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第85話(復活/休息)

[八十五]


 それぞれの自宅へ帰るというレフンテとルーキスとは途中で分かれ、アスピスを抱いたエルンストが家に到着すると、高熱のため荒い息をしつつ、意識を失っていることでだらりとエルンストに全体重を預けるように抱かれているアスピスの部屋へ直行し、そこでレイスとエルンストでアスピスの装備を脱がせ、下着姿にすると寝着を着せて、ベッドに横たわらせてると、毛布を掛ける。

 そこへ、氷枕と氷嚢を持ってきたカロエが、アスピスの頭の下に氷枕をタオルで包んで入れると、ベッドヘッドに釣り具を装着して、釣り具のフックのところに氷枕の紐を引っ掛けて、アスピスの額にたたんだタオルを乗せて、その上に氷枕を置く。

「冒険も連続だったし。まだ子供のうえ、こんなやせた体をしているんだ。体力なんてあるわけねぇんだから、無理がたたったのかもしれないな」

「そうですね、ちょっと体力をつけさせた方がいいでしょうね」

 それには、先ず食事を摂ってもらうところから始めないとならないのですが。と、レイスは洩らしつつ、苦笑を浮かべる。

「それに、聞く話によると、アスピス自身、大は小を兼ねる的に結界を張るところがあるそうですから。余計な精神エネルギーを使ってしまうところがあるみたいですし」

「あぁ、俺もそれはアンリールから聞いている」

 アスピスの精霊使いの先生を買って出てくれているアンリールに、アスピスの上達具合を尋ねたところ、そんなことを言っていたのだ。

 要は、アスピスに余分な力がありすぎるためだということらしいのだ。でも、生き物には疲労というものがあり、いくらマナが無限であっても、当然のことながらアスピスにも疲労というものは存在しているため、限界値を越えるとプツンと意識を失ってしまうそうだ。ある意味、自分を保護するためのものでもあるらしい。

 そして、その疲労が蓄積する理由が、精霊使いの場合、精神エネルギーの使用量に由来しているため、マナの使用量や、精霊術の使用の限界値を知る必要がでてくるそうなのだ。

「数日経っても目を覚まさないようだったら、アンリールに相談しよう」

 これまで何回かこの状況に陥ったことがあり、アンリールに相談したりしたのだが、返って来る言葉は、『寝かせておけば大丈夫』というものだった。現在のアスピスの症状は病気などではなく、過剰に失った精神エネルギーの補充。つまりは精神的疲労を回復するために眠っているだけなのだから、心配は無用ということらしい。

 そうは言われても、と思ってしまうのが、マナを体内で生み出すことの出来ないため、精霊使いになることのできない男の無知さみたいなものかもしれない。とは思うのだが、目の前で意識を失われ、高熱を出して苦しそうにしている人物がいたら。それも、自分にとって大切な相手だとしたら、心配になって当然だと主張したいと思ってしまう。

 かといって、ずっと傍についている訳にもいかず、エルンストは後ろに控えている2人を連れてアスピスの部屋を後にする。

 そして、その日はみんな適当にお風呂に入ると、早々に眠りに就いた。

 初めての万障の森での冒険は、エルンストやレイスやカロエにとっても、決して楽な冒険ではなかったのである。

 普段なら滅多に遭遇しないSSランクが、普通にそこら辺の魔物に混じり闊歩していて、ザコだと思っていた敵なども平気でAAランク越えだったりする、これまでとは全く違った世界が広がっていたのだ。上には上があることを、嫌という程に思い知らされた体験であった。

 そんな敵をアスピスの魔力の強さに頼り、野営をするときなどは便利だからと、アスピスに周囲の魔物を一掃させたりしていたのだから、アスピスの負担が大きくて当然だったとは、魔物の解体が終了して結果を聞いてからの感想であった。



 朝日が昇る前に目を覚ますと、頭がカキンカキンに冷えていた。

「どちらか一方でいいじゃん」

 意識を失い、高熱を出してしまったのだろうことまでは、これまでの何度かの経験から分かっていたが、上と下からの氷攻撃でアスピスの頭は冷え切っていた。

「まぁ、それだけ心配をかけちゃったってことか」

 アスピスはそう呟くと、着替えと下着を手にして、一階へ下りて行く。

「って、忘れるところだった」

 洗濯ボックスを目にした途端、思い出すように、アイテムボックスを開き汚れ物を洗濯ボックスに入れて、ネグリジェを脱ぐとそれをアイテムボックスに預けると、アスピスは下着を脱いでそれも入れてしまう。

