第81話(万障の森1/新たな出会い6/往路1)
[八十一]
昨夜の夕飯のときに説明を受け、明日の早朝。つまり今となるのだが、冒険に出発することになったそうである。しかも、総人数が9人という大所帯。大きな馬車なので全員乗ることはできるが、常よりも席がいっぱいになるのは確実であった。
更には、赤道を通ると日数がかかってしまうため、赤道を横切る形で草原を通っていくことになり、地図や方位磁石が必需品となるため、人数の多い今回は、御者席に2人就いてもらう形で、馬車を走らせることになったらしい。
野営は1回。2日目は夜遅くまで馬車を走らせて、万障の森の一番近くに存在する町となる、アートルムの町へ到着しようという計画らしい。
なにしろ、薬草を必要としている子供がすでにいるのだから、時間との戦いでもあるのだろう。
そして、集合の地へアスピスはアネモスに乗って4人で向かって行くと、そこにはすでにみんなが揃っていた。その中に見慣れぬ一人の青年が混じっている。
(あれが噂の、フォルトゥーナ曰く『魔族なのに……』という眼鏡を掛けたレフンテか)
六聖人なら使い魔の1人くらい持つべきだと、シェーンに契約させられたとかいう話しだが、もっと普通の魔族はいなかったのだろうか。と、思ってしまうくらいの変わり者らしい。
ただし魔族だけあって、さすがに美形である。碧の目に、緑青色の髪。放っておくと伸び放題だということで、フォルトゥーナが無理矢理切っているというだけあって、ぼさぼさとした印象だが、フォルトゥーナが努力しているだけあって短くカットされている。18歳ということで、カロエと同い年なのだが、聖族であるカロエの方が元気いっぱいやんちゃ野郎で、魔族であるレフンテの方がおとなしく冷静な青年という感じであった。
アスピスは、レフンテの前に進み出ると手を差し出す。
「はじめまして。あたしアスピス。よろしくね」
にっこり笑って挨拶すると、アスピスに目線を落としはしたが、それがどうしたという感じでそっぽを向かれてしまった。瞬間、フォルトゥーナの拳骨が飛び出した。
「ちゃんと挨拶しなさい。守ってもらう立場なんだから」
「でも、俺がいないと困るんだよね? どんな姿の薬草か分からない訳だし。どんな場所を好んで生える薬草かも分からないんだから」
「だから、それが書いてある本を見つけるか、あなたが薬草のイラストと、詳細をメモしてくれたら連れて行く必要はなかったのよ」
「そうはいうけど、本はどこに入り込んだか分からないし、貴重な情報は金になるからね。おいそれと紙になんて残せないよ」
かなりマイペースな使い魔らしい。アスピスの使い魔は4人全員健全だったのだと思えた瞬間であった。
「とにかく、みんな馬車に乗ってくれませんか。今日は俺とノトスが御者をしますから」
いつの間にか、馬車をアイテムボックスから出していたらしい。
レイスが馬車の外で話しているみんなに語り掛けると、それぞれが返事をして、馬車に乗り込み。ノトスが御者席に乗ってきた。
それを見ていて、アスピスが羨ましそうに眺めていたら、ノトスがアスピスに声を掛けてくる。
「乗るか?」
「ノトス!」
「いいじゃねぇか。レイスが支えていてやれば。地図と方位磁石は俺が管理すっからさ」
そう言うと、御者席の足場に足を掛けて乗り込もうとしているアスピスを抱え上げてくれて、2人の真ん中に乗せてくれた。
「アスピス、知りませんからね。自己責任ですよ」
「うん。落ちたらその時はその時だよ」
「そうじゃなくて、落ちないように支えてはあげますから、その心配はいりませんけど」
「じゃあ、いいじゃねぇか」
レイスの台詞に、ノトスが不思議そうに応じると、レイスがそっと呟いた。
「エルンストに、絶対に怒られますからね。俺は知りませんよ」
「過保護だなぁ」
「だけじゃないんです。2人は付き合い始めてしまったんですよ」
「へっ? そりゃ、使い魔とマスターがくっつくってのはよくある話らしいけど」
いくらなんでも。と、背後を見たら、思い切り睨みつけているエルンストと目が合ってしまい、ノトスはなにも見なかったことにした。
「想定外すぎて、思いもしていなかったぜ。頼むから、そう言うことはもっと早く教えてくれよ」
「知りませんよ。言うより先に、行動を取ったのはノトスなんですから」
2人は責任をなすり合い、後ろから早く出発しろと言われて、慌ててアネモスに動くようレイスがお願いした。
レイスの腿の上に上体を乗せ、流れていく景色を見つめる。
「アスピス、姿勢は正しくしていてください」
「だって、この方が楽なんだもん」
