を持っていなと言っていたので、それを用意してもらうよう頼んでおいた。
アスピスも、みんなに黙ってこっそり町に出かけると、お気に入りのお店で帽子や洋服を買ったりしていた。下手にバレると、買ってやると言われ、アスピスの好みとは異なるヒラヒラな服を買われてしまう可能性が高いためである。
なのだが、こっそりと買い物へ出たはずだったのだが、家に帰ると、部屋にお気に入りのお店の手提げ袋が置かれていて、その中には、アスピスが迷いに迷って諦めた服が2着と、それに合わせた可愛い靴と、バレッタが1つとリボンが2本入っていた。
どうやら、内緒で買い物へ行ったはずだったのだが、バレバレだったようである。
この購入の仕方は、おそらくエルンストだろう。セットで購入する癖があるようなのだ。
エルンストには、以前も服を買ってもらっているのだが、もしかして、ハンガーラック1本分をまだ諦めていないのかもしれない。こうして着実にアスピスへ服を買い与え、数を増やしていく計画なのだろうかと、ちょっと疑ってしまったアスピスである。
そして、そうこうみんなが色々とやっている内に、出発の日が訪れた。
早朝に起き出し、簡単に朝食を済ませ、冒険装備に着替えて、アスピスはアネモスに乗って、他の3人と共に、王都の門の外へ向かう。普通の速度でしか歩くことの出来ないアンリールは、カサドールと早めにこの場へ訪れていた。そして、次にレフンテを連れたフォルトゥーナが来て、最後にシエンとイヴァールが走って集合場所へ到着してきた。
「すみません、出るのにちょと手間取ってしまって」
「べつに遅刻じゃないでしょ? どうかしたの?」
「それが、こんな時間に、シェーンのところへナグラーダから遊びに来たいと手紙が来まして、今は仕事で忙しいと断りを入れて。何度か手紙を行き来させて、なんとか納得させてきたところなんですよ」
「そいつはご苦労様だったな」
エルンストがおかしそうに笑いながら、シエンを一応労う。
「笑いごとじゃないんですけどね。とにかく、アスピスにこうして会えるのは久しぶりですから。楽しみましょう」
「あ、悪い。俺ら付き合ってるから、手は出すなよ」
「え? なんですか、それって。アスピスはまだ12歳なんですからね」
「だから、清い付き合いしてるぜ。ちゃんと」
これだけは言っておこうとしていたのだろう。エルンストは、シエンを牽制するように告げていた。
(まぁ、嘘じゃないんだけど。付き合ってる、のかな? あたしたちって)
アスピス自身、いまいち自信の持てない単語である。でも、相手のエルンストがそう言うのだから、そうなのだろう。
「とにかく、今日は俺とカロエが御者を務めるから。今馬車を出すから、そしたら乗ってくれ」
エルンストはそう告げると、アネモスを連れて、アイテムボックスを開いて中に入って行くと、アネモスに牽引具を装着させて、馬車を引いて来る。
それを見ながら、カロエがワクワクするようにエルンストを見つめた。
「本当に、赤道以外で御者していいのか?」
「ファナーリの町へは、一度自力でコンパスと地図を見ながら向かったことがあるだろが。いいも悪いもないだろ」
「やったー」
多少なりとも認めてもらえたことを喜ぶようにして、カロエは御者席に乗り込む。そして、エルンストはアスピスを後ろから馬車に乗せてから、馬車の前側へ向かい、御者席に乗り込んだ。
今日は人数が多いので、アネモスも少し大き目になっている。
そして、みんなが乗り込んだのを確認すると、アネモスに頼み、馬車が動き出した。
本日は赤道に比べて揺れるのでテーブルはしまわれていた。その分広くはなっていたが、席はかなり埋められている状況である。
しかも、完全公認のアンリールとカサドールは当然のように寄り添い座っていた。手を握り合ている程度で、なにをしている訳でもないのに、仲睦まじいことが伝わってきてしまう。
(恋人同士って、あぁいう感じなんじゃないかな?)