 そして急いで脱衣所に潜り込み、お風呂場へ入って行くと、湯船にお湯を張りながら、体と頭を洗い出す。

{久しぶりのお風呂で、気持ちがいいなぁ}

 アスピスは満足げに鼻歌を歌いながら、体と髪を洗い終えると、丁度お風呂にお湯が溜まっていて、そこへドボンと身を投じる。

「はー……、極楽ごくら――ッ」

 幸せを堪能していた矢先、風呂場の戸が勢いよく開けられたことで、アスピスの言葉が途中で止まる。

 そして、戸を開けた本人でもあるエルンストも気が抜けたように、その場でしゃがみ込んでしまった。

「目が覚めたんなら、ひと声かけろよな」

「あー、うん。ごめんなさい。未だ朝になる前だったから……」

「お前があの状態で、のんびり寝てなんていられる訳ねぇだろが。どんだけ心配したと思ってんだよ」

「だから、ごめんなさいって」

 思わず大の字でお風呂に入っていた格好を正しながら、アスピスはエルンストに謝罪する。

「とにかく、お風呂から出るまで待っててくれるかな?」

「あー……、そうだな」

 アスピスの現状を把握して、エルンストはとにかくいったん引き下がることにしてくれたようである。

「ちゃんと温まってから出てこいよ」

 エルンストは何事もなかったかのように告げ、ゆっくりと立ち上がると、お風呂場から出て行き戸を閉めてくれた。

(恋人の裸を見て、あの反応って……)

 ありでいいのだろうか? と、ちょっと不満を抱きつつ、アスピスはしばらく湯につかり、体が温まったことで、お湯を抜くと、軽くバスタブを洗い流して、『乾燥』の精霊術を使う。

 充電はバッチリのようである。精霊術を使ったところで、なんの反動も起きなかった。

 そして、着替えを済ませてエルンストが待っている場に行くと、レイスとカロエもその場で座って待っていた。

「みんな揃っちゃって……」

「アスピス。いいですか。今回のように昏睡状態に陥った後は、みんな心配しているんですから、目が覚めたらみんなにひと声かけてください」

 最初に口を開いたレイスが、淡々と告げてくる。

 言っていることはごもっともである。

「今度から、気を付けます」

「そうしてください。それで、体調の方はどうなんですか? どこか調子悪いところとかあったりしませんか?」

「全然ないよ。今も、精霊術使って体乾かしてきたけど、なんの問題も――ッ」

「目が覚めた矢先に、精霊術を使う馬鹿がいるか! なに考えてんだ」

 エルンストが急に怒鳴って来たことで、アスピスは途中で言葉を遮られてしまう。

 何度説明しても、目が覚めたら充電終了だということが分かってもらえないのである。

「分かったから、怒鳴んないでよ。近所迷惑でしょ」

「安心しろ。防音効果も加えてもらっている」

 アスピスが苦情を言うと、エルンストがあっさりとした口調で返してきた。

 そう言えば条件の中にそんなものがあったような気がしてくる。沢山条件があるために、補修がメインで完全に把握できていないのだ。

「とにかく、ご迷惑をおかけしました」

 半ば投げやりに、みんなに頭を下げると、それぞれが溜め息を洩らす。

「まぁ、なんにしろ、元気になったのはいいことだよな」

「明日、というかもう今日ですが。おとなしく寝ていてくださいね。少し前まで高熱を出していたんですから」

「ったく。目が覚めた早々、風呂に入るって。寝込んでたやつがすることじゃねぇからな。あんま心配させんなよ」

 それぞれに心配してくれていたことが伺えるのだが、やはり目が覚めると同時にエネルギーの補充が終わっていることは理解されていないようである。

 三人揃って、上に行けと二階を指さされ。アスピスは観念するようにして、自室へ戻ると、氷枕と氷嚢を退けて、ベッドに横になった。

 そして、眠れるか! と思っていたのだが、眠って過ごした移動であったが、それでも体は思っていたより疲れているらしく、アスピスはほどなく寝息を立て始めたのであった。



「アスピスはどうなの? 今朝、目を覚ましたって」

「あ、フォルトゥーナ。心配かけちゃってごめんなさい。もう大丈夫だよ」

 朝食の時間に飛び込んできたフォルトゥーナは、朝ごはんを食べているアスピスを目にした途端、アスピスに駆け寄り抱きついた。

「ごめんなさい。あんな状態のアスピスをおいて、先に帰ってしまって」

「気にしないで。それより、薬草は間に合ったの?」

「えぇ。すぐに生死にかかわるほどの、急性な病気じゃなかったから。十分間に合ったわ。今は回復に向かって眠っているところだそうよ」

「そっか。よかったね」

 にこにこと笑みを零して、アスピスは素直な様子で、フォルトゥーナの目的が達成されたことを喜んでいる。

「ごめんなさいね。アスピス。万障の森は私たちには未だ手を出すには早すぎたのよね。それなのに」

「でも、万障の森しか生えていない薬草だったんでしょ? レフンテの持っている情報からすると、ドゥーフ草の採取の仕方を知っている人も少なそうだし。あたしたちでチャレンジするようになってたんだよ」

