第80話(フォルトゥーナからのお願いごと)
[八十]
朝食の時間、フォルトゥーナが家の中へ挨拶もなく駆け込んできた。見るからに焦りをにじませた様子である。
これはとても珍しい。というより、ここまで焦燥感を露わに訪れてくることは、初めてことであった。
みんながフォルトゥーナの様子にびっくりしながらも、何事かと思いつつ迎え入れると、フォルトゥーナがその場にしゃがみこみ、みんなに向かって頭を下げた。
「長期の冒険から帰って来たばかりで、本当に申し訳ないと思うの。でもお願い。万障の森まで付き合って欲しいの」
「どうしたんですか、急に。というか、とにかくそんなところに座り込んでいないで、立ち上がってください。座るなら、イスにお願いします」
レイスはそう言うと、フォルトゥーナを支えて立ち上がらせると、手近なイスに座らせる。そして、お茶をいれると、フォルトゥーナの前に置いた。
「食事中に、本当にごめんなさい。いてもたってもいられなくて……」
「フォルトゥーナのことだ、理由あってのことだってのはちゃんと分かってる。だから、頼む。順序立てて話してくれ。付き合うのはやぶさかじゃねぇが、話がみえなさすぎるんだよ」
「ごめんなさい、混乱しちゃってて」
出してもらったお茶をひと口飲むと、フォルトゥーナは吐息する。そして、気持ちを切り替えるようにして、事情を話し出した。
「それが、私が世話になった孤児院でのことなんだけど。病気になってしまった子がいて。医者に診てもらったところ、ほとんどの医者に匙を投げられてしまったそうなの」
本来なら、孤児院の子供が医者に。それも数多くの医者に診てもらうことなど不可能なことである。おそらく、フォルトゥーナがその費用を負担してのことなのだろう。
そんなことを、アスピス以外の3人が考えながら話を聞き続ける。
「そんな中、1人の医者が、ある薬草が手に入れば治せるっていって。ドゥーフ草というらしいんだけど、私も初めて聞く名前で。ビオレータ様の薬草畑にもない薬草で」
「それでなんで、万障の森になるんだ?」
「レフンテが知っていたの。特殊な薬草に関する本に載っていたとかで、ドゥーフ草は万障の森にしか生えてない薬草らしいの」
「つまり、情報はレフンテの頭の中ってことか」
「えぇ。だから、今回はレフンテも同行してもらうことになるんだけど。あの子、冒険は初めてだし、役には立たないから、数には入れないでおいてほしいのだけれど。レフンテがいないと薬草が分からないから、同行はさせて欲しいの」
我が儘をいっていることはよく分かっている。と、フォルトゥーナが頭を下げて頼む中、レイスとエルンストはすでに予定を組み始めていた。
「行くとすると、すぐじゃないとまずいよな。病気になっている奴がいるわけだからよ」
「それに、Sクラスが揃っていないとまずいので、シェリスとルーキスに頼まないとですね。すぐに手紙を送ります」
そう言うと、レイスは目の前の皿を退けて、アイテムボックスを開き、封筒と手紙とペンを取り出すと、ルーキスとシェリスに宛てて手紙を送る。
「少なくとも、昼には気づいてくれると思いますから。話し合いはそれからで。Sクラスが最低でも4人は欲しいですから。本当なら、もう1人か2人いて欲しいくらいですし。今回は冒険未経験者のレフンテが同行しますし。って、レフンテも冒険者ギルドには登録しているんですよね? 身分証がないと不便なんで」
「えぇ、身分証のために登録だけはしているけど、冒険をしたことがないのでDクラスのままなの」
「いえ、身分証があるだけで、今回は良しとしましょう」
「みんな本当にありがとう。冒険したばかりなのに」
気丈なフォルトゥーナが涙を流しながら、みんなに頭を下げて、必死にお礼を告げ続ける。
それをしばらく見守っていたエルンストが、小さく吐息した。
「アスピスのためと言って、即座に反応してくれるような奴の頼みなんだぜ。俺たちはパーティ組んでる仲間なんだしさ、お前が困っているときに手を差し出すくらいのこと、して当然だろ? お前だって、いつもそうやって他人が困ってるときは手を差し出してくれるんだからさ」