レイスが困惑しながら、アスピスの存在を腿で感じながら、御者としての役目を続けつつ、体勢的な問題から注意をしてみせるが効果はなかった。
完全に、子供が大人に甘えるノリで、アスピスがレイスに甘えきっているといった感じである。
それは、アスピスに思いを寄せているレイスにとっては本望であるが。エルンストとしては、さぞかしモヤモヤしていることだろう。
しかし、その辺の感情は、今のアスピスに告げても理解させるのは難しいと思われた。だけでなく、エルンストとしてもそれをレイスがアスピスに説明するのは避けてほしいと思っていることだろう。
「行儀が悪いと、二度と御者席に乗せてもらえませんよ」
「えー。だって、レイスが支えてくれるんでしょ」
「支えはしますけど。それと姿勢は別問題ですよ」
「でも、この方が支えやすいと思うよ」
アスピスはケロリとした感じで告げると、気持ちよさそうに風を受けながら、流れていく景色を眺めていた。
「こりゃ、エルンストも大変だ」
「ノトス……」
レイスとアスピスの会話を聞いていたノトスが、地図と方位磁石と周囲の景色を確認しながら、口を挟んできた。
「まぁ、お子様だもんな。わからねぇか」
「なにが?」
「大人になればわかることだよ」
アスピスの問いには答えることなく、楽し気に笑いながらあっさりと受け流す。
「それより、そろそろ昼休憩だろ。一度止めるぞ」
後ろに向けてノトスが声を掛けると、馬車の中から了解する声が響いてくる。
それを聞き、レイスがアネモスにゆっくりととまるようお願いすると、草原の中央で馬車が止まった。
野営と異なり、昼休憩は適当な場所で行うのがいつものことなのだ。そのため、止まった場所が休憩場所となり、馬車の中からぞろぞろと人が下りてきて、エルンストが馬車の入ったアイテムボックスの脇に積んである薪を取り出すと、焚火を起こし、レイスがやかんとピッチャーとカップとコーヒーの粉とスプーンを取り出すと、コーヒーの準備を開始した。
休憩後、再び御者席に戻ろうとしたアスピスの体を捕らえ、エルンストはアスピスを抱え上げると、馬車の中に乗り込んでいく。
「えー、なんでぇ」
「うるせぇ。あんな格好で御者席に乗ってる奴なんていねぇぞ」
「ケチ!」
エルンストの脇に座らされ、小言を言われたアスピスは不満げに言い返す。瞬間、拳が頭に落ちてきた。
「御者席は危ねぇんだよ。それをあんな格好で。レイスにも迷惑だろ」
「迷惑なんてかけてないもん」
「それは、お前の主観だろ。御者席はあんなだらしない体勢で乗っていいもんじゃねぇんだよ。しかも、赤道を外れた草原を走っているんだ」
少しは理解しろ。と、両頬を摘まんで横に伸ばすと、アスピスがエルンストの手を叩き落とした。
「気持ちよかったんだもん」
拗ねてしまい、頬を膨らませて不満を漏らすアスピスに、エルンストは嘆息してしまう。
「今回の移動は、明日で終わるから。少し我慢しろ」
折れる気分で口調をやわらげ告げると、いくぶん機嫌を直したのか、アスピスがエルンストの腕に寄りかかってきた。
周囲はそんな2人を微笑ましく見てくれているが、エルンストとしては年頃の取り扱い注意なアスピスを持て余す気分で、どうすれば言いたいことが伝わるのか悩みつつ、必死に対応していた。
そんな中、ルーキスが手を広げ、アスピスに声を掛けてきた。
「抱っこしてやろうか?」
「ロワと一緒にしないでよ! 私もう12歳なんだから」
「ルーキス。ロワと一緒にしちゃ失礼でしょ。アスピスは年頃の女の子なんだから」
「え? でも……」
エルンストがよく。と言葉を続けようとしたところを、シェリスがにっこりとした笑みで、ルーキスの腿を思い切り強くつねって言葉を続けさせるのを留める。
「痛い……」
「あなた、馬鹿でしょ。ったく」
溜め息を吐くシェリスに、ルーキスは心外そうな目を向けるが、無視されてしまう。
ちなみに、ものすごく羨ましいことに、フォルトゥーナの使い魔であるレフンテは馬車の中でも本を平気で読めるタイプであったようである。黙々と本を読んでいた。
「ねぇ、エルンスト」
「あ?」
「魔族って、馬車でも本を読めるの?」
「試したことねぇからな」
「そういや、試したことねぇな」
ルーキスも思い返すようにして、返事をしてくれる。
そして自然と、レフンテにみんなの目が向けられていくが、レフンテは気にすることなく本を読み続けていた。
「いつもこんななの。気にしないで上げてくれる」
レフンテの代わりに、フォルトゥーナが体裁悪げに応じてくる。
これまでフォルトゥーナから話を聞かされているだけで、実物を見たことがなかったので実感が湧かなかったのだが、フォルトゥーナは微塵も話を盛ったりしていた訳ではないことが、みんなに伝わってきていた。