正直、お似合いだと思うと同時に、ちょっと羨ましくなってくる。
アスピスとエルンストには越えられない、年齢差という壁というものがあるのだ。2人が並んだとして、手を繋いだとして、それでもアンリールやカサドールのようには見えないだろう。仲の良い兄弟くらいが関の山である。
そして、なんとなく見ているのが辛くなり、視線を逸らせたら、フォルトゥーナとレフンテが並んで座っている姿が目に飛び込んできた。
こちらは、べつに艶っぽさとは無縁な雰囲気で、敢えて言うなら保護者と子供と言う感じであった。18歳の魔族に対して子供なんて言ったら、怒られそうだが。
そして、ふと。アンリールにも使い魔がいるのか疑問に思った。これまで何度もアンリールのところへ訪問していたが、アンリールの使い魔に会ったことがなかったのである。
「ねぇ、アンリール」
「なぁに? アスピス。どうしたの?」
カサドールとの間を邪魔しちゃいけないと思いつつ、アスピスは好奇心に負けるよう、アンリールに問いかける。
「アンリールにも、使い魔っているんだよね?」
「えぇ、いるわよ。エルピスっていう18歳の魔族と、ルフトっていう25歳の魔族が2人ほど」
「いつも一緒にいないの?」
「私の使い魔は、先日アスピスが知り合ったというシュンテーマと同じ、王国の密偵として働いているの。仕事柄、王都で住んでいるところも別だから、頻繁に会ったりとかはしていないの。でも、冒険者としてギルドからの依頼があった時なんかは、手伝ってくれるのよ」
「密偵なんだ」
「えぇ。意外だった? アスピスの使い魔はみんな戦士系ですものね」
「うん」
アンリールに笑顔で告げられ、アスピスは素直に頷く。
(にしても、シュンテーマと同業かぁ)
あの陽気なシュンテーマのせいで、密偵に対する印象が、陽気なお兄さんになってしまっているが。アンリールの使い魔は、いかにも密偵というタイプじゃないかと、勝手に想像してしまう。
「ねぇ、密偵って、どうやってなるの? 専用の学校があったりするの?」
「カサドールやエルンストたちと同じよ。騎士学校へ15歳から18歳まで寮に入って学ぶのよ。ただ、コースが違うから、顔を合わせる機会は少ないと思うけど」
「そうなんだ。騎士学校にも色々とあるんだ」
「えぇ、そうね。同じコースでも、目指す職業が違ったりもするし、色々よ」
アンリールは丁寧に、アスピスに教えてくれる。精霊使いとしてのことも、アンリールはいつもこんな風に丁寧に教えてくれるのだ。
ビオレータはアスピスにとって特別な存在で、精霊使いの師匠として、決して忘れることのできない大切な人物である。けれども、性格的に適当で、薬草の方が大好きだったので、精霊使いに関して教えてはくれたが、アンリールのような丁寧さには欠けていた。
だから切っ掛けはいかにしろ、精霊使いとしての知識がほとんどなかったアスピスにとって、アンリールと出会えたことは僥倖だったのだろ思う。ビオレータとは違う意味で、とても重要な位置に立つ存在となっていた。
(それにしても、エルンストが、通常使い魔同士交流がないと言っていたけど、それって本当みたいだな。アンリールに使い魔が2人もいたなんて知らなかったよ。しかも、密偵だなんて)
レフンテが変わり者なのは本当のようだが、魔族にもいろいろなタイプがいるのだと、アスピスは実感していた。
(にしても、同じ18歳の魔族っていっても、色々いそうだな)
アスピスの基準はカロエだったが、レフンテと会い、考え方が変わってしまった気がする。2人は同じ18歳なのだ。更に、アンリールにも18歳のエルピスという密偵をしているという使い魔がいるらしい。きっと、その魔族も2人と全然違うだろう気がしてしまう。
ちなみに、アスピスは会ったことがないのだが、シェリスにもルーキス以外に、ノワールという18歳の魔族の使い魔がいるのだ。こちらは現在騎士学校を卒業し、王族所属の騎士団に入るために修行中だという。騎士学校では同じ騎士コースに通っていた同期であるカロエとは知り合いで、友人らしい。そして、一応冒険者ギルドに登録しているが、ノワールは冒険をするよりも騎士学校にある訓練場に通う方が優先され、騎士学校の特別枠となる卒業生用の寮に留まり、日々目的に向かって特訓しているそうである。
見事な偶然だが、アスピスの知り合いの精霊使い。というか六聖人はみんな、18歳の使い魔がいるようだ。偶然とは面白いものである。
(みんな、どうやって知り合ったんだろう)
アスピスは、自分の使い魔との出会いを回想しながら、なにげに隣に座っているレイスを見上げてしまう。
「どうしました? 眠いのでしたら、肩を貸しますよ。寄りかかってくれて大丈夫ですから、寝てください」
まさか過去のことを思い出しているとは思っていないレイスは、アスピスに笑みを浮かべながら語り掛けてくる。
ここまではとても和やかな雰囲気であった。
なのだが、レイスがアスピスに肩を勧めた途端、逆側に座っていたシエンが口を挟んできた。
「肩なら、俺が貸します。さぁどうぞ!」
「って言われても、眠くないし……」
「俺は諦めませんし、認めてませんからね」
「……」
もしかして、馬車に乗ってから延々と悶々としていたのだろうか。シエンはきっぱりと言い切ると、アスピスを見つめて来た。
(真剣に言っているのは分かるんだけど。そんなこと言われてもねぇ……)
そもそも、エルンストと両想いになれたとは思っているが、付き合っているのかと問われると疑問符が浮かぶアスピスである。ただ、エルンストはその気でいるらしいので、水を差す必要もないので、何も言わないでいるのだが。
(なんだろう。何かが足りてないのかな?)