だから、泣くなと言いたいらしい。ついでに、傍らにいたら涙をぬぐうくらいしてあげられたのだろうが、あいにく席が離れていたことで、それは叶わなかったようである。その代わり、というように、アスピスはハンカチを取り出すと、フォルトゥーナの涙を拭っていった。
「あたし、フォルトゥーナの役に立てるなら、すごく嬉しいよ。いつもしてもらっているばかりだもん」
「ありがとう、アスピス」
フォルトゥーナは笑顔を洩らすと、アスピスのことをギュッと抱きしめてくる。
「長い冒険から戻って来たばかりで申し訳ないけど、お願いね」
「うん。もうバッチリ休んだから平気だよ」
アスピスはそう言うと、フォルトゥーナの頭をいい子いい子するようになでてみせた。
昼になり、2人からの承諾が入り。更にどこから聞きつけたのかフォルトゥーナ命の男であるノトスや、シェーンからも、レイスの元へ手紙が入って来た。
「ルーキスもシェリスも参加できるそうです。それから、なぜかノトスが参加したいそうですよ」
「どこから、なにを聞きつけたんだ?」
「さぁ? それと、シェーンからですが、仕事があってシエンは参加が無理らしいですが、イヴァールなら貸し出しできるとの連絡も入ってきました」
「だから、情報源はどこなんだ?」
「知りませんよ。特にノトスに関しては、完全にもうストーカーでもしているんじゃないかって感じですよね。シェーンは、単に私的に密偵を放っていそうな感じでしょうか。アスピスの件もありますし」
レイスが冷静に私見を述べると、エルンストが頭を抱えた。
「俺たちのプライバシーって守られてるのか?」
「さぁ? ちょっと自信がなくなりますよね」
苦笑いしながら、エルンストに同意するレイスは、自主的に参加を表明してきた2人をどうするか迷っていた。
ノトスはまだいいとして、イヴァールは国として重要な人間である。戦力として申し分ないことは承知しているが、国を挙げての貴賓を危険な万障の森などに連れて行っていいのかどうか、正直迷うところである。
それを率直にみんなに告げると、ノトスの申し出の方だけを受けることにして。イヴァールの方は断ることにしようとなった。おそらく、イヴァールとしては妹と一緒にいたいといった気持ちなのだろうが、そのために命を懸ける場へ連れて行くのは、イヴァールの立場を考えると割に合わないと考えたのである。
「もう1人Sクラスが欲しいなら、シュンテーマに連絡できるよ」
「あれはやめておけ!」
「って。アスピス知り合いなんですか?」
「うん。3日前に会って来たよ。パフェ奢ってもらったの。しばらく仕事ないって言ってたし」
アスピスがけろりと告げた台詞に、エルンストがアスピスの頭を殴っていた。
「どうしてそう、勝手に行動するんだ」
「だって、手紙が来たんだもん。お誘いの。エルンストお仕事で王城へ出てたし、暇だったから付き合ってあげただけじゃん。その代り、こっちのお願い聞いてくれるって言ってたよ」
アスピスはシュンテーマが言ってくれていたことを告げると、エルンストに殴られたところを擦り始める。
「今の話しは無視してくれ。あいつは絶対にダメだ」
エルンストがそう言い切ると、アスピスが恨みがましく睨むのを無視して、話を先に進める。
「Sが5人にAが3人でDが1人だろ。なぁ、森の奥深くに入る訳じゃねぇんだろ?」
「一応、そう聞いているけど。この前みたいに群生場所を知っている訳じゃないから、探し回るようになると思うわ」
「まぁ、それは覚悟の上ってことで、9人もいれば大所帯すぎる位だ。これ以上は却って統率がとれなくなるから、これで決定しようぜ」
「そうですね。それがいいかもしれませんね。シュンテーマとの約束は、アスピスの切り札として持っておいた方がきっといいですよ。強い方ですから、いざというとき必要になると思いますから」
レイスは笑みを浮かべながら、アスピスに言ってくると、ノトスとシェーンへ返事を書いてポストに投函していた。