とにかく、ひたすらマイペースな使い魔らしい。
使い魔としては、非常に珍しいタイプである。
シェーンも、よくもまぁ、いくら魔族だからといっても、フォルトゥーナに使い魔契約を進めたものだと感心させられてしまう程であった。
下アトラエスタでは、聖族はとても希少で、魔族の方が数が多いとされてはいるし。実際に、聖族の何倍も魔族はいるのだが、人間に比べたら数は全然少なくて、使い魔としてとても貴重ではあるのだ。精霊使いの中には魔族と出会えず、魔物とのみ使い魔契約をしている者も多いのである。
だから、シェーンが契約を勧めた気持ちも分からなくもないのだが。本当に使い魔として役に立つのかどうかが疑問視される、使い魔である。勧めたシェーンに、使い魔についてどのくらい知識を持っているのか確認したくなってしまう。
それでも、フォルトゥーナの財力で、装備品は一流のものばかりを身につけているので、多少はましだろう。と、今まで一度も使われた形跡のない新品の装備を身につけているレフンテを見ながら、豊富な冒険の経験者たちはレフンテを値踏みしていた。
そんな中、アスピスだけは、本が読めて羨ましいとしか考えていなかった。
(コツがあるなら教えて欲しいものである)
そんなことを考えてレフンテを見つめていたら、不意に視線を上げたレフンテが、アスピスを見つめ返してきて「ふふん」と自慢げに笑みを漏らすと、再び本に視線を落としていった。
まるでアスピスの思考を見透かしたかのような態度であった。
「なにあれ!」
「まぁまぁ。気にすんなって」
「ごめんなさい、アスピス。っていうか、レフンテ失礼でしょ!」
レフンテの態度に憤慨するアスピスに、宥めるエルンスト。更にはフォルトゥーナが謝りながら、レフンテを拳骨で殴る。しかし、殴られ慣れているのか、ピクリともせずに本を読み続けているレフンテには効果はないようであった。
するとアスピスが椅子から下りると、スタスタとレフンテの前に向かい、本を取り上げて頬を引っ叩いた。
「なっ!」
「意地悪する人は、本なんて読む資格なんてないんだから! これは取り上げるからね」
「ふざけんなよ。人の本をなに適当な理由付けて取り上げてんだよ。自分が馬車で読めないからって、羨ましいからって、当たるなよな」
「羨ましいの分かっていて、見せびらかす方がわるいんだもん! しかも、あたしが悔しがってんの分かって見せびらかしてるなんて最低! フォルトゥーナに見捨てられ――」
「はい。言いすぎ。気持ちは分かったから、席に戻るぞ」
「~~ッ」
口を押えられ、モゴモゴと文句を言おうとしているのを、エルンストが強制的に元の席へと連行する。本はアスピスに持たせたままであったのは、それくらいさせてやらないとアスピスの気が収まらず、エルンストへ被害が及ぶからであった。
「おい! フォルトゥーナ。あのガキ、なんなんだいったい。つか、本を返せよ」
「自業自得よ、レフンテ。年下の、しかも女の子を相手に取る態度じゃなかったでしょ。少し反省しなさい」
「……」
フォルトゥーナに面と向かって説教を食らったことで、レフンテが不貞腐れたように口を引き結ぶ。
フォルトゥーナがアスピスの代役として六聖人(赤)の仕事を引き受けるようになったのが、12歳の頃で。シェーンからその頃にレフンテを紹介され、使い魔契約をしたとするならば、レフンテは当時まだ10歳だったということになる。それから8年間ほどフォルトゥーナと主従として付き合ってきたのだから、一見奔放に見えても、それは小さいころに覚えてしまった甘えがそうさせているだけで、実はそれなりにちゃんと関係ができているのかもしれない。
「本を返してほしかったら、謝ってらっしゃい」
「それは、絶対に嫌だ」
「だったら、今日はもう読書を諦めるのね。情報漏洩を嫌い、一緒に冒険に来ることを選んだのはレフンテでしょ」
「そうだけど。それは――」
続く言葉を悔し気に飲み込むと、レフンテは大人しくイスに座る。
なんとなくだが、カロエも子供っぽいところがあるが、レフンテの方がより幼い印象があるように、アスピスには見えた。
(あのフォルトゥーナに面倒を見てもらってきたんだもんね。そりゃ、甘えっ子にもなっちゃうよね)
ちょっと納得できたアスピスである。
本は返してやる気は起きないが、少し溜飲が下がった気がした。
そして、満足したことで機嫌がよくなり、エルンストに思い切り寄りかかると、本を抱え込んで、目を閉じようとして。そこで、なんの本を読んでいたのか気になった。
(えーと。なになに? 『初心者冒険者の注意点』って。それってつまり、本で冒険のこと学ぼうとしていたってこと?)