そんなことを思いつつ、力説するシエンに向けてアスピスは苦笑を零してしまう。
そもそも、シエンの結婚の申し込み理由からして、かなり政治絡みなのである。ちゃんと好きになってくれるとは言ってはいたが、告白してきた当時、アスピスに想いがあった訳ではないのだ。
それなのに、この態度は面白いと思ってしまう。シエンなりに、結婚を申し込んできたのは切実な理由であり、必死なのだろうとは分かるのだが。
「シエンはさ、血筋なんかにこだわらないで、もっとちゃんと好きな人を見つけて。その人との間に子供を作った方が建設的だと思うけど」
「言っておきますけど、今はもう血筋だけにこだわっている訳はありませんからね。ちゃんと君のことを見ているつもりですよ」
「えー……」
そうは言われても、出会ってからそこそこ時間は立ってはいるし、シェーンとは何回か会っているけれども。気持ちが変わるような出来事があった訳ではないのだ。
そう簡単に気持ちを切り替えられるとは思えられず、アスピスが疑いの眼差しを向けたら、シエンが立ち上がり、アスピスの前までくると両手で頬を包んできた。
瞬間、脇から伸ばされてきた手が、アスピスの腰を掴んで、隣に座っているレイスの腿の上に持ち上げられてしまった。。
「12歳の子供を相手に、不意打ちしようとするのは感心しませんね」
「本気度を示すのに手っ取り早いだろ」
「そんなもので本気度が示せるなら、我が家では、毎朝アスピスがすごい目に遭ってますよ。そうならないのは、その程度で本気度を示すことができないと分かっているからです」
「ったく。レイスはお堅いよなぁ」
「シエンが、シェーンと違いすぎるのが問題なんです。本当に同一人物なんですか」
ぼそりと洩らされたシエンの台詞に、レイスがイラっとして言い返す。
その間、アスピスはレイスの膝の上にずっと乗せられていた。
一応、どうやら、助けてもらったようである。
「シエン、人のに手を出すなって言っておいただろ」
「俺がいない間の出来事なんて、知りませんよ。というか、抜け駆けじゃないですか」
「いないお前が悪いんだろ。っていうか、俺も努力してんだよ」
なにが起こっているのか正確には分かっていないようだが、不穏な空気を感じて、エルンストが御者席からシエンに牽制を掛けてくる。
けれそも、シエンも負けてはおらず、しばらく言い合いになった末、時間も丁度いいということで、昼休憩に入ることになった。
途端に、エルンストが自己主張するように膝の上にアスピスを乗せて、昼の軽食を食べ始める。
食べるのに不便だろうと思うのだが、エルンストがなにも言わないので、アスピスも黙ってコーヒーを飲んでいた。その合間に、無理矢理食べ物を口へ運び込まれるのには正直参った気分であった。お腹が満たされてしまった最後の方は、顔を背けることで回避するしかなかった。
そして、午前中からのそんなやり取りを見ていて呆れたフォルトゥーナが、なぜか、フォルトゥーナとレフンテの間にアスピスを座らせるという大胆な方法を思いつき。午後からの馬車で実行してくれたのであった。
ある意味とても助かった気はするのだが、それはそれで、落ち着かない気分であった。主にレフンテに申し訳なく思ってしまうのだ。
相手は無表情なので、その心情を読み解くことはできなかったのだが。レフンテ的にフォルトゥーナの傍らが良かっただろうと思うのだ。だからと、謝るのも変な気がして、本も読まずにじっと座っているレフンテをチラチラ見ながら、その日は野営場所に着くまで、内心レフンテの気持ちを慮って、冷や冷やした午後を贈ったのであった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