レイスとエルンストが冒険用の道具で足りないものが出てきたからと、買い物へ出かけて行ってる間に、シェリスとルーキスが、ロワを連れて訪問してきた。それと同時に、ロワはアスピスに抱きつくと、そのままアスピスの手を引っ張って庭へ連れ出してしまう。
外は、今日も温かい日差しが落ちてきて、風も適度に和らかく吹いていて、心地のいい転機である。
そんな中、適当な場所に座ると、Dサイズのアイテムボックスから絵本を取り出して、アスピスの前に置いてみせる。一緒に読もうと言いたいらしい。それを受けて、アスピスがロワに本を読み聞かせ始めると、ロワがアスピスの膝に寄りかかり、気持ちよさそうに声を聞いていた。
それを見ていたルーキスが、中に入って来ると、シェリスに肩をすくませる。
「どうやら、エルンストの恋敵みたいだぞ」
「あら。ロワったらいつの間に目を付けたのかしら。ここに来たがるはずだわ」
本当は置いて来ようとしたのだが、エルンストたちの家に行くと言ったら、自分も行くと騒ぎだして手に負えなくなって、連れてきたという。
それから、少ししてノトスが訪問してきた。
到着するとすぐに、フォルトゥーナを抱擁するが、フォルトゥーナにあっさりと離されてしまう。完全な、ノトスの片想いのようだ。見た目は良いのだが、性格というか、フォルトゥーナ命すぎて、却って引かれているようである。
そして、更にそれからしばらくすると、2人が買い物から帰ってきた。
話し合いはそれから始まったのだが、アスピスはロワに掴まったまま、みんなに呼んでもらえることもなく、庭で本を読み聞かせて過ごしていた。
(あたしも行くのに……)
話し合いから外されてしまい、不満を覚えはするが、甘えるようにして話の先をねだってくるロワに負けるよう、アスピスは本を読み進めていく。
男の子なのだから、冒険譚のような話なのかと思ったのだが、王子様とお姫様のお話であった。王子様が、捕らわれのお姫様を助けに行く話だったので、ある意味冒険譚なのかもしれないが、個人的には女の子に好まれる話のように、アスピスには思えてしまう。
(まぁ、好みはそれぞれだしね!)
ロワはまだ8歳なのだ。と、思った矢先、ふと、カロエも出会った当初は8歳だったことを思い出す。
膝の上に顔を乗せ、本を読んで欲しいと甘えてくるロワを見ていて、カロエも甘えまくりたい年だったんだなと思いを馳せる。そして、成人であったルーキスが、カロエを末っ子体質に変えてしまった理由が、なんとなく分かった気がした。
甘えたい盛りのカロエを、ルーキスは、年長者として、甘えたいだけ甘えさせてあげていたのだろう。
ロワの年齢を考えると、ルーキスがこの家にいた年数はほんの少しだったのだろうが。ロワが生まれても、シェリスの方の都合で、すぐには同居しなかったような話を聞いていた気がするので、ルーキスがここに何年暮らしていたのか知らないけれど。
カロエにとっては、ルーキスは父親役的存在であったのかもしれない。
「アスピス、つぎー」
「あ、ごめんね」
ロワに催促されて、ページをめくり、本を読み進めていく。
中ではどんな話がされているのか分からないまま、アスピスが本を読み続けていたら、いつの間にかロワが眠ってしまっていた。
風は気持ちがよい程度にしか吹いておらず、温かな日だったので、しばらくそのまま様子を見ることにして、本にしおりを挟んで閉じると脇に置き、ロワの頭をゆっくり撫でる。そうしてしばらく過ごしていたら、アスピスも眠くなってきてしまい、いつの間にか座った体勢のまま眠りに落ちてしまっていた。
「あら、2人とも眠っちゃってたのね」
話し合いが終わり、明日の朝に出発することが決定し、解散となったことでロワを引き取りにきたシェリスが、気持ちよさそうに寝ている2人を見て、笑みを零す。
年相応に育っているロワとは対照的に、育成環境が悪かったことで年齢よりもかなり小さくて細いアスピスは、それでも一応ロワよりも年上には見えるが、それほど年齢が離れているようには見えなかった。
もしかしたら、ロワはアスピスのことを同い年くらいに認識しているかもしれない。