 功績もいっぱいもらえたし、報酬もたくさんもらえたから、良かったね。と、スープ用のスプーンを握りながらフォルトゥーナを元気づけてくれるアスピスを抱く腕に、フォルトゥーナは力を込めていく。

「本当に、まっすぐ育ってくれて」

 決して好ましい環境で育ったわけではないアスピスの境遇を思いながら、フォルトゥーナは瞳にうっすら涙をためる。

「あなたが強いからと、あなた任せにしてしまっていてごめんなさい。今度からは、私もがんばるわ」

「フォルトゥーナは、いつも頑張ってくれているでしょ。それに、あたしの場合、自業自得でもあるから」

「よくわかってんじゃねぇか。アンリールに散々言われているもんな、限界を知れって」

 横から、唐突にエルンストが口を挟んでくる。

「そもそも、あんな交渉を持ちかけたルーキスも悪いが、いい気になって冒険中にマナをアネモスの好きなだけ食わせるなんてことやらかすから、こんなことになったんだろ。マナを食わせるなら、今後、冒険のない休息中にしろ」

「だから、それは反省しているって」

 フォルトゥーナに抱きしめてもらいながら、アスピスは、本日目を覚ましてからエルンストと顔を合わせる度にねちねちと言われていて、半ばうんざりしていた。

(エルンストって、意外と陰険だよね)

 まったく。と、アスピスは思いながら、フォルトゥーナを抱きしめ返す。

「もう、充電は終わったから。今はとっても元気だから、安心して」

「えぇ、ありがとう。本当に、目が覚めてくれてよかったわ」

「それとこれとは別だからな。今日は大人しく寝てろよ」

 せっかくフォルトゥーナと話しているというのに、横から口を挟んでくるエルンストを、アスピスは軽く睨み付ける。

「フォルトゥーナと話してるの! ちょっと黙ってて」

「黙ってると、いい気になるからだろ」

「ったく、小姑なんだから」

「心配して文句言われるんだったら、こっちがたまらねぇよ。だったら、心配させないようにしろよな!」

「だから、ちゃんと謝ってるでしょ。心配かけてごめんなさいって」

 12歳と22歳の対等なケンカを、レイスとカロエは黙って見守る。

 フォルトゥーナも、びっくりして、アスピスから軽く手を離して、真面目に言い合っている2人を見つめてしまった。

「あなたたち、いつもこうなの?」

「いつもじゃねぇよ。ただ、こいつがあまりに奔放すぎるから注意しているだけだろ。それをことごとくこいつが反論してくるだけで」

「ケンカにしか見えないわよ」

 エルンストが失礼なと言いたげに告げて来た台詞に、フォルトゥーナがくすくすと笑い出す。

「でも、これだけ元気があるのなら、もう大丈夫ね」

「うん。もう平気だよ。なのに、みんな心配性なの」

「それは仕方がないわよ。アスピスが倒れると、何日間も意識がなくなって高熱を出すんですもの。見ている方は心配よ」

 フォルトゥーナはアスピスの頭を撫でつつ、みんなの気持ちを代弁する。

「今日くらい、みんなのいうことを聞いてあげなさい。ね、アスピス」

「はーい」

 フォルトゥーナの説得に応じるよう、アスピスは良い子の返事をしたのであった。



 本当は元気満杯なのだが、みんなの希望をきいて、アスピスは大人しく布団の中で横になっていた。

 本を読んだりしながら、睡魔に襲われうとうとしながら日がな一日過ごしてしまう。

 正直、勿体ないと思ってしまうが、仕方がない。それでみんなが安心するらしいのだから、1日くらい譲歩するべきだろう。

 そうして、半分眠って過ごしていたら、夕飯の時間を知らせにレイスが部屋へ現れた。

「夕食の時間ですから。起きれますか? この部屋へ持ってきた方がよければ……」

「大丈夫! 今起きるから」

 元気はあるのだ。ただ、少し寝ぼけているだけなのだと心で言い訳しつつ、目を擦りながらアスピスはベッドからゆっくりと下りて行く。そして、立ち上がると、レイスについて行くようにして、1階へと下りて行った。