思わず、この中には沢山の冒険者がいるのだ。ルーキスなんて恩恵なしでの、最年少記録を出したSクラスの冒険者なのである。思わず『聞けよ!』と思ってしまうが、それができないのがレフンテなのだろう。
(社交性、なさそうだもんね)
アスピスだって、他人と交流なんて盗賊団に買われてからは食事を運んでくる人と顔を合わせていたくらいで、何年間も独りでいたのである。社交性なんて備わる環境なんかではなかった。それをここまで変えてくれたのは、王国の兵士に回収され、持て余されているところをビオレータに引き取ってもらえたからである。
ビオレータの元にいた約1年は、日常の作法だけでなく、そういう部分も、フォルトゥーナやビオレータ。それに途中からはレイスやカロエも加わって、みんなと接して色々と覚えてきたのだ。
(本が面白いのは分かるけど、なんでそこまで独りでいたいんだろ)
アスピスが知らないだけで、レフンテにも書庫に閉じこもるだけの理由がきちんとあるのかもしれない。そして、フォルトゥーナはちゃんとそのことを承知しているのかもしれない。
だから、時には、書庫からフォルトゥーナを追い出すような真似までするというが、そういうことを踏まえて、フォルトゥーナは好きにさせているのかもしれないのだ。
(まぁ、それに)
先ほどの感じからすると、フォルトゥーナをマスターと認めていない訳ではなさそうだ。というより、甘えているような気がした。
(カロエが、レイスやエルンストやルーキスに甘えてるようなものなのかな?)
単に、対象がマスターになっただけで。
(冒険に乗り気じゃない、って訳じゃなさそうだし……)
なんとなく、馬車でも本を読める強者に対して悔しさはあるが、本のタイトルを知ってしまった立場としては、返してあげたい気にもなってくる。
「どうした?」
「なんでもなーい」
エルンストが、急に寄りかかるのをやめたアスピスに疑問を感じるように、問いかけてきたことで、アスピスはあっさり言い切ると、本を抱き締め、再びエルンストに寄りかかる。
(同い年のカロエだって、未成年の頃から冒険に付き合って、やっとここまできたんだもん。フォルトゥーナのナイトになるために、レフンテはこれから頑張らなくちゃならないだろうけど、このメンバーたちに揉まれていれば20歳になるころには冒険者として一人前になってるだろうから、ガンバレ!)
レフンテにとって、フォルトゥーナは姉のような存在なのか、恋人のような存在なのか、仕えるべき人として見ているのか、その辺は分からないが。ここにきてようやく、一緒に冒険へ出る切っ掛けを手に入れることに成功した、ということなのだろう。
だから色々理由を付けて、同行を申し出てきたのだ。フォルトゥーナと一緒にいるために。
(うーん。これはなかなか、成長次第だなぁ)
外見面は、美形しかいない魔族という時点で、問題はクリアされているはずである。となるとあとは腕っぷしということになるのだろうが、そこはレフンテの頑張りどころだろう。
(ちょっと、楽しいかも)
アスピスはくすくすと笑い出すと、エルンストの手に手を絡ませる。同時に握り返されて、アスピスはちょっぴり幸せな気分を味わう。
(この本は、今夜返してあげることにするか)
奪ったときは、絶対に返すものかと思ったのだが、タイトルを見てしまった以上、返さない訳にはいかない気がしたのである。
アスピスだって、馬には蹴られたくないのであった。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