「年齢的には問題ないし。アスピスはいい子だし、ロワのお嫁さんとして育ってくれたら最高なのにねぇ」
「って。後ろで仁王立ちしている奴がいるから、やめてくれ。俺がやられる……」
カラカラと明るく笑いながら告げるシェリスに、背後に立つエルンストの気配を察して、慌てて止めるルーキスは、エルンストに道を譲るようにして横へずれた。
「アスピスに、お守りをありがとうって伝えておいて。どうやら、ロワってばアスピスに惚れちゃったみたいなのよねぇ」
「譲らねぇぞ」
「あら、そこはあなたが頑張るべきところでしょ。気変わりはつきものだもの、ロワが努力したらそれは認めてあげないと」
「そんな余裕を与えなきゃいいんだろ。ていうか、さっさとロワを連れて帰れ。アスピスを動かせないだろ」
アスピスの膝の上に完全に頭を乗せて寝てしまっているロワの姿を指摘するエルンストへ、シェリスは「もっと寛大に構えなくちゃ」と笑いながら告げると、庭に下りて、ロワの元へ行くと、ロワを抱き上げる。
瞬間、ロワが目覚めてイヤイヤしたが、それを無視して家の中へ戻って来ると、ロワを旦那のルーキスに手渡す。
「さ、またお隣にお願いしないと」
「だな。今度は、なんの差し入れがいいかな」
2人はお隣への貢物を語り合いながら、途中玄関から出るとき「じゃあ、明日」と告げて去って行った。
それを見て、フォルトゥーナも帰ろうとしたら、ノトスが見送るというので、フォルトゥーナが思い切り拒んでみせる。そこで、レイスが加わり、レイスも一緒に見送ることでなんとか話がまとまり、3人で家を出て行く。
「なぁ。ノトスを本当に入れてよかったのか?」
「まぁ、実力は把握済みだしな。フォルトゥーナに構いすぎるのは難だが、役には立つはずだ」
「あのフォルトゥーナが、あれだけ嫌がってるぞ」
「女は複雑なんだよ」
エルンストは、カロエにそれだけ言うと、アスピスを家の中へいれるために庭へ下りて、アスピスを抱き上げ、脇にあった本を手に取ると、家の中へ戻って来た。
「ちょっと、アスピスを部屋で寝かせてくるからさ」
「あいよ」
エルンストの台詞に、カロエが頷くと、エルンストはその足で2階へ向かい、アスピスの部屋へと入って行く。
そして、アスピスを布団に寝かせると、毛布を掛ける。そのついでに、キスのひとつでもしていこうかとアスピスに顔を近づけたところで、枕の下に見慣れたシャツがたたまれて押し込まれているのに気が付いた。
「こいつが持ってたんだっけか」
けっこう気に入っていたシャツで、ここ最近見掛けないなと気にしていたのだ。それをここで見つけたことで、この間アスピスがシャツを握り込んでいたので、シャツを脱いでその場に置いて行ったことを思い出していた。
その後、アスピスはそのままシャツを返さずに抱き込んでいたということらしい。
「ったく。難を考えてんだかな」
アスピスの唇に口づけを落とすと、エルンストは小さく微笑む。
そして、新たにシャツを買いにいかないと。と、冒険から戻って来てからのことを考える。
一応予備はあるのだが、購入しておく数を決めているのだ。そうでなくても、旅先用に何枚か別に用意しているのだ。自分で把握できなくなるほど服を持っていても仕方がないというのが、エルンストの考えであった。
特に四季のほとんどないこの土地では1年中同じ服で過ごせるので、衣替えなど必要としていないため、エルンストとしてはハンガーラックに掛けている服だけで十分やりくりができているので、ダメになったら買い替えるという形を取っていた。
「バレてないと思ってんだろうな」
実際、今の今まで持ち主であるエルンストも気づかずにいたので、あまりアスピスのことを言えないのだが。
「気に入っているやつなんだから、せめて大事に扱えよ」
エルンストは小声でアスピスの耳元へ囁くと、楽し気に笑いながら、アスピスの部屋を後にした。
誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。