「さ、席についてください。スープを配りますから」

「うん」

 まだ少し寝ぼけていることで、頭が回らず、素直に言われるまま席に着く。

 その間に、レイスはみんなにスープをよそうと、アイテムボックスからパンの入ったカゴを出し、そのカゴをみんなの中央に置いた。

「さ、食べましょう」

「いただきまーす」

「いただきます」

「いただきます」

 レイスの台詞に、真っ先にカロエが反応すると、続くようエルンストとアスピスの食事の開始の台詞を告げる。

 そして、それぞれ、パンへと手を伸ばしていった。

 今日は食欲があまりないこともあり、小さな丸いパンをひとつ取ると、アスピスはそれを口にする。チーズ風味のもちもちとしたパンであった。

 想定外に、美味しかった。だからと量が食べられる訳ではないが。これはチェックしておこうと、頭のメモに残しておく。

 まるで、そんなアスピスの考えを読んだかのように、エルンストが口を開いた。

「レイス、アスピスが気に入ったようだぞ」

「そうですか。それならまた買ってきますね」

 何故に分かってしまうのだろう。寝ぼけてて表情の半分はないも同じ状態なのに。それでもエルンストには分かってしまうらしい。

(さすが、エルンストだぁ)

 ちょっと嬉しくなりながら、無表情で、パンを口に含み、スープを飲み。メインの肉を切り分けると、それを口に入れる。ほぼ、作業をしているような気分であった。

 それでも。

(同じレイスが準備しているのに、家で作ったものの方が美味しいかな?)

 野営のときに比べて。

 野営のときは、野営のときで美味しいとは思っている。でも、それは普段は一緒に食事を摂らない人たちを含み、みんなでわいわいしながら食べるから、という理由もあるのだと思う。

 しかも、家のようにくつろいで食事をする雰囲気ではなく、べつに急かされる訳ではないし、ゆっくり食べていても怒られる訳でもないのだが、食べるのも遅いアスピスはいつも最後の方になってしまい、その時点ですでに片付けが開始されていたりして、申し訳なく思っていたりする。

 対して、家では、そういうことがないからなのだろうか。アスピスが一番遅いのはいつものことだが、周りはそれを急かすことなく談笑しながら待っていてくれるのだ。

 それに、実際のところ、料理に掛ける時間も違うし、使っている調味料も家の方が断然多いし、レイス自身ゆっくりと落ち着いて作れるのだろうから、それで当然なのかもしれない。

(それにしても、冒険者ってこんなに忙しいもんなんだ)

 命がけというのは、これまでの冒険から分かっていたことだが、これまではアスピスに合わせて時間をかなり空けていてくれていたのかもしれない。

 もちろん、理由はそれだけでなく、六聖人や六剣士の仕事が入ったりするからでもあるのだが。

「おい、アスピス。寝るか食うか、どっちかにしろよ。危ねぇぞ」

「んじゃ、寝る。前に、お風呂に入る……」

 椅子から下りて、とぼとぼとお風呂へ向かって行こうとするアスピスを、エルンストは慌てて捕まえる。

「寝ぼけているときは、入浴禁止だ。風呂ん中で眠られたら、こっちがたまんねぇんだよ」

 二度と、以前のような大変な目に遭ってたまるかと、エルンストはきっぱりと言い切ると、ジタバタするアスピスを抱き込み、ゆっくり立ち上がる。

「どうも、今日は飯にならねぇみたいだから、2階に連れていくことにするぞ」

「そうですね。かなり寝ぼけているみたいですから」

「あ、じゃあ。肉もーらい」

「カロエ!」

 アスピスを抱き、2階へ上がっていくエルンストを見送る傍ら、カロエがアスピスの肉をフォークで突き刺して、それをそのまま口に突っ込む姿に、レイスが叱る。

 それをどこか遠くで聞きながら、アスピスはうつらうつらとしていた。

(エネルギーは満杯なのに……)

 なにが足りないのだろう。と、アスピスは考えながらも、エルンストに身を任せて眠りに落ちていく。はっきり言ってしまうと、補充されたのは精神的疲労の部分だけで、肉体的疲労の方は未だまだ回復していないのだ。つまり、足りてないのは体力なのだが、アスピスにその辺の自覚は皆無であった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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